※※「Fairy tale」…Sample……※※
※今回は2つのシーンを抜粋してます※

 

◆ Scene・1 ◆

 

「…あのね…シャア…」
「駄目だ」
「未だ何も言ってないじゃないかっ!」
 間髪入れずのその回答に思わず大きな声が出てしまった。そんな様子のアムロを横目で眺めながら、シャアは手にしたカップから紅茶を一口飲み干す。
「君のグラナダ行きは許可出来ん、と何度も言っただろう?」
「…だからまだ何も言ってないのに…」
 隣に座るシャアのその厳しい態度は嫌でもしみじみと伝わってくる。三日程前から二人はこんな会話の繰り返しだ。アムロは思いっきりの深い溜息が出てしまう……。


 アムロはネオ・ジオンのMSに新しく組み込みたい駆動系の一部を設計し、その製造をアナハイム・エレクトロニクス社へと発注をした。グラナダ工場とは綿密に打ち合わせを行いながら、何度も試作品を作って貰っているのだが…どうしてもネットワークだけの連絡ではなかなか巧く行かない事もある。届けられた部品なども実際に手にしてみるとイメージが違っていたり、ケーブル系が一部合わなかったり、実際に部品を組み替えてみて稼働してみれば、どうしても満足がいく数値が得られなかったり…と。
 アナハイム社グラナダ工場の者達に言わせると、アムロが「満足する」という数値はかなり高く難しい領域らしいのだが…それでも「出来るはずだ」とアムロは確信している。
「今使っているギラ・ドーガを二機くらい持っていって…向こうで俺が調整しながら作り直すのが一番良いんだけどな…」
 ネオ・ジオンMS隊総隊長…という地位に居るアムロは、整備技術設計部門の顧問も兼ねている。正式にその辞令を貰っているわけではないのだが、MSエンジニアとしてもかなりの豊富な知識を持ち、優秀なMSパイロットとしての経験が融合されているアムロの技術理論は、現場の人間にとっては大変ありがたいものなのだ。故にパイロットとしてもメカニックマンとしても、彼はかなり頼りにされている現状である。
 そんなわけで、今は前述のエネルギー変換率が格段に上がる改造を色々と試行錯誤しているわけだ。
己の設計したモノに対しては、絶対に満足する「成功した」という域に達するまで、何が何でも「自分の手で」やり遂げたい!という頑固さを持つアムロである。故にグラナダ工場行きを強く希望し、その他のメカニックマン達と同様に、その一覧に自分の名前も載せて、出張申請を行った。自身で決裁をして。
 申請を提出して暫くした後……
己のパソコンの画面に「緊急通信」を示すアラームが表示されているのに気が付く。何事か、と緊張感を持って確認してみると……
「……なに…?コレ………」
 それを見た瞬間に頭が沸騰し、アムロは自分の特権として与えられている、ある通信回線を「初めて」繋げた。ほとんど待つ事無く、モニター画面の一部が開いて、執務中の通信相手が現れる。
『……そんなに怒る事かね?』
 アムロの質問を先回りした言葉が第一声だ。その怒りに満ちた表情を見て直ぐに解ったのだろう。
「…それはこっちの台詞だっっ!何でMS技術部門の出張申請如きが、総帥閣下の直々の署名で不許可になるんだよっっ!!」
『不許可にしたのは一名だけだが』
「…それが問題だろうがっっ!…何でそんな横暴な事をするわけ?!俺が行かなきゃ意味が無いのに!」
 モニター画面に食い付かんばかりの勢いで、アムロは机を思いっきり叩いた。
『横暴ではない。「総帥夫人」の対外行動は全てに於いて総帥の許可が必要だ。ましてや…今の時期にグラナダへ行く事など…即却下に決まっている』
「…っっ!…そ、そんな事……危惧し過ぎだよっっ!」
『君への愛故だよアムロ……すまないが、後は家で話そう…では』
「シャア…っっっ!!」
無常にも通信はあっさりと切られる。
机に置いた拳がふるふると震えた。
「も…もうっっ…貴方は心配症過ぎるよっっ!!…半年以上も経っているのにさっ!」


