Angelic Egg   vol.1

 

 

スウィート・ウォーター内の住居区は、はっきりと層が分かれている。コロニーの中心を走るリニアトレインに乗るとそれが良く判る。

密閉型部分はアップタウン、その下はダウンタウン…とはっきり言われており、確かに分かり易いのだが。アップタウン側は…閑静な高級住宅地みたいなものである。
もちろん多くの住民はダウンタウン側に住んでおり、工場や学校…病院などもこちら側にある。またコロニーの中枢部を置いている関係もあって断然活気があった。やはり中心となる中央広場があって、そこから延びるいくつかの大通りにはそれなりの店が並び、休日も人々で賑わう。この様な光景は少なくとも二年前と比べたらなんと大きく変わった事か…と多くの住民が口にする。其程までにこのスウィート・ウォーターは変化しているのだ。
少なくとも「現在活気のあるコロニー」としては、全コロニーの中でもかなり上位に組み込まれるだろう。うち捨てられた難民用コロニーが新しい指導者の下で新しく生まれ変わろうとしている…宇宙に住む多くの者達がその変化を目の当たりにしていた。

中心街を離れた裏通りもあちこちが工事中や補修中だったりするのであるが…まあこの辺りはどこの街もコロニーでも似た様なもので、古ぼけた店構えが雑多に続く場所がある。一般人にはあまり興味がないであろうの代物を扱うこの界隈も、夕方時間からは人影が結構目立つようになるのだった。

中古の機械部品などを多く扱う…所謂ジャンク屋と呼ばれる店も大抵此処に集まっていた。
そんなありふれたジャンク屋の一つである店の主人が、先程から商品を眺めている客が気になっている。黒いキャップを深く被っており顔は良く見えない。どちらかと言えば青に近いグレーのパーカーにジーンズ姿…の男である。
この手の恰好をした客はこの界隈では全く珍しくないのだが、店の主人は妙に気になって仕方がなかった。パッと見ではかなり若く…十代にさえ見える。しかし落ち着きはあるし…何よりも彼が時々手に取る商品が、そんな子供?が何でそんなモノに?という物ばかりだったので。暫くその姿を眺めているうちに余計な事まで考える。その男が何気なく後ろを向いた時、そのピッチリとしたジーンズに包まれた…綺麗に小気味に上がった尻から太腿への見事なラインに、思わず口笛を吹きそうになった。
(イイケツしてるぜ…『男』…なんだよな?しかし十分使えるなありゃ…)
もしこの主人が客の正体を知ったら、そんな不埒な妄想をしてしまった事に、色々な意味で震え上がるであろうが…。

「おじさん、このパーツだけど…」
頭の中でかなりの不埒な妄想をしていただけに、声を掛けられただけでギクリと驚いてしまう。
「あ…ああっ…なんだい?」
主人は奥から出て来てその客の側に立つ。近くで見るとやや幼い顔付きが見えて、やはり十代の子供か?と考えた。
「コレさ…何処から手に入れたの?まさか軍からの流出モノ?」
ある部品の入った箱を手に取り軽く振ってみせながら、彼は言う。
「ああコレか……いや、月の方から流れて来たヤツだよ。最近は軍も内部規制が厳しくなったらしくてなあ…お宝を流してくれるルートが無くなっちまってな。廃棄部品は安く『正規に売れ出し』なんてやってやがるし。んでもって…俺達が欲しいレア物はまず流れてこないんだよな」
「…ふうん」
「二年くらい前なら高く売れるモノも結構横流しされて来たんだが…大きな声じゃ言えないが軍用武器とかもな。最近は軍からのおこぼれが望めないんで、製造元に直接当たったり他コロニーのジャンク屋と取引したりかな…それから月からはイイ物が来るようになったぞ」
「そう…二年前と比べたら…やっぱり不便を感じるのかな?」
箱を棚に戻しながら、その年齢不詳の青年は訊ねてくる。
店の主人は顎に手を当てて、ううむ〜と考え込んでいる。
「ま、確かに軍からイイモンが流れて来ないのは残念だが…他のコロニーとの取引がやり易くはなったんだよな…以前は『スウィート・ウォーター』ってだけで相手にされなかったんだがよ。後な、月との取引はかなり規制緩和されて良くなっているぜ?確かなモンが入ってくる。ホラ、それもフェリペ製の正規品だぞ?」
青年が棚に戻した製品を指差して主人は言う。
「うん…確かにそうみたいだね。だから聞いたんだよ」
微笑する青年を見て、その正体がますます解らなくなった。
「センサー系の部品を探しているのかい?それはプチモビ用なら最高なんだが…個人が使うならなんならこっちの…」
「いや今日はいいよ…ありがとう、また来るから」
軽く手を振って去りゆく青年の…微かに見える赤い巻き毛とその声に、どこで見たような聞いたような…と思うのだが、店の主人は最後まで思い出せなかった。

