2.0081 〜 BIRTHDAY 〜 U

 

 

検査は嫌いだ…嫌な思い出しかない…

でも今日の検査は「嫌」の種類が違うけれど……やっぱり嫌だ。

そしてその結果は…アムロの予想通りだった。
シャアの主治医である医師が興奮気味に自分に告げてくる言葉の数々を、アムロはまるで他人事の様な表情で聞いている。
「本当に素晴らしい事ですよっっ総帥閣下もさぞお喜びになる事でしょうっ!」
----喜ぶ…って?そんな事…未だ解らないのに……
医師の興奮するその様子もアムロには理解が出来ない。そして彼はアムロのそんな戸惑う表情を不安故、と勝手に解釈した。
「レイ中尉…貴方は未だ若く色々とご心配な事もあるでしょう…しかし大丈夫ですよ!我々医師チームが貴方と総帥閣下の御為に全力を尽くさせていただきます…!」
気が早過ぎるとも言える意見なのだが……
「あ…あのっっ…一つ質問がっ」
「一つと言わず何でも聞いて下さいっ…中尉」
アムロが今一番気に掛ける事…それは…
「…もう……モビルスーツ…には乗れませんか?」
医師は思いっきり引き攣った表情となった。
「な、何と当たり前の事を言いますかっ!絶対に駄目に決まってますよっ!どれだけ母体に負担が掛かる行為かっ!だいたい今まで無事であった事の方が奇跡に近いのですから…絶対に絶対ーっっ禁止です!!いけませんっ!!」
その言葉にアムロは顔色を失う。カタカタと身体が震えてくる。
「……そ…んな…そんなの……駄目…駄目ですっっ!」
「は…はあっ?!レイ中尉…何を言ってっっ…」

「今…僕がMSに乗れなかったら…そんな…僕が闘えなかったら…シャアの役に立てなくなるっっ……嫌…だ…そんなの…そんなのっ駄目なんだからーーっ!」
アムロの叫び声は慟哭に近く…何らかの強い波動が思いっきり医師を気圧させた。

 

「休暇中だというのに、わざわざ出向いて貰って悪かったな」
シャアは目の前の直立不動で敬礼する腹心の部下に労いの言葉を掛ける。
「いえ…造作も無い故…閣下がわざわざお気になさる事ではありません」
敬礼を解いて、その後にアナベル・ガトー少佐は頭を下げた。そんな彼の真面目過ぎる動作に苦笑じみた表情を浮かべて、シャアはデスクの上のキーボードを何やら操作する。
「今日来て貰った用件はもう察していると思うが…アムロの事だ」
「はい…本日医務局で検査を受けているのですね?」
「…ああ…先程…結果が届いたのだが…」
その口調がシャアにしては少し歯切れが悪い様に思われて、ガトーは眉を顰めた。…まさか結果が思わしくない方向に?…と不安になる。
「閣下…差し出がましいとは思いますが…何か…嫌な結果でも?」
「いや…そういうわけでは全くないのだがな……ガトーには知らせねばなるまい」
シャアは執務室の壁に掛かる大きめのモニターに医者からのデータを映す。何気なくそれを目で追って…最後の検診結果の文字列に、ガトーは思わず目を見開いた。
「こ…これはっ…!…閣下…おめでとうございますっ!」
「ありがとう……少佐はそう言うだろうと思っていたよ」
シャアの表情は明らかに照れ笑い、というものであった。

