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日常の中のささやかな謎を取り扱うタイプの一話完結のミステリ短編連作集。読みやすい作品なのだが、登場人物や状況設定にに今ひとつ魅力がなく、引き込まれる部分がない。まあ、電車の中で時間つぶしに読む程度ならよいかも。
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とにかくパワフルなエッセイ。著者は、ジュニア小説が本業だが、月に450万円カードを使ってアメックスの人に注意されるわ、かと思えば差し押さえをくらうまで住民税を滞納するわ、酒飲む代わりにケツの穴は見せるわ(女性でこれをやる人はまずほかにいないだろう)、ともかくスゴイ人。どうみても20代ののりなんだけれども、この本を書いた時点で38歳、現在は40を越えているとのこと。40になってこの乗りは立派。
しかし、病的な買物依存症でありながら、カード支払いは一度も遅れたことがないというんだから、たいしたもの。ジュニア小説って売れてるんですね。
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人は超常現象をなぜ信じるのかということについて積極的に発言している心理学者の著作。テレビでの霊能者との対決、血液型性格判断などを主な題材に、オカルト的なものの論法を明らかにし、どのように対峙していくべきかを論じている。困ったことではあるがオカルト的なものが満ちあふれている社会で暮らさねばならない我々にとって、オカルト的なものに対する、健全な懐疑者としてのものの見方を学ぶことのできる著作である。
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ちょっと大げさにいえば、現代社会に生活する者必読の一冊。200ページ弱の新書であるが、環境問題について、これほど総合的な視点で論じた本はほかにないのではないか。本書の特色は、今後の環境問題を予測し警鐘をならすだけではなく、さまざまな解決策を比較しながらその効果、実現可能性等について比較衡量を試みている点。しかも、ここで実現性が高いとされている解決策は、必ずしも一般的な通念とは一致していない。いわゆる市民運動を行っている人がみれば、批判したくなるような評価も多い。我々が日常的に主にマスコミを通じて見聞きする考えが、事態の一面的な部分だけをとりあげがちなものであるということに改めて気づかされる。本書で述べられている個々の問題については各人いろいろな考え方があろうが、ともかくものごとを総合的に考えるという態度を養うことの重要性を認識させてくれる点で示唆に満ち満ちた本である。強くお勧めしたい。
なお、併せて著者のサイトも強くお勧めしたい。
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○ボーン・コレクター (ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋)★★★
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新しい機軸の安楽椅子探偵もの。主人公リンカーン・ライムは元ニューヨーク市警の鑑識部長、捜査中の事故による脊髄損傷で四肢が麻痺しており首から下は左手の薬指が動くだけ。人生に絶望し安楽死を望んでいる。そんなライムが猟奇的な連続誘拐殺人事件の捜査への協力を求められ、持ち前の鋭い能力を駆使し犯人を追いつめていく。鑑識に関する緻密な記述をはじめとして、猟奇的犯罪自体の描写、間一髪の被害者救出場面、美人巡査とライムのちょっと屈折したラブストーリーなど読ませどころてんこ盛りでサービス満点。映画化予定があると聞いて、そうだろうなとうなずける作品。やや型にはまりすぎた感がないでもないが、99年のミステリーの中では外せない一作だろう。
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と学会も少しお疲れ気味という感じ。全体にトンデモ振りが小粒で、「トンデモ本」の持ち味である問答無用のおもしろみにかける。紹介者の芸で無理無理に笑いをとろうとする感じがみえる。
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○悪への招待状 (小林恭二 集英社新書)★★★
