オナラ女と呼ばれても 〜屈辱のミスコンテスト〜


授業中に腹痛を催すのは誰もが経験があり、誰もが辛いと思うだろう。しかし、同じ腹痛でも他人にはまったく理解してもらえない腹痛もある。他の者が聞いたらどうしてそんな事が、と呆れられかねない腹痛なのかもしれない。

とある女子校の普段通りの授業風景。勉学に励む女子もいれば、平然と居眠りをしている女子もいる、なんということのない光景だが。そんな中で一人誰にも理解してもらえない腹痛と闘っている少女がいた。

少女は『牛田里美(うしださとみ)』という名前で、バレー部に所属しているだけあり170p近い長身で運動神経も活発、後ろ髪が短めのショートカットはどことなくボーイッシュな雰囲気を感じさせるが、年頃の女子らしくふっくらとした丸みを帯びた肉付きと、はっきり膨らんだ胸が彼女の女らしさを強調している。

そう聞けば誰もが彼女は明るくて元気な少女だと思うかもしれないが、実際は違う。彼女の表情はいつも憂いを帯びており、人付き合いも苦手で友達らしい友達はまったくいないし、周りも彼女のことは知っていてもあまり存在を感じていないのが実情だ。


そんな彼女の憂いの表情は、決して今腹痛に襲われているからというだけの事ではない。

気にすれば余計に時間が長く感じてしまうだけなのに、何度も時計を確認せずにはいられないほどズキズキと痛むお腹をさすりながら後悔の念に駆られている少女は、「休み時間にトイレに行っておけば」という思いと「でも、行けるタイミングが無かった」という自己弁護を繰り返している。

もっとも、授業中に腹痛に襲われる者のほとんどは、休み時間の時には何ともなかったというのが定説だ。しかし本当は「きっと大丈夫」という、大勢の生徒で賑わうトイレに行くことを恐れている自分を正当化しようとする自己暗示でしかなかった。だから授業が始まったと同時に、もうトイレに行けないという現実を突き付けられて、始めて自分の腹痛に気がつくのである。

(つうぅ…! お願い、このまま痛いだけで終わって…!)

気まぐれに襲ってくる腹痛が、やがて定期的に、頻繁に襲ってくるようになり、腹痛で顔をしかめっぱなしになる少女だが、それだけで済むのならただ痛いだけだ。腹痛の辛さはそれが肛門に転移することにある。

(ああぁぁっ…! ダメッ!漏れないで!)

何かが溢れ出そうとするような、肛門が内側から突き刺される痛みを体を震わせながら必死に耐えきったものの、次の瞬間にはその反動で再び腹痛に見舞われ、腹部をはち切れんばかりの痛みが襲う。

このまま我慢し続ければ、いつか肛門かお腹のどちらかが破裂してしまうのではないかというぐらいに激しくなる痛みに、少女の体はもう静かに座ってはいられないぐらい落ち着きを失っていた。

両腕は机の上でガタガタと震え、両足は落ち着きのない子供のようにめまぐるしく位置を変え、激痛に襲われている尻は椅子の上でビクビクと小刻みに揺れ動いている。

こらえきれない腹痛と必死に闘っている状態でありながら、少女は今の自分の不自然な動きが周囲の人間に怪しまれないかどうかということまで気にしている。少女の存在感を考えれば誰も不自然さに気がつくことも無いのに、誰かに怪しまれているのではないか、誰かに噂されているのではないかと、腹痛に集中させるべき意識を余計なことで消費してしまっているのだ。

腹痛に肛門の痛み、周囲の視線という思いこみ。もはや少女は今の授業で何が行われているかということすら記憶できないぐらい、頭の中は自分のことだけを意識するので精一杯だった。

授業の終わりまで漏らすのを我慢できるのか、痛みに耐えられるのか。自分のおかしな動きを誰かに指摘されはしないか、笑い物になったりはしないか。ここでも少女は自分が笑われる光景まで想像してしまい、余計に辛い気持ちに陥っていく。

おかしな動きを笑われるだけならまだしも、もしも肛門が限界を迎えて大爆発してしまったらと思うと、その時の自分はいったいどうなってしまうのか。まるで既に漏らしてしまったかのように少女は暗く落ち込んでいく。それは、きっとこのままでは授業の終わりまでに自分の心が折れて、自ら肛門を弛めるという道を選んでしまいかねないことをいよいよ悟ってきたかのようだ。


(痛い…!痛い…!もう、お尻の力を抜いてしまいたい…。そうしたら、きっと楽になれる)

お腹と肛門を襲い続ける激痛に、いよいよ諦めの心が芽生えつつある少女だが、極端に羞恥を恐れ続けた少女の体は、折れていく少女の気持ちを必死に支えるかのように肛門を締め上げて体の内側からの破裂を呼ぶ物体を押し返していた。

風船のように破裂してしまいそうな錯覚すら覚える腹痛。内側から切り裂かれるかのような肛門の痛みに、ついに少女の心が折れた。恥ずかしさをこらえ、教師が解答を求めているわけでもないのに右手を挙げた少女は、授業中にトイレに行くという羞恥の道を選んだのである。

授業中にトイレに行く事は、自らの意思でクラス中の注目を浴びる事であり、それも決して良い注目ではない。好奇と冷やかしの目という、大きな恥を受けることになりながらも少女が手を挙げたのは、とにかくお腹の中の爆発物の苦しみを取り除きたいが故であった。

「すいません…、トイレに行かせて下さい…」

苦しみから逃れたいが故に授業を抜け出した報いは、クラスの生徒に自分のその後の行為をあれこれ詮索、想像されることであるが、幸いなのはここが女子校であり、男子がいないということと、女がトイレに駆け込むことは大便以外にも理由はあるという事であった。

しかし、最も幸いだったのは少女のもともとの存在感の薄さで、少女が授業を抜けた後も始めはこぞって話題にしていたクラスの生徒達も、授業が終わる頃にはすっかり忘れているぐらいの印象でしかなかったのだが、少女だけは一人でいつまでも気にしているのであろう。

あまりの激痛で授業を抜け出したのにもかかわらず、少女が廊下に出た途端に痛みが嘘のように軽くなった事で、漏らすことなくトイレには充分間に合いそうだと安心するが、冷静になれた事によって今度はトイレまでの道のりに悩むことになる。

トイレまでの長い廊下を歩いていくには当然他のクラスを横切らなくてはならない。もしかしたら教室のドアを開けっ放しで授業しているクラスもあるかもしれないし、閉まっていてもドアの窓から自分が通ったことが気付かれる可能性もある。

少女は誰が見ているわけでもないのに冷静に振る舞おうと、落ち着いたそぶりで廊下を歩いていくが、教室のドアの前だけは窓を避けるように身を屈めて素早く走り抜けるという情けない姿でトイレに向かうが、それでも少女にとっては真剣に考え抜いた行動であった。

廊下の端、階段の側にあるトイレにたどりついたものの、少女はこのトイレでお腹の中の物を爆発させたらその音が廊下にまで響いて、トイレに近いクラスに聞こえてしまうのではないかと心配し、階段を上がって理科室や視聴覚室などのあまり使われない教室だけが存在する最上階のトイレに駆け込んだ。

使用率が低い最上階のトイレはあまり整備も行き届いておらず、水捌けの悪い床のタイルは汚く湿り、壁も黄ばんでいれば個室のドアを開け閉めする時の音も軋んでうるさいという女子校の名が泣く状態ではあるが、少女はその環境を嫌悪しながらも仕方なく個室に入った。

ふと見ればトイレの紙すら芯が残ったままで切れている状態で、もしこの状態で大便をしてしまった女子はどうなるのかと少女も心配するぐらいだが、紙が無くてはまず少女が困るのではないのだろうか。

しかし少女には紙が必要ではなかった。たしかに腹痛は腹痛で、肛門から爆発して噴き出る物が尻に溜まっているということは下痢と一緒なのだが、少女の尻に溜まっているものは下痢便ではなかった。

少女が便器を跨ぎ立ったままスカートをまくり上げると、薄桃色の可愛らしい綿の下着が露わになる。普通ならここで下着を一気に下ろすのであるが、少女は下着はそのままに腰だけを落とした中腰の体勢を取ると、そのまま何かを力み始めたのだ。

「ふんっ…! んんっ…! んっ、んんんーんっ!」

個室の外にまで聞こえるハッキリとした力み声を上げながら、少女は顔を険しくして中腰のまま踏ん張り続ける。まくり上げたスカートを押さえている両腕はL字型に曲がり、まるで気合いを入れているかのように握り拳も作られている。

「うんーんっ!…んーっ! うんっ! うんっ!」

あれだけ肛門を痛めつけた今にも漏れそうな痛みだったのに、いざトイレに入ったら出てこない何かを力み続ける少女の顔はみるみる歪み、踏ん張る足もあまりに力が入ってガクガクと震え出す。

これもまた、少女の悩める心故なのか。いざトイレに入ってようやく思う存分肛門から何かを吐き出せる状態だというのに、それでも羞恥心が働いて肛門を開けようとする意思と、閉じようとする意思がぶつかりあってしまうのだろうか。

「ふん…ぐぅっ! ふんっ! ふんっ! ふうんんんんんんーっ!!」

それでも少女は肛門との長い格闘の末、ようやく腹痛から解放されようとしていた。自分をここまで苦しめた元凶を追い出さなくては教室にも戻れないという焦りの心が肛門を弛ませたのである。ほんのわずかばかり開いた肛門は、少女の内部を圧迫していた物体の圧力により一気に口を開けた。

ボブフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーゥゥゥゥゥーゥ!!
ブボフゥゥゥゥゥゥーッ!ブフォォォォーッ!

