今は未だ愛を語らず
St. Valentine Day……
恋人達の愛の日……
前世紀から続いている「愛の日」の慣習は、宇宙世紀になった今でも、やはり根強く残っていた。
恋人に夫婦に家族に…愛する者へ心からの愛と感謝を込めて…
特にこの「ネオ・ジオン」に於いては、一番有名でエラい地位に居るカップルの大変な熱々ぶりが、常に公布されている様な状態なせいか、最近妙に恋人同士や夫婦間の「愛」を見直されている様な風潮さえ感じる。
…まあ喜ばしい事なのだろうが……独り身としては何となくに居心地の悪さも多少感じなくもない。やはりこの街中でも、今日はやたらカップルが目につく様な気がする…いや気のせいではなく!そんな日だからかっ!
ふと思い出したくない事も頭を過ぎった。
第三小隊所属のイェルク少尉が、バレンタインに合わせて恋人にプロポーズする決心をしたと言う。指輪を同僚達に掲げて見せて、その決心を語った彼は周囲からやんやとヤジられ励まされて照れながらも、それは熱く燃えていた。
自分もそんな中で一通りの励ましの言葉を年上の少尉に送ったのだが…その時
「頑張りますよっ…ところでギュネイ中尉には…良い方はいらっしゃらないのですか?」
と聞かれた。嫌味でも何でもなく、彼が純粋な疑問として質問してきた事はギュネイにも充分に理解出来たのだが。
「…居ないよ…今はまだまだ色々と未熟者だからな」
そう応えたギュネイがフリーである事で、後方支援部の女性兵士達がやたら熱くなっている事は、最近のMS部隊隊員達も周知しているのだが。そして
「今は仕方ないんじゃないか?…宇宙一の奥方をずっと傍で見ているからなあ」
と結論付けている。実際…バレンタインという事で、今年もある女性兵士から告白されたのだ…今後真面目な交際をして欲しい、と。
勿論、丁寧に断った。相手の泣きそうな顔に少々胸が痛んだが…(そう思えるだけで彼はもの凄く進歩している事に気付いていない)今は本当に女性と付き合う事など考えられない。
仮に誰かとそういう仲になったとしてもだ…自分はその相手より絶対にアムロ少佐を優先する。アムロは今のギュネイにとって、宇宙で一番大切であり、絶対なる存在だ。おそらく今の自分の忠誠心の拠り所は…シャア総帥よりアムロ少佐にあると自負している。
いずれこのネオ・ジオンが落ち着いて…少し心に余裕が出来たら、何処かの優しい女性と巡り会って家庭を持つ事も出来ると思うのだが……と、その自分の思い描く未来予想図の中で優しく微笑んでくれる未来の妻が、明らかにアムロ少佐の面影で想像してしまっている事に…やはり自己嫌悪へと陥るのだが。
無意識に上司と部下、という忠誠心以上の「別の想い」を確かにアムロ少佐に抱いてしまっている…ギュネイはそれを少しずつ認め始めているのだ。まあ自分はまだ良い。もっと重症なのが傍に居る。
「あ…ギュネイ…ちょっと待っててくれる?」
総帥公邸に到着した時に、アムロはそう告げてから、いそいそとリムジンエレカを降りて公邸の中へと姿を消した。暫くすると手に綺麗にラッピングされた箱を持って再度現れる。
「はい…二人に大好評のチョコレートケーキだよ。カミーユと食べてね」
「…………何で…先生と…なんスか?」
「あれ?今夜はカミーユと呑むんじゃないの?そんな気がしたんだけど…」
「…いえ……当たりです……ありがたく戴きます…」
そのアムロの勘にはやはり感心をする。昼間…確かに自分宛にいきなりのメールが入ってきた。
『酒は用意してやる。夕飯作っとけよ』
と、だけ。
相変わらずの身勝手さにただ絶句するが、流石に今夜は総帥公邸に行けない事くらいは、彼も理解しているのか…。そして自分の予定も全く入って無い事も先読みされていてやはりそれは悔しい。
「…何で俺…バレンタインデーだって言うのに…あの性悪医者の為に夕飯作らなきゃならんのだ…」