 

店を出たすぐ其処には体格的にも目付きにも少々威圧感のある黒髪の青年が立っていた。
「かなり時間を掛けてらっしゃったので心配しました」
「…だから時々覗いていたのか…」
此処は本拠地なんだからそんなに心配する必要ないのに、と苦笑する赤毛の青年に向かって、黒髪の青年はムスッとした顔を向けた。
「喩えネオ・ジオン内であっても、いつ何処で何が起こるかは解りません…それにこの界隈は以前は治安が悪かった場所ですしっっ……ですから俺は全力で少佐をお守りするんですっ!」
かなり真剣な部下のその表情を見て『まだ月での事件の事…気にしているのか』とアムロは思う。これ以上何かを言うと、ギュネイのトラウマを刺激しかねないな、と素直に考えた。
「…だいたい大佐の留守中にこんな真似をするなんて…確実に怒られますよ?」
「留守中じゃなきゃ逆にこんな事出来ないじゃないか」
しれっとしてアムロは言う。
「取り敢えずネオ・ジオン軍内部の新しい規律もかなり浸透している事はよく解ったし…少しは安心した。まだ一年前でも軍からの横流し品とかが色々と酷かったしね…」
その言葉をギュネイは重く受け止めてゆっくりと頷いた。
「…そうですね…俺は少佐がもし今こうして…隊長でなかったら…と想像するとゾッしますよ」
「そうかな?俺が居なくともシャアだけでも上手くやっていけると思うけど?色々と時間掛かるかもだけど…」
「そういう意味でなくて…少佐が此処に居ないって想像はですねー、大佐がいったいどういう状態か解らないって事ですよ?…とても怖ろしい事じゃないですかっ」
その言葉には応えずに、宇宙の平和をその身一つで保っているのだろう…の総帥夫人は綺麗で柔らかな笑顔を向けてきた。

 

別の通りに出れば、更に人は増えて食欲を誘う良い匂いが漂ってくる。あちこちに屋台や出店が出て、賑やかで明るい喧噪だ。その人々の笑い声がアムロには気持ち良かった。まだまだこのコロニーで住民の為にやらねばならぬ事はたくさんあるけれど…美味しいモノとお酒で陽気に笑う人々の笑顔がたくさんあるのなら大丈夫だ、と思うから。
「何だか結構賑わっているんだね…」
「ええ、これも治安が良くなった証拠ですね。最近この手の屋台が流行っているみたいなんで…色んなモノあって面白いですよ。俺も時々食いに来ます」
「へえ…楽しそうだ…あれは何だろう?」
アムロが興味深げに一つの屋台を覗き込もうとして人混みに入ろうとし…ギュネイは慌ててその腕を掴んだ。
「ダメですよっっ少佐っっ!…危険ですから俺から離れないでくださいっっ」
本気で焦っているその表情をアムロはじとっ…と横目で見つめた。
「……ずーっっと思っているんだけどさ……ギュネイは俺の事を何か凄い高貴なお姫様とかと勘違いしてないか?確かに俺の地位は高いのかもしれないけど…」
男なんだしそこまで大切にされなくとも…と言いかけたアムロに対して、本当に「真剣な」表情で部下兼護衛を務める副官候補士官は、キッパリと言い放った。
「勘違いじゃなくてっ俺にとって少佐は本当にその通りの存在ですからっっ!!」
「……………あ…そう……」
この部下の間違った見方はどうやったら修正が出来るのだろう?と頭痛を持って考えた。
と…その時……

……リン…リリン………

鈴の音に近い共鳴音にアムロはハッとする。
…何?…何の音だ…??
心地良いあの音はまだ響いている。周囲をぐるりと見回すと…店と店の間にある小さな扉に目が止まった。何の変哲も無い木製の扉…そこから感じる淡い緑色の「何か」の微かな意思。
思わずそこから目が離せない。
……呼んでいる…のか?俺を……?
考えるより先に脚が動いて…その扉の方へとゆっくりと歩いていく。
何が…呼んでいるんだ…?

突然、隣に居るはずのアムロの「気配」が消えてギュネイは心臓を本気で凍らせた。
……なっっ?!少佐が……消えたっっっ?!
つい今の瞬間まで「此処に」「自分の側に」居たはずなのに!!
…う……嘘だろう?…俺は…今の瞬間まで…見ていたんだぜ…?!
途端に襲ってくる吐き気と眩暈……

何だ?なんだよっっこれっっ!!
…アムロ少佐っっ…少佐は何処に行ったんだーっっ?!

 

※※続きは「Angelic Egg vol.1」本誌でどうぞ……※※
※※ブラウザを閉じてお戻りください※※