……うわあ………

キングサイズのベッドを埋め尽くす白い花・花・花・花……

全て白い薔薇の花であった。
この目の前に広がる非現実的な状況を把握するまでに、5秒程所要したが…直ぐに分析を終了する。
今日が何の日かという事は……昨夜「夫」が散々口にしていたではないか!
しかしながら。
その「夫」の姿が見えない……
普段の朝なら自分が目覚めるまでキスを繰り返してくれるのに……
自分で言う大事な朝に側に居ないって…どーゆー事だっっ?!
今日は二人とも休暇が揃った日だろうっっ?!
急に色々な意味でムカムカしてきたアムロは、そのまま勢いよくその花に埋もれるベッドから降り立つ。その弾みでいくつかの薔薇が床へと散らばったが、特に気にも止めずにムカつく気分のままで、大股に隣接するバスルームへと歩いていった。
アムロの行動を予測する様にそのシャワーブースにも白い薔薇が一輪…さり気なく置いてあり、ムカつき度が上がったのは言うまでもない。

 

身支度を調えて階下へと降りていくと……
公邸のメイド達が忙しなく駆け回っている。皆、大量の白い薔薇を抱えて、あちこちに飾りまくっている様子だ。
その光景に…思わず酷い頭痛を感じて額に手を当ててしまう。
そんな様子で階段の処で立ち止まっていたアムロにはもちろんメイド達もすぐに気が付いた。
「おはようございます!アムロ様」
口々に朝の挨拶の言葉を口にする。
額に手を当てたままで「おはよう…」と力無く応えていると…
「やあおはよう、奥様」
いつのまにやら階段の下に自分の夫である邸の主人が…
それはそれはにこやかに佇んでいた。
その姿を目に止めると、勢いよく階段を駆け下がる。
「シャアっっっ!…何だよっコレっっ?!…どういうつもりだっ!」
少し背を伸ばす様にして自分に詰め寄る奥方に対して、シャアは相変わらず笑顔を崩さない。
「ん?ああ…朝のキスが未だだったな…すまない、怒らないでくれ」
そう言いながら腰を引き寄せて、その柔らかい唇に己のを重ねる。
「…んんっっ…!」
突然の行為に少し嫌がる態度を取ったが…ほとんど意味の無い抵抗である。角度を変えての幾度か繰り返されるシャアの熱いキスを受けていると…正直言って怒っている事も忘れるのだ…
大変厄介なシロモノなのである…。
唇がやっと離れた時は、荒い呼吸を繰り返してしまった。
「ち…違うっっ!…朝の挨拶じゃなくてっっ……この薔薇の事だよっっ!」
「ああ、この白薔薇の事か」
何故か瞳をキラキラと輝かせて、得意げに説明をし始めた。
「これは今日という日の為に、トマスが用意してくれたものだ。彼の育てた薔薇だけでは足りなかったので、色々取り寄せをしてみたがな」
トマスとは公邸専用の庭師…である。シャアはついでに「全て私の私費からだ。安心したまえ」とも付け加えてきた。
「なっ何でっっ…そんな…大袈裟な事をっっ…」
アムロにとっては思いっきり呆れてしまう行動なのであるが。
「君がネオ・ジオンに、この公邸に来て初めて迎える誕生日だよ…アムロ。出来る限りのお祝いをするのは当然ではないか…なあ、諸君?」
シャアの呼びかけに、飾り付けの作業をしていたメイド達が一斉に振り向き姿勢を正した。
「ええっもちろんですわっ旦那様」
「我々使用人一同も心よりお祝いを申し上げますっ」
彼女達はさささっ…とシャアとアムロの周りに集まってきた。皆、少し照れながらも「せーの」と声を揃えて……

「「「「「お誕生日おめでとうございます〜〜〜!アムロ様!」」」」」

見事なハーモーニーでアムロを祝う。
「………………」
「改めておめでとう…アムロ」
シャアは真っ赤になって硬直している様子の妻に再び…今度は優しいキスを一つ、チュッと音を立てて送った。
素直に「ありがとう」と言って返せば良いのであろうが…今のアムロは何と言って応えたら良いかさえ直ぐに判断が出来ぬ程…
と〜〜〜っても!恥ずかしかった……!!!
ただ黙って俯いている彼を…メイド達が「アムロ様?」と少し不安げに見つめてくる。
そして。
いきなり勢いよくその顔を上げたかと思うと…
「…すっ…すみませんっっ!…ちょっ…ちょっと外の空気を吸ってきますからっっっ!」
と、アムロは一目散に1階のリビングルームに向かって走り出した。
「…あっ!…アムロ様っ…」
ますます不安な表情になるメイド達に対して、シャアは優しい声を掛ける。
「大丈夫だ…アムロは照れているだけだから」
そしてその後ろ姿をゆっくりと歩いて追っていく。

 

1階にある広いリビングルームには、大きな掃き出し窓があり、そこからテラスへと出る事が出来る。外に出るとアムロはとても大きな溜息を付いた…。
……こういう大仰なコト…慣れたかと思っていたけど……
もちろん本気でアムロの事を想っての行為…という事は嫌でも解るし、周囲の人間も誰も真剣に考えていてくれる事も…。
だからこそどうして良いか解らない。
総帥夫人だからなのか…いや、そんな立場でなくてもシャアは似たような事をしでかす予想が出来るが。

……だいたい誕生日を喜ぶ歳なんてとっくに過ぎているのにさ!
……それとも女性だったら…こんな行為にも感動して泣いたり出来るんだろうか?

