連邦政府にとってはまさに寝耳に水…であった新生ネオ・ジオンの台頭である。
「一応」その対応策として作られたロンド・ベル隊であるので、今まで大した関心を寄せてなくとも、今更ながらに非難やご意見を寄越してくるお偉い方は多かった。最高責任者のブライト大佐はそれら全てをハイハイと受け流した。そんな彼の態度に腹を立てる幹部も多かったが…まさか決起の日まで全部知っていたから今更慌てませんよ、と本当の事は言えない。

まあそれでも周辺が慌ただしくなってきたのは間違いない。
ロンド・ベル隊は降誕祭やニューイヤーのお祝いもそこそこにして、取り敢えず「いざ」という時の為の準備を余儀なくされる。ブライト大佐は「絶対に戦争を仕掛けてこない」と確信している為か、ネオ・ジオン側より此方の連邦軍の動きの方が気になっていた。此方から導火線に火を付けるようなロクでもない事を考える奴が出てこなければ良い…今はそれだけを考えている。
そしてその身一つで戦いを止めた、ネオ・ジオン総帥にとっての唯一無二の存在の事も常に見ていた。

アムロは…とても冷静だ。
浮ついたトコロなど一つも無く、全く普段通りで…黙々と仕事をこなしている。そんな様子が逆に一抹の寂しさを感じさせた。
----娘が嫁に行く時の気持ちって…こんなものなのだろうか…?
自分の愛娘とアムロが重なるような…そんな日は絶対に迎えたくないっっ!…と考えるブライトにとっては、本当に嫌で恐ろしい心情なのだが…

 

ロンド・ベル隊は新年早々、本拠地となるサイド1のロンデニオンへと戻ってきていた。
補給目的と、取り敢えず「一休み」の意味で隊員に短い休暇を与える為だ。
此処からは月都市フォン・ブラウン行きの直行シャトル便がある。ブライトが念の為に…と偽造のIDカードとその名前で取ったチケットを用意してくれた。今のアムロに監視は付いては居ないが、確かにその名前はあまりにも目立ちすぎるので。
荷物は小さな軍用ボストンバッグ一つで充分に足りる。アムロも他の軍人と同じ様に戦艦に乗る時点で最小限の物しか持ち込んでいない。宇宙に上がる前に地球の家はその全てを処分しているし…此処ロンデニオンに用意された「自宅」としてのアパートメントにも私物は一切置いてない。元々物に執着があまり無いこの性格は…何時何かがあっても何も煩わしい事は無い…やはり軍人向きなのかもしれないが。
まだラー・カイラムの艦長室に残っていたブライトとは本当に簡単な挨拶で別れた。
「じゃあ…行ってくるよ」
「ああ…気を付けてな」
これから敵陣へと亡命する男とその共犯者の会話とは到底思えない。
だが最後に交わされた握手には互いを気遣う長年の思いがしっかりと込められていた。
----何も永遠の別れじゃない…このまま平和が続けば必ず再会は出来るからな……
そんな願いを最後の笑顔に込めて。

艦長室を出て、デッキへと降りていく途中の通路でヒソヒソ声と共に人影に気付いた。どうやら恋人同士の甘い睦み事の様である。
おっと…お邪魔かな?と別の通路を通ろうかと考えた時…
「あ…やっぱりアムロ大尉?」
女性の方が自分に向かってヒョコッと顔を出してきた。
「ケーラ中尉…」
という事は男の方はアストナージか…ああ、やっぱり。嬉しそうな笑顔を向けてくるケーラとは対照的にかなり照れて焦っている様子だが。
ケーラはアストナージに何かコソコソと囁くと…彼から離れて軽い足取りでアムロの方に歩いてくる。
「大尉も休暇中はどこかへお出かけ?」
「ああ…ちょっと月の方に…ね」
そっか、とニッコリ笑ってケーラは少し身を屈めてアムロの耳元に囁いた。
「大尉…アドバイスありがと♪すっごく効果覿面っ♪」
「へえ…それは良かった」
心の底からの笑顔で二人を祝福する。ええ、もうサイコーです♪とケーラは両手でピースサインを見せて頬を少し赤らめた。
「引き留めてゴメンねアムロ大尉…休暇楽しんで下さいなっ」
ありがとう、と短く応えて先に進もうとした時に…いきなりそれを阻まれる。ケーラが突然抱き付いてきたのだ。
「えっ…?!ケ、ケーラ中尉っっ!」
黙ってアムロの身体をギュッと抱き締めるその身体が微かに震えていた。
「…ダメ…やっぱり最後に…言わないと…ダメだ…よね…」
「ケーラ……」
表情を見られたくないのか…彼女はアムロの首筋に顔を埋めたままの状態で動こうとはしない。
「…ねえアムロ大尉…大尉はアタシ達の為に……『犠牲』…に…なるの?」
自分に抱き付く腕に力が入るのを感じて、アムロは穏やかに応えた。
「ケーラには…そう見えるのかい?」
いいえっ…とそのまま必死で首を振るケーラの金色の髪が激しく揺れる。

