包み込むようにそっと
現時点では仮の…とはいえ
既に国家元首と同様の立場にいるネオ・ジオン総帥閣下は、
相変わらずの忙しい日々を送っている。
一時期の殺人的スケジュールの日々に比べれば、かなりマシにはなっているのだが。あの頃は戦場で死ぬ事など全く怖れなかった自分が、
「過労」で死ぬのではないか?と一瞬だけ怖れた事があったのだ。
未だデスクワークそのものに慣れぬ時期…であったが故の瞬時の迷いだった。
あの頃とは違い、勿論総帥職に慣れてきた…という事もあるのだが、今はかなり落ち着いて全ての仕事がこなせている。
何よりもあの時期とは目標とするものに、賭ける意気込みが…想いが違い過ぎるのだ。
自身の意志とは関係なく担ぎ出されて漠然とこのまま流されるのか…と考えていた頃の自分とは違う。今は愛する者とその周囲の者達の平和な幸せの為に、自分は此処に在るのだ…と強く実感することが出来た。
想いは人を強くする、という言葉を身を以て実感している。
それが今のシャア・アズナブル総帥であった……
久し振りに数日前から帰宅が日付が変わる深夜、と続いている。
連邦政府との次の交渉内容についての草案がかなり煮詰まっていた。
常に難問なのが、やはり軍備についての内容である。こちらとしては一歩も譲る気はないのだが、連邦政府は何かと苦言…というか早い話がただのイチャモンを付けてくるわけで。
現在のネオ・ジオンの軍事力など物量だけの計算で言えば、現連邦軍の地球上全基地・月都市常駐軍・各コロニー常駐軍全てを合わせた軍備の、三十分の一にも満たない数なのである。それでも多過ぎる、と向こうは主張する。まあ喩え百分の一にしても文句を言ってくるのは容易に想像が付くが。
シャア自身はこの数でも、主な指導者が居ない今の連邦軍相手に充分に勝てる自信はある。しかしながら戦争を起こす事は当然目的では無い。
ネオ・ジオン軍の存在は、他勢力に対して威嚇と牽制の為にあるのだ。一瞬の隙も与えない独自の精鋭軍が求められる。それを最小限の軍備で保つ現状故、絶対にこれ以上の軍縮は認めない…その強い方針は貫いている。
それについての対策を、連夜に渡って政務官達と深く話し合っているのだ。そんな中でどんなに遅くても、彼は公邸へと帰る。
今、傍に居る此の世界で最愛の者の顔を見ずに、翌日の仕事をこなせるわけがない。
深夜の帰宅故、愛しい妻…アムロは大抵は眠っている。彼を起こさない様に万全の注意を払って、そっとベッドに潜り込む様にしているのだが…八割方必ず目を覚ましてしまうのだ。
「…ン……お…かえり…」
半分は未だ夢の住人だろうのアムロが、ぎこちない動作でゆっくりとその手を伸ばしてくる。彼を抱き寄せて頬と唇にキスを贈ると、シャアは優しく耳元で囁いた。
「ただいまアムロ…起きなくても大丈夫だよ…」
その甘い声に小さく頷くと、アムロは再び静かな寝息を立て始める。その愛しすぎる顔を、シャアはこの上も無い幸せな気分で見つめるのだ。
ほんの数時間でもいいのだ……
こうしてアムロの顔を見つめて君の体温を感じるだけで…
私は…明日はもっと強くなれるよ……
シャアは包み込むようにそっと…その至上の身体を抱き締めた。
本当に忙しいんだな…シャア……
まあ彼の事だ…体力維持には気を遣っているだろうから、その点は全然大丈夫だけれど…
常に一人で居るワケでないし、昼間は俺が心配する必要はないんだけれど……
…だけど……
……だけど…さ……
………もう…ずっと…
……朝のキスくらいしかしてないんだよ……
強化ガラス製の窓の外…総帥府の建物を見つめながら、そんな事をつい考えてしまうアムロ・レイ総帥夫人であった。
ああっいけないっっ!なんて我が侭だっ!…欲求不満なのかっ?…なんて恥ずかしい奴なんだっ俺はっっ!
情け無くて、オデコをゴンっと窓ガラスにぶつける。
シャアに愛される事に慣れてしまった身体は、本当に贅沢になってしまったなあ…と自分でも呆れてしまうのだが。
キスの回数…で不満?
それとも…夜も……ご無沙汰だから?
……俺の莫迦っっ!阿呆かっっ!男のくせに情け無いっ!
ましてやこんな考えは総帥夫人失格だぞーーーっっっ!
