W.形跡

 

寝室のベッドは最高に寝心地が良い。
シャアが2人の為に、と吟味に吟味を重ねて選んだ夫婦の愛の褥…だからである。
今までの人生の殆どを、余り快適とは言えないべッドの中で睡眠を取り、色々とあって不眠症が持病になる程のアムロであったが…
このベッドでは怖ろしい程に良く眠れていた。
まあ…ベッドそのものの素材より…隣に精神安定剤が寝ているせいかもしれないのだけれど…

今のアムロの朝は…
大抵は旦那様に甘く起こされて始まる。シャアは目覚まし時計は不要の、自分の決めた正確な時間にはっきりと覚醒する体質なので。鍛えられた軍人らしい資質なのだ。
そしてアムロの方は、べッドの中で少し睦み合ってから一緒にシャワーを浴びて…その辺りでやっとはっきりと目が醒めるのだが。確かに低血圧気味ではあるのだけれど、それよりも朝の甘い時間が幸せなので…わざと目覚めないのかもだ、と自分も思っている。
もちろんシャアの方も、この寝起きの悪い奥様がとにかく大変可愛らしくて仕方がない。朝の睦み合いも、ネオ・ジオン総帥として日々頑張る彼の、大事な原動力なのだ。

 

大抵は2人で同じ朝を迎えていたが、やはり多忙な総帥閣下には、時々はかなりの早朝に出庁しなければならない日もある。
それはとても辛い朝なのだ。
自分の決めた時間にきっちりと起きて、未だ夢の住人である腕の中の愛しい存在に朝のキスを贈る。
「おはよう、奥様…今日も良い朝だよ」
「…ん…………」
覚醒していないアムロの髪に頬に唇に、たくさんのキスを贈ってから、名残惜しげにそっと身体を離す。アムロの方は本日は休暇であるので、出来る限りゆっくり寝かせてやりたかった。
「…ん……シャ…あ…?」
身体が離れた時にアムロが焦点の定まらない瞳で不安げな声を上げた。その様子があまりにも愛しくて、思わずもう一度、と強く抱き締める。
ああ、やはり自分の奥方は宇宙で一番愛らしいぞっっ!としみじみ思いながら、沸き上がる欲情と格闘しつつ…並ならぬ忍耐と理性でそれに打ち勝ち、彼は心から名残惜しげに寝室を出て行くのであった。

 

「……ん…っっ…?」
自然に目覚めたアムロは、未だ寝ぼけた状態で腕を無意識に伸ばす。そして身体が予想していた存在が無くて…一気に覚醒した。思わず飛び起きて自分の隣にいつもの存在が無い事に…彼も一瞬だけ恐怖を覚える。
「…あっ…あれ?…あっ…そうか……」
そこでやっと今朝のシャアは早く出ていかねばならなかった事を思い出す。そのまま上半身を俯して上掛けのシーツを挟んでぽてっと二つ折りになった。
「…参ったなあ……こんなに……なんてさ…」
シャアが隣に居ない事に焦るなんて…本当に自分はマズイと思う。結ばれた途端に、その喪失の恐怖を感じるなんて…本当に駄目だ。
何て我が侭で何て女々しい感情…
自分が本当に嫌になるが、今は未だ…仕方がないと思うしかない。何せ今は世間で言うトコロの「新婚時代」の2人なのであるからして。
もっと時を重ねて、2人の関係も落ち着けば…きっと自分も余裕を持って…シャアを待ってられるから……
そんなアムロ総帥夫人であったが、彼等がこの先もずーーーーっっと「宇宙一の万年新婚夫婦」と呼ばれてしまう事は未だ知らない……

 

いつもより少し遅い時間に目覚めたが、未だ寝坊とは言えない時間だったので、アムロはシャワーを浴ようとする。ベッドのすぐ下に投げ出されてそのままになっていた、シャアのバスローブを拾い上げ、全裸の身体に引っかけて浴室へと向かった。
灯りを付けた脱衣室で、何気なく自分の身体を見る。昨夜、シャアに愛された証が至る処にあって…やはり赤面した。自分の夫はどうも痕を付けるのが好きらしい…彼の性格上でも、それが凄く解る気がするけれどっっ
…で、最初は嫌がった自分も…最近はそれが…嬉しいらしい…のでっっ
あの熱く痺れる…微かな甘い痛みと共に自分の身体に刻まれる彼の愛撫の痕が、愛されているという事実への喜び…そして自分は彼のモノなのだと改めて教えられる様な気がするのだ。
…もっと…と思う事さえある。
元々性に対して大変淡泊な考えしか無い自分を、シャアは随分と追い込んでくる様に思う。
「我々は夫婦なのだから…お互いを曝け出す事に恥ずかしがる事はないよ」
が、夫の持論なのだが…時々「恥ずかしいと思えっっ」と言いたくなる行為を仕掛けてくるのだから、常識人(…と自分を思っている)のアムロはたまったモノではないのだ。
でも…彼がとても嬉しそうである事と、とてもアムロを愛してくれる事は肌が触れ合えばもっと解ってしまう。自分が本気で嫌がる事は「未だ」しないし…
…だから俺…いつも流されちゃうのかなあ…?
軽い溜め息を吐いて、アムロはシャワーブースへと向かった。