その夜…公邸に帰宅したシャアとは、その話題でまた言い争う事になってしまう。
シャアがあの事件以来、自分をとても心配してくれているのは解るのだが…アムロにだって譲れない気持ちがあるのだ。
「…工場内から一歩も出ないからさ…ね?」
「信用は出来ないな」
「……酷いよっそれっ」
「アムロ…逆に私の気持ちを解ってくれ…あの時の私がどれ程までに身の切れる想いで辛かった事か…君だって同じだったのだろう?」
 自分を覗き込む蒼氷色の瞳がとても不安げに揺れている。
「そ…それは…解っているけど…」
「未だアナハイム社に近付く事は危険だ…グラナダにはフォン・ブラウンからの人間が何時でも行き来している。何があるか解らない…私は護衛を喩え百人付けたとしても安心は出来ないよ」
「そうかも…しれないけど…」
 アムロのその細い身体を逞しい腕が強く抱き寄せる。
「…もう私に二度とあの様な想いはさせないでくれ…」
 縋り付くように自分の身体を抱き締めるシャアを受け止める。彼の強い愛情は良く解るし、とても嬉しい。もちろん自分もそんな想いをさせたくないとは決心はしている。
そのまま近付いてくる彼の唇を受け入れて、その夜は愛に満ちた夫婦の時間を過ごした。

 翌日…
それでもやっぱり諦めきれない気持ちがアムロには再び湧いてきた。
「実際確かめるのは、ほんの少しの時間でいいんだけどな…」
何気なく…プライベートメールアドレスに
『1日だけでも…ダメ?』
と一言だけ入れてみた。忙しいだろうから、すぐ見るかどうか解らないし…と思いながら。
しかし予想に反して、速攻でメールが返信されてくる。
『…怒るぞ』
「…………」
 たった一言が表記されたその画面を見つめながら、アムロは大きく溜息を吐いた。
 もちろんその夜…大変機嫌の悪い旦那様のお相手に…それはそれは体力を使わされた事は…言うまでも無い。

そんな調子でこの三日目である。
アムロもグラナダ出張の件は諦めていたのだが…しかし。何も言ってないうちからの夫のこの態度に、やはり少し腹が立ってきたので、何か言い返したい気分となる。
「…心配をしてくれるのは解るけど……そうやって何でも縛り付けるの良くないと思う…」
「そんなつもりはないがな…君はかなり自由だと思うが?」
「そう思っているなら…今回も自由に仕事をさせてよっ」
 アムロが睨むように強い視線を送ってきたので、シャアは視線だけでなく顔をきちんと向けて受け止める。
「…ならば『総帥夫人』としての仕事も考えたまえ。今は此処から動いては駄目だという事も理解出来るだろう」
「そっ…それはっっ…解る…けど…でもさっっ…」
 それを出されるとアムロは言葉が行き詰まってしまう。それでも尚、不満そうな表情を向けてくる傍らの妻に、シャアははっきりと告げた。
「アムロ…君は『総帥夫人』としての立場を…もう少し自覚すべきだ。いざとなれば私にも考えがあるぞ」
「…?!……何だよ…それ…」
 アムロの表情に少しずつ怒りの様子が混じってくるのは、容易に解ったがシャアは続けた。一度はしっかりと釘を刺したい処であったので。
「…前回の事件でも君が私の言いつけを守らなかった…という件もある。ネオ・ジオン元首の妻だと自覚が無いままに…いつまでも奔放で居て貰っては困る、という事だ」
ぶちっ…とアムロは自分の中で何かが切れた音を聞いた気がした。
「……そ…そんな事……俺だって…ちゃんと…」
「解っている…のだろう?ならば今回の件で、私の言いたい事は理解出来るな?」
 アムロの頬がみるみる赤くなり…顔のみならず全身がふるふると震えだした。ああ、完全に怒ったな、とは感じてはいるのだが。
「お、俺だってっっ…ちゃんと解っているしっっ!頑張っているつもりだよっっ!!」
アムロはいきなりソファーから立ち上がると、わざとなのか、荒々しい足音を立てて隣室の主寝室へと消えていった。そして直ぐに戻ってくる。…自分の枕を抱えて。
「シャアの莫迦っっ…!」
その言葉は久し振りに聞いた。
「アムロ…」

 