ゴンっっ☆
戒めの意味でもう一度ぶつけてみた。ガラスの強度のせいもあるのだろうが…
やはりちょっと痛かった。
「大佐……相当お疲れのご様子…ですわね」
「ああ、『とても』疲れているな」
ナナイ大尉の差し出した書類に素早くサインをすると、シャアは憮然と言い放つ。常人ならば「忙しそうだ」くらいしか感じないだろうの総帥のその雰囲気を、
ナナイは「明かな疲労」のオーラとして正しく感じ取っていた。
「例の草案ですか…まだホルスト副官は納得出来ない…とおっしゃいますか?」
「ああ…今朝もわざわざそう告げてきたよ」
ナナイだけの前のせいか、シャアは明かな溜め息を吐いて、椅子に深く背を預ける動作を取った。
「ならば今回の件は大佐の一存で、という強攻策を取ってもよろしいのでは?」
「…出来なくはないが…私が向こうの意見も良く解るという点で少々迷っている」
シャア自身も今回は相当の慎重策を取りたいという事か…とナナイは判断した。政治的な駆け引きは政務官達の担当なのだが、内容が軍備に関する事には彼女も軍務副官として関わっている。
「連邦の腑抜けな高官共を相手にする前に、こちらの意見を纏められないのであれば、どうにもならんな」
シャアの自嘲気味な表情を見て、ナナイは軽く首を振る。
「深く慎重に話し合いが持たれる事は組織の繁栄に大いなる貢献を致します…ですが、これ以上の会議は『無駄』にしかなりませんわね」
パタン、とファイルを閉じてナナイはシャアに一礼後、踵を返し退出しようとした。
「ナナイ…」
呼び止められて振り向くと、シャアがそれは強い視線を向けてくる。
「ナナイ大尉…私は今夜こそ『早く帰りたい』…」
その言葉の意味も彼女は瞬時に理解した。
「…了解致しました…お任せ下さい」
美しい笑顔と共にもう一度一礼して退室したナナイは、直ぐに携帯機器で連絡を取る。
「…私だ…総帥閣下よりAクラス最優先命令……例の件を実行する…ホルスト夫人の現在の居場所を大至急検索せよ…そう奥方よ……頼むわね」
そして通信を切り、少し首を傾げる。
「…あんなに限界なんだったら…今すぐアムロ少佐を呼んだ方が早かったかしら?…ううん…戦術的にどちらがより効率的かよね…」
納得出来るまで独り言を呟きながら、ナナイ大尉は廊下をカツカツとそれは美しく歩いて行くのだった。
「今夜も遅いんだろうな…」
11時半…と示した時計を見ながら、夫婦専用居間で一人でお茶をしていたアムロは呟く。
明日…俺は休みだから…もう少し待っててみようかな……
ずっと「お帰りなさい」をちゃんと言えない事も、今のアムロには辛いのだ。
何よりも…
シャアに会いたい…顔が見たい…
抱き締めてキスしたい…キスして欲しい…
シャア……キス…してよ…
瞳を閉じて彼とのキスの感触を思い出して…
と、その時ノックの音がして、アムロは思いっきり焦ってしまう。
慌てて扉を開けるとノックの仕方で解ってはいたが、執事のマクレインが立っていた。
「アムロ様…旦那様からご連絡がありました…先程総帥府を出られたそうです」
途端にアムロの表情がとびきりの笑顔になる様子を、マクレインは微笑ましく思う。
「本当にっ?!…あ…じゃあっ!出迎えなきゃっっ!」
いきなり走り出したアムロの背中にも、彼も笑顔で声を掛けた。
「アムロ様っっいきなり走り出されては…お足元が危のうございますよ」
そして10分後…
総帥公邸の玄関広間では、総帥夫妻のそれはそれは熱い抱擁シーンが久し振りに繰り広げられたのである…
「あっ…あのさ…シャア…疲れているんだろうから…今夜は無理をしないでさ……あっ」
「疲れているからこそ…君を思いっきり抱きたいのだよ…アムロ」
「んっ……んん……も……そんなコト…言って…んくっ…」
「だいたい本当に疲れていたらこんな風にはならんぞ?」
「…?!…わっわざわざ触らせるなっ!…ばかっっ…」
自然と目が醒めた。
良く眠ったなあ…と素直に感じるスッキリさである。
「あ……珍しい…」
アムロがそう呟いたのは、隣でシャアが未だ静かな寝息を立てていたからだ。
「…本当に疲れていたんだろうな…」
まあ…昨夜の張り切り振り?を考えれば、アレも原因なのかもしれないのだが……
ふと…昨夜の行為を思い出して、アムロの頬は赤くなった…
シャアも今日休暇をもぎ取ってきた、と聞いている。自分もこのままベッドの中に居て…彼を起こさないのが一番良いだろう、と考えた。
そっと手を伸ばして、その端正な顔に掛かる金糸の前髪を優しく指で上げてやるが…シャアは目覚めない。
自然と口元が緩む。アムロにとっては滅多に見られない夫の寝姿であるので…
「うん…寝ていても本当に男前だね」
身体を伸ばしてその眉間の傷に優しくキスをした。そのまま自分の胸へと優しく包み込むようにそっと、その頭を抱き締める。
ずっとずっと頑張ってくれる貴方に…
どんなに感謝しても…どんなに想っても、それが全然足りないくらいだ…
だから俺はそんな貴方をただこうして……
「…いっぱいいっぱい…愛しているよ…シャア…」
その髪に優しいキスを落とすと…
「…ああ…私もとてもとても愛しているよ」
そのまま背中に彼の手が廻って強く抱き締められた。
「………ずっと寝たフリしてたなっっ!…ホント意地悪いっっ…」
アムロがその後頭部を軽くポカスカ☆と叩くが、シャアは声を上げて笑った。
そんな彼の様子にアムロは「ったくっ…」と小さく呟くと
「……起きる…?」
と一応尋ねてみる。
「いや…昨夜の続きをしたいな…」
そう応えてアムロの胸に幾度もキスをした。
そのまま彼の唇と手は不埒に妻の身体を彷徨う。
「んっ…もう…しょうがないね…ぁあ…」
「たまにはいいだろう…?」
「…たまに…ね…まあこんなに遅い朝は久し振り…か…ぁっ…ん…」
そして二人は朝から気兼ねする事なくシーツの海に沈む……
そんな贅沢な愛し方を今日は楽しむのである。
FIN☆
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ただのイチャイチャが書けて幸せだっ♪♪(2012/1/22UP)