「ね…大尉……アタシ絶対に幸せになる……だから大尉も…幸せになるって約束してよ…」

----やはり…気が付いていたんだな……
アムロの心の中はケーラに対してすまない、と思う気持ちでいっぱいになる。
君達を捨てようとしている卑怯な自分を…許してくれ、とは言えない。
ただごめんよ…と謝るしか今の自分には出来ないのだ。
ああ…でも……
この彼女からの温かい感情は…ブライトと同じように…自分を優しく包み込んでくれる。
アムロは奥が熱くなっていく瞳をそっと閉じた。そしてケーラの肩をポンポンと優しく叩く。
「ああ…約束するよ……ケーラ…そして君達の幸せを俺もずっと祈っているから」
やっと身体を離してアムロを見つめる彼女の表情は美人が台無し、とばかりに歪んでいた。アムロはその頬に心からの親愛の情を込めてキスを送る。少し離れた位置に佇むアストナージも顔を真っ赤にして…涙を堪えているようであった。ケーラにもう一度ありがとう、と告げて身体を離しアストナージに歩み寄る。差し出された右手を彼は強く掴んできた。
「俺も大尉の…新しいガンダム…やっぱり整備したかった…なあ…」
思いっきり鼻を啜って彼は泣き笑いの表情を見せた。

 

ロンデニオンからフォン・ブラウン市までのシャトル運航時間は約12時間…
今のアムロはそれが…とてもとても長く感じた……

 

月面都市アンマンに行く為には、フォン・ブラウン宇宙港からまずグラナダ市へと向かわなければならない。そこからローカル線でアンマン市へと向かう事になる。アンマン市も結構大きい街なのに何で直行便を出してないのだろう?と素直な疑問をアムロは考えた。
定期運航の便でグラナダへと向かう。グラナダ市のポートに到着した時に結構遠いよなあ、と大きく溜息を付こうかとした時に……
「…アムロ・レイ大尉…?」
いきなり声を掛けられて心臓が凍った。慌てて振り向くと…其処にはいかにもSPといった感じの黒服の男が二人立っていて息を呑んだ。自分が全くその気配に気付かなかった事にも驚いたのだが…。全身で警戒を示すアムロに彼らは小さな声で告げる。
「ご安心ください…我々は総帥の手の者です。此処から先は我々が御案内いたしますので…どうぞこちらへ」
グラナダに迎えが来るとは知らされていないのだが…しかし彼らからは敵意も悪意も感じない。その自分の能力を信じるか…とアムロは彼らに素直について行く事にした。
グラナダ宇宙港のVIP用駐車場…黒塗りのリムジンエレカが止まっている。あれです、と促された時に、アムロはハッとした。
----こ、このカンジ…この気配はっっ……!!
リムジンの後部座席の黒いウィンドウがゆっくりと下がり…内部にいる人物が顔を見せる。それは紛れもない…アムロにとって唯一無二の想いを捧げた……
「…アムロ…」
これ以上は無いだろうの感慨深い声で自分の名を呼ぶその男に
「なっ…何をやっているんだよーっっ?!!こんなトコロでっっ!貴方はあぁぁっっーー!!」
アムロは全身を戦慄かせて思いっきり叫んだのである……

 