少女の肛門から爆発した物体は、溜まりに溜まったオナラであった。少女のお腹を張らした圧力の強さが分かるぐらいの重低音が、少女が心配したとおりにトイレ内どころか廊下にまで響き渡る。

ブフゥゥゥーッ! ブボフーゥゥゥゥゥゥゥーゥゥゥー!
…プゥーゥゥゥッ!

力めば力むほど出てくるかのように長時間出続けた放屁。まるで親の敵でもあるかのように放屁中ずっと踏ん張っていた少女は、あまりに力み続けたせいで特大の放屁が終わった後に、残りカスのような放屁まで絞り出してしまい、滑稽な音まで余計にトイレに響かせてしまうことになった。

我慢に我慢を重ねた限界の放屁とも言える重低音の放屁は、まだ少女も仕方のないことだと自分に言い聞かせることが出来た。しかし最後の滑稽すぎる放屁音には、自分があまりにも無様であるという感情を抑えられずに、誰にも聞かれていないのに一人で顔を真っ赤にして体を震わせる。

それでも放屁を済ませてようやく腹部と肛門の痛みから開放された少女は、まくっていたスカートを下ろし安堵の溜息を吐き出す。しかし個室からなかなか出て行こうとはしない。個室の中には自分が肛門から大量に噴出させた放屁の悪臭が充満し、それがなかなか薄まらないからだ。

上下に隙間はあるものの、四方を壁に囲まれた狭い空間であるトイレの個室は、このトイレの中に申し訳程度にあるたった一つの換気扇の力だけでは消臭はほとんど不可能であり、ほとんど自然消滅を待つしかないという有様では、少女のあまりにも大量の放屁がなかなか薄まらないのも無理はないだろう。

少女の放屁は、隙間から逃げていくどころか個室の中をグルグルと循環しているかのように棒立ちの少女を取り囲み、「これがお前の臭いオナラだ!」と、少女にはあまりにも酷な事実を叩きつける。

自分の放屁にまで自分を責め立てられているかのように感じてしまう少女は、嫌ならこの個室のドアを開けてすぐ逃げ出してしまえばよいものの、それが出来ない。もし放屁の悪臭が完全に消えてないのに個室を出て、そこに誰かが入ってきたら自分の残り香を笑われてしまうことを恐れているのだ。今が授業中でその確率がとてつもなく低いことが分かっていても。

なかなか薄まらない放屁の悪臭の中、為す術もなくただ立っているだけの少女。しかしこのまま時間が経つのを待っていては教室に戻るのがそれだけ遅れることになる。いったん教室を抜け出した少女がいつ戻ろうと周囲がどう思うかは変わりないのだが、少女にとっては大きな問題ともいえた。

腹痛=大便という一般的なイメージを誰よりも強く気にしてしまう少女は、教室に戻る時間が長引けば長引くほど、それだけの時間を大便に費やしたと思われるのが非常に苦痛であった。そして少女はあまりにも惨めで無様な行動に出ることになる。

スゥゥゥゥゥゥゥー…  スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥー…

自分で自分の放屁を鼻から大きく吸い込む少女。悪臭がなかなか薄まらないなら、自分で吸い込んで少しでも速く消えてもらおうというつもりなのだろう。棒立ちのまま、寂しげで物悲しそうな苦悶の表情で自分の放屁を吸い込む姿には一片の同情の余地さえもなく、間抜けで情けなさ過ぎた。

嗅いだことがないわけではないが、自分の放屁を自分の意思で吸い込むというのは少女も初めてのことだろう。その悪臭は少女を悲しませるには充分すぎる臭さで、硫黄だとか卵の腐った臭いとはこのことかという嬉しくもない認識までさせるほどであった。

自分で嗅いでも明らかに苦々しく感じるぐらいの臭さなのだ、もしこれを他人が嗅いだらなんと思われるのだろうか。絶対に自分は馬鹿にされイジメを受けてしまうだろうし、もし友達がいても、その友達にすら見放されてしまうかもしれないと悲嘆しながら、それでも悪臭を吸い込み続ける少女の悲しい鼻息がトイレの中で静かに響いていた。


トイレから出て教室のドアの前に戻ってきた少女は、出来るだけ音を立てないようにゆっくりとドアを開けるが、どう静かにドアを開けたとしても教室内の女生徒達の視線が一斉に自分に注がれるのは避けようがない。

しかし少女はこれが最後の試練だと自分に言い聞かせて、できるだけ誰とも視線を合わさないように俯き加減で自分の席に戻り、再び授業に戻る。あの大放屁を誰にも聞かれず、あの悪臭を誰にも知られなかったという結果に比べれば、この視線もまだ耐えることが出来た。


なぜ少女は他の女生徒のように放屁を上手く処理できなかったのか。女子校でなくてもほとんどの女生徒は放屁ぐらい休み時間の間に上手く処理し、腹痛になるぐらいまで苦しむこともないし、悪臭はともかくあそこまで力まなければ放屁できないということもないだろう。

少女はなぜそうなってしまうのか、それは少女の体質に問題があるのかもしれない。




少女が所属するバレー部。名門校というわけではないが、それなりに大会での結果を出していることもあり、女性顧問の指導はしっかりしている。とはいえスパルタと言うほどではなく、あくまで部員達の身の丈にあった練習メニューを課しているという印象だ。

だらけもせず、さりとて部の仲間をも追いつめるような張りつめた緊張感と言うほどではないバレー部の雰囲気には、少女はそれなりに満足していた。この普通の雰囲気であるからこそ余計なことは気にせず、真面目に部活に打ち込んでるだけで良いのだから。

体を動かすことは好きで、体育の授業の影響でバレーに熱中するようになり、中学生時代もバレー部をやっていた。この学校でも数少ない2年生のレギュラー候補として頭角を現してきているが、もし少女が「目立ちたくない」という意識の持ち主でなかったら、きっと超高校級のエースとして名を馳せていたかもしれない才能を秘めている。

少女も、バレーに打ち込んでいる時間はガスが溜まることによる腹痛を忘れられる。ということはなく、やはり授業中と同じように腹痛に苦しむことは多々あった。だがそれは慢性的ではなく、定期的なものであった。


コートを使っての様々な練習の間、ボールを受けるために待機している時のバレー少女達の姿勢は常に中腰である。小豆色のブルマーに包まれた魅惑的な尻を常に突き出しているというのは年頃の少女達には恥ずかしいものがあるという程ではないが、常に気合いを入れていたら体力が持たないので程々の姿勢で体力の温存を図るのが普通であった。

しかし少女は真面目であったため、待機中に力を抜くこともなく、誰よりも中腰に力を入れ、誰よりも力強く尻を突き出していた。普段ならそれは別にどうでも良いことであったのだが、ガスによる腹痛に襲われている時には、少女にとってはそれがあまり良くない体勢になるのであった。

この中腰の体勢は、少女がトイレで放屁を踏ん張る時の体勢とまったく一緒なのだ。両腕の構えこそ違うものの、どっしりと踏ん張る両脚と、その踏ん張りによってどうしても突き出されてしまう尻はトイレの中の無様な姿そのものだった。

条件反射なのか、早く思いっきり放屁をしたいという少女の意識の表れなのか。この構えをしているだけで少女は肛門に奇妙な感じを覚える。突き出したお尻の勢いで肛門まで盛り上がりガスを噴出させてしまいそうな違和感。

トイレの中以外で少女に放屁が出来るわけがないのに、放屁意欲をかき立てるかのような姿勢をとり続ける事は、少女にとってジレンマのようなものであった。他の女子だったら素知らぬ顔でこっそり放屁をしているのが普通なのに。

休憩の時間になると、部員達は汗ばんだ体を休めるために水分を補給したり風通しの良い所で座り込んだりと休憩の仕方は様々だが、少女は一人バレー部のコートから離れトイレに向かう。

ほとんどの部員は部活が始まる前に用を足しているので、休憩中にトイレへと大勢が向かう事はなく、たまに一人二人いる程度で少女も頃合いを見計らって簡単に人気のないトイレに行く事は出来た。

「ふんっ…! んっ…く…くっ! はぁっ…! はぁ、はぁ……」

静かなトイレの、たった一つだけドアが閉まっている個室の中から少女の力み声が漏れている。どんなに声を押し殺そうとしていても、放屁をするために最大限に力む少女の口からは声が漏れだしてしまう。

しかし、それだけ力んでも今回は少女の肛門からはガスが出てこなかった。まだガスが溜まっていなかった訳ではない、他の女子が入ってくるかもしれないという不安が少女の力みを弱くさせていた訳でもない、少女はいわばオナラの便秘という症状に悩まされているのだ。