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読者を安政七年一月の江戸の芝居小屋に案内し、ここで演じられている河竹黙阿弥の傑作「三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)」を題材に江戸文化、歌舞伎、黙阿弥について論じるという趣向の一冊。達者な語り口で幕末期の江戸文化の魅力がいきいきと示される。また、黙阿弥文学、「三人吉三」についての最良の入門書ともなっており、歌舞伎になじみのない人間でも「三人吉三」を見に行きたくなること請け合い。
なお、本書中に江戸随一の料亭「八百善」についての記述があるが、「八百善」についてこちらを参照のこと。
また、もう一つの歌舞伎世界を描いた著者の小説「カブキの日」もお勧め。
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○韓国と韓国人 (小針進 平凡社新書)★★
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学生や大使館の専門調査員として韓国に滞在した経験のある研究者による現在の韓国に関する定点観測。「ほんとうに韓国人は不親切なのか」「ほんとうに韓国人は激しいのか」という点についての解説にはじまり、日本でよく報道される韓国の政治・経済関係、南北朝鮮問題関係、日韓関係などについて幅広くかつバランスのとれた情報を与えてくれる。最近の韓国の社会風俗の内容や韓国社会を理解するためのキーワードである「ウリ(我)とナム(他人)」についての解説もまじえながら、過度に専門的になりすぎず、誰にでも読みやすい内容の本に仕上がっている。隣国をよく知るための一冊としてお薦めである。
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○堕ちた予言者 (フェイ・ケラーマン 創元推理文庫)★★
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おなじみの"リナandデッカーシリーズ"の第5作。デッカーのidentity探しの旅も前作でひとまず決着がつき、本作品は刑事デッカーが活躍する本格的な刑事物の仕立てとなっている。高級フィットネスクラブを経営する美貌の女性へのレイプ強盗事件を発端に、被害者の母である往年の人気女優を筆頭に、被害者の兄弟、フィットネスクラブの従業員など屈折した人物が次々に登場し、錯綜した人間関係のもとで事件が進行する。デッカーとマージの息のあったコンビぶりが楽しめる作品に仕上がっているが、やや設定に凝りすぎた感があり、ラスト部分での話のまとめ方もバタバタした印象を受ける。"リナandデッカーシリーズ"と夫君のジョナサン・ケラーマンが書いている小児科医アレックスシリーズを比べると(特に近時の作品については)ストーリーテリングという面では"リナandデッカーシリーズ"の方が上であると思うのだが、本作品に限っていえば夫君の作品と語り口が似ている印象を受ける。
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○巡礼者たち (エリザベス・ギルバート 新潮社クレストブック)★★
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特別でないごく平凡な人々の人生の一場面を切り取って描く洗練された味わいの短編集。語り口はどれも非常にうまい。ディーテイルの積み重ねが豊かなイメージを喚起してくれる。ただ、ラストの締め方で読後感にやや差が出る。12の短編が収められている。特によいと思うのは表題作の「巡礼者たち」「デニーブラウン(十五歳)の知らなかったこと」「撃たれた鳥」など。著者は、現在、長編を執筆中とのことだが楽しみである。
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○魔性の子 (小野不由美 新潮文庫)★
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本書は、同じ作者の「十二国記」の外伝的な作品。ただし、発表時期は「十二国記」より早い。すなわち、ホラー中心に作品を発表していた作者がはじめてファンタジーに取り組む過程で創案したのが「十二国記」の舞台となる世界であり、その世界を背景にしつつ現実世界を舞台とした本書を書いた後、異世界を舞台に本格的ファンタジーとして「十二国記」が順次書かれるという経過をたどったもの。「十二国記」第一作の「月の影 影の海」の後半部では本書の設定を踏まえたやりとりが出てくるが、その後本書の設定は捨てられたようであり、「風の海 迷宮の岸」が本書の設定を一部引き継ぎつつ別の作品として書かれている。