◆ Scene・2 ◆


朝食を終えた後に、カミーユはアムロを彼自身の私室へと案内をする。机とソファーとチェストくらいの調度品しか無いが、とても落ち着いている綺麗でセンスの良い部屋だ。
「…こ…此処…僕の部屋…なんですか?」
 思いっきり驚いて目を丸くしている。その様子に何となくカミーユは思い当たる節が有った。
「…アムロさんの部屋は…散らかっていたりします?」
「え…ええ…まあ……艦内の部屋は未だキレイ…な方ですけど…」
バツが悪そうに呟くアムロに、笑顔を向ける。
「職場の方のオフィスの一部は機械類とか思いっきり詰め込んでて凄いらしいですよ?俺は見た事はないですけれど…アムロさんは散らかっているくらいが落ち着くらしい、って」
以前ギュネイから聞いた情報だ。
「此処では総帥夫人として…掃除をする人達の事とかも考えて、きちんと綺麗にしているのかもですね」
 二十九歳の自分は…今の自分からは想像出来ない…ちゃんとした性格しているのかな…まあ大人だし…とアムロは思う。
 シンプルな木製の机と椅子…ディスプレイの脇にさり気なく置かれたフォトスタンドには、二十九歳の自分とあの人が並んで写っていた。色違いのペアルックみたいな服を着ている??…何だかとても恥ずかしい気がする。
「えっとですね…アムロさんが何か思い出すかなあ?と思って…実はコレを持ってきたんですけど」
カミーユが何やら正方形の箱を取り出した。朝、アムロが起きる前に自宅から持ってきたとか。取り出されたその中身の物は……
「…ハロっ?!」
アムロは驚いてその緑色の球体を受け取る。
「このハロは此処に来てからアムロさんが作ってくれたんですよ…ちょっと弄ってみます?」
「…はいっっ…ありがとうっカミーユ先生っ!!」
 やっと自分の馴染みのあるモノに触れられたせいか…「十五歳」のアムロは初めて笑顔を見せてくれた。……何だかとても可愛いなアムロさん…見た目も本当に十五歳に思えてきた…
 アムロは早速そのハロの中身を、パカリと開けてみる。そして…
十秒後くらいにその笑顔が引き攣ってしまう…。
「あっ!…基盤がやっぱり昔とは違うんでっ……説明しますよっ」
 持ってきた工具箱を開けながらカミーユは、呆然としてしまったアムロに慌てて「新しいハロ」のレクチャーをし始めた。

 やはり飲み込みが早いというか…元々機械に強いのだろうし、喩え十四年後の部品やシステムであってもアムロは直ぐに理解した様だ。
二人は床に直接座って、ハロを分解してそして組み立て直す…という作業を行っているのだが、アムロの本当に嬉々としたその様子は、カミーユの心を素直に和らげる。
……思い出すのは無理でも…アムロさんが喜んでくれるなら…ね…
ふと、アムロが顔を上げて…何か感じた様な仕草をした。
「…え…?…帰ってくる…?…誰?」
その呟きに、ああ、とカミーユは思う。やっぱり解るんだ、と。
「…大尉…いえシャア総帥が、ですね?…アムロさん、それは忘れてない…んだ」
「え…??…そ、そうなんですか?」
「ええ、いつも解ってましたよ、旦那様が帰ってくる時がね」
 苦笑するカミーユに対して、アムロは何とも言えない複雑な表情を作った。
…確かに不思議だ……何で…あの人の気配はこんなにはっきりと感じるんだろうか?
…僕は何も意識などしてないのに…

 出迎えは無いのは承知の上であったので、帰宅したシャアはそのまま二階へと上がり、アムロの部屋を目指す。ちゃんとノックしてから扉を開けると、アムロとカミーユが床に直接座って、何やら機械いじり…あれはハロか?…をしていた。その二人の距離が妙に近過ぎる様に感じてしまい、途端に不機嫌になる雰囲気をシャアは隠さなかった。
「…私は書斎で仕事をしている…カミーユ、後で来るように」
それだけを言い捨てて、扉は閉められた。
 やれやれ、とカミーユが思っていると…傍らのアムロは…やはり暗い表情となってしまっていた。
「アムロさん…」
「……僕…やっぱり……」
アムロは一呼吸置いてからポツリと呟く。
「…あの人が怖い…です…」


「大尉っっ…子供相手に嫌なプレッシャーをビンビンに放出しないでくださいよっ」
 シャアの書斎に入るなり、カミーユは厳しく言い放つ。シャアは相変わらず露骨な不機嫌さを隠してはいないが…
「アムロさんが貴方のその不機嫌さに怯えているんですよ?…ったくっホント大人気ないですからねっ」
「…解っている…だがあんなに露骨な態度を取られれば…私とて感情は出てしまうぞ」
「?…露骨な態度?」
「何故…アムロはお前に懐いているのだ?」
 本当に大人気なさ過ぎ…と本気で頭痛を感じてしまったが、ある意味優越感は沸き起こる。
「俺は医者としてもアムロさんにずっと優しく接してますからね…大尉も相手は『十五歳の子供』だと思って扱わないと…本気で嫌われますよ?」
 過去には師弟の様な関係だったこの年下の青年の…今の勝ち誇った様な表情は、シャアが心から気に入らないものなのだ。
「取り敢えず…今は何の変化も無いのだな?」
「…ええ…残念ながら」
「…そうか」
 シャアは、暫くの間は午前中には総帥府に登庁するが、その後はなるべく公邸で仕事をするようにすると言う。スケジュール調整は大変だったろうが、出来る限りアムロの傍に居たいという強い意志なのだろう。ならばアムロを少しでもシャアと接触させねばならないのか…

 

※※続きは「Fairy tale」本編でどうぞ……※※