頭を抱えるようにしっかりと
カミーユが公邸の中に足を踏み入れた途端、
その独特の甘い匂いが玄関広間にも漂っていた。それがなんの匂いであるかは直ぐに判ったのだが。
「いらっしゃいませ、カミーユ様…アムロ様は今少し手が離せない状態でございます…申しわけございませんが、少しだけいつもに居間にてお待ちくださいませ」
出迎えた老執事が柔らかな笑みと共に案内してくれる。
「解りました…コレはアムロさんが?」
カミーユは漂う香りを指す意味で何気なく指を天井へと向けた。
「はい…今朝から私共全員の分もお作りになると張り切っておられまして…」
執事マクレインの表情は苦笑の様にも見えるが、その実は嬉しそうな笑顔に、
カミーユもつられて笑顔になる。
あまり自由が利かない時代に暇つぶしも兼ねて料理を覚えた、とアムロは言っていた。しかし今は公邸で作る料理は菓子類だけ…と決めているそうだ。専用料理人の立場を尊重している為の様だが、何よりも
「此処の料理には全く不満は無いからね」
が理由なのだと。でもやはり料理する事は好きらしい。だからたまに厨房に立つ時の張り切り様は、容易に想像出来てしまうので、カミーユもそんなアムロを素直に微笑ましく思っていた。
…大尉はどう思っているか解らないけどな…
自分の為にだけとしてくれ、とか我が侭言ってそうだよな…
それは実に的を射た想像である。
「お待たせしちゃったねーカミーユっ」
とびきりの笑顔でムロは予想通りの品を持って現れた。
「やっぱりアップルパイでしたね…あまりに良い匂いにお腹が鳴ってしまいましたよ」
アムロがそれをテーブルに置くと彼の後に続いて来たメイド達が、お茶の用意とそして籠に山盛りに積まれた林檎を並べていった。
それを見て、アレ?と思ったカミーユは
「…コレ…林檎ですよね?」
と素直な疑問符を口にする。
「うん、そう…カミーユの知っているのと少し違うかな?」
アムロは笑顔で一つ手に取ってカミーユに渡した。
「コレはね、地球産…しかも日本の林檎なんだよ」
「ニホン?…ああ、だからこんなに大きくていい匂いがする」
近付けてクンっと鼻を鳴らすと、本当に美味しそうな匂いが鼻を擽った。
「この間グラナダ市長からシャア宛にいっぱい送られてきたんだよね…食べきれないから今日はパイにしてみたんだ…カミーユ、ラッキーだね?」
「はい、それは良い時に来ました」
カミーユの台詞に素直に気をよくしたアムロは、大きめに切り分けたそれを皿に乗せる。
「はい、焼き立てだよ」
「凄く美味しそうですっ…いただきますっ」
遠慮なくそれを口にしたカミーユは、そのパイのサクっとした食感、香ばしさ、林檎の蕩ける甘さ…だが全くしつこく無く程良い…と絶妙のバランスなシナモンの香りと…本気で感動した。
「う…美味いっっ…本気で凄く美味しいですよっっアムロさんっ!」
「…だろ?多分此処に来て一番の出来だっ♪」
アムロは本当に嬉しそうな表情で、グッと親指を突き立たてた。カミーユはパイの半分をあっという間に食べ切ってしまうと、紅茶で一息入れている。そしてアムロが目の前で林檎の皮を剥き始めたのに気が付いた。
「…アムロさん、ウサギに出来ます?」
「?出来るよ……ホラ、コレだろう?」
「やっぱり器用だなあ」
アムロが見せたその林檎にカミーユは顔を近付けた。そのままパクンっと口へと含む。
「…行儀悪いなあ、カミーユ」
そして、ついでにアムロの指も舐めるというオマケ付きで。アムロがビクンっと反応したのが心地良かった。
「んっ…これまた美味いですね…アムロさんが剥いてくれたからかな?」
「んなワケないだろ?…ったく、カミーユもシャアと同じ食べ方するんだから…」
シャクシャクと音を立てて再び感動しているカミーユに、アムロは釘を刺す様に言う。
「…何だか林檎で昔を思い出しました…」
アムロは微かに片眉を上げた。
「あ…もしかして……アウドムラで?」
「はい、地球産の林檎ってこんなもんかー…と思って食べたなあ」
苦笑するカミーユにアムロもつられて笑う。
「確かにコレよりはかなり大味だったよな…まあアメリカ産の林檎はあんなモノだよ」
「期待した分落胆が大きかったのかな?…まあそれより俺は…あの時、初めて解ったんだな、って思い出した」
「??何をだい?」
目の前のカミーユは正面からじっと自分を見つめてくる。そのマジメな視線に何を言われるのか、思わず身構えてしまうのだが……
「…クワトロ大尉とアムロさんの関係…昨夜寝たな、ってあの時しっかり感じました」
…身構えていて良かったっっ、とアムロはお陰で紅茶を零さずに済んだ。
「か…カミーユっっあのね…」
「あの時のあの人を優しい、なんて言えるの…多分全宇宙でアムロさんだけですよ」
カミーユは意地悪くアムロを見つめてみると、やはり顔を赤らめている。今でもこんな表情をする処が…大尉はたまらないんだろうな、と考えたけれど。