本書は、作者はじめてのファンタジーということもありホラー的要素を濃厚に残している。現実に紛れ込んだ異邦人である主人公への関わり方を通して人間の弱さ、醜さを正面から描いているのだが、「十二国記」では、誰しもがこのような弱さ、醜さを持つことを直視しつつ、主人公がそれを乗り越えるという図式が明確であるのに対し、本書ではそこまでは書ききっておらず、そのような弱さ、醜さが誘因となって引き起こされる凄惨な出来事の方に重点が置かれており、ファンタジーとしてはやや中途半端。また、異邦人「高里」の描写が彼の置かれた過酷な状況の割には弱いのも難。そうはいいつつも、ジュブナイル小説としてはしっかりとした出来。また、「十二国記」ファンはやはり読んでおくべきでしょう。
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○ハイペリオンの没落 (ダン・シモンズ 早川書房)★★★
- 11月に紹介した「ハイペリオン」の続編であり、前作で提示された謎に対する解決編。前作においては7人の巡礼がハイペリオンとの因縁話を語る形でいわば謎が断片的に提示されていたのに対し、本編では、ハイペリオンにおける巡礼、アウスターとの戦闘を巡る連邦CEOグラッドストーン、自らの役割が定かでないまま媒介者として時空をかけるジョン・キーツのサイブリッド、それぞれの描写を交互につみかさねる形で一つの壮大な物語が織り上げられていく。全編に流れる一種独特の叙情性ともあいまって、SFを読む楽しさを十二分に満喫させてくれる作品である。
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○謎物語 (北村薫 中公文庫)★
- ミステリーを題材にした肩のこらないエッセイ集。北村薫のミステリーに対する思い入れが伝わってくる。語り口がうまく、エッセイ中で触れられている作品をどんどん読みたくなる。昔読んだ本のトリックを忘れているなどという話を読むと、北村薫でもそうなんだとつい安心したりする。
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○ハイペリオン (ダン・シモンズ 早川書房)★★★
- 発表時(原作89年、邦訳94年)に絶大な評価を勝ち得たSF超大作。
時は28世紀。謎の遺跡"時間の墓標"を持ち、これを守る怪物シュライクが徘徊する辺境の惑星ハイペリオンに宇宙の蛮族アウスターが侵攻を図ろうとしている。アウスター侵攻前に"時間の墓標"の謎を解き明かすべく各々ハイペリオンに深い因縁を持つ7人の巡礼が時間の墓標を目指す。
小説は、時間の墓標へ近づく途上で巡礼が各々自らのハイペリオンにまつわる因縁話を語る形式で進む、いわばSF版のカンタベリー物語。各物語についてストーリーテリングの妙を十分に味わうことができる。物語性という点ではこれまで読んだSFの中では断然トップ。500ページを越える大作であるが一気読みである。
本書は続編の「ハイペリオンの没落」と一体となったいわば前編の位置づけの作品。さっそく続編を読まねば。
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○食卓の上のDNA (中村桂子 ハヤカワ文庫)★★★
- 遺伝子組み換え、クローンなどの近時のトピックを生物学者の著者が知人の若い母親の疑問に答える形で解説していく本。遺伝子に関わる問題については、いたずらに恐怖心を煽るような類書が多い中で、優れた専門家による信頼のおける啓蒙書になっている。複雑化する科学技術とともに暮らしていかざるを得ない現代社会の中で、部分的知識に振り回されるのではなく、人間は生き物であるという基本認識に立ち帰りつつ、体系的に思考することの重要性を説く著者の提言は傾聴に値する。本書は、著者が同じ早川文庫から出ている「あなたの中のDNA」の続編的な性格。前著もお薦め。
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○盤上の敵 (北村薫 講談社)★
- コンパクトにまとまった小品。北村薫のことであるからそれなりに読める作品に仕上がっているのではあるが、本作品では「盤上の敵」というタイトルや黒のキング、白のキング、白のクイーンといった見立てが特に効果を上げているようには思えない。また、ストーリーの展開、設定のディテイルにも少し無理があるように思える。もっとも、作者としてはそのあたりは十分承知の上で、ミステリー的要素よりも人間心理に重点を置いた作品に仕立てたかったのであろう。
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○スポーツとは何か (玉木正之 講談社現代新書)★★★
