生首に聞いてみろ
法月綸太郎著

出版社 角川書店
発売日 2004.09
価格  ¥ 1,890(¥ 1,800)
ISBN  4048734741

bk1で詳しく見る オンライン書店bk1
 2004年の「このミス」1位作品ということに惹かれて、久しぶりにいわゆる本格ものにトライ。法月倫太郎の作品を読むのは初めて。著者名と探偵名が同じなのはエラリー・クィーンにならっているものと思われる。探偵役の法月は、スーパーマン的要素がなく、悩み、迷い、失敗しながら真相を追い求めていく等身大の人間として描かれている。いわゆる「名探偵」という趣はない。他の作品は読んでいないが、おそらくこの著者の作風だろう。

 物語は、和製シーガルといわれた彫刻家の川島伊作が回顧展のために一人娘、江知佳をモデルとした石膏像を作成中に病没する。その直後に残された石膏像の首が何者かに持ち去られる。伊作の弟である翻訳家の敦志は旧知の法月に相談し、法月は調査を開始するのだが、思いもかけぬ悲劇が.....、というもの。

 派手な要素はほとんどなく、細かい謎と伏線とミスリーディングを散りばめ、物語を展開して行くに連れて、それらを丹念に回収していくという構造。非常にオーソドックスな本格推理ものといえる。個人的好みからいえば、2003年の「このミス」1位である「葉桜の季節に君を想うということ」ほどでなくてもよいから、もう少し驚きが欲しいところではある。
 また、探偵役の法月をはじめとして、人物造型にも深みが足りないという気もするが、この種の作品は謎をロジカルに解決していくというところにその醍醐味があるのだろうから、人物造型云々というのは野暮な指摘なのかもしれない。

 本書は丁寧に書かれており、決して悪くない作品であるとは思うが、正直にいってこの作品が「このミス」1位といわれるとやや首を傾げたくなる。もっとも、私は本格ものをあまり読み慣れていないので、愛好家の人達とは評価軸が少しずれているんだろうなあとは思う。
 ただ、基本的な部分で実際にはありそうもない設定がなされているのが非常に気になる。私にはこれがかなり致命的な欠陥のように思えるのだけど、リアリティの問題ではあっても、ロジックの欠陥とはいえないので、本格ものの世界では許容の範囲なのかな? でもかなり疑問。

(以下の反転表示部は、私が本書の欠陥ではないかと考える点の指摘です。内容は、完全なネタバレ記述ですので、本書を既に読了された方のみ御覧下さい。)

 私が疑問に思うのは、エピローグ部で、法月が説明する16年前の事件の経緯があまりにリアリティを欠いているのではないかという点。細かくいえばいろいろあるのだが、特に気になるのは次の点。

(1)「各務順一は、川島律子を各務結子に見せかけて殺害するための布石として、死体の身元がまちがいなく各務結子であるという証拠を捏造すために、川島律子をレイプして妊娠させた」ということなのだが、レイプしたからといって必ず妊娠するとは限らないはず。レイプしたら計画通りに都合良く妊娠したというのでは、あまりに御都合主義ではないか。

(2)「川嶋伊作は、各務結子に騙されて、律子の不倫相手が自分の弟である敦志と思い込み、律子に対して「義理の弟(律子にとっては夫の弟)の子供を身ごもってしまったというのは本当か」と問いつめたところ、律子は「義理の弟」というのは各務順一(妹・結子の夫)のことだと思い、これを認めてしまった」ということだが、川島伊作が普通に日本語を話す人間であり、自分の妻が自分の弟と浮気をしてその子供を妊娠していると思っているなら、妻を問いただす台詞は「お前の浮気相手は敦志なのか」とか「お腹の子の父親は俺の弟なのか」といった弟・敦志を直接指し示す趣旨の表現になるはず。「義理の弟の子供を身ごもってしまったというのは本当か」などという人間関係の視点を妻の側においた台詞はまずでてこないだろう。「義理の弟」という言葉が持つ意味の二重性をトリックとして使うために極めて不自然な状況設定を行ってしまっている。

(3)関連していえば、こういうギリギリのやりとりをしている場合、そもそも川島律子は不倫をしていたわけではなく暴行された被害者なのだから、各務順一の実名をあげて「無理矢理暴行されて云々」という弁明があると考えるのが自然。律子の口から各務順一の名前がでてこないことについて、「お互いにそれ以上の対話は、耐えられなかったのでしょう。夫婦間で取り返しのつかない誤解が生じたまま...」で済ませるのは、これまたあまりに御都合主義。

(4)各務夫妻の側からみても同じことがいえる。そもそも、川島伊作に律子のお腹の子供の父親が各務順一であるとわかってしまうと、各務夫妻の計画は頓挫してしまうはず。伊作に対してはまがりなりにも結子が働きかけを行ったという設定になっているが、律子については何ら対策がなされていない。順一の名前が律子の口から出てこないという担保のない状況で、漫然と川島伊作と律子に直接やりとりさせるというのは計画として杜撰かつ不自然。結果として計画したとおり伊作に誤解を植え付けられてラッキーだったというのでは、これまた御都合主義といわざるを得ない。