最愛なる君へ

 

 

「俺は…貴方の…傍に居たい……」

アムロ・レイからそう告白されたあの日から…
シャア・アズナブルは変わった。
己自身の内なるものも取り巻くものも…主義も思想も…全てが一転したと言ってよい。
変わらざるを得まい…自分の中に蟠っていた冷たい絶望と虚無に、アムロはその全てに温かい光を与えてくれたのだ。
これから取るその手を二度と離すまい、と決意するのであれば…変わらなければ何の意味もないのだ。
二人が指し示す道はどんなに険しくとも、温かく…白く輝いている。
己に何も怖れは無い……
アムロがただ自分の傍に居てくれるのであれば…
彼のその手を握り締める事が出来るのであれば……
誰よりも私に力を与えてくれる…君がただそこに居てくれるだけで……

 

「…大尉は7年前と比べても随分と『マシな方に』変わられましたよね…」
グラスの中の氷をわざとカラン…と揺らしてカミーユは何気なく呟く。
「相変わらず言ってくれる…まあ確かにお前が知っている時代は自分でも一番最悪な時期であったと思うがな…」
苦笑じみた表情を浮かべる目の前の男の、その端正な顔をジロリと睨み付ける様な仕草をして
「貴方があの時のままであったら、もう一度殴り倒して…俺はアムロさんをネオ・ジオンから連れ出しましたけどねっっ…ねえアムロさんもそう思うでしょう?」
…とカミーユは、シャアの傍らのアムロに問い掛けた。当のアムロは困った様な表情を見せている。
「ん…でもあの時から優しいトコロは変わってないよ?」
その発言に部屋の隅に向けて何かを投げつけてやりたい気分となった青年は…いつもの事だ、いちいち気にしていたら身が持たんわいっ…と「いつもの様に」グッと我慢をした。
その時ふと…彼はアムロの左薬指に控えめに輝くそれに目が行く。
「アムロさん…それ新しいの…ですか?」
直ぐにその質問の意味を理解して、アムロも自分の左手に視線を移した。
「…あ…うん……いくつか『試作品』作っていたらしくて…その一つなんだってさ」
2週間程前に…アムロは月面都市で拉致され、その時に誓約の証である結婚指輪を奪われた。それがアムロの居場所を特定する重要なアイテムとなったのだが…
じっ…と新しい指輪を見つめているアムロの肩をシャアも無言で引き寄せ…そのまま少し強引気味に口付けをする。
唇が離れた後に少し困惑した表情で自分を見つめてくるアムロにシャアは
「…もう二度と君にあの様な辛い思いはさせない…」
と呟きその細い身体を抱き締めた。彼から感じるその苛立ちは主にシャア自身に対してなのだろう…アムロもそれを感じ取り、夫の逞しい身体を抱き締め返す。
「大丈夫だよ…俺は全然傷付いてはいないし…あの後の事は上手くいってるじゃないか…」
宥める様に優しく言い聞かせる様に……
…傷付いたのは寧ろ大尉の方かな…
とカミーユはその光景を眺めながら、グラスの中の琥珀色の液体を飲み干す。
あの事件時にシャアの取った行動と対応は、カミーユも充分納得出来るものではあるが…主犯を取り逃がしてしまった事と、何よりもその主犯に目の前で愛する妻の唇を奪われてしまったのだから…。
このシャア・アズナブルのあの様な表情を見られたのだ…あの男、さぞかし最高の気分だった事だろうな、とか考えてしまう。あの男がアムロに与えた陵辱は全て許し難いが…それはそのままシャアに対しての侮辱と同じなわけだ。アムロを辱める事はそのままシャアのプライドを傷付ける事になる…それを証明して見せたという事だ。

 