「ったくっっ!!こんな時期のネオ・ジオン総帥閣下が何をやっているんだっっ!とてつもなく忙しいハズだろうっ?!あまりにも自覚が無さ過ぎなんじゃないのかっ?!」
リムジンの中で容赦なく責められ続けているシャアは、落ち着き給えと自分に掴みかかんばかりの勢いのアムロを手で制する。
「AEグラナダに来る用事があったのだよ…別に私が此処に居るのはおかしい事ではない」
「そっ…それなら…そーだけどっっ…!でもっ連邦軍の目とかもねっっ…」
まだ不満げなアムロの様子に苦笑しながら…本当はその用事の方を君が来る日に合わせた、という事は黙っておこうと考えるシャアである。
「アムロ…」
再び優しく語りかける。
「私が…迎えに来てはいけなかったのか…?」
「そっ…そうじゃなくて…っっ」
アムロはその卑怯な声色を止めて欲しい、と本気で考える。
此処にシャアがいるなんて考えても居なかった…だからスペースポートに着いた時も何も感じられなかった…。
シャアに会ってしまったら……駄目なんだ、と思うから。
シャアに会うまでは……絶対に、と我慢していたものがあるから。
だから…こんな不意打ちは卑怯だ、と勝手に考えているのだ。
「アムロ…?」
自分の顔を見ようともせずにいる恋人の名をもう一度優しく呼ぶ。
…ああ…もうダメだ…と瞳を強く閉じて…
アムロはいきなりシャアに思いっきり抱き付いてきた。その身体を強く受け止める。その震える身体を自分の全てを持って…全身全霊で抱き締めてやる。
「…辛い想いを…させたな…」
声を押し殺して自分の胸の中で静かに忍び泣くアムロの柔らかい髪を、震える背中をずっと温かい掌で撫で続ける。
「…ちが…う……」
ひっく…と小さく喉を鳴らしてアムロは呟いた。
「つら…いんじゃ…ないっ……ぜ…んぜんっ…つらくなんかっ……」
駄々を言う子供の様に小さく頭を振って否定し続けるアムロを、強く腕の中に抱き締めてシャアは髪やその頬にも優しい接吻を落とす。

今だけだ……もう二度とこんな想いでアムロを泣かせてはならない

シャアの胸中はただそれだけを強く決心していた……

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

手に持つカップの中のミルクは、もうかなり冷めているのではないか…?
とシャアが気にする程にアムロは暫し何事かを思案していた。
「……あのさ…シャア……」
ふと呟き、身体を預けている男の顔を仰ぎ見る。
「何だね?」
「…俺の立場って……そのうち『里帰り』とか出来るものなのか?」
シャアの身体がギクリと面白い程に揺れた。その表情も…アムロ以外の人間が見る事は絶対に適わないものなのである。
「……そんな顔しなくて良いからさ……亡命軍人が簡単に帰れるワケないし…俺だって今帰る気なんて全然無いから」
「そ、そうか……」
本当に珍しく動揺した声だったので…やっぱり可笑しくなってしまった。
シャアはそのまま後ろからアムロの身体をギュッと抱き締める体制を取った。そのまま髪に顔を埋めて呟く。
「…このネオ・ジオンが国として落ち着いて連邦とも対等となり…私の仕事が楽になったら……君が自由に向こうへ行く事も出来るだろう」
「シャア……」
「何年後という保障は出来んが…思いっきり努力はしているぞ」
「うん…それはもの凄く解っているよ」
シャアが自分を抱き締める手に力が入る。その力強さがとても心地良い。アムロは自分の首に回るシャアの腕に唇を寄せた。少し緩んだ腕をそっと外して…そのまま身体の向きを変えて、シャアの首に手を回して正面から愛しいこの自分だけ…の男を見つめた。
「…その時が来たら……当然一緒に行ってくれるよね?」
「ああ…勿論だ」
その提案にシャアは大変満足したらしい。その破顔にアムロは心から安堵した。そのまま互いの唇を重ねて何度も啄む。時々「愛している」という言葉を互いに混ぜながら。

シャアはそのままアムロの温かさを味わうために、その優しい身体に全身を沈める。
アムロはシャアの想いを感じるために、己の全身でその熱さを受け止める。
そうしていつもの様に全てが溶け合って…二人は喩えようもない幸せだけを…互いの身に感じる事が出来るのである……

 

 

THE END

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いつかは書きたいと思っていた話を記念日ネタで書かせていただきました。
時間軸としてはカミーユが来る少し前なのか…どうやら二人の結婚式は
7月みたいだ…(決めてなかったらしいよ!)自己満足だけの話ですが
…せめてこの世界ではあの二人も幸せに…と…読んで下さってありがとうございます。
(2009/6/3 UP)