- 我が国最良のスポーツジャーナリストである著者が、スポーツの歴史、文化的意義、我が国スポーツの現状、将来のあるべき姿などについて幅広く評論を繰り広げた書。著者は、プロ野球に代表される我が国のスポーツの現状に強い問題意識を持っており、本書は自らの問題意識を広く読者に訴える啓蒙の書でもある。小著でありページ数がかぎられているが故に、簡にして要を得た記述となっており、スポーツの在り方について改めて考えさせられる指摘に満ちている。本書は「あ」(遊び)から始まり、アイウエオ順に項目立てがされており、「す」(スポーツ文化)で終わっている。当初計画では「わ」(和)まで書く予定であり、続編も書きたいということであるので期待したい。
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○ワイン通が嫌われる理由 (レナード・S・バーンスタイン 時事通信社)★★
- 原題は"The Official Guide To Wine Snobbery (ワインスノッブへの公式ガイド)"。いかにも米国のジャーナリストらしいアイロニーとウィットに富んだワインをめぐるエッセイ。訳者が要所要所に脚注を入れていることもあり、ワイン初心者にも役に立つ内容だが、ある程度ワインについての知識ある人間(=ワイン・スノッブ予備軍)が読めばより楽しめるだろう。
原著は1982年出版であり文中のワインの年代はこの1982年時点を基準にしていることに注意。また、紹介されているレストランにも相当変遷がある。
なお、いうまでもなく著者は指揮者のバーンスタインとは別人である。
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○宇宙消失 (グレッグ・イーガン 創元SF文庫)★★
- 著者は90年代に登場したSF作家の中で最も期待されている書き手の一人。本書は初の長編邦訳。第二弾の「順列都市」も10月に出版されている。
SFを読んだのは実に久しぶりだが、なかなかの大業が披露されており感心した。西暦2034年に正体不明の暗黒物質(バブル)が太陽系をつつみ、人類が外宇宙から遮断されて33年後の世界が舞台。量子論とナノテクノロジーを縦横無尽に駆使して物語は展開される。と書くといかにも壮大なスケールの物語という印象を受けるだろうが、物語自体は、元警官の主人公が完全隔離の病院から失踪した重度の脳障害者の捜査依頼を受けると探偵物語風にはじまり、ナノテクに関する描写を中心に細部がみっちりと書き込まれる語り口で進んでいく。特に後半の量子論を援用した 部分は流し読み的に読むとわけがわからなくなってくるので、頭を整理しながらじっくり読む必要がある。舞台設定の大きさと緻密な描写をうまく重ね合わせているのが著者の力量といえるだろう。「順列都市」もそのうちに読んでみようと思う。
なお、著者のサイトがあります。
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- 週刊文春連載中のことばをめぐる辛口コラム集。現在、第三集まででており、本書は第一集が文庫化されたもの。言葉に関する蘊蓄披露と歯に衣着せぬものいいが楽しめる。中国、台湾に関する発言はやや?だけども、まあこれは著者の持論なのでしかたないでしょう。
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○消えた少年たち (オースン・スコット・カード 早川書房)★
- 南部の町に引っ越してきたモルモン教徒の一家を巡る物語。幼い長男は新しい環境になじめない。友達ができたというが誰もその姿をみたものはいない。孤独の中で空想の友人を作りだしたのか? 一方、一家の周囲では奇妙な事件が次々におこる。町では子供の連続行方不明事件が続いている。はたして...。
「本の雑誌」発行人の目黒孝二氏の言を借りれば「ここには、親と子、妻と夫、家族、そういう問題のすべてが入っている」とのこと。確かに、そういうテーマの話なのだが、今ひとつのれなかった。ひとつには自分に子供がいないせいかもしれない。また、夫婦間の感情の襞が克明に描いているのであるが、逆にすべてを一人称で言語化しすぎているきらいがあり、描写に深みが感じられない。それでも最後の10ページは何かしら琴線に触れるものがある。ミステリーだと思って読み続けたのであるが、むしろファンタジーといったほうがよい作品である。
なお、本書の著者はモルモン教徒。作中にもモルモン教会関係の描写が大きな比重を占める。モルモン教について予備知識が無ければ読めないというわけではないが、かなり特異な形態の宗教ではあるので一通りの知識があったほうが作品理解は深まると思われる。
モルモン教理解には「素顔のモルモン教」がお薦め。ただ少し長いので、もう少し簡単に、という人にはクルーグマンの翻訳等で知られる山形浩生氏のサイトにある「モルモン教ってどんな宗教?」もよいだろう。
モルモン教の公式サイトはここ。日本語の公式サイトはないようだ。