二度目の盛大な溜息を付いた時…ふと視界に入ってきた人影がある。
その人物は被っていた麦藁帽子を取ると大きく頭を下げて、アムロに近付いてきた。あっ…と小さく声を上げてしまう。
「おはようございますアムロ様…そしてお誕生日おめでとうございますっ」
人の良い笑顔と白い髪と髭が優しい印象の老人である。
「あ…えと…おはようございます………その……ばっ…薔薇をありがとうございましたっっ……トマスさん」
そのアムロの言葉に老人は更に照れくさそうな笑顔となった。
「いえいえっ私共のものなど!…旦那様の取り寄せた薔薇の方がかなり立派なモノでしょうから…」
「…そんな事ない…ですよっ…トマスさんの花はいつも素晴らしいですから…」
自分の部屋と夫妻の居間に毎日飾られている花は、彼が丹誠込めて育てた花々なのだ、という事はアムロも当然知っている。
「いやいや…今年は急なことであまり用意が出来ずに口惜しいですが、来年はお任せください。アムロ様の花でいっぱいにしてみせますよ」
「……そんな……気を遣って貰って……」
思わず出てしまったアムロの言葉にトマスは再び照れた笑顔を作った。
「いいえ、アムロ様…私共はただ花を木を好きな様に育てるしか能がない、ただの年寄りなのですよ…ですが…」
老人のアムロを見つめる瞳は何処まで優しかった。
「アムロ様の為に薔薇の花を…とおっしゃる旦那様はとてもお幸せそうでした…私はそんな…キャスバル様にお付き合いするだけでとても幸せな気分になれるのです…アムロ様から幸せを分けていただいております事…本当に感謝致しますよ」
…あ…と、老人のその呼び方でアムロはある事に気が付く。
「…トマスさん……あの…」
「おっとっ…ついサボりすぎましたなっっ…では私は作業に戻らせていただきますので…アムロ様っ良いお誕生日を!」
慌てる仕草で帽子を被り直し、老人は再び庭へと戻っていった。

……君の存在はこの邸全体を穏やかに…幸せにするのだよ……

以前、彼に言われたあの言葉を思い出す。
……ああ…それはつまり貴方が………という事なんだな…

ゆっくりと窓の方へと振り返ると、その彼が優しい笑顔をこちらに向けて窓を背に佇んでいた。そしてそのまま彼へと歩み寄る。
「気分は落ち着いたかね?奥様…」
まだ何やら思う事があるのか、少し膨らんでいるアムロのその頬をシャアは軽く突く。
「…ホント卑怯者だよね…あなた……」
「そんな言われ方をされる覚えは無いが…?」
苦笑するシャアの首に両腕を回して、アムロは伸び上がる様にしてキスを自ら送る。
「そうやって皆を巻き込んで…俺を困らせるんだから」
「だからそんなつもりは全く無いのだが」
今度は抗議の意味でシャアの下唇を軽く噛んでやった。その行為にシャアは再び苦笑するが、アムロのこんな甘えた仕草は大歓迎である。
「…奥様の本音は?」
格別の優しさを湛えた蒼氷色の視線に覗き込まれたら、嘘はつけない。
「…………嬉しい……」
ギュッとそのシャアの逞しい首にしがみつく様にして顔を埋めた。
「…俺の存在で貴方が…幸せになる事が…嬉しいよ…」
「勿論だよ…アムロ」
シャアもその細身の身体を強く抱き締め返した。
「君が側に居てくれる事がどれだけ私に幸福をもたらすか…君という存在がこの世に生み出されたこの日には…何よりも感謝を捧げよう」
「……相変わらず大袈裟に言うなあ」
そう言いながらも明るい笑顔のままのアムロにシャアは再びキスをした。

……貴方がいつも笑顔になってくれるなら…
……俺はもうそれだけで良いんだよ…
……皆と同じ様に俺も…貴方の幸せを願っているから……

「さてそろそろ朝食にしようか、奥様」
「うん…さすがにお腹空いたかも…」
自然に寄り添いながらモーニングルームへと向かう。
「…ところでアムロ、薔薇のベッドの寝心地はどうだった?」
「ええーっ?…直ぐに飛び起きたから解らないよ〜ああ、香りはやっぱりキツいかな〜」
うーん、と考え込む仕草をとるアムロの耳元で、シャアはそっと囁いた。
「白い薔薇の中で眠る君はとても官能的だったよ…私も寝心地を試してみたいな…」
え?とキョトンとした顔を一瞬だけ見せたが、途端にボンッとアムロは真っ赤になった。
「なっ…何考えているんだよっっ…朝っぱらからっっ!」
「せっかく休暇にしたのだから、それくらいは良いだろう?」
「良くないっっ!…それにっ…今日に合わせて休みを取るのは恥ずかしいからっっ…来年はダメだからねっ!」
その言葉にさも残念そうなポーズをわざとらしく取ってシャアは呟く。
「それは残念だ…来年はネオ・ジオン全体で公休にしようかと思っているのに…」
「…なっ?!…そっそれこそあまりにも恥ずかしいだろーがーっっ!!ばかっっ!!絶対に俺が許可しませんからーーーっっ!!」

何やら奥様が怒っている様子の会話が聞こえるのだが…その二人の表情を見ていると…全くもって心配はしない、公邸の使用人達なのであった。

もちろん…アムロがこのネオ・ジオンで初めて過ごす誕生日は……
何よりも二人を幸せにした日である事は言うまでもあるまい。



THE END

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在り来たりの話で恥ずかしい限りですが…絵は邪魔だったかなあ?(泣っ)
取り敢えず…HAPPY BIRTHDAY アムロ♪ (2009/11/4 UP)