BLOW BY BLOW 1
相思い相見ゆ
知る何の日ぞ
此の日此の夜
情を為し難し……
西の空が見事な茜色に染まっている。
アウドムラの窓から見えるこの惑星の空は地球と変わらない…。何とも言い難い不思議な光景だ。
突如として地球の近くに現れた小惑星は…降り立ってみると、此処には大気も水も緑も…文明さえ存在する、不思議な世界であった。何よりも驚いたのは、自分達の良く見知ったモビルスーツと同じ様なMSが兵器として存在し、敵として襲って来る事だった。…ただしその敵は元々のこの惑星の住人なのか、自分達と同じ様にどこぞの時間軸の世界からやって来たであろう地球人なのかは…未だ解らない。
先程の此処の文明都市での戦闘に敵として現れた一部の軍勢…どうやらあれはティターンズだ。自分の知っている彼らなら「地球に危険が及ぶかどうかの調査」で降り立った自分達と同じ目的を持っているかどうかなぞ怪しいものだ。何が目的で彼らが存在するのかも想像し難いのではあるが…何しろ情報が足りな過ぎる。
この地での戦いは簡単には終わりそうにないな…。
そんな事をボンヤリと考えながら、アムロはふぅ…と大きな溜息を付く。もう何度目だ?
理由は解っている。この惑星に絶えず纏わりついている、混沌とした欲望のプレッシャー…
息苦しい…チリチリと頭痛がする。絶えず不快だ。先程の戦闘時なぞ時々吐き気さえ覚えた。
……こんなにも不快な…醜悪なのは……あの戦争の時でさえ感じなかったな…
欲望や敵意、恐怖……元々解り易い負の感情に対しては、普通の人間よりは敏感ではあるのだけど…この惑星に澱んでいるコレは異常だ。どこぞに増幅装置でもあるんじゃないか?と疑うくらいに酷い。こんなにも息苦しく…そして勝手に研ぎ澄まされていく感覚。剥き出しの皮膚をザラザラと嘗められる様な、酸素の薄い空気をずっと纏っている様な……何なんだ…何の存在がこれ程までに…?
……ったくこの頭痛といい…なんてやっかいなんだろうか……無性に腹が立つぞっ
アムロは元々自分の「ニュータイプ」としての能力を認めてない…いや認めたくない、が正解だろう。そもそも「ニュータイプ」の力そのものに否定的だ。こんな何の役にも立ちはしないモノ何故進んで求めたがるヤツが居るんだ?ああ…本当に気が知れない…自分で全てがコントロール出来るわけではないし、ただやっかいなだけじゃないか…。…そんな感情を俺に向けてくるな…人の頭の中を覗こうとするな…俺のカラダをどうする気だ…俺は実験動物じゃない…!
くそっ…嫌な過去まで思い出した……。
……もう…いいんだ…あんな日々は…忘れろアムロ……もう…
何度自分に言い聞かせても……いつもふと思い出してしまうのだけど。ましてやこの醜悪な欲望のプレッシャーに纏われてれば尚更だろう。
……ダメだな…今夜もアルコールの力を借りないと眠れそうもない…。
大袈裟にも思える溜息を再び吐き出した時………アムロの意識の片隅でチラッと光ったモノがあった。
……ああ……
……ああ……この気配は………
……近付いてくる……今、デッキを一歩一歩上がっている……
…そして迷いもせずに此処に向かってくる。その角を曲がれば……足音も聞こえてくるな
…懐かしい…決して忘れない……黄金色のオーラを纏った……
「…やはり此処に居たのか……アムロ」
夕陽を背にこちらをじっと見つめて佇むアムロに、シャアは安堵した様に声をかけた。
此の地に来て、MSから降り生身で向き合うのは今が初めてである。彼はエゥーゴの赤い軍服姿に黒いサングラス…『クワトロ・バジーナ』という事か…。自分もカラバのジャケット姿だから…これでいいのかな?
何となく愉快な気分になってアムロは微笑んだ。優しい微笑…彼の赤銅色の髪が夕陽と解け合って不思議な光景を映し出す…その姿はふとシャアを不安にさせ、彼は無意識に勢いをつけて足を踏み出し、アムロのすぐ隣に立った。
「あ…ゴメン。貴方、捜してた?」
「…いや、此処にいるハズだとの推測は出来たのでね…私の勘も満更では無いようだな」
ふうん?随分と貴方は嬉しそうだな…不思議な気分。クスリと笑うアムロ。あ、笑ったからちょっと不満気味?