少女は大便に関してもかなりの便秘体質であった。ただの便秘なら大便は出なくとも尻の中に詰まっている大便が発酵するガスが溜まって余計にオナラが出るはずなのに、少女の場合はそのオナすら直腸の中で限界まで詰まり、出口である肛門も固く閉じてしまうのだ。

大便の便秘ほど何日も溜まっているわけではない、しかしオナラの便秘は限界を迎えるのが早く、出す時には常に大爆音を伴うというのは大便の便秘以上の悪質さであり、少女にとっては大きな悩みとなっている。

ただ、それは少女の生まれつきの体質によるものなのか、少女の内気な性格がオナラの便秘を引き起こしたしまったのかは分からない。ただ、少女の性格がその症状を悪化させている事は確かであった。

ガスは溜まっている。オナラが出そうな感覚には襲われるのだから。しかしせっかくトイレに籠もっても何故か放屁は出来ず、なかなかトイレに行けない状況に限って尻が張り裂けそうになるぐらいの限界に達するのだから不幸以外の何物でもない。少女の丸々としたお尻は二重の便秘によって作られた物なのかもしれない。


とある日の日曜、少女が属するバレー部は予定されていた練習試合を行うために、他校へと出向いていた。アウェーの雰囲気の中で実戦経験を積むといえば格好良いが、さすがに日曜だけあって学校内にいる生徒は少なく、むしろ漂っているのはのどかな雰囲気と言っても良いだろう。

それでも、やはり余所の学校の中を歩くのは緊張するものだ。自分の学校とは全く違う構造に、体育館へ向かう足取りもどこか不安げになっている。しかし、今日の試合は少女にとっては大事な試合だ。今回の遠征に3年生はほとんどは居残りで加わらず、準レギュラークラスの力量を計るために組まれた試合なのだから。

体育館内に入ると、自分の学校とあまり変わらない雰囲気に少女も少しずつ気持ちが落ち着き、コートを借りての練習にも気合いが入る筈だったのだが、まさかこんな時にオナラの便秘が限界を迎えるとは思わなかっただろう。

軽い練習を終え、顧問がスタメン発表とともに今日の試合が準レギュラーの部員達にとってどれだけ大切なものかという事を説明し、部員達に気合いを入れさせる。顧問の掛け声に合わせて部員が気合いの入った返事を行うという単純なものだが、体育会系な生徒であればあるほど、効果は大きい。そこも評価の対象なのだろう。

「牛田!気合いが入ってないぞ!スタメンを下ろしてほしいのか!」

気持ちの中ではこの試合の大切さは分かっていても、急激に張り詰めてきた尻の痛みが少女の声を弛ませる。せっかくスタメンに選ばれたというのに、こんなことになってしまうとは、少女にとって尻と腹の痛みに加えてさらなる痛みを突き刺されてしまったようだ。

「いいえ!試合に出たいです!」

部員の注目が自分に集まる中、痛みを堪えて叫ぶ少女はその後何度も掛けられる顧問の声に負けないように何度も叫び声を返していく。腹の痛みを紛らわすかのように叫ぶ少女だが、ここでの無理がさらなる腹痛の悪化を早める事となる。

少女にとっては幸いにも相手チームの都合で試合開始の時間まで少し空きが出来たので、それぞれが試合に向けて準備を行っておくようにと顧問からの指示を受け、部員達はちょっと拍子抜けながら再び休憩に入り、それぞれがストレッチやボールを使った軽い練習などで時間を過ごしている中、少女は今の内にトイレを借りようと急いだ。

しかし、急ごうとはしても肝心のトイレがどこにあるのかが少女には分からない。別の高校のトイレを探すというのは意外と大変なものだ。たとえば体育館のすぐ近くにトイレがあるとは限らないのだから。

「トイレはどこ?」と部員の誰かに問いかけて一緒に探してもらう事も出来たかもしれない。しかし少女には部活内ですら仲の良い相手がいないのだから、なかなかプライベートな事を話す勇気が出なかったし、トイレまで一緒に来られるのは何よりも困る事だからだ。

結局顧問に尋ねる勇気も出せずに、少女はあてもなくコートを離れるのだが、こういう状態で何かを探すというのはえてして目的が見つからないものだ。ウロウロと彷徨ったあげくいつの間にか体育館の入口に来てしまった少女は、もう体育館のトイレを探すのを諦め、通路を伝って校舎の中のトイレを借りようと小走りで駆けだした。

(つっ…! オナラが出そう…! もうあまり走れない…)

少し足を速めただけで腹部に突き刺すような痛みが走り、その痛みが逆流して尻を抜け、少女の肛門を内側から貫く。少女は突然の痛みに思わずお腹を押さえ、足も止まる。オナラの爆発こそなかったものの、大急ぎでトイレに向かうような余裕は無さそうだという事を少女は悟った。

片手でお腹を押さえながら出来る限りの早歩きで校舎の中を彷徨う少女。程なく一階のトイレが見つかったのだが、トイレが目前という所で少女は横から歩いてきた二人の男子生徒とすれ違ってしまった。

女子校に通う少女にとって、同い年の男子との接触には慣れておらず、ただすれ違うというだけで非常に気まずいものを感じてしまう。しかも後ろからその男子のヒソヒソ声が聞こえてきたとなると、思わず緊張で体がこわばってしまう。

「あれ、うちの学校の女子じゃないよな」

「あんなユニフォーム見た事無いしなあ。部活の練習試合かなんかで来てるんじゃないか?」

「じゃあ何でこの辺歩いてるんだ?」

女子校通いの中でも自分が注目される事が嫌いなのに、見ず知らずの男子に怪しまれ、注目される事が少女にとってどれだけ恐ろしい事か。こわばった身体が緊張でブルブルと震えだし、すぐ目の前のトイレの入り口に進む事も出来なくなる。

(トイレには…行けない…!)

制服姿ならまだ良かった。他校の生徒である少女が、校内を歩くには違和感があるバレー部のユニフォームで、しかも下半身はブルマーを丸出しにしている。これほど注目されて恥ずかしい状況はないだろう。それだけでも酷だったのに、今また男子の目の前でトイレに入る事は恥の上塗りだと、少女は腹の痛みを上回る極度の緊張で無駄な選択をしてしまう。

トイレの入り口をぎこちなく通りすぎ、すぐ奥にあった階段を上がる少女。トイレに入ってしまえば楽になれただろうに、まさか更にトイレを探して歩かなくてはならないとは。すぐに後悔し、引き返してトイレに駆け込みたいぐらいだったが、もし男子がまだ見ていたら更に大きな恥だと、それも思い切る事が出来ない。

しかし少女の選択は今回に限っては正しかったかもしれない。どの階も似たような構造になる校舎の造りによって、少女が階段を上がったら一階のトイレと全く同じ位置にまたトイレがあったのだから。

ホッとしてトイレに入った少女は、中に誰もいなかった事で何の障害もなく放屁が行える感激で、思わず顔をほころばせてながら個室に入り込み、まるでもうお腹の痛みも気にならないかのごとく急いで放屁の体勢に移る。

ユニフォーム姿のまま便器を跨ぎ、ややガニ股気味にお尻をかなり突き出した中腰体勢を取る少女。制服姿の時はスカートを捲ったが、ブルマー姿の時は何故かそのまま放屁を行うようである。

「うっ!うぅぅんんんんー! くぅっ!くっ!ふぅんんんー!」

ほころんだ少女の顔はあっという間に苦悶の表情へと変わる。顔が紅潮し、汗を滲ませながら歯を食いしばる表情はいつ見ても無様だ。あれほど少女の腹を圧迫し、肛門を刺激しておきながらどうしてここまで力まねばオナラが出ないのだろうか。

ブーゥゥゥゥゥーゥゥゥゥゥゥゥーッ!! ブッ!ブ、ブブブブブブブブゥーゥゥゥッ!
ブーププブププブブププーゥゥゥゥ!

悪戦苦闘の末、ようやく口を開いた肛門から一気にオナラを爆発させた少女。思い枷を外されたように軽くなった腹と尻、そして心の開放感で一際長い溜息を吐き出す。下半身の力が一気に抜けてその場にしゃがみ込んでしまうが、いつまでも休んではいられない。すぐに体育館に戻らなければいけないのだから。

だが、急ごうと立ち上がった瞬間、少女にとってまさしく予想外の声が耳に飛び込んできた。

「ねえねえ。何?今の音? もしかしてオナラぁ?」

「すんげー音だったよねー、『ブーッ!』ってさー! アハハハ!ヤッバーイ」

今まさに最悪のタイミングでトイレに入ってこようとした女子生徒二人組は、少女の放屁の爆発音を聞いてしまっていた。

「ちょっとー!早く入んなよー!」

「ヤベーって!今入ったら、臭くて死ぬかもしんねーじゃん!」

トイレに向かっている時も大声でお喋りをしていた女子二人は、少女の最初の爆発音はお喋りに夢中ではっきりオナラと認識してはいなかったが、何か大きな音がトイレの中から聞こえてきたのには気づき、お喋りが止まった事でその後の爆発音を聞いてしまい。呆気にとられながらもそれを放屁と認識してしまう。

あからさまに自分の放屁の事が話題にされている事に、先ほどの男子生徒とすれ違った時とは比べものにならない衝撃を受けて凍り付く少女。ガタガタと音がするぐらいに全身が震え、声が出せなくなったかのようにパクパクと口を開閉させる様は、もはや羞恥心ではなく恐怖心と言っても過言ではなかった。

(出られない…! もう、トイレから出られない!!)