目覚めたばかりの身体には少し熱めのお湯が心地良い。素直に気持ちイイと身体を大きく伸び上がらせた時…
一瞬ゾクリとする感触が内股を伝わった。
「…つっ!…あ…残ってた…のか…」
コレも、昨夜シャアに愛されたという形跡…昨夜軽く流したハズだけど…やってくれたのはシャアだけど…ね
当然の如く、昨夜の甘い時間を思い出した。ああ…考えちゃイカンっっと思わずぶんぶんっと首を大きく振る。…変な気分になってしまうじゃないかっっ!
でも…
……ちゃんと…洗った方がいいかな…
シャアは居ない朝…此処へは入ってこない…だから誰にも気付かれない保障があって…
指がやはりソコへと伸びてしまう。
「…あっ……んっ…はあっ……」
シャワーの水音が淫らな声も消してくれる。そのままズルズルとしゃがみ込んで、すっかりその気になっている己自身にも触れて…本格的にソレを始めてしまった。
「…んくっ…はあっ…あぁっっ…」
朝の自慰行為は男なら良くある事だよ…と考えながらも、とても卑猥な事をしている気分になる。
……シャアの…せいだよ…ばかっっ…
熱いお湯がますます身体を火照らせて…更にアムロは大胆になっていった……

 

思わず一人でも濃厚な朝を迎えてしまった。
アムロはちょっと自己嫌悪に陥りながらも、一人きりの休暇を持て余し気味に過ごしている。読書やデータの整理や…簡単な小物のメカ弄り…とか、やろうと思えばやる事はあるのだけれども…
一人で居る事がツマラナイ…こんな風に考える様になってしまったのも…
全部シャアのせいだっっっ
今はあまり読む気もない工学系雑誌を膝で拡げていた時に、テーブルの上に置いた携帯電話が特定の人物からの着信を告げてきた。
「シャア…?」
思わず心臓がドキンっと響いた。
何だろう…仕事中じゃないのか?と思いながらそれを取り上げて応じる。
『おはよう…奥様、お目覚めは良かったかな?』
ああ…いつも思うけど、彼の声は機械を通すと、ますます甘く聞こえる気がする…
「…もうお昼前だぞ…未だ寝てると思っていたのかよ」
照れ隠しも込めて少し冷たい口調で言ってやる。
「わざわざ珍しい…何の用だよ?休憩中なのか?」
『ああ、休憩中だよ…あまり怒らないでくれ…朝の挨拶がちゃんと出来なかったからね、気になっていた』
え?それだけの理由で?…嬉しいけど…そんな事されたら…
『アムロの声が聞きたかっただけだよ…一人で満喫している処を悪かった…では…』
…ああっ切るなっっ……もっと貴方の声を……
「……ばかっっ!誰かのせいでっ…空しい日になっちゃったじゃないかっっ」
思わず本音を漏らしてしまう。
『…アムロ?』
困惑気味な声色にますます煽ってやりたくなる。
「あなたがっっ…跡を残したままにしたからっっ…変な気分になっちゃったんだからなっ!…ばかっっ」
電話の向こう側はほんの少しの沈黙が流れたが…
『…それは悪かった…で、今はどんな気分なのかな?』
甘い声がますます深く…身体の奥にまで響く気がする。
「……寂しい……だから…貴方の声を聞いているだけで…………したくなる……」
こんな大胆な事をシャアに言ってしまう程…俺は……
見えないシャアが薄く笑っている様な気がした。
『…我慢をしなくていいよ…アムロ…聞いていてあげよう』
「っっ?!も、もうっっ…そんなコト言うかーっ…変態っっ!助平オヤジっっ……あ…」
『そんな男がアムロは好きなのだろう?…素直なアムロが私は大好きだよ…だから我慢しなくていい』
煽られるのは自分の方…そして仕掛けたのも…
「…や…だっ…そんなのっっ……ん……ああ…はあっ…」
昼間の明るいリビングで…俺はこんな大胆なコトをしてしまう程に……
『ああ良い声だ…もっと聞かせて…』
「…はあっ…ああっ……やっ…やだっっ…貴方が…貴方が此処にいなきゃっっ…嫌だっ」
貴方を愛していて…貴方が欲しくて……
「…戻って来てよ…シャアっっ…今すぐにっっ」
だからこんな酷い我が侭を言ってしまうんだ…最低な奥さんだよね…
やはり電話の向こうでは先程より長い沈黙が流れた。
『………解ったよアムロ…もう少しだけ我慢してくれ…』
飛んで帰ってきてくれる?…そう…用事は午前中で終わりそうだって知っていたから…やっぱりズルイかな…俺って
「ん…早くだよ…待っているから…」
ああ…彼の今の顔が目に浮かぶ様だ、とアムロはしみじみと思う。それは有能で働き者の総帥閣下に、こんな我が侭を言えるのは自分の特権だから。
…そう、たまには言ってもいいはずだっっ
こんなに愛される喜びを教えてくれたのはシャアだから…

ぜーんぶシャアのせいだからなっっ

そんな奥様の些細だけれど、とびきり甘い我が侭は…
絶対に叶えてくれる旦那様なのだからして。
2人の甘い朝はこうして再びループされるのである…

 

 

THE END

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…たまには我が侭奥様でどうだっっ…てコトで(苦笑)
本当にエロくなくて申し訳ないですっっ 
(2011/1/28 UP)