V.焦らし上手

 

「で、やっぱりぃ…自分を安売りしない女の方がモテると思うワケっ!」
「…アナタの口からそういう台詞が出るのは不思議ねぇ」
「どーゆー意味よっ?!…とにかく男にはギリギリまで焦らして焦らしてー…許す頃にはもうアタシにメロメロねっ♪というのを目指そうと思うのよっっ…次はコレで行くわっ」
「ランチに大盛スタミナ丼を頼む女は…焦らすつもりでも自分が焦れて逆に襲うのが必然とみたわ」
「ううっ!…そっそんな時もあるけどっ!基本的にはアタシも待てる女なのよっ…それも昼から餃子定食を食っている女には言われたくないわっ」
「失礼ねっっコレは私が強行にリクエストしてっ士官食堂のランチに再復活させた涙のメニューなのよっ!レズンもよく喜んで頼んでいるじゃないのっ」
「そりゃ嬉しいけど…昼間だとビール飲めないのが辛いのよっっ…夜のアルコール摂取量が確実に増えてしまうじゃんっ…困るメニューなのよねぇっ」
「また呑む口実にしないでよ……ところで…アムロ少佐って少食でいらっしゃいますのね?」
「そうなのよねーっっ…ソレで足りるのーっ?少佐っっだから細いんだわねっ」

「……いや…普通にBランチ一人前だと思うけれど…」
二人の肉食係女子の会話をただ黙って聞いていたアムロは、そこでやっと口を開いた。

 

平日のアムロは、ナナイ大尉とレズン中尉と3人で、よくランチを共にしている。
3人の居るテーブルの周囲はわざと開けてあって、更にその周囲はギュネイを始めとする護衛士官が中心で見守っているのだが。会話は出来る限り聞かないコト、が鉄則である。しかし、どーやっっても聞こえてしまうモノがあるのは仕方がない…
総帥夫人にネオ・ジオン軍で評判の「見た目は大変な美人士官」2人…だから当然その光景は目の保養で、皆の癒しだ。そしてその中で一番癒しをくれるのが男のアムロ…であるのが、この軍の「そーゆートコロ」である。軍属の者は大抵がこの2人の女性士官コンビの本質をちゃんと知っているので、3人で居るのを見掛ける度に「…どうか我々の癒しのアムロ少佐があの2人に毒されませんよーにっ!」と祈るばかりなのであった。
そんな言葉が耳に聞こえる度に「失礼よねっ」とプンスカ怒っているアマゾネスコンビなのであるが…

「…やっぱりアムロ少佐の旦那様ってぇ…絶対に焦らし上手よね?…ね?少佐♪」
アムロは食後の珈琲を思いっきり噴きそうになった…が、寸での処で大惨事を止める。
「…失礼な事言わないのっレズンっっっ不敬罪よっっ」
ナナイが思いっきり冷たい視線を送って注意した。
「あはははっゴメンっ…でも街のオバちゃん達も皆言っている事だからさーっっ…ついついね」
…確かにシャアは見た目がああだから「絶対床上手よーっ」と噂されているのは…知っているし仕方ないとは思う。で、その噂も思いっきり事実だし。
「で?やっぱり噂通りですよねえっ?少佐のご感想はっ?」
そんな街のオバちゃんにもう近い年齢なのかレズンっっ…身を乗り出して聞いてきた。「もうっ昼間からアナタは…ホント慎み無いんだからっ」とナナイが脇で呆れているのだが。思わず答えに困ってしまったアムロは…
「えっ…えっと良く解らない…けどっっそのあのっ…じょ、上手…なのは…焦らす事だけじゃなくてっっ色々と上手だと思うよっっ!」
レズンだけでなく、ずっと聞かないフリをしていた周囲の人間も思わず
ぴきいぃんっ☆…と固まった。
大事な話するんだから一緒のテーブルはダメっといつも2人に言われて、少しだけ離れた位置でアムロの様子を伺っているギュネイは…
「…うん……うんっそうだろーなっっ…MSの操縦も上手もんなっっ」
…と少し頬を染めながら呟いたのだが…