程なくトイレの中に入った女子が少女の籠もっている個室の両隣に入ってお喋りをしながら用を足している時も、用を足した後に手洗い場の前で更にお喋りをしている時も、少女は呆然と立ちつくしたまま震え続けていた。

もうとっくにオナラの事も忘れている女子がようやくトイレから立ち去った後、試合のスタメンという責任感から早くここを出ようという気持ちで自らを奮い立たせる少女だったが、全身に残った恐怖はなかなか拭い切れるものではなく、もしかしたら放屁をした自分の顔を確かめるためにどこかで待ち伏せしているかもしれないという疑念によって身体の震えがなかなか止まらなかった。


「行かなくちゃ…、行かなくちゃ!行かなくちゃ!」

いったいどれだけの時間震えていたのだろうか。自分の唯一の楽しみかもしれないバレー部で試合をすっぽかすような行為がどれだけ愚かな事かを考え、勇気を振り絞って個室を出て、少女は体育館に向かって一目散に駆けだしていく。

間に合わない事は分かっていた。自分の代わりに誰かが試合に出ているだろうという事は分かっていた。これで自分の立場がどうなったのかも分かっていた。しかし走らずにはいられなかった。

自分はバレーが好きだから、好きだから一生懸命頑張っているのだから、どんな絶望的な状況でも投げやりになってしまいたくはなかった。だから走るのだ。

息を切らせた少女がようやくコートにたどり着いた時には、もうとっくに試合は行われており、顧問のみならず試合に出てないサブの部員までもが何をやってるんだという呆れた目で少女に注目した。

顧問は少女を連れてコートの側から離れ、館内の脇で少女と一対一になった。少女が試合をサボってすっぽかす人間ではない事を分かってはいても、罰は与えなければいけない。説教も遅れた理由を聞く事もなく、顧問は一言だけ話す。

「牛田、お前は今後試合では一切使わん」

少女は辛そうに俯きながらハイと返事をする。言い訳は一切しなかった。そんな見苦しい少女ではないし、あまりにも無様な事実はとても言い訳できる理由でもなかった。


それでも、頑張り続ければ再びチャンスは巡ってくるかもしれない。少女はこのショックを完全に断ち切れたわけではなかったが、その後も真面目に部活に出続けていた。

いつものように一生懸命練習に励み、必死にボールを追いかける。もともと孤独だったが故に、周囲の自分を見る目の変化がそれほど大きくなかったというのは不幸中の幸いだったかもしれない。

ブゥーッ!

少女が練習に励んでいる時、突如近くから聞き慣れた音が聞こえてきた。おそらく放屁の音であろう。一瞬少女は自分がオナラを漏らしてしまったのかと思いビクッとしたが、落ち着いて考えれば肛門には何も感覚がなかったのだから、今の音に限っては他の女子の放屁であろう。

「うわーっ、力んだ拍子にオナラ出ちゃったよーっ!」

放屁をしたのを隠すどころか、自らオナラを漏らした事を公言しては自分で大笑いしている女子の明るさに、周りの女子達もつられて大笑いしながら冷やかしている。その光景は、少女には彼女達が全く考えられない生き物なのかと錯覚させるような光景であった。

少女にはとても恥ずかしくてそんな真似は出来ないし、放屁を公言できる女子の感覚も信じられなかった。しかしその一方では、その感覚を堂々とした態度として羨ましいと思っていたのも事実だった。


−3−


あの日の失敗によって、レギュラーになれるかもしれないというチャンスは失った物の、少女はこれまで通りの生活を続けていた。一人で寂しく登校し、ひっそりと授業を受け、黙々と部活に励む。変わらない生活。それはもちろんオナラの便秘においても同じであった。

定期的に腹痛に襲われては、痛みに耐えながら人の居ないトイレを探してオナラを大爆発させる。それだけは本当に何もかも変わらない。しかし、あれだけの放屁の大爆発を学校で何度も行っていては、何かしらそれが人の耳にするところになってしまってもおかしくはない。

少女以外の女子にとっては、たかがオナラ。他人のオナラなどむしろ早く忘れたいぐらいで、さほど気に止める事でもないのかもしれないが、聞かれる相手によってはそれが致命傷になりうることもある。


昼休み前の授業が終わり、大勢の生徒が一斉に教室を出て食堂や購買へと走っていく。食堂の順番待ちが短くなるように、購買で人気の総菜パンが売り切れないようにと、必死になって廊下を駆けていく女子は意外と多い。その女子達の中に、何故か少女がいた。

少女は昼食時の混雑を嫌っていつも弁当を持ってきており、いつも一人で食事をしているのだが、何故か今日は食堂や購買に向かう女子達の中に混じっている。しかし走るにしては足取りが遅く、どことなく苦しげであるのが不自然だ。

周囲の人間は自分のことに夢中で全く気がついていないが、少女は食堂や購買を目指しているわけではなかった。いつの間にか他の女子達とは別の通路にそれて歩き出した少女は、他の走る女子達をカモフラージュにしてトイレに向かっていたのである。

昼休み前にオナラによる腹痛の限界が近づいていた少女は、昼休みの中で、いつトイレを探そうか悩んだ。昼食を取った後ならゆっくりと探せるが、同じく昼食を終えた女子達があちこちで歩いている状況になってしまうだけに人の居ないトイレに入るのが困難になってしまうかもしれない。

それなら昼食の前に先にトイレに行ってしまえば、他の大半の女子が昼食を取っている時間帯に放屁を済ませてしまえるかもしれないし、食事よりも先にトイレに行く女子自体が少ないという利点もある。放屁に時間が掛かり過ぎると、皆が昼食を取り終わっている中で一人弁当を食べるという目立つ状況になってしまうかもしれないが、放屁を無事に終えることの方が少女には重要だった。

周囲に人の気配が無くなったことで安心した少女は、もうしばらく皆のいる教室から離れようと歩き続け、やがて音楽室の近くにある狭いトイレにたどり着いた。この女子校での音楽の授業は少なく、もっぱら部活やイベントで利用されるのが主なので、授業前後の時間帯はまず人がいることはない。

ブフォォォォォーッ! ブゥゥゥゥゥゥゥゥーッ!
ブゥゥゥッ! ブッ!ブッ!ブッ! ブパブプゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーッ!!

個室の中、中腰でスカートをまくり上げたいつもの体勢で放屁を行っている少女。部活で鍛えてなかなか力はある少女だが、放屁を行うときだけはその力を持ってしても顔を真っ赤になるほど力まなくてはオナラが全く出てこない。

プシュゥゥゥィィィィィィ……

最後に残ったオナラのカスを静かに絞り出し、今回の少女の放屁は終わった。残り香を少しでも早く消すために自分の出したオナラを何度も自ら吸い込んで完璧に処理を終え、教室に戻ろうと個室を出て歩き出した瞬間、トイレの入口で腕を組んで不敵な笑みを浮かべている女子を目にしてしまった少女の体が凍りついた。

(聞かれた………!!)

真っ直ぐに少女を見つめ、薄ら笑いを浮かべている女子の表情は、明らかに少女の放屁を全て聞いていたことを物語り、さらにその女子の後ろには女子の仲間と思われる者も四、五人集まって入り口を塞いでいることから、これは確実に少女への悪意が向けられていることは確実である。

これから何が起こるかよりも、まず放屁を聞かれていたという事実による恐怖で気が動転している少女は、まるで女子達から目を背けるかのようにトイレの中をキョロキョロと何度も見回す。狭いトイレの中には他に誰もいないことが分かったが、塞がれている入口以外にもう逃げ場がないことも分かってしまった。

「どうしたの?牛田さん。そっちには誰もいないわよ」

辺りを見回す少女にそう声は掛けるものの、女子は少女の困惑する姿を楽しんでいるかのようにニヤニヤと笑いながら自分から話を振ろうとはしない。後ろの仲間達も、チラチラと少女の顔を見ながら何かをヒソヒソと言い合っているが、その嫌味な表情からして少女の悪口を言っていることは間違いないはずだ。

(まさか牛田さんがあんなオナラをねー)
(何であそこまで音を出すわけ?)