「すまない…何せ全く予想していなかったのでな…流石に私も驚いたのだが…」
「致し方ない事です…しかし閣下のレイ中尉への溺愛ぶりを思えば…いつ何時でも有り得る事だと私は思っておりましたが?」
真面目な堅物と有名な彼に、逆にからかわれている様なものだ…シャアも些かバツが悪い思いがする。
「なかなか言ってくれるな…まあとにかく…これで私も正式に家族を持つ身となる」
「はいっ…これからお忙しくなりますな」
自分の事の様に心底嬉しそうなガトーの表情をシャアは素直に頼もしく思った。
「その予期せぬ事態で、お前の部隊には迷惑を掛ける事になるのだ……心からすまないと思っている」
その言葉を受けてガトーは慌てて否定をする。
「何をおっしゃるのですかっ?!閣下っっ…逆に我々には有り難い刺激だと思っておりますっ」
ガトーは執務机に座るシャアに思いっきり迫る勢いで応えた。
「我々は今までレイ中尉に頼り過ぎておりました…あのパイロット能力を同じ空間で体験してしまえば、自然とそうなってしまうのです…ですがそれはレイ中尉に大変な負担を掛けていた…私はその点を恥じております」
目を閉じるガトーの様子は沈痛とも言えた。
「レイ中尉は未だ17歳…本人の望みもあるとはいえそんな子供を警戒区域で何度も戦闘をさせてしまった…その責は当然私が負います!」
「それはお前だけのせいではないガトー少佐…一番の責任は私にある」
「しかし総帥閣下…」
シャアは軽く片手を挙げて、ガトーの言葉を遮った。
「今のアムロが闘う理由は…私は解っているのだ…それに甘えてしまっている自分が情けない、という事も全て…」
「閣下っ!…それは違いますっっ…今は未だっ…」
その瞬間、緊急のコール音が響き、二人の会話を遮る。ガトーに軽く合図を送ってシャアはそれに応じた。
「…どうした?…ドクターから?…ああ、繋いでくれ」
…ドクター?…検査を担当した主治医か?とガトーの眉も顰められた。会話の相手がそのドクターに変わり、応対するシャアの表情も穏やかでは無く見える。
「何か…?………何っ?!……解った……それはこちらで調べられるので心配はせずに……すまなかったなドクター……ああ、ありがとう…」
会話を終えたシャアに間髪入れぬ勢いでガトーは叫ぶ。
「閣下っ!…何事がっっ…まさかっっ…?!」
シャアは深く頷いてから、やや乱暴気味に片手で髪を掻き上げる。
「アムロが医務局を飛び出していったそうだ…子供は要らない…と叫んでね…」
驚愕の表情となったガトーにシャアは自嘲気味な笑顔を見せた。

 

「…私はアムロに正式にプロポーズもしていない…アムロを不安がらせてばかりだな…不甲斐ない事だ」
「閣下…これ以上ご自分を責めては…レイ中尉もちゃんと解ってくれるはずです」
後部座席のシャアの様子をバックミラーの端で確認しながら、ガトーは慰めの言葉を掛けた。
「お前にも心配ばかりを掛けるな……出たぞ、予想通りの場所だ」
「了解しました…このまま急ぎます!」
ガトーはアクセルを踏んで更にエレカを飛ばす。シャアは手元の端末機のデータ画面の、とある場所を示す赤い点滅を見つめながら…心の中でただアムロの無事を祈っていた。

 

白銀色のゲルググJ…それが今のアムロの愛機だ。
第33部隊の中ではミネルヴァという愛称で親しまれている。アムロが付けたわけではなく誰かが言い出したのだが…彼もその名前は気に入っていた。
「…ミネルヴァ…もうお前にも…乗っちゃいけないんだって…」
人気のないMS格納庫…その中の多くのMSの一機として、ひっそりと佇む愛機のコクピットの中にアムロは居た。
頭の中がずっと混乱している。心がとても痛い。
シャアは瀕死の自分を救ってくれた。そして優しく温かく迎えてくれた。彼以外のジオンの人達も自分にとてもとても優しい。自分が過去に連邦軍で何をしていようと…今この時にネオ・ジオン建国の為に一緒に闘う同志であれば…彼らはそれでいいとはっきりと言ってくれた。
シャアの好意とその想い…そして新しい仲間達の為に…その全ての優しさに必死で応えようと、自分が出来る唯一の事で、此処まで頑張ってきたのに…
ましてや今はネオ・ジオンにとって一番大切な時期だ…もう少しで皆の想いがその理想が現実になる…
そんな時に役に立てない自分に何の価値がある?
MSを操縦して闘う事しか…自分の存在理由は此処には無いと言うのにっっ!