そう言いつつも既にメニューは決めてあり、材料調達の為にギュネイはエレカを走らせるのだった。モテまくりの美形医師、Dr.カミーユ・ビダンは今年は3人の女性を失意の底へと御案内した。カミーユの場合は、はっきりと
「俺には心に決めた人が居ます。諦めてください」と相手に言う。
その心に決めた人はいったい誰なのか…他コロニーに居るとか月都市に残してきた恋人が居るとか…噂は絶えない。
もちろん一時期「総帥夫人の昔の男」と噂された時期もある為、
「彼は総帥夫人が忘れられないのでは」と某アングラ系ゴシップネタでは囁かれているとか何とか…。
…それは案外嘘とは言えないな、とギュネイは考える。
しかし最近になって「実は彼はゲイで総帥夫人の護衛士官とデキているらしい」とトンでもナイ噂も上がっているので、これは断固として否定したいのだが。
「…ゲイの噂か…女が寄ってこないから面倒くさくなくて良いかもな」
と、当の本人はモテない男達の敵!になる発言をしているのだが…ギュネイとしては本気で本当に心から御免被る噂だ。
St. Valentine Day……
恋人達の愛の日……初めて夫婦で過ごす、その夜である。
そう考えると二人の雰囲気は嫌でも甘くなるものだ。
夕食後に二人は、シャアの書斎のソファで寄り添い、何気なく酒と愛の語らいを楽しんでいた。
アムロの身体を引き寄せて、その柔らかい髪に頬に潤む唇へとキスを降らせながら、一番好きな酒を楽しむ…この上も無い贅沢だろう…とシャアは満足していた。
「スコッチウイスキーとチョコレートって結構合う…んだね」
今夜の酒の肴はアムロもお気に召したらしい。
「そうだな、他のアルコールでも合うが…ちょっと待っていたまえ」
少々名残惜しげにキスを一つしてから立ち上がると、シャアはバーカウンターで何やら作り始めた。
暫くして、一つのカクテルグラスを手にして戻ってくる。そしてそれを恭しく妻の前へと置いた。
「チョコレートリキュールとブランデーのカクテルだ…君の好み用にバニラアイスも入れてある」
「うわっ…美味しそうだね」
それなりの甘さを予想させるカクテルをアムロは素直に喜んだ。
「ん…冷たくて美味しい…好きだな、コレ」
ペロリと舌を出して唇を舐めるアムロの、艶やかなる扇情さに満足げに頷くシャアである。
「気に入って貰えて嬉しいよ。チョコレートリキュールはシャンパンなどにも合うが…作ろうか?」
「うんっ作って♪…シャア」
妻の可愛いおねだり目線に、心の中でガッツポーズをする夫は…この日の為に意外に用意周到だったのである。
「…呑みすぎだよ?アムロ…」
甘いから呑み易いから、と言って何杯もおねだりするものから…とシャアは軽く溜息をつくポーズを取った。
「ふにゃ…?…もぅ…それが目的ぃ…?」
少々呂律も危なくなった様子で、革張りの大きなソファの上に寝転んだアムロは、身体を大きく投げ出すようにして拡げた。
「まさか」
と苦笑しながら、その身体にそっと覆い被さる。
「君が酔い潰れてしまったら…イイコトも出来なくなる…だから控えめに、という事だな」
「…結局…同じじゃないか…もうっ」
と言いながらも、その微笑みは酒精のせいか、いつもより格段に艶がある。
「最後にもう一杯…君の為のオリジナルだ」
そのまま腕を伸ばして、テーブルの上に置いたトール・グラスを取る。
「チョコレートリキュールとストロベリーリキュール…パインジュースと生クリームを少々…」
「…そんなイメージ?」
「何となく、ね…苺が好きだろう?」
シャアはそれを自分で一口含むと、そのままキスをして口移しでアムロに与える。
「…ん……あまい……」
「君の唇の方がもっと甘いよ」
まだカクテルの残る唇をペロリと舐め上げる。そのまま更に深く口付けながら、アムロのシャツの釦を器用に次々と外していった。晒されたその白い肌…ゆっくりと上下する胸の部分から薄い腹にかけて、グラスの中身をゆっくりと零していった。思わずアムロの身体が跳ね上がる。