少女の耳にも微かに女子達のヒソヒソ話の内容が聞こえてくる。本当に少女が聞き取れたのか、少女の被害妄想でそう聞こえてくるのかは分からないが、自分を見て笑い合っている女子達の顔は決して少女の被害妄想ではない。

「な…、何…?」

このままトイレに立ちつくしているわけにもいかず、早くこの場から逃げ出したい一心で少女は震える唇を必死に落ち着かせながら言葉を発する。

「何って、牛田さんの馬鹿大きいオナラをみんなにも聞かせてあげようと集まっただけよ。この間たまたま音楽室に楽器を返しに行ったら、牛田さんがトイレに入っていくのを見て、その時は何とも思わなかったけど、楽器を返して音楽室から出たら、トイレの中から凄い大きなオナラの音が聞こえてくるじゃない。ビックリしちゃったわ」

その女子は、以前に少女の放屁の現場に偶然居合わせてしまっていた。始めは空耳かと思ったが、トイレの入り口から中を窺ってみると、確かにドアが閉まっている個室の中から大爆発のような放屁の音が聞こえてくるのを目撃して確信した。

「ねえ、私の言ったとおりでしょう?牛田さんはいつもこうやっておっきなオナラしてるのよ。アッハハハハハハハハハ!」

他の女子が少女に対して冷ややかな笑みを浮かべているだけなのに対し、この女子は一際大きな声を張り上げて少女を笑い、よくもそこまでオナラごときで他人を責めることが出来るのかと思えるぐらいだった。

自分の放屁があまりにも馬鹿馬鹿しいぐらいの爆発音を奏でてしまうことはわきまえている少女は、女子の罵りに何も反撃することも出来ず、ただ黙って女子達が飽きてくれるのを待つだけだったが、一方であまりにも悪い相手に放屁を聞かれてしまったことで今後自分がどうなるのかが不安でしょうがない気持ちになっていた。

少女を人一倍笑っているその女子の名は、『富野渚(とみのなぎさ)』。この学校でどの女子よりも一番恐れられ、教師すら彼女に対しては何も注意できないぐらい力を持っている人間である。


美しく輝きなびく長髪。まさに美少女らしい美少女の魅力に溢れるルックス。スマートな体型に垣間見える大人の女への成長過程といった、この学校が共学ならば学園のアイドルと言われてもおかしくない美少女がまさに富野であるが、彼女はそれでいて性格は誰よりも凶悪だった。

典型的な大きな瞳でありながら富野の目つきは人一倍鋭く、牛田を見る眼光は冷たさと威圧で満ちあふれている。そもそもその目は牛田を見下した目以外の何物でもなく、その笑顔は悪意そのものであった。

富野は別にこの学校の関係者の娘でもなければ、親に権力があるというわけでもない。ただ彼女が笑顔で発するその凶悪な雰囲気が力となって全てを支配しているのである。

「面白いわね、牛田さんって。オナラ女ってあだ名がピッタリね。あっ、そうだわ!ねえ、みんな!またミスコンテストを開きましょうよ!『ミス・オナラ女コンテスト』なんてどうかしら?」

笑顔で牛田を貶めながら、富野はふと思い出したように周囲の女子達にミスコンの開催を提案する。牛田はそれを聞いてピクリと体が反応した。ミスコンのタイトルがあからさまに自分を馬鹿にするための名であることもさることながら、第一回である前回のミスコンがどんなものであったかも知っていたからだ。

ミスコンとは名ばかりの、富野が標的に定めた女子の学校での人生を奈落の底に突き落とすためのイベント。前回の『ミス・納豆女コンテスト』での被害者はこれで全てを奪われて、今もイジメと孤独に苦しめられ続けていると聞いている。

自分もそうなってしまうのかと牛田は体に寒気が走るのを感じる。今はただ友達がいないだけ。孤独なだけ。しかしそれが皆に嫌われての孤独だったら、イジメを受け続ける毎日だったら。一人でも普通に学校生活を送れたこれまでとは全く違う、地獄のような日々を過ごさなくてはならないのか。

牛田が絶望という感情に少しずつ近づいていく時、富野の提案に女子達もすぐに賛同し、いつの間にかミスコン開催まで準備の話が始まっていた。富野の指示に何度も頷いてはイエスマンのように返事をする女子達の姿は、もはや富野の友達というよりは配下同然の取り巻きと言っても良かった。

「それじゃあみんな、ミスコンの宣伝よろしく頼むわね。情報が生徒全員に行き渡ったら私の決めた日の放課後に各自椅子を持って集合するように伝えて。あと投票用紙も用意しておいてちょうだい」

富野の指示で取り巻きの女子が一斉に行動を開始し、トイレは富野と牛田の二人きりになったが、富野は牛田の肩に手をかけ、一声かけると彼女もすぐにトイレから去っていった。

「頑張ってね、牛田さん。あなたならミス・オナラ女になれるわ」

まだ絶望には早い、しかし絶望はすぐそこまで迫っている。牛田は悲しむことも安堵することも出来ずに、今できる悔しさという唯一の感情で拳を振るわせていた。

(頑張れって…、何を頑張れって言うの……!)


その後、数日で第二回ミスコン開催の情報は学校全体に知れ渡っているようだ。牛田が廊下を歩けば、同じクラス、同じ学年の女子はともかく、見知らぬ女子でさえもが自分を見てはヒソヒソと仲間と話したり指をさしたりしているからだ。

直接ミスコンに関して何かを話してくる女子はいないのは救いかもしれない。しかし、確実に全ての女子が遠くから自分を見ていることの恐怖感は何も変わらなかった。

そして、ミスコン開催当日。教師らの抵抗も何一つ無く、放課後の体育館に全生徒が集まり、予定通りにミスコンの投票が始まった。華やかな演出も何もなくいきなり投票が行われ、女子達は紙にミス・オナラ女にふさわしい女子の名前を書いて投票箱に入れ、席に着く。

牛田も当然投票に参加させられるのだが、誰の名前を書くわけでもなく、空白のまま投票して席に着いた。これから起こることを考えると気分が滅入るばかりだが、富野はただ牛田を大人しくはさせてくれなかった。全員が投票を終えて席に着いたとき、開票の前に壇上からマイクで牛田を呼ぶのである。

「それじゃあ開票を始めようかしら。でもその前に、この開票の行方を特等席で見る事が出来るゲストを招待しましょうか。…牛田里美さん、すぐ椅子を持って壇上に登ってもらえるかしら?」

富野の呼びかけで、女生徒達の視線が一斉に牛田に集中する。たった一人で壇上に登るという、あまりにも目立つ行為は出来ないと牛田はその場から動こうとはしないが、周囲の女子の「早く上がれ」という声が何度も囁かれ、牛田の座る椅子を蹴る者まで出てきたことで、牛田は逃げ出すように壇上に登らざるを得なかった。しかし、本当に逃げ出したい場所は、その壇上からなのだろう。

自分の椅子をガタガタと音を立てながら運び、壇上への階段を上がる牛田の姿にあちこちから失笑が漏れる中、牛田は壇上のど真ん中に座らされた。牛田の前には巨大なボードがあり、ここに開票の結果がプロジェクターを通じて映し出されるのである。

体育館の壇上のど真ん中で全校生徒の視線を背に受けながら、牛田が居心地悪そうに椅子に座っているのを眺めて富野はニヤリと笑り、再び口元にマイクを運ぶ。

「それじゃあミス・オナラ女コンテストの開票を始めましょう。まず一枚目は……牛田里美?まあ、なんて偶然なのかしら。まさかゲストが一番最初に名前が出てくるとは思わなかったわ」

富野が白々しくも牛田の名を読み上げた瞬間、女子達に笑いが起こると共にボードの映像に牛田の名前と顔写真が現れ、その横に効果音と共に投票数が一つ加算される。選挙の時のTV放送のようなイメージと言えばよいだろうか。映像は機械的でも、開票はあくまで富野が手で行い、自らが読み上げる。牛田を直接侮辱するために。

「…牛田里美。 牛田里美。 牛田里美。 …牛田里美。 もう、どうしたのかしら?これで15票連続で牛田里美よ。困ったわねえ」

これが富野のミスコンのやり方だ。コンテストの投票と言っても、これは牛田という女子を陥れるためのイジメという富野の思惑は既に女生徒全員の知るところであり、否応なしに牛田の名前を書けという無言の圧力を受けているのだから、牛田以外の女子の名前が投票されることなどあり得なかったのだ。

それでも富野は白々しく、しかし真剣に牛田の名を読み上げ続けることは止めない。富野の声と共にボードの映像では自分の投票数だけが伸び続けていくのは牛田にとって拷問同然の屈辱だった。

「…牛田里美。 牛田里美。 牛田里美。 牛田里美。 …凄いわ、早くも100票突破したじゃない。この勢いは本物ね」


その後も富野は牛田の名前を読み上げ続ける。映像ではミスコンの候補者がベスト10まで表示できる枠があるにもかかわらず、ただ一人牛田の名前だけが表示され、そこの投票数が伸び続けているのは端から見ればシュールでしかない。しかし、その唯一の候補者にされた牛田の気持ちは如何ばかりだろうか。

ミスコンにもならない。そもそもオナラ女と呼ばれるのは富野が目を付けた牛田だけだというのに、ただ牛田をオナラと呼ぶのではなく、ここまで手間暇かけて大きな行事にしてしまうことで徹底的に牛田を追い詰め、貶めようという富野には邪悪な執念すら感じさせる。

だが、牛田里美という投票の他にいくつかの白紙票が混ざっていたことは、牛田にとってはほんのわずかだが救いになったかもしれない。それはイジメに荷担したくないという意思の表れでもあるのだから。