ナナイに脇腹をド突かれて、コホンっと咳払いをしながら
「ええ…勿論全てそうだろうと理解できますわ…えっと私が言いたいのはですねぇっ…」
別に深い意味があってアムロはそう言ったわけではないのだが…妙な方向に取られてしまった様だ…と思わず頬をサッと染めた。シャアがそういうイメージだからしょうがないのだろうけれど。(自分が天然過ぎるという事は全く感じていない)
「…旦那様だけでなくっ…アムロ少佐も焦らし上手にならなきゃってコトですよっっ♪すぐに許さないでーそうたまには…おあずけよっ☆で我慢させたりーとかねっ♪」
ふふふふ♪と実に楽しそうなレズン中尉…そして、その向こう脛を「ランチタイムで言うコトかあっ!」とハイヒールで蹴りを入れるナナイ大尉…
「いっ痛いじゃないのよっっ!この暴力女っ!!」
「アンタの下品さに愛想が尽きそーなのよっっ!!」
「何よっっ!呑み会じゃアンタ だってもーっと下品なコトばかり言ってるクセにーっっ!!」
「夜はいーのよっっ!下ネタも何でも来いっ!だけどねっ…慎み無いからアンタはすぐにフラれるのっ!」
なんですってーきいいーーっっ…と今にも取っ組み合いしそうな雰囲気の美人士官2人…
「わっわわわっっ…2人ともこんな処で止めるんだーーっっ!!」
慌てて止めに入るアムロであったが…実は割りとよくある光景で、まあ大惨事には至らないし、2人の関係はコレで益々仲良くなるので…放っておこうぜ、が周囲の見解なのだ。色々な意味で皆で聞かないふりー見ないふりーをするしかないのであるが、取り敢えずギュネイだけは、アムロを助けて、一緒に止めに入る。…これもお約束な光景だったりする。

 

「今日のランチ時にちょっと騒ぎがあったそうだね」
夜のお茶の時間に、シャアが面白そうに聞いてきた。やはり情報はしっかり届いている。
「あ…うん…ちょっとこの間と同じく…レズン中尉とナナイさんがね…」
アムロが歯切れ悪く答えると、シャアは更に面白そうに笑った。
「まあ色々と興味を持たれるのは仕方がないとは思うが…あまり君を困らせないで欲しいものだな」
…会話の内容まで報告されているのだろうかっ?!と一瞬青くなったが…それ以上は敢えて聞かない。総帥閣下は本当に優秀な情報部をお持ちなので…。
笑っていたシャアがアムロの肩を抱き寄せてそのまま熱い口付けを仕掛けてきた。ソファーの上での甘い睦事が始まって…そしてそのままベッドへと…それがいつもの手順。
「…あ…ふっ…」
本当にキスが巧過ぎるよ…貴方は…
挨拶の時とも違う…明らかに自分の欲情を確実に煽ってくるこのやり方…自分には絶対にマネ出来ないっっ…と思ってしまう。
そんなキスだけでなくて、今のその掌が指が…自分に愛しているよ…だから抱きたいよ…と伝えてくる様で。自分の身体はそれに歓喜している…頭で考えるより先に「もっと愛して」と応えている…そんな彼の巧みな愛撫は…
他の男に抱かれたコトがないから、シャアと誰かを比べるコトは出来ないけれど…彼は絶対に「上手」だと思うし。
自分が女性を抱いてた時に、こんなに相手を喜ばせられなかったよ…
それは絶対に確かだな…
と、ちょっぴり情けなく思い出したりもした。