なお、モルモン教をカルトの一種とみなす人も多くネット上には批判サイトも多い。代表例として、元教会員の方が作られている「聖徒の未知」をあげておく。
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- イギリスの週刊科学雑誌ニューサイエンティスト巻末の人気コーナーである"Last Word"を書籍化したもの。このコーナーは読者から寄せられた科学に関する身近な疑問に答えていくものだが、よくある質問・回答コーナーのように専門家が「正しい」答を回答するという形ではなく、読者が回答を寄せる形式にしているのが特徴。寄せられる回答は、専門家のもの、アマチュアのもの、真面目なもの、ユーモアを効かせたものなど多様。本書では、一つの質問に対して、ある回答が寄せられると、その回答に対する補足、訂正、場合によっては反対意見などもみられる。我々は通常何らかの疑問に対し専門家の回答が示されればそれが「正しい」回答であると思いがちだが、この本を読むと(質問の種類にもよるが)「正しい」回答というのがそう一意的でないことがよくわかる。どの回答が「正しい」かを雑誌側がオーソライズしてくれるわけではないので、読者が自分で判断することになる。「正しい」答を書き連ねた通常の科学雑学本とはひと味違った仕上がりになっている。なお、"Last Word"は現在もニューサイエンティスト誌上で続いており、本書に掲載されている過去の内容も含めインターネット上でも読むことができる。
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- いかようにでも料理できるはずの魅力的な素材が全く生かされていない著作。
原因の第一は、本書のような新書版の読者層がどういうものか全く考慮していないと思われるところにある。例えば、本書では(導入部で故ダイアナ妃の実家であるスペンサー伯爵家が取り上げられているのを別として)ノーサンバランド公爵家、ダービー伯爵家、ノーフォーク公爵家の三家をとりあげているのだが、第一章の冒頭が「現存するイギリス貴族で第一の名門といえば、おそらく多くの人がノーサンバランド公爵のパーシー一族を思い浮かべるに違いない」とはじまっている。かけてもいいが、この本を手に取った人間で、このように思い浮かべる人間は十人に一人もいないはずだ。この三家のうちであれば「ダービー」という名前を競馬との関係で思い浮かべる人が一番多いというのが実際だろう。この他にも、バラ戦争など英国史上の事件、テューダー朝などの王朝名、トーリー、ウィッグなどの政治派閥名、シェイクスピアを中心とする多数の英文学の紹介・引用がふんだんに盛りこまれている。仮に、これらについて漠然とした知識を一部持っていたとしても、注釈なしで完全に消化できる人間はこれまた多くないだろう。著者は英文学の専門家であるようだが、非専門家に対する配慮があまりにもかけている。
原因の第二は、とりあげられている人名が多すぎることである。古い歴史のある貴族の家系について代々の当主を網羅的に取り上げ、さらに各人をめぐる人物模様まで書き込んでいるため、歴史背景説明が不親切であることとあいまって、非常にごちゃごちゃした整理されていない印象を受ける。相互関係が把握できないままに次々とでてくる貴族や王の名前にいやけがさしてくる。もちろん、重要な人物の記述にはかなりのスペースを割き、興味深いエピソードもいろいろ盛り込まれているのであるが、いかんせん全体の構成がすっきりしていないので、部分部分におもしろいところがあっても生きてこない。
結論的にいえば、知っている人向けの本であり、知りたい人向けの本にはなっていないということである。著者紹介をみると、一般読者向けの著作としては本書がはじめてのようである。編集者が良き読者になってあげることが必要であろう。
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- 私が常々参考にしているあるネット上の書評で激賞されていたので読んでみた。内容は、米国留学中の孫娘がハイスクールで「身近な戦争体験者に話を聞く」という課題が出されたため、大好きな祖父(著者)に戦争について質問する手紙をを出し、戦争中陸軍士官学校生だった著者が、これに対し、真摯な態度で答えてゆくというもの。戦前、戦中、戦後の状況が著者の経験に照らし生き生きと描き出される。本書で述べられる著者の考えについては、全面的に賛同できない部分はあるが、著者の強固な信念、冷静なバランス感覚、柔軟な思考には感銘を受ける。著者は本書で、自らの考えに賛同、理解を求めるのでなく、読者が自らの力で考えることを求めている。多くの人、特に若い人に読んでもらいたい本だ。
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○きんぴか (浅田次郎 光文社)★★★