それでも富野は快調に牛田の名前を読み上げ続け、とうとう牛田の投票獲得数は過半数を超えた。この学校の全校生徒数が約600人なので、300以上もの投票を牛田一人で獲得してしまったことになる。事実上、牛田のミスコン優勝が決定した瞬間だ。

(私が…ミス・オナラ女……)

自分の優勝が決まったことを悟り、大きな溜息と共にガックリと肩を落とす牛田。しかし落ち込む牛田の後ろからはおめでとうの声と共に女子達の盛大な拍手が沸き起こっていた。

誰が嬉しいものか、誰が拍手をもらって喜べるものか。富野の命令とはいえどうしてそこまで牛田を馬鹿に出来るのか。牛田はただ屈辱に耐えながらこのミスコンが早く終わってくれるのを祈ることしかできなかったが、富野はそれにまったく構うことなく開票を読み上げるのを止めようとはしなかった。

「まだ分からないわ。全部開票してみるまで牛田さんが本当にミス・オナラ女に選ばれたかどうか判断できないじゃない。もしかしたら次点に迫るぐらいの人の名前が出るかもしれないわ」

ここまで来てもまだシラを切り通し、開票の手を止めることも牛田の名前を読み上げることも止めようとしない富野。女子達にも混乱の色が目立ち始め。少しずつざわめきが起こる体育館内に牛田里美の名前が富野によって再び連呼されていく。

「牛田里美! 牛田里美! う、し、だ、さ、と、み!」

小馬鹿にするように、嫌味なまでに声色を変えながらあらゆる喋り方で牛田の名前を読み上げる富野。絶望感で頭を抱え、俯いていた牛田はもう自分の名前は聞きたくないと耳を塞ぐが、それでもマイクを使った富野の声は体育館内に良く響いて嫌でも耳に入ってくる。もう牛田は堪えきれずに立ち上がり、富野に向かって叫んだ。

「もうやめて!どうしてそこまで続ける必要があるの?もういいでしょう!どうしてオナラをしたぐらいでここまでされなくちゃいけないの?みんなするじゃない!あなただってするじゃない!」

人間なら誰もが避けられない行為である放屁。それなのに人に聞かれるか聞かれないかで運命が変わってしまうこの落差は、放屁を聞かれた牛田にはもっともな怒りだった。しかし富野は事も無げに牛田をあしらった。

「あら、そう?…悪いけど私はオナラなんてしたことはないわよ。あなたのような出来の悪い人間とは違うの。私はオナラをしなければ、トイレにも行かない完璧な女よ」

平然とそこまで言ってしまえる富野の返答に、牛田はもちろん他の女子達も絶句した。普通の女が言えば冗談か単なる馬鹿かでしかないが、富野が言うとそれがまるで本当の自信のように聞こえるから、誰もそれを笑う事も否定することも出来なくなっていた。

「ついでに言うなら、私は美的を損ねるような無駄な汗もかかないわ。だから、足も臭くなったりしないし…」

富野の恐ろしいまでの自信に誰もが言葉を失う中、富野は開票の読み上げを再開する。呆然と立ちつくす牛田を尻目に、また延々と牛田の名前が読み上げられるかと思ったのだが、ふいに富野の顔が歪み、読み上げが止まった。

ある一枚の投票用紙を見た瞬間、一瞬にして顔を凄まじい形相へと変えた富野。他の女子達は遠くて気付かなかったが、横にいた牛田だけは富野の変化に気がつき、いったい何があったのか、そしてこの後どうなるのかを恐れていた。

富野の表情を一変させた投票用紙には、富野の名前が書かれていた。可能性としては自分に狙われた牛田が書いたとも考えられるが、彼女の性格からしてそれは無いと判断し、自分に逆らうはずがない女子達の中で、唯一逆らう可能性がある一人の女子の名前を思い出し、紙を握りつぶした。

「河井弘子さん、これを書いたのはあなたかしら?」

富野の問いかけに、何が起きているのか理解できていない女子達が一斉にざわめき、混乱が起きる。その中で、名指しされた少女だけは富野の変化に気がつき、してやったりという顔で自ら立ち上がった。

「やっと引いてくれたじゃないか。そうだよ、あたしが富野さんの名前を書いたのさ。こんな馬鹿なミスコンを開催して喜んじゃってさ…。自分の名前が投票される気持ちが分からないから、そんな事が出来るんだよ。だからあたしが名前を書いてやったんだ!」

誰もが恐れる富野に敢然と立ち向かう少女。彼女こそが前回の『ミス・納豆女コンテスト』によってミス納豆女の座に輝かされて全てを奪われた被害者だったのである。

(続く)
−4−

ミス・オナラ女として牛田が追い詰められている中、誰もが逆らうことの出来ない富野に立ち向かう少女、『河井弘子』。以前は陸上部に所属して牛田と同じショートの髪だが、前髪は牛田よりもさらに短く、ボーイッシュな少女の中でも最も典型的なタイプで、セーラー服を着ていなかったら中性的な少年と思われてもおかしくはないぐらいだ。

彼女が『ミス・納豆女コンテスト』に輝いたときも、牛田のそれと手段はまったく一緒であった。コンテストとは名ばかりの河井ただ一人への圧倒的な投票によってミス・納豆女に仕立て上げられ、富野の嫌味たっぷりの祝福を受けたのだが、男勝りな性格だった彼女はこんな手間の掛かる馬鹿馬鹿しいイジメに呆れ、気丈に振る舞っていた。

ちなみに『ミス・納豆女』とは、河井が秘かに悩みにしている足の臭さを富野に知られたことで、河井の足や履いた運動靴の悪臭から納豆女と名付けられたことに始まる。それ以前にも薄々は他の女生徒に感づかれていた彼女の足の臭さだが、周囲は嫌がりながらも気遣っていたのを、富野は露骨に指摘することをまったく厭わなかった。

「ちぇっ、しょうがねぇなあ。ま、いいや。じゃああたしがミス・納豆女って事でいいよ」

コンテストの当日はマイクでそう発言した河井だったが、翌日からこのイジメの根深さを思い知ることになる。まず朝登校したとき彼女の下駄箱が隔離され、しかも彼女に与えられた個別の下駄箱は名札が貼られたゴミ箱であった。

部活でも、部室の前にある靴置き場に河井の運動靴を置くことは禁止され、更衣室でも彼女と一緒に着替えたがる女子は皆無で、特に部活が終わった後の着替えでは更衣室はいつも彼女一人になってしまっていた。

河井が靴を脱ぐだけで他の女子が逃げ出す状況の中、辛さを感じてきたのは、下級生上級生を問わず河井を見ると後ろ指をさしたりヒソヒソ話をして笑う女子が多かったことだ。ミス・納豆女に輝いた河井を普通に馬鹿にしている女子もいるだろうが、河井を馬鹿にすることで富野に媚びる女子も多くいたのだろう。

何よりも今まで友人として付き合っていた女子が、一人も自分の側に残ってくれなかったのは大きかった。河井の友人には特に富野からの圧力があったのだろう。あっという間に一人ぼっちになってしまった河井だが、それでも部活に打ち込んで気を紛らわすことは出来た。しかし、富野のイジメはそれすらも彼女から奪っていったのだ。

ある日、陸上部の顧問から差し出された一枚の用紙。そこにはこれ以上足の臭い河井が陸上部にいることは皆の迷惑になるから河井を退部させてほしいという旨で部員全員の署名が書き込まれていたのだ。

運動神経が高く、推薦で入学した河井にとって退部は落第にも等しいものだ。勉強ができるわけでもなく、テストの赤点もスポーツ推薦だからこそ見逃されてきた彼女にとって、部活を失った事は絶望以外の何物でもなかった。もう既に何も理解できない授業を受けるために学校に通い。テストの度に無惨な点を晒すだけの毎日に、いつしか彼女は気丈さも消えて、馬鹿にされても何一つ反抗できない無口な少女になってしまった。

だが、河井は心まで放棄してしまったわけではなかった。この絶望的な状況は諦めつつも、富野に対して屈服はしないという気持ちだけは持ち続けており、いつか一矢報いるという思いは諦めなかった。そして今回のミスコンテストでの抵抗に繋がったのである。


「何が完璧な女だ。そんなことが平気で言えるんだから呆れるね。どうしてそんなに人を見下すことが出来るのさ!オナラをすれば足も臭いのなんて誰だって同じなのに、どうしてこんなミスコンなんて馬鹿げたことをするんだよ!今すぐ牛田さんのミス・オナラ女を取り消せよ!あんたこそミス・最低女じゃないか!」

自分が酷い目にあったからこそ、同じ思いを他の女子にさせたくないから富野にも逆らえる。壇上に登り、富野に詰め寄りながら徐々に顔が険しくなっていく河井の怒りに対し、富野の顔はいつまでも余裕の表情のままだった。まさに何も恐れるものがない自信が彼女をそこまで平然とさせているのであろうか。