「…だって……本当に優しかったんだよ…」
「ふーん……優しく抱いてくれたってコトですねー」
「勿論今でも優しいけど……って?!カミーユっっ!何言ってるんだっっもうっっ!」
更に真っ赤な林檎になるアムロをカミーユは
確かに大尉の気持ちは解るよ…
とクスクス笑うのであった。
優しくされたかったけれど……
激しくてもいいと思った
強く壊れるくらい、バラパラにされるくらいに……
そんな風に抱くんだろうと思っていたそれでいいんだ、むしろそうしてくれ…と望んで
貴方に全てを差し出して……キスがとても優しくて驚いた
全てが温かく包み込んでくれた
だけど力強くてとても熱くて……
…苦しかったら…止めよう、と言ってくれた
だから
いいよ…続けて…苦しくなんかない…
苦しくなんかない…辛くなんか……そう言ったら涙が出てきた
今のコレじゃなくて、別の意味でだったんだけど……そしたら
強く引き寄せて頭を抱えるようにしっかりと強く抱き締めてくれた
その広くて熱い胸の中で…声を押し殺して泣いた
ずっとずっと…熱い大きな掌が頭を撫でてくれたよ……こんな時に人に優しく出来る貴方は
なんて優しくて、そして強い人なんだろうか……
「…もう戻ってきて、アムロさん…」
カミーユの強い言葉でハッと我に返る。じいっと自分を見つめている彼の表情には、機嫌の悪さがしっかりと出ていた。
アムロはバツが悪い気分で恐る恐る聞いてみる。
「………見えた…?」
「はい…本当に強い想い出なんですね」
わわわわわーっっ!と思わず頭を抱える。
…カミーユにも解ってしまうなんてっ…コレって凄くヤバイんじゃっ?!
そんなアムロの様子に、カミーユは軽く溜め息を吐く。
「大丈夫ですよ…俺と大尉にしか繋がりませんから…」
「で…でもさっっ…もしかしたらギュネイ辺りにも…」
「あの時代の想い出には『俺が』他人には干渉させません」
そうキッパリと言い放つカミーユに、アムロは逞しさよりちょっと怖さを感じる。
「此処では3人だけの秘密です…大丈夫…俺がアムロさんを守りますから」
「カミーユ…」
「まあ…この精神的ガードは…確かに大尉には敵いませんけれどね」
苦笑するカミーユの言葉が胸に響く。確かに自分の「心」はこの二人に守られているのだ…そして自分も同じように二人を…守っているのだと。
「ありがとう…カミーユもさ…俺のこと頼りにしてくれている?」
「当たり前ですっ」
カミーユはムキになる様な…今の彼にしては子供っぽいかもしれない表情を見せた。
「あの時から俺は…ずっとアムロさんの傍に居る…そう思ってますから」
ホンコン・シティは蒸し暑かった……
だから余計にイライラしたのか……大好きなあの人に「一番」に見て欲しくて…
他の誰かの事を考えて欲しくなくて……
他の誰かの名前が出るだけでイラついて怒ったりした
ムキになって意地を張って我が侭言って
随分と困らせてしまったけれど……それでもその優しさにずっと甘えていたかった…
子供扱いは嫌いだったけれど…
このまま「子供」でも良いと思っていた
「子供」のフリして甘えて…
ただ貴方の傍に居たかっただけなんだ……とても綺麗だったあの夜を…
俺は絶対に一生忘れない……
「ほう…今日はアップルパイか」
シャアが優しく笑ってそれを口に含む様子を、アムロは期待と不安が入り交じった表情でじっと見つめている。
「…ん…これは美味いな…とても気に入ったよ」
ぱああっと明るい表情になっり、アムロはシャアに抱きついた。
「良かったっっ…林檎が良いせいだと思うけれどね」
「素直に君の腕を私は認めるよ」
そして二人は軽いキスをニ、三度と交わす。
「昼間カミーユが来ただろう?林檎ご馳走様です、とメールが入っていた」
「うん、カミーユも気に入ってくれたよ……ちょっと昔思い出して恥ずかしい事になったけど…」
「…ふむ…それは是非とも聞かせて貰わないとな」
薄く笑うとシャアはアムロの首筋に幾度も口付ける。
「おっ…怒るよーな事じゃないよっっ勘違いするなよなっっ」
「それは聞いてから私が決める」
「ばっ…ばかっっ…も……んんっ…」いつもの様に二人の甘い時間が始まって……
愛しい妻の身体に淫熱を与え続けていると…シャアの視界にはテーブルの上に乗せられたその果実が入ってくる。
「…禁断の木の実、罪の果実か…」
「ん…ぁあ……な、なに…?」
「何でもないさ……愛しているよアムロ…」
THE END
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季節外れ?だけど、Z本編見直しで書きたくなりました…ちと意味深?
あちらの林檎って生食すると日本の林檎に慣れていると微妙だ…
カミーユもあまり美味しそうに食べてないし(苦笑)(2012/1/29UP)