[.もっともっともっと

 

 

もっともっと…囁いて
愛しているって言って…
他の誰にも言わないその台詞を

俺だけに永遠を誓って……

もっともっと…

本当はね…

もっともっともっと
愛して欲しいんだよ………

 

 

 

アムロ・レイ・ダイクン少佐の日常は…
ネオ・ジオン軍MS部統括隊総隊長として多忙な日々を送っている。
平和な時代の士官達は、大抵がデスクワークに追われる毎日だろうが、やはりアムロも例外ではなかった。MS隊員全体としても、シミュレーションマシンによる訓練をメインとして、交代で近領域内での哨戒活動や、要人関係の警備活動などを日々行っている。しかし総隊長であるアムロがパトロールなどに駆り出される事は無く、その部隊を統括し編成をするのが彼の仕事なのである。
アムロの地位であれば、専属の秘書官を指命しても良い事になっている。しかし其処までの仕事量は無いと…またMS部隊総務班の優秀な女子士官達の後方支援力を認めて、彼は秘書官を置いてない。元々の能力もあるし、もう一つの肩書きの「ネオ・ジオン総帥夫人」としての周囲の注目のプレッシャーも撥ね除けて、彼は極めて優秀な総隊長を務めていた。極稀れに「総帥夫人」としてイベントや会合に参加する事もあるが…そちらの昼間の仕事は本当に少ないものだった。(アムロが故意にそうしているのだが…)

 

軽い電子音と共に、ある人物からのメッセージが届いている事が知らされる画面を確認し、アムロはふと眉を顰めた。
彼にはその地位故に、他の誰にも知られずにその人物と直接のやり取りが出来る専用の回線が与えられている。その相手とは勿論…ネオ・ジオン総帥であり、アムロの夫のシャア・アズナブルなのであるが。
映像での通信でなく、メッセージだけを送ってきたようである。
『本日、AM11:45…総帥執務室へ。待っているよ』
短いメッセージの中にある向こうの意図は全て理解出来た。
「…随分と久し振りの呼び出しだな…」
公私混同を避けている2人は、日中は何か行事でも重ならない限り、顔を合わせる事は滅多にない。お互いの仕事を尊重するが故の行動でもある。
そんな中でもたまにランチなどを一緒にする事は、周囲に居る者達にとっては微笑ましい光景であるのに、ここ最近は逆に皆に気を遣われる程に「無かった」のだ。まあ…その原因はほとんどアムロが断っているから、なのだが。
故に今日もどうしようかと考えたが…アムロはふと今日が何の日であるかを思い出す。
------あ、今日は……そうか…
ますます迷ってしまったが、少し躊躇いがちな表情で『了解』とだけの更に短いメッセージで返した。

 

扉の前の護衛士官から連絡が入る。秘書官を通さずに此処に入室出来る特別な権限を持った者が来た証だ。
『総帥閣下…アムロ少佐がお見えです。お通し致します』
シャアは「ありがとう」とだけ告げて、愛しい妻を待つ。
「失礼致します、総帥閣下」
大抵きっちりと敬礼して入ってくるのが、アムロらしいと内心苦笑しながらも、シャアもそれに返していた。
そのまま近付いてアムロの細い腰を抱き寄せ、挨拶程度のキスを贈った。いつもの様に「勤務中だよっ」と怒られるかと思っていたが、意外にも今日の彼は大人しい。
「今日も断られるかと思ったよ…素直に嬉しいぞ」
「……まあ…たまには…ね」
何故か照れている様にも思えるその表情に、シャアは理由に心当たりがあるのだが、敢えてそれは口にしない。
「では出掛けようとしようか」
「え?…此処じゃないのか?」
「今日は郊外の場所を予約してある」
今までランチを一緒にした例は、大抵が別室に食事を運ばせてか…あるいはたまに総帥府の士官食堂で周囲を緊張させながら、であった。
珍しい事もあるな、と思いつつアムロはシャアの後に大人しくついて行く。

 