「気分が優れない、と聞いてな。先の戦闘でやはり君に負担をかけたのではないかと…。MSに乗るのは久し振りだったのだろう?」
ああ…そうだ。気分が悪いからすまない、と言ってアポリー達からの食事の誘いを断ったのだった。そう…ずっと気分は悪い…ずっと頭痛がしていたハズ…。
「…戦闘のせいじゃないよ。この星に来てからずっと息苦しくてね…」
「……やはり、な」
シャアはスッと右手を伸ばし、ごく当たり前の様にアムロの頬に触れる。
「『なり損ない』の私でさえ、此処の負のプレッシャーは常に感じるほどだ。『完全』な君の精神にはかなりの負担となるだろう…」
「……その言い方、嫌いだと以前言ったハズだ」
アムロの瞳は厳しい。
「…もっとも貴方が俺の知っている『シャア・アズナブル』ならば…だけど」
ずっと疑問に思っていた言葉を口にする。
…正直この世界は存在自体が理解不能だ。気が付くと当たり前のようにハヤトと惑星の調査に来ていた。その以前の記憶が…妙に曖昧に感じるのだ。並行世界に紛れ込んでしまったのは事実なのだろうけど…同じく存在する周囲の人々が自分の知っている『自分の世界』の住人だったとは限らない…。だから…
「貴方が…本当に俺の世界の『シャア』なのかなんて…解らないし」
「信用出来ない…と?」
目の前の『シャア』はサングラスを外して、ゆっくりと素顔をアムロに近づけた。…それはそれは面白い興味深いな、という表情…。そう、アムロのよーく知っている『顔』なのだけど。
「君の知っている『シャア』と…どこか違うのかな?」
「そっ…そんなに近づけなくてもっっ…ちゃんと顔は見えるっっ!」
「そうか?違う処が本当に有るのか無いのか…よく確かめてもらわないとな」
両手でアムロの頬を包み…唇が触れるか触れないか、の距離で囁くシャアに、アムロは目を見開いた。
「…私の『アムロ』はとてもキスが好きだったよ…」
重ねられようとする唇……瞬間、アムロは彼の厚い胸板を思いっきり両手で突き飛ばした。
…といっても相変わらず頬は包まれているが。
「かっっ…勝手な事を言うなーっっっ!!キ、キス魔なのは貴方だろーがっっっ!2人っきりになるとのべつ幕無しにすぐに人に抱きついてくるクセに…この色情狂っっっ!!」
「愛する者をいつでも抱きしめていつでも口付けしたい…というのはごく自然の感情だろう?」
「だからそういうハズカシイ事を真顔でっっっ!…言うなってばっ…!」
……ああ……もの凄い既視感……。
やっぱり…貴方は俺のシャア……なんだろうか…?
そんな想いを同時に感じ取ったのか、シャアはアムロの体をそっと抱き寄せた。両腕で優しく包み込むように…大切な宝物を手にするように大事に優しく抱きしめる。
「あ…」
これも既視感……この貴方の温かさ、この貴方の匂いも………俺は知っている……。
「……アムロ……」
赤銅色の柔らかいクセ毛を優しく撫でさすりながら、呟く。
「そんなに冷たくするな…」
その髪の弄り方は自分の『シャア』の行為そのもの……貴方はこうするのが大好きだったね…。
「…私も…不安なのだぞ…?」
「……シャア……」
「君が…私を知らない世界の『アムロ』だったら…とても耐えられない」
「………………」
「心が千切れる…死にそうだ」
「………………………………」
…ったく、この男は。とてつもない自信家の部分で俺を求めるクセに、時々不相応な傷付き易い子供の様な不安な独占欲を口にするのだ。気遣う様な優しい仕草でかなり自分勝手な物言いを平気でする。
貴方さ…俺のこの不安な様子が解らないわけ?まず自分の事を第一に考えろっていうわけね…そーだ、貴方はいつもそうだったんだ。…ああ、やっぱりこの男は俺の『シャア』みたい…。…それとももしかして…どの世界の『シャア』もこんな面倒くさい性格…なのか?
何だかアムロは疑問に思う事さえ阿呆らしくなってきた。
「…もういいよ」
「アムロ…?」
「貴方…やっぱり俺の知ってる『シャア』みたいだし…。それと…もしも…さ」
アムロはシャアの広い背中に両腕を回し、そっと抱き返した。
「貴方の事を知らない俺…だったら……口説くトコロから始めてみれば?俺の『シャア』ならそうする」
一瞬だけシャアの瞳が驚いた様に見開いたが、直ぐに楽しそうなあの瞳に戻る。
「…そうか。確かにそれはとても楽しそうだ」
アムロの馴染みのあるむくれた顔…朱のさす頬に軽く口付けた。
「再会出来て心から嬉しいよ…私のアムロ」
「……うん…俺も……貴方に会いたかった…ずっと…」
どちらからともなく重ねた唇が何度も何度も啄むようにお互いのそれを求め…やがて熱い濃厚な恋人同士の行為へと変わってゆく。…欲しい…もっと貴方を感じさせて欲しい……。
…今夜はアルコールの助けは要らなそうだな……最も別の意味で眠れないかも、だけどっ
諦めにも近い、だが久し振りの逢瀬に高揚する感情がある。
「ふむ…やはり本当に私のアムロなのか、じーっくりと隅々まで確かめる必要がありそうだな」
「…ま、またヤラシイ事を考えてっ…って!そ、そんなトコ触るなっバカっっ……あっ…んん…っ…」
シャアの激しい口付けに応えながら、あの不快感と頭痛が既に無くなっている事にボンヤリと気付くアムロであった…。
(2008/5/13)
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