「あなたのようにテストの成績がいつもビリな人には理解できないでしょうけど、人間には存在の順位ってものがあるの。完璧な女の私はあらゆる人間の頂点に立つ存在だわ。だけどあなたは世界一の足の臭さで周囲に迷惑をかける存在。牛田さんは馬鹿でかいオナラで周囲を笑わせてくれる存在。どちらも底辺に属するにはピッタリじゃない」

富野の高笑いと共に、館内に集まっている女子の中からも納豆女という野次が飛んでくる。それで頭に血が上った河井は、思わず富野に対して平手打ちを放ってしまう。しかし富野は一瞬にして高笑いを止めるや、表情だけは笑ったままあっさりと河井の平手打ちを避けていた。

カッとなって手を上げた河井だったが、富野への憎しみを考えると本音では最初から暴力に訴えても構わないぐらいの気持ちはあったのかもしれない。それだけ積もり積もった怒りがあったのだから。それだけに平手打ちを避けられたことで河井は無様によろめき、体勢を崩してしまう。

「まだまだね。男勝りの怪力のくせに、私の顔すら張れないの?…それに、どうせ手を上げるならこれぐらいはしてみたらどう?」

富野がそういった瞬間、よろめきからようやく体勢を立て直した河井の目に富野の拳が大きく映り、次の瞬間には顔面への痛みと共に思いっきり吹っ飛ばされていた。富野はグーで河井の顔面を殴ったのである。これは暴力慣れした人間にしかできないことだ。

あまりにも凄惨な光景に、牛田はおろか他の女子達も言葉を失う。しかし河井はこれで完全に火がついたのか、顔の痛みを堪えながらも再び立ち上がり、今度は自分も拳を構えながら喧嘩に挑む。富野の言うとおり河井の怪力は有名で、彼女が本気でキレたらさすがの富野も危険だと誰もが危ぶむ中、富野は向かってくる河井の顔面に再び拳を殴りつけた。

河井はまったく富野の攻撃が見えなかった。気がついたときには猛烈な痛みが顔面に響き、呆気なく後ろに倒されていた。自分に何が起こったかも分からず、反撃しようという意識さえも働かなくなって、ただ倒れていることしかできない。その後自分の上に馬乗りになった富野に左右の拳で顔面を殴り続けられても、ただ両手を顔の前でバタバタさせて形ばかりの防御をしながら「もう止めてくれ」と頭の中で祈ることが精一杯だった。

「やめて! やめてぇ! もうやめてぇぇぇぇぇぇ!!」

目の前で起こる凶行に耐えられず、必死で叫び続ける牛田の声も空しく、富野はさらに何発も河井の顔を殴り続けるのを止めなかった。富野が暴力を止めたとき、既に河井の顔のあちこちは醜く腫れ上がり、凛々しい少女の顔が台無しにされていた。


「あなたがいくら馬鹿とはいっても、私に敵うわけがないのに立ち向かってきた度胸は買ってあげるわ。じゃあ、あなたにチャンスをあげましょう」

牛田に介抱されている河井に、富野はこのミスコンの優勝を取り消すことが出来る可能性を与えると言い出す。それは、河井の手で牛田がオナラ女ではないことを証明してみせること、という条件だった。

「ただ音が大きなだけじゃ、ミス・オナラ女と呼ぶには弱いかもしれないわね。でも、匂いが物凄く臭かったらどうかしら?牛田さんのオナラが音と臭いの両方を兼ね備えていたら、まさしくミス・オナラ女に相応しいわ。そこで、あなたを使ってオナラの臭い判定をしてみようと思うの。あなたが牛田さんのオナラの臭いを耐えきったら牛田さんのミス・オナラ女を取り消すわ。だけど、あなたが耐えきれなかったら、牛田さんは正式なミス・オナラ女に決定よ」

単純明快、しかし悪魔の囁きにも等しい富野の提案。牛田を助けたかったら牛田のオナラを嗅げという、あまりにも情けないチャンスに、むしろ河井よりも牛田の方が驚いている。

「そんな…勝手に…!」

人に嗅がせるためにオナラなんて出来ないと拒否しようとする牛田を遮り、河井は少々考えただけで何一つ迷わずに富野の提案を承諾し、牛田に自分のことは構わずにオナラをするんだと説得した。当然牛田は河井の説得に頷くことは出来ないが、富野は河井の承諾だけで強引に準備を開始した。

富野の合図で取り巻きが5、6人壇上に登り、河井と牛田の体を強引に押さえつけて放屁の体勢にさせる。まず牛田を下にいる女子達の方に振り向かせ、前屈みの中腰にさせて動きを封じ、次に河井を牛田の背後に跪かせ、おもむろに牛田のスカートの中に顔を突っ込ませて河井の顔と牛田の尻を密着させる。

「どうしてこんな事…! いやっ!私はこんな事したくない! もういいから!私がオナラ女でいいから、こんな事止めさせて!」

同じ女子とはいえ、他人の尻に顔を突っ込まれて始めは驚いた河井も、牛田の叫びを聞いて冷静になり、牛田の説得を続ける。しかし牛田はミス・オナラ女になってまでもオナラなんてしたくないと首を横に振るばかりだった。

しかし、富野は牛田に対し冷酷な言葉を告げる。いくら牛田が拒否しても絶対にこの行為は止めない。牛田が河井にオナラをするまでこのミスコンは絶対に終わらせない。それまでは集まった全ての生徒もここからは帰さないのだと。

富野の言葉に館内の女生徒達が一斉にざわめき立つ。人ごとではない、牛田がオナラをするまで自分達も家に帰れないと分かって、焦り出さないわけがない。既に放課後も随分時間が経っていたのだから。

牛田が愚図ったまま10分が経ち、20分が経ち、館内のざわめきはやがて牛田への罵声となり、怒号へと変わっていく。まさに全校生徒を敵に回した状態で、牛田はどうすることも出来ずに追い詰められていく。幸いなのはここ最近オナラをしておらず、ある程度オナラの便秘も進行しているということだ。

圧倒的なストレスと束縛された体勢で、精神的な苦痛が腹部へと回り、放屁を促す痛みが徐々に牛田を襲いつつある。出そうと思えば放屁は出来るかもしれない。しかし人の顔が尻のすぐ側にあるのに放屁をすることが牛田にとってどれほどの障害か。

「出すんだ、牛田さん。あたしは絶対に耐えてみせる。いや、牛田さんのオナラは臭くなんかないよ」

河井の説得も空しく、牛田はただブツブツと呟き続けたまま、やがて1時間が過ぎた。待たされ続ける女子達も怒りで牛田への罵りが絶叫と化している。牛田の目からは涙が溢れて止まらなくなっていた。

「なあ、牛田さん。このミスコンに優勝することがどれだけ悲惨なことか分かってるの?あたしは分かってる。分かってるから牛田さんを絶対に優勝させたくないんだ。牛田さんとは今まで全然縁はなかったけど、それでも放ってはおけないんだよ」

自分の一方的な思いで守ってあげようとしているのだから、牛田が自分をすぐに信用できないのは仕方がないと河井は理解している。牛田も、そこまで言ってくれるのに信用を行動にできない自分が申し訳ないと心の中では思っていた。今までずっと一人ぼっちだったのだから、信用という気持ちがとてつもなく難しいものになってしまったのだろう。オナラをしてもいいんだという気持ちが芽生えつつありながらも、拒否を続ける自分がいる。

「信用してくれなくてもいいんだ。このミスコンを終わりにして、早くここから帰るためにあたしを利用してくれればいいんだよ。牛田さんは何も気にせず、オナラをしてしまえばいいんだ。あたしは何も言わない。恩に着せることも恨むこともない。ただ牛田さんがオナラをして終わりさ」

頼ってもいいかもしれない。甘えてもいいかもしれない。信用という気持ちになれない自分が、ただ自分勝手でこの場所から逃れたいためだけに、人の顔に向かってオナラをする事を許してくれるのなら、オナラをしてもいいかもしれない。牛田の心は変わりつつあった。本人は気付いてない、それが河井への信用なのだということを。

「ごめんなさい…」

オナラは溜まっているのに腹部の痛みが引いていく。いつもの肛門を内側から突き刺す感覚もほとんど無い。ちょっと意識を弛めるだけで、簡単に肛門が開いてくれる。牛田は初めて普通の放屁という行為を行おうとしていた。

ブッッッスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…

あの大爆音ではなく、それでいてすかしっ屁よりははっきりと音の出る、大量の空気の流れのような放屁。腫れた河井の顔面に優しくも心地良いオナラの流れが叩きつけられる。

ようやくやってきた牛田の放屁。河井はそれを普通に鼻の中へと吸い込んだ。後はこれを自分が我慢すれば終わる。そう思った河井だがオナラを嗅いだ瞬間、河井は顔を醜く歪ませ、ショックで見開かれた目は白目を剥く寸前だった。


(な…何だこりゃあ!? く…くっせぇぇぇぇぇ!)