「そうだ…カミーユ、ギュネイだけど…ちゃんと大人しくしている?」
アムロの問い掛けにカミーユはニッコリと笑顔を見せた。
「大丈夫です。大人しく『させて』ますよ…何せアイツの右腕の治療については…この俺が全てを握っているワケですからね」
ギュネイは先の事件の時にアムロを守って重傷を負ったのだ。先日病院にアムロが見舞いに行った時には、今直ぐにでも飛び出して退院する気満々な様子であったので…その点に少々不安を感じている。
「体力莫迦だから元気有り余っててホント困るんですよ…でもまあちょっと脅したら素直に大人しくなりましたね」
今度はかなり酷薄な笑みを見せるカミーユに
「………そう…可哀想だからあまりトラウマにならない様にしてやってくれよ」
と少し窘める様に話す。
「だから大丈夫ですって。此処で焦ると…この後アムロさんを守り通す事だって出来ないってのはキツく言い聞かせています。リハビリも俺の『監視』の元で完璧にやらせますから」
キッパリとそう言い切るDr.ビダンには、今度は安堵感を感じる事が出来た。
「うん…確かにカミーユに任せておけば安心…かな?」
アムロは苦笑いをシャアにも向けると、彼も同じ様な表情をして軽く頷くのだった。

「アムロさんの方は大丈夫なんですか?あのアナハイム社の技術者も…その後は問題無く…?」
カミーユの素直な質問にアムロは軽く頷きながら応えた。
「うん、大丈夫だよ。彼も大変良く働いてくれているし…俺も凄く助かっている。シャアも…もう許してくれるよね?」
「それはまだだな」
仏頂面とも言える表情で言ってのける夫にアムロは少々呆れた表情を見せる。
「俺が良いって言ってるのに…もう」
「君が良くとも私は一生許すつもりは無いぞ」
もうこれだから、とアムロはやや大袈裟気味に溜息を吐いた。
「…どうせ遅かれ早かれ…なのにね…貴方、拘り過ぎだよ」
「それとコレとは話は別だよ、アムロ」
「…?…どういう意味なんですか?…それ…」
夫婦の会話を暫く何気に聞いていたカミーユは素直に疑問を口にする。
「ああ…現在のアナハイム社に居るジオン系の技術者はな…そのうち全てネオ・ジオンに呼び寄せる計画があるのだよ」
あっさりとシャア総帥閣下が応えてくれた。
「つまりはアナハイム社から完全に切り離した体制でネオ・ジオン独自の技術力を売りに出す、という事だ。新国家の元では良い産業となってくれるだろう」
「グラナダはほぼ丸ごと…だよね。MS開発も凄くスムーズに行きそうで俺はその時が楽しみだな」
思わず…じいいっと「楽しそうな」総帥夫妻を見つめてしまうカミーユである。
「……つまり…そういう計画があるから…アムロさんがああいう目にあった…って事ですね?」
「確かにそれへの牽制もあった様だが…向こうが失敗した事によって逆にこちらは動き易くなった。…今は連邦絡みでアナハイム社の動向を見る必要があるので、全てを直ぐに、と言うわけにはいかんがな」
淡々と言ってのけるシャアのそんな様子に、相変わらず厳しい視線でカミーユは応えた。
「…大尉はこれ以上の敵を作らない様にしてくださいよ…アムロさんの為にも」
手にしていたグラスをテーブルに戻して、シャアはカミーユにも不敵とも取れる表情で応える。
「低俗な脅迫如きしか考えつかない下賤な輩共は、所詮私の敵ではないさ…カミーユ」
「……コレでいいんですか?アムロさんは…」
シャアの発言に少し呆れた様子で、その傍らの肩を抱かれているアムロに問い掛けてみる。
「うん、俺はシャアを信じているからね」
何の迷いも無い綺麗な笑顔で応えられて…カミーユは…あくまでも個人的に…複雑な気分となっていった。
あの事件の時…拉致されている間にアムロがどの様な扱いを受けたのかは、詳細は聞かされてはいないし、自ら聞く気は無い。ただ救出した時のアムロのその姿…そしてカミーユが念の為に手首の治療と体調の検査を行ったのだが…喩えその行為に至らなくとも…アムロには充分な屈辱だったのは容易に知れた。その時の二人の様子…シャアの静かな怒りも痛い程に伝わってきたが…アムロの辛さも本当に強く感じ取れた。
カミーユとしてはアムロにこれ以上の辛い想いをさせるなら…何であっても誰であっても決して許せない、と思う。その原因がシャアにもあるというのであれば…同じ様に彼を許せなくなる。
自分の想いはそれ程までに……まだ強いのだ。
……だから…本当にアムロさんをお願いしますよ…大尉……
俺がこの秘めた本当の想いを明かす事無く…ずっと封じ込めていられる様に……