総帥の専用リムジンエレカで移動する。さほど時間は掛からずに、雰囲気の良い一軒家のレストランの裏手にエレカは到着した。数人の店員が恭しく出迎えて、裏口からそっと案内してくれる。こういう扱いも最近はすっかり慣れてしまったアムロ総帥夫人であった。
通された個室には、中央に置かれたそのテーブルの上に、それは見事で、そして大変豪華な白い薔薇のアレンジメントが飾ってあった。
それを見たアムロは思いっきり表情を引き攣らせる。
「……貴方が頼んだのか…?」
「私はテーブルの花は白い薔薇にしてくれ、としか言っていないが?」
「貴方の名前でそんな事言ったら絶対にこーなるだろーがっっ!!」
派手な事はしないで欲しい、が口癖の愛しい妻の、想像通りの反応に微笑みながらシャアは優しく応える。
「まあ店側の好意なのだからね…そう怒っては彼等にも花にも可哀相だろうに」
…確かにその通りなので、アムロもそれ以上は何も言わずに席に着いた。
改めて近くで見ると、白い薔薇を中心に作ってある本当に立派な花のアートである。正面に座ったシャアも感心した表情で、それを横目で眺めていた。
「これは見事だな…清々しくとても美しいが…凛として力強ささえ感じる」
「そうだね…俺もそう思う」
何となく複雑な表情も見せて、アムロも応える。
その時、店のオーナーが恭しく挨拶にやってきた。総帥夫妻のランチの場として選ばれた事を、かなりの名誉に感じていると頭を下げて、感激の表情を隠さずに興奮気味に捲し立ててくる。そのシャアは軽く礼を言って料理を楽しみにしていると応え、そしてテーブルの上のアレンジメントの話題にも触れた。
「ところでこれは実に見事だな…私もアムロも気に入ったよ」
「それはっありがとうございますっっ!デザイナーは総帥夫人のイメージで作ったものですから…とても喜ぶと思いますよっ」
…ああやっぱり…とアムロは少し引き攣った笑顔を見せた。
「成る程、確かにアムロのイメージだな」
というシャアの台詞に、気恥ずかしさから思わず睨み付けると
「だから私は白い薔薇、としか言っていないよ?奥様」
と大変満足した笑顔を見せてきたので…ますます恥ずかしくなるアムロである。

 

そんなアムロも、上品な味付けの美味しい料理に機嫌が治ってしまう。
その様子を感じて、シャアは内心ホッとしていた。
「君の好みの味付けではあると思うが…どうかな?」
「うん…流石貴方が選んだ店だけはあるね」
シャアは元々店を選ぶセンスが良いし、何よりもアムロの好みを熟知している。そういう点でも抜かりない処…そしてそれに乗せられてしまう処も、悔しいがアムロが認めてしまう部分だ。
「君がそう言ってくれるのはとても嬉しいよ…今日のランチデートを承諾して貰えて本当に良かった」
贅沢な美味しいランチを妻と一緒に過ごせるという事…この上もなく幸せに思う。滅多にこのシチュエーションに巡り会えないものだからか、余計にそう感じてしまうのだろうか。
アムロはそんな感情が素直に表情に表れている自分の夫を少しだけ見つめて、直ぐに料理へと視線を戻す。
「そ、そりゃ…今日は…こういう日だからさ…」
照れくさそうな愛しい妻の表情を、シャアは益々優しく見つめる。
「ちゃんと気にしてくれたのだな…嬉しいよ」
そう、今日は恋人達の愛の日…と言われる日なのだ。
本日は帰宅後の夜に盛大なプレゼント攻勢をしようとシャアは計画していたのだが…出来れば昼間もアムロに会いたくて、昨日思い立って此処に予約を入れたのだ。
「昼間の君はいつもクールだからね…返事を貰うまでとても不安だったよ」
「…随分な言われようだなあ…人を鬼みたいに」
「君の言い分が正論で、そして私の立場を考えて…という事は充分理解しているさ」
妻の厳しくなった視線を受けて、シャアは苦笑で返した。アムロは何よりもシャアの地位に於ける公正さを気にしている。自分の事に対しても公私混同にならない様にと、常に周囲の目に気を配り、努力を怠らずにそれに伴う結果を見せてくれている。そんなアムロの想いをシャアは何よりも身に染みて感謝しているのだが…ほんの時々で良いから……
「私の我が侭を通して貰って、悪いとは思っているよ」
頑張ってくれている昼間の妻も、優しく抱き締めて「ありがとう」と言いたいのだ。
暫しの間の沈黙…そしてアムロがやっと口を開いた。
「……シャアは悪くないよ…逆に俺の方こそ…」
視線を下に向けたままでアムロは応えた。
「俺さ……ちゃんと『駄目だ』って自分に強く言い聞かせないと…とってもマズイから…」
「?…何がマズイのだ?アムロ…」
気になる言い方をする妻に素直に尋ねてみる。ナイフとフォークを静かに皿の上に置いた、俯いたままのアムロの表情は何やら憂色が漂う様にも見えて、シャアは少し不安になった。
「……贅沢…だと思うんだ…」
アムロは良く「派手なのと贅沢はダメだよ」と言ってくるのだが…この幸せな時間もやはりダメなのか?とシャアは考えてしまう。
ますます微妙な空気が2人の間に流れた。
「……だって俺は…充分に幸せなのに…」
…いや、少し違うようだな、とシャアは無言のままでアムロの言葉を待った。
「シャアと夫婦になれただけで…本当に充分なのに……もっと…って望んでしまうなんて…」
アムロは自分の膝の上で両拳をギュッと握った。
「そんなのっっ凄く贅沢だと思うからっっ…だからダメなんだよっっ」