思わず声を上げそうになるのを必死で堪えた河井だったが、頭の中ではさっきまで自分が言っていたことも忘れて牛田のオナラの臭さに悲鳴を上げていた。

自信はあった、牛田を守りたいという気持ちは高かったし、富野を悔しがらせたい思いも強い。それに、たかがオナラという安心感もあった。粗雑な彼女は自分の体の臭いをついつい嗅いでしまう癖があったし、自分のオナラも自分で嗅いでは臭がって遊ぶぐらいだから、たかがオナラという気持ちになっていたのだろう。

ということは、やはり牛田のオナラは凄まじく臭いということなのか。それはまだ分からない。どんなに臭かったとしても、河井が耐えきればそれで終わりなのだから。

「河井さん、どう?牛田さんのオナラは?」

富野の呼びかけに、河井はまだ何も答えない。良く見ると体が随分小刻みに震えているようだ。

プッッッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…

(あ…あが…。も…も…もう…駄目…だ…)

ついに牛田のスカートの中で完全に白目を剥いた河井は、なおも続く牛田の放屁を器用に鼻での呼吸を止めることも出来ずに、何もかも吸い込んでしまった。我慢をするどころか、臭いと叫ぶことも、顔を背けることもまったく出来なくなっている。

河井の返事がないことで何かを確信した富野が河井の頭を押さえている取り巻きに手を離すことを命じると、支えを失った河井の体は一気に崩れて、ほとんど意識を失った頭がだらりと垂れ下がった。

「これで決定ね!みんな、見たでしょう!牛田里美は本当のミス・オナラ女よ!」

勝ち誇り高笑いをあげる富野だが、すでに女生徒達は疲れ切り、それに答えるだけの気力も失っていた。ここまでただ一人気力の衰えることの無かった富野の執念の恐ろしさだけを改めて認識するのが精一杯だった。

尻に河井の顔の感触が無くなった事で慌てて後ろを振り返った牛田は、河井の姿を見て愕然とした。崩れた体制から音を立てて横に倒れ込んだ河井を抱きかかえ、富野に殴られた時よりも生気を失っているその顔に、無念な思いでいっぱいになる。

あれだけ大丈夫と言っていたのに、と普通なら裏切られた思いになってしまうかもしれないが、牛田は自分のオナラならこうなっても仕方がないと、河井を責める気持ちよりも申し訳ないという思いで、むしろ河井に対して謝罪の言葉をかけていた。自分のためにここまでしてくれた河井の気持ちを感じないはずがないのだから。

「さあ、牛田さん!ミス・オナラ女の栄誉に輝いた喜びの声をみんなに聞かせてあげて!」

富野は始めからこの結果を確信していた。河井が絶対に牛田のオナラに耐えきれるわけがないと。しかし富野は牛田のオナラの臭さまでは知らなかったはずだ。それなのに何故自分の勝利を確信できたのか。こればかりは牛田への見下した思いだけではどうしようもない。

人は自分の臭いは気になりつつも、自分の臭いであるが故にそれを受け入れ、愛してしまう傾向がある。それが自分を守ろうとする防衛本能の一種でもあった。自分の臭いはせめて自分だけでも受け入れてあげないと可哀想だから、河井は無意識の内にそういう思いで自分の臭いを嗅いでいたのかもしれない。しかし、だからといって臭い匂いに強いというのは間違っていた。

悲しいが、人は他人の臭いを受け入れることは出来ないのだ。どんな思い入れを持ってしても、どんな愛情を持ってしても、臭いものは臭い。気持ちで誤魔化そうとしても体の反応だけはどうしようもないのだ。

「すまない…。こんな筈じゃなかったのに…、あたしは…あたしは…!」

少しずつ意識を取り戻し、自分を抱きかかえてくれる牛田に対して謝る河井。牛田は涙を流しながらも、今日初めての、そして河井に対しても初めての微笑みを見せた。

「もういいの。…ありがとう」

河井をゆっくりと床に寝かせ、立ち上がった牛田は前に出て用意されたマイクを掴む。そして精一杯の笑顔を作り、口を開いた。

「みなさんのおかげでミス・オナラ女になれました。とても嬉しいです。これからも私のことをオナラ女と呼んでください。今日はどうもありがとうございました」

色々こみ上げてくる気持ちを堪えつつ、富野の望み通りに精一杯の喜びの声を語った牛田。満足げな表情で富野がその場を後にすると、女子達も我先にと一斉に体育館から去っていき、ちょっとした混雑になっていた。

(これで終わる…。やっと終わるんだ…)

誰もいなくなった体育館で、牛田は河井を再び抱きかかえながら再び泣いた。皆の前で堪えながらも溢れた涙とは違い、今度は誰も気にせずに自分の気持ちを落ち着けるために泣く、本当の涙だった。その泣き声を聞く河井も、自分達の無力さを噛みしめながら一緒に泣いていた。


翌日から、すぐに牛田にも河井と同じようなイジメが待っていた。牛田の背後には絶対に近づかず、牛田とすれ違うと即座に距離を取る女子達。たまに牛田に近づいてくる者がいるかと思えば、「オナラ女さん!」と呼ぶだけで去っていく。

牛田のオナラの被害を避けるための、クラスの席替えが緊急で行われ、牛田の席は一番教室の後方へ移動させられ一人だけ出っ張った隔離状態になっていた。さらに牛田の椅子の回りには消臭剤が置かれる。

そして、河井がそうだったように、牛田もまた唯一の生き甲斐だったバレー部から追い出されることとなる。牛田のオナラで集中を乱されるという理由で退部を求める署名が提出されたのである。

バレー部の顧問は申し訳なさそうな顔で、部員達は牛田が嫌いというよりも、牛田を苛めないことで富野の機嫌を損ねるのを恐れているのだとフォローし、牛田もまた署名に逆らうようなことはせず、大人しく退部を決めた。苛められたくない気持ちは誰でも一緒なのだろうから。

ミスコンの優勝からあっという間に唯一の心の拠り所まで奪われた牛田だが、意外とその表情は暗くなかった。放課後、部活に向かっていく女子達を尻目に帰宅部として下駄箱に向かう牛田に、同じ帰宅部の一人の少女が近づいてきた。

「よっ、一緒に帰ろうぜ」

牛田は、バレー部を止めたことも、オナラ女と呼ばれることもそれほど辛くなくなっていた。河井という、いつも一緒にいることの出来る親友を手に入れたのだから。



部活を辞めても、運動をすることは出来る。牛田は、河井に誘われて休日や早朝に二人で一緒にランニングなどの運動をすることにした。

早朝、人の少ない爽やかな街並みの中でのランニングで汗を流す二人。牛田は、バレー部の時では感じなかった、誰かと共に流す汗の心地よさを満喫している。二人で走っている時間。二人で休憩する時間。今までの自分からは考えられないほどお喋りが活発になる。それだけ楽しさを感じている証拠だ。

「そこのベンチで休憩しよう」

走るのを止め、ベンチに腰掛ける二人。ゆっくりと吹いている風が火照った体を気持ち良く冷やしてくれる。牛田が飲み物を買ってベンチに戻ってくると、河井は蒸れた足を換気するためにスニーカーを脱いで素足を露出させていた。

「気になったらゴメンな。あたしの納豆足は悔しいけど本当のことだからな」

冗談めかして足の臭いを謝る河井に、牛田も笑顔で首を横に振る。二人の間だけなら、自分の臭さも軽い話題に出来た。

それでも、正直に言えば河井の足の臭いがあからさまに納豆臭いのは真実のようだ。ここまではっきり臭うと、これが河井の臭いだから牛田も黙って我慢できるのだろう。ただ、牛田は河井が素足でスニーカーを履いてるのが気になった。臭い対策という意味で靴下を履くことも効果的だと牛田はそれとなく話してみる。

「ああ、分かってはいるんだけどさ。裸足で靴を履くのは昔からの癖なんだ。それだから臭くなったかもしれないってのはあるんだけど、富野にあんな事をされた後で靴下を履いちゃったら、何だか負けを認めたような気になっちゃってさ」

納豆女と呼ばれた後だからこそ、それを隠すような行為を周囲に気付かれたくはない。臭くても自分の今まで通りで生きることが、富野への最後の抵抗のような気がすると河井は語り、牛田はそんな河井の思いを強さだと素直に褒めた。

「まっ、足の臭いが気になる人の薬とかこっそり塗ってたりするんだけどな!」

そういってオチをつけた河井が大笑いすると、牛田もつられて笑顔になっていた。自分の悩みや欠点までも素直に話せる関係を二人はとても嬉しく感じていた。

「あーあ、もう腋の下までヌルヌルだ。あたしって、納豆足だけじゃなくて腋臭まであるんだよな。汗かくと全身が納豆臭くなっちゃうよ。…もしこれを富野に知られたら、また『ミス・腋臭女コンテスト』とか開催されちゃうんだろうなあ」

冗談のつもりが、さすがにちょっぴり落ち込んだ色は隠せない河井。そんな河井に牛田は一瞬沈黙した後、何かを決意したかのように口を開いた。

「大丈夫。…私も腋臭だから。もしミスコンが開かれたら、その時は二人で一緒に腋臭女と呼ばれましょう」

今までの牛田からは考えられない大胆な、しかし真剣な言葉に、河井は牛田の思いを悟り、落ち込みを打ち消しニッコリと笑った。

「ああ。そうしようか。二人でなら、何があっても平気だよな」


(完)