 

ベッドの中で、シャアに強く身体を抱き締められている。
あの日以来…こうやってずっと長い時間、ただ抱き締められる事が多い。
自分の存在を身体中で確かめる様なこの仕草に…心地良さを感じると共に、シャアから感じる微妙な不安にアムロは少し胸が痛んだ。
「シャア……」
その声に身体を少しだけずらして腕の中の愛しい存在の顔を覗き込む。
「俺は…ちゃんとここに居るから…もうそんなに辛く考えないで…」
今までも何度も繰り返した言葉だが…そう呟いてからアムロは目の前のシャアの逞しい胸筋にそっと優しい口付けを落とした。
「…解っている…」
シャアは更にアムロの細い身体を抱き込む様に身体を密着させてくる。
「…最近の私は…君が傍に居る事が当たり前の様に感じ過ぎて…見えない事があったのだと思うとな…それが悔しいのだ」
「…当たり前でいいじゃないか」
貴方、カミーユの前ではあんなに不敵だったのにね…と苦笑し、アムロは自分に素直に弱音を見せてくれるシャアが、心から愛しいと思うのだ。そしてそっと顔を上げて、その愛しい人と視線を合わせた。
「俺はシャアを信じているよ…だからシャアの側に居たいんだ…だけど…」
再び彼の胸に顔を埋める。
「…貴方の重荷になるのだけは嫌だ……だから…」
暫くの間を置いて…アムロは心からの思いを伝える。
「…いざという時は…俺のコト……切り捨てても良いんだよ?」
「出来るわけが無い」
シャアの方は間髪入れずに応え…更に強くギュッと妻の身体を抱き締める。
「君が私の傍に居ないというならば…いったい何の為の人生か…そんな世界ならば所詮滅びても良いのだ、とさえ思う」
「…ホント怖い事言うなあ……」
多分それは本気なんだろうな…と感じる。シャアの内面は純粋過ぎて…深く傷付いてしまった時に訪れる闇は…きっと……
だからもう二度と貴方を傷付けたくないのに……
アムロは身体を少しずらしてシャアから離れ、その行為に怪訝な顔を見せる彼を今度は自分が抱き抱える様に、その胸にと抱き締めた。これがシャアを一番安心させるのを知っているから。
「何度も言うよ…貴方を信じているし…俺だって貴方が居るから頑張れるんだよ?」
その額にそっと優しくキスを落とす。
「…だからもう安心して……」
「アムロ…」
シャアは甘える様にアムロの胸へと何度も頬ずりをした。時々幾度かのキスをそこに与えながら。
「…君をもう二度と誰の手にも……私は誓うよ…アムロ」
「うん……ありがとう…シャア」
見上げてくる彼と口付けを交わす。そのまま身体のあちこちに与えられる熱に…沸き上がるその欲情に全てを委ねる事にした。
自分の存在がシャアに力を与えるというなら…自分だってそうなのだ、とアムロは思う。シャアを信じてシャアを愛しているからこそ…あんな屈辱にも耐えられたのだ。
シャアから与えられる愛撫の全てに…彼の偽りない想いをちゃんと感じ取れて、アムロの身体は更に歓喜に震える。
そのアムロの反応を受け取って…シャアの身体も喜びに満ち溢れる。

人に愛される事……それがこんなにも幸せだって事……
貴方に教えて貰ったよ…シャア……

それは私も同じだよ…アムロ……
これからもずっと…君の傍に居られる様に…君が居てくれる様に……
もう誰にも君を傷付けさせはしない…

 

最愛なる君に、今はその想いを誓おう……

 

 

THE END

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「愛妻の日」ですので今年は甘く甘くらぶー♪…同人誌の「総集編2」のあの書き下ろしを
読んで無い方には意味が通じなくて申し訳ない、と思いつつ…(2010/1/31 UP)