- 浅田次郎のピカレスク小説の傑作。直木賞をとった鉄道員(ぽっぽや)なんかより数倍おもしろい。私はどうもこの著者の泣かせがあざとく感じられて好きになれないのであるが、本書のような猥雑でかつ爽快な雰囲気に満ちたエンターティメント小説は大好きである。
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○美味しい方程式 (野崎洋光 文化出版局)★★★
- 凡百の料理本の顔色をなからせしめる書。和食の基本的な味を決める調味料の比率を「出汁:薄口醤油:味醂=8:1:1」という極めてシンプルな比率で提示し、これを基礎に、さまざまな応用についてもこれまたシンプルな調味料比率を提示していく。プロがアマチュアにわかりやすく教えるお手本のような手際。料理に多少とでも関心ある向きは、本書をよめば台所に立ちたくなることは必至。私も、早速、煮物を作ってみたが、自分でいうのも何だけど味の水準は過去最高の出来でした。なお、装丁、デザインも出色。
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- 「覆面作家は二人いる」「覆面作家の愛の歌」(ともに角川文庫)に続く覆面作家シリーズの第三集の文庫化。これが最終集となる。本格ミステリのテイストを漂わせながら、身の回りに生じる些細な(ともいえないものもあるが)謎を解きほぐしていくというお馴染みの手法が本作品でも楽しめる。博識の著者が小説に盛り込む(いい意味での)ペダントリー趣味(本作品では、ドールハウス、百首歌など)も楽しみの一つ。やはり読後感が心地よい小説は良い。シリーズが終わってしまうのが少し残念である。
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- 乱歩賞受賞作「顔に降りかかる雨」、その続編「天使に見捨てられた夜」(ともに講談社文庫)の主人公である女性探偵村野ミロの父親、村善こと村野善三の若き日の姿を描いた作品。週刊誌草創期の熱気あふれる時代を背景に、実在の人物、事件をたくみに配しながら、フリーランスの週刊誌記者(トップ屋)としてハードかつストイックに生きる村野の活躍を描いている。ハードボイルドものとしては、ミロを主役に配した二作品よりこちらが上。
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- 話題の「買ってはいけない」で取り上げられた全商品について、逐一反論を記す全面的批判本。「買ってはいけない」に納得したり、心配になった人はバランスをとる意味で読むことをお薦めする。個々の記述内容は、「買ってはいけない」があえて取り上げていない研究成果をキチンと提示して反論しているものから、有効な反論とはいえないものまでややばらつきがあるが、全体としては、読者が自ら商品選択を行うことに役立つ客観的情報を与えようという姿勢はうかがえる。ただ、本書のような企画本の場合、やむをえないのだろうが、「買ってはいけない」を揶揄するような書きぶりがやや品を落としている面がある。
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- と学会の「トンデモ本」関連本の最新刊。さすがに「トンデモ本の世界」や「トンデモ本の逆襲」のようなインパクトはないが、この分野が好きな人には十分楽しめる内容。
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- 最近では、既成、新興、カルトの別を問わず、少し名前を聞いたことのあるような宗教団体は何らかの形でインターネット上にサイトを設けている。本書は、インターネット利用という観点から米国を中心に最近の宗教事情を要領よくまとめてある。新書という形式の制約もあり分析的な記述をあえて避けている点で物足りない面はあるが、輻輳している米国の宗教事情の鳥瞰図がわかりやすく示されているので宗教に関心がある向きには便利な本であろう。巻末には本書中で取り上げられた団体のURLアドレスリストもついている。
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○ミラノ霧の風景 (須賀敦子 白水社Uブック)★★★
○トリエステの坂道 (須賀敦子 新潮文庫)★★★
- 須賀敦子を今回はじめて読んでみて久方ぶりに良い文章を読んだというのが実感。「ミラノ...」は著者のデビュー作であり、イタリア在住時代著者をとりまく人物、土地等とのふれあいを綴るエッセイ集だが、全体を通底するゆったりとした時間感覚と何ともいえない静謐感が心地よい。一編一編大切に読みすすめたくなる。「トリエステ...」は「ミラノ...」の続編的位置づけの作品。この著者については、世評が確定しているので今さらいうまでもないようだが、いずれもの作品も秀逸。お薦めです。