キスをされながら軽々と抱き上げられた時、ふと昼間の事を思い出してしまう。
「あっ…シャアっっあのっっ…ちょっと待ってっっ!」
「待てないよ、と言ったら?」
意地悪に言われて耳朶から首筋へと舌を這わされた。その刺激に全身を震わせながらもアムロは
「…あ…あの今日中にどうしてもチェック終わらせたいシミュレーションのデータがあって…それがちょっと気になる箇所が…今も気になっているから…」
と、恐る恐る伝えてみる。
「…それで?」
シャアの声が明らかに低くなった…やっぱり少し機嫌を悪くさせた様だ…
「え、えっとっっ…それが解決出来ないうちはっっ…その…やっぱり…アレに集中出来ないからっっ」
無言で腕の中の妻を見つめていたシャアは、やがてそっとその細い身体を降ろす。
「……解ったよ…今夜はダメだという事かな?」
微笑を浮かべてシャアはアムロの額へとキスを贈る。
「おやすみ…先に休ませて貰うよ…奥様」
そのまま踵を返して寝室への扉へと進み…彼の姿はその奥へと消えていった。
ポツンと一人残されてしまったアムロ…あまりにもあっさりと彼が引き下がったのが正直拍子抜けしてしまった。
仕方ない、というカンジでアムロは自室へと戻る。パソコンのモニター画面からデータを呼び出して、シャアが帰ってくるまで作業していたチェックを再び始めるが……
正直そんなに気になっていた事象ではない。そんなもの明日だって充分間に合うのだ。
だけど…つい…昼間の会話を思い出して…
「たまには我慢させて…か…」
そしてそんな時のシャアの反応が見たかったのは事実だ。だけど彼は…自分をそんなに待っててはくれないのか…
画面を見つめていても一切頭の中には入ってこないし、こんな状態では何も考えられない。
考えられるのは嫌な感情ばかり…シャアはもしかして俺の事はもう…
…そうなのか…シャア…
思いっきり首をブンブンと振る。
…なんて…子供じみているんだ俺はっっ
ガタンっっと派手な音を立てて、椅子から立ち上がり、アムロは寝室に向かって走り出した…

 

「待っていたよ…奥様」
シャアはベッドの端に腰掛けて起きていた。
「…あ…寝て…なかったのか…」
短い距離を走っては来たが、一応気を遣って静かにそっと扉は開けたのだが。
「君が戻ってくるまでは起きていようと思った…先程は子供じみた事をしてすまなかったな…」
そして優しい笑顔を向けてくるので…アムロは堪らず、その胸へと思いっきり飛び込んだ。そのまま強く抱き付くとシャアもきつく抱き締め返してくれる。
その力強さが嬉しくて…嫌な事ばかり想像した自分を恥じた。
「子供なのはっ余程俺の方だよっ……ごめん…シャア…」
「いや…逆に嬉しかったかな?」
「え?」
「君に試されるのも悪くは無い…と思ったさ」
シャアは優しいキスを一つアムロに贈って、そのままその身体を押し倒す。突然だったので、ベッドのスプリングが派手に揺れた。アムロの首筋に顔を埋めて、シャツの釦を外しに掛かる。
「わっ…ちょっ…と…急ぎ過ぎっっ…あ…んっっ…」
思わず甘い声が漏れてしまった。
「もうこれ以上は待てないよ…ったく焦らし上手な奥様だ」
アムロは思わずパチクリと大きな瞳を瞬かせる。
「…それ…貴方の方が余程だろっ?」
その言葉にシャアは顔を上げてアムロをじっと見つめる。そして再び優しい笑顔を見せた。
「どうかな?…何せ君は私を7年間も焦らし続けたのだからね…」
それを聞いてアムロはむうっと頬を軽く膨らませて、シャアの頭を軽く小突いた。
「それはっお互い様だろっ…俺だって…ずっと待っていたんだから…」
そしてシャアの両頬をそっと掌で挟むようにして、アムロは自らキスをした。
「もう…焦らされるのはイヤだからね…」
「ベッドの中以外では…だろう?」
とても嬉しそうな夫の顔をそのまま軽くぽんっと叩くと、アムロは照れ隠しの意味でもう一度キスをした。
「……そっちの方も……あまり焦らすな……ばかっ」
「君が可愛い過ぎるからね…難しいな」
ますます赤く膨れたアムロの抗議の声をシャアはキスで塞いで、2人はそのまま甘くも熱い行為へと没頭する。


この夫婦のささやかな…日常茶飯事とも言える事件ではあるけれど…
こういう茶飯事を繰り返して、ますます2人の甘い生活が続いていく…
そういうわけなのだ…☆☆

 

THE END

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またあまりエロくなくて申し訳ないよーな…ああっっ
ネオ・ジオン総帥府の士官食堂のメニューは謎ですな……(苦笑)
(2011/1/23 UP)