「ひゃっ!…こんな…コトしてっ…」
「大丈夫だ…責任を持って綺麗にしよう…」
舌をゆっくりと這わせて、それを丁寧に舐め取ってゆく。敏感なアムロの身体がビクビクと震え、甘い吐息が溢れ出すのをシャアは心ゆくまで楽しんだ。
「シャ…あぁ…んっっ…そ、そこはっ…はぁ…っっ」
「…君は私にとって最高の愛の贈り物だよ…アムロ…」
熱い愛撫に身体が蕩けてそして満たされていく。早く一つに溶け合いたいと…アムロは全ての理性を手放して、その身体全ての場所でシャアを感じたいと…心から欲した。
「……という様なバレンタインを送っているな…あの人達は」
実は思いっきり当たっている…カミーユのその言葉に、色々妄想してしまったギュネイは鼻血を噴きそうになってしまった。
「うっ…美味いなっっ!この酒もっっ」
誤魔化す勢いでカミーユ持参の酒を思いっきり煽る。
「大尉から貰った『ニホン酒』だ…結構くるから呑みすぎるなよ」
「うむ……『ニホン酒』と聞いていたから…『ヨセナベ』にした…簡単だし結構流行っているんだぜ、コレ」
「知ってる…冬は良いよな、コレ」
グツグツと良い音を立てる温かい鍋を、軍の官舎で男二人で日本酒を呑みながらつついている…今日はバレンタインデー…というのが空しいが、それなりに二人の夕食を楽しんでいた。…そう考えられる様になってきた事に「そこまで馴れ合って来たかっ?!」と二人とも少々嫌悪感を感じるのだが。
「…先生はさ…本当に女に興味無いわけじゃないだろ?」
「…唐突だな…そんな訳無い。一応過去にも付き合った女性はいるし…今でも連絡取り合っているのが居るぞ」
大量にネギを取りながらカミーユは、ギュネイに対して少しキツい視線を送った。
「へえ?そーなんだ…その女性と…とか考えないのか?」
「まあ…結構な歳になって互いに独身で居たら、とか言い合っているけどな…彼女には自分のやりたい事を全部ちゃんとやって貰いたいんだ…昔は迷惑かけた分、自分の人生に付き合わせるのはもう少し後で良いと思う…」
「ふ…うん」
こんな事をカミーユから話されるくらい、確かに少しは歩み寄っている自分達なのであろうが。
「…でもさ…やっぱり先生は……」
「言うなよ、解っているなら」
ビシっと釘を刺す様に言う。
「お前だって解っているんだろう?…これは…恋とか愛とか…そんなモノじゃなくて…もっと…」
「……ああ…そうだけど…な」
暫く無言で鍋をつついている若い二人であったが…
「ああっっ何でお前と二人で…こんな辛気くさい雰囲気で居なきゃならんのだっ!くそっ呑むぞっっ!!少しは盛り上げろっギュネイっっ!!」
耐えられずにカミーユは叫ぶ。
「えっ?!ええ…っとっっ呑むのは賛成だけどさ…盛り上げろってぇっっ?!」
「秘蔵のエロビデオとかあるだろーがっ!!『総帥夫人に激似っっ?!』とかゆーの持ってるんじゃないのかっ?!」
「なっ…?!あっ…あるかよーっっっっ!!そんなヤバいモンっっっ!!」
取り敢えず色々と忘れていたい二人だったので。
何だかんだ言っても酒で散々盛り上がり…勢いでネットの大海に繰り出し、妖しげな場所で色々と発見してついついトンデモナク興奮しまくって盛り上がってしまった…事は二人だけの秘密となった。
(…だんだん二人だけの秘密が増えていくよーな気がするのが…怖いんですがっっ…ギュネイ・ガス中尉談)
最愛なる人へ…
この想いは…未だ奥底に閉まっておきたい
一生開ける事が無いかもしれない…けれど…
…今はただ貴方の幸せだけを願っている……
それだけをずっと願っているから……
THE END
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バレンタイン物なのに…ちょっと切なく片想い…な?何だかすみませんっっ
ギュネイの部屋にはコタツあったりして…ジャパン風が流行るネオ・ジオン?(2010/2/14 UP)