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○シンプル・プラン (スコット・スミス 扶桑社ミステリー)★★
- 95年の「このミス」1位の作品。当時買ったままなぜか読まずに積んでおいたものを映画公開を機に読んでみた。ごく平凡な男が偶然出所不明の大金を発見したことから、静かに人生の歯車が狂っていく様が一人称で淡々と描かれている。精緻だが押さえた筆致の心理描写と現実に引き起こされる連続殺人というドラマティックな展開の落差にどの程度「怖さ」を感じ取れるかが作品評価の分かれ目だろう。文庫本600頁近い大部を一気に読ませる秀作であり、★★★でも良いのだが、「怖さ」を感じるという観点からはあまりにもサラッと読めてしまったので、迷ったけど★★。
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○脳天観光 (久住昌之・加藤総夫 扶桑社文庫)★★
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脳科学に関する優れた啓蒙的科学書。単に知識を伝えるのではなく、脳科学という分野に対する知的好奇心をかき立てられる内容。難解な分野を平易にかたる著者(特に専門家である加藤総夫)の力量は見事。きっと学者としても優秀な人なんだろう。こういう本は中学生位の必読課題図書にして広く読んで欲しいものだ。
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○ワイン上手 (田崎真也 新潮選書)★★
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三年前に同じ新潮選書から出された「ワイン生活」の続編的性格。著者は、露出過多とも思われるぐらい、さまざまな場で発言しているが、「ワインは楽しんでから憶えるもの」との姿勢が一貫しており、好感と信頼感がもてる。前著の「ワイン生活」に比べると、ワインの醸造法等基本的な知識を説明する内容が大半を占めるが、生産地の最新の動向なども盛り込まれており、単なる教科書的記述に終わらない内容となっている。ワイン好きには楽しめる一冊。
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著者はサントリーの宣伝部に所属して、ワイン関係の広報に長く携わっている人物。単なるワイン愛好家とは異なり職業的にワインに関わってはいるが、ソムリエや醸造家等のワイン専門家とはまた少し違った立場からの視点がおもしろい。我々の日常的な感覚に結構しっくりはまる記述が多い。上に取り上げた「ワイン生活」とは異なる意味でワインに関心のある人には楽しめる内容。
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○アムステルダム (イアン・マキューアン 新潮社)★
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98年のブッカー賞受賞作。何となく読んでしまったが、どこが良いかと聞かれると説明しにくい。ともかく奇妙な味わいの作品。設定、ストーリー自体はそれほどでもないのだが、全体としてはシュールな印象を受ける。個人的にはもう少し濃密な作品空間が好み。なお、装丁は、作品の雰囲気を非常によく伝えていると思う。
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○買ってはいけない (週間金曜日」ブックレット2)?
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本田勝一氏らが編集委員となっている「週刊金曜日」の連載をまとめた話題のブックレット。100万部以上売れているそうだ。私には、この本で取り上げられている商品に関する個々の記述の是非について判断する専門的能力はないが、論理展開が乱暴であること、疑似科学まがいの記述が目につくこと、データに関する出典が明示されていないこと等、全体として扇動的な面ばかりが目につく記述スタイルとなっている点は全く評価できない。含まれる情報の質に信頼がおけないため、「週刊金曜日」が意図するところとは異なり、消費者の商品選択能力を高めるという点ではかえってマイナスになっている。ただ、個々の項目の中には耳を傾けるべき点もあると思われるので、批判的視点で読むという前提であれば、一読するのもよいかもしれない。例えば、「「食べ物情報」ウソ・ホント」のような