膝を抱えてアムロはそこに顔を乗せている…自然と涙がポロポロと零れ始めた。
「…ごめん……僕はやっぱり…闘う道を取るしか………えっ…?」
誰かが自分を呼んでいる様な気がして、アムロは顔を上げる。
「え…?だ、誰…?」
それは耳で聞こえるものではない…ある種の感覚が感じるもの…
「…あっ……まさか…そんな……」
アムロは自分の腹部にそっと手を当てた…

その時、静まり返った格納庫に足早な軍靴の音が響き渡った。アムロはその音の方へと振り向く。その登場は予想していなかったわけではないのだが…コロニー内での自分の場所はシャアに必ず解る様になっているので。
「アムロっっ!!今からそちらに行く!コクピットは閉じるな!」
耳に響くシャアの声は明らかに焦っている。
----シャア…心配してくれた…?
言われた通りにシートに座ったままで彼を待つ。程なくして下からシャアが慣性のままに上がってきて、アムロの前にその緋色の軍服姿を現した。怒っているかと想像した彼の表情は…泣きそうに見えてアムロは少なからず驚く。
「…アムロ…無事で良かった…」
シャアは両手を拡げてアムロの上半身を力強く抱き寄せる。その途端に感じる…いつもの温かさと優しさにアムロの涙腺が勝手に切れてしまった。
「ご…ごめんなさいっ…ごめ…んね……シャアっ…ふえっ…えっ…ああっ……」
声を我慢せずに泣き出したので、それは下で待っているガトーの耳にも切なく響く。彼も胸の奥の痛みを感じた。
泣きじゃくる愛しい存在の髪や背中を優しく撫で続けて…シャアはその額に頬にと幾度もキスを贈る。
「大丈夫だ…色々と不安なのだろうが…私では頼りにならないのか?」
その優しい言葉にアムロは思いっきりぶんぶんと頭を振った。
「ち…違うっっ…も…もう僕……貴方の役に立てないっ…もうミネルヴァにも乗れなくて…もう闘えないなんて…シャアに…迷惑…かかる…ひっく……」
アムロの泣きながら訴えるその言葉にシャアは一瞬目を見開いて…その後に更に強くその細い身体を抱き締めた。
「…やはりそう思っていたのだな…それは違うぞアムロっ…私が君に求めているのはそう言う事ではないっ!」
「だ…だってっっ……」
「もう言うなっ!」
その迫力に思わず涙が止まってしまうアムロである。その大きな琥珀の瞳にシャアはしっかりと視線を合わせた。
「私が…悪いのだな…嫌な過去を作ってしまったから…すまないアムロ…」
シャアの蒼氷色の瞳に漂うその哀しみは…アムロには理解出来た。
「君を愛していると…何度も言った…それは君の才能を…というわけではない…ただのアムロ・レイというだけの君を…私は愛しているのだ」
幼い彼の表情が益々歪んできた。きっともっと泣き出すだろう。そのままシャアは再び強く抱き締める。
「…アムロには解るな?…私のこの想いが…君という存在をどれ程に愛しく思っているのか…君が傍に居てくれれば…それだけで私は救われるのだから…」
アムロの心に突き刺さっていた氷の棘がどんどん溶けてゆく…シャアの偽りの無い想いはちゃんと自分に届いている。
「…い…いの?…僕は…このままシャアの…傍にいて……そして……産んでもいいの…?」
もちろんだ、と言って、もう一度アムロの表情を覗き込んだ。
「順番が逆になってしまって本当に悪いと思っているのだが…私の妻になってくれるね?アムロ…」
そのまま優しい口付けを一つ贈る。唇が離れた後にアムロは小さくコクン…と肯き、そして自分からシャアに思いっきり抱きついた。再び大声を上げて泣き出したが、もうその声には待機しているガトーにも不安は感じられず、彼も大きく安堵の溜息をつくのであった……