…ますます…言葉を失うとはこういう事か?という表情でシャアは…頬を染めて俯いたままで、ぶんぶんと首を振る妻を正面からじっと見つめている。
そして彼は食事中であるが…思いきりガタンと音を立てて立ち上がる。その様子にアムロはそこでやっと顔を上げて、此方に近づいてくる彼を見つめた。
「え…?あ、あの…シャア……ってっっ!?」
座ったままの状態で思いっきり抱き締められた。
「ああっっアムロ…君は…君は本当になんという…っっ」
自分の妻には本当にいつも感動させられるが、今回はまた格別な気がする。
「贅沢なものかっ…もっと私を求めてくれ…アムロ…」
「…シャア……だって…」
逞しい身体を屈めて自分に縋り付くように抱き付いているその拾い背中に…アムロは腕をそっと廻した。
「凄く我が侭で贅沢なんだよっっ…本当は…もっともっと…貴方と一緒に居たくて…昼間だって本当は…もっともっともっとっっ…」
「アムロっっ」
更に強く抱き締められるのが解る。
「…貴方を感じて……愛してるってたくさん言って欲しくなってしまうからっっ…」
この上も無く幸せな表情見せるシャアの顔が近付いてくる。アムロは瞳を閉じてそれに応えた。深く重ねられる唇…熱い舌が入り込んで来てもアムロは当然拒まない。
いつもならこんな場所でっ…と色々文句も言ってしまうかもだが…今日はそんな気分にはならずに…だ。

…ああ…俺ってやっぱり駄目な総帥夫人…だなあ…

そう考えながらも、自分もシャアの舌の動きに同じように応えて…熱く激しい口付けを堪能してしまう。
「…君の愛を本当に手に入れたと改めて思い知らされた…最高の愛の日だな」
シャアがとても嬉しそうだから…それだけで本当に嬉しくて幸せで……
「う…ん…俺も…こんなに幸せで…いいのかな…って…」
アムロは思わず目尻が熱くなってしまう。照れくさそうに笑うその姿が本当にただ愛しくて、シャアも何故か泣きたい気分になってしまった。
「君が望む限りの私の全てを…君に贈ろう…アムロ」
「シャア…俺の全ても…貴方のものだよ…」
再び熱いキスを何度も何度も交わす。
何故こんなにも今日が熱く切なくなるのか…アムロには解らなかったが…今はただシャアの胸に全てを委ねたかった。

St.Valentine Day…と言われるこの上も無いこの愛の日を……
2人が一緒に迎えられたのは、実は初めてなのであった……

 

 

 

もっともっと…君に愛していると囁いて
他の誰にも誓わぬその言葉を……

永遠に君だけに……

もっともっと…

私の愛に君が応えてくれるなら…
そして君に愛されるのなら……

私はこの世の全てに優しくなれるよ……

 

 

THE END

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VALENTINEには間に合いませんでしたが…私はただ2人の小さな幸せが
皆にも同じ様に降りかかるHAPPY ENDINGを望むだけなのでございます…
(2011/2/15 UP)