 

アムロを抱きかかえたままでシャアは軽やかに通路へと降りてくる。
「心配掛けたなガトー…もう大丈夫だ」
「はい閣下…そしてレイ中尉にも…心からお祝い申し上げます」
自分達に深々と頭を下げる上司に、アムロはシャアの腕の中で思わず身体を強ばらせてしまったのだが。
「第33部隊の者達には私から直接説明しよう…君たちのアイドルを奪ってしまったのだからな」
「そうですな…閣下のお言葉で事情を聞けば部下達もより奮起すると思われます」
「ああ…いざとなれば私が出る」
その言葉に驚愕しガトーは思わず叫んだ。
「なっ…!何を仰いますかっっ閣下!御身が出る事態になっては一大事ですっ!絶対にお止め下さいっっ!」
心底焦っているガトーにシャアは面白そうな笑顔を見せた。
「今でもお前よりは上手く闘える自信はあるがな…いざという時、だ…そんな時でも後方に下がっていては…私は息子に笑われてしまう」
え?とガトーはその言葉の意味に気が付く。腕の中のアムロを愛しそうに見つめながらシャアは「そうだろう?」と聞いた。アムロもコクンと頷く。
「……シャアも…聞こえたの?」
「ああ…大したヤツだ…そんな時から私にプレッシャーをガンガン送ってくるとはな」
アムロは腹部に手を当てて呟く。
「…うん…もうちゃんと…命として存在しているんたなって解るんだ…ごめんね…もうお別れなんて言わないよ?」
そんなアムロの様子を更に優しく見つめて、シャアはガトーへと向き直る。
「ガトー少佐…私は一刻も早くこのネオ・ジオンを連邦政府に認めさせる…息子が産まれてくる時には既に独立国として起っている様に…だ」
「…はいっ閣下っっ」
ガトーは姿勢を直立不動に直して、その言葉を待つ。
「その為に私は己の全力を尽くす…最後まで私とアムロに君の力を貸してくれ」
ガトーは大きく頷いてからその場に跪き片足を立てた。
「我が命と運命は…シャア・アズナブル総帥閣下とその妻アムロ・レイ総帥夫人…そして産まれてくる皇子の為に在る…全てこの血の一滴までも一生捧げ尽くす事を…此処に改めて誓わせていただきます」
ガトーの身の内も興奮に震えていた。あの日…ダイクンでもザビでも無く…そんな名前に拘らずに、ジオンの兵士と民の為に起つと宣言したシャアに、自分はただ迷わずに付いていこうと決心した。自分の託した想いは決して間違っていない…寧ろこの様な最高の形で実を結ぼうとしている。不安は何も無い。自分は若き総帥夫妻の様にNTでは無いが…それでも明るい未来はしっかりと見えるのだ。

 

宣言通りにシャアはその政治手腕を見事なまでに発揮し、
UC0081年7月にネオ・ジオンは有利な立場で連邦政府から独立国として正式に…遂に起った。
建国の祝勝ムードがネオ・ジオン全体に大いに盛り上がる中で、同年11月4日に若き総帥夫妻は結婚式を挙げて、更にネオ・ジオン臣民達はより多くの興奮に包まれる。そして約一週間後の11日に、かなり予定より早くなのだが…二人の間に皇子が誕生する。

そしてUC0081年は、ネオ・ジオンの人々を最も幸せにした年…と長く語り継がれる事になるのだ。

 

 

THE END

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…恥ずかしい脳みそ腐っている設定が好きでごめんなさいっ!
ドコで妊娠してドコから産んだんだっ?!とかは貴女の心の内に☆(苦笑)
読んで下さって本当にありがとう!次は蒼皇子様のBIRTHDAYだ!
(2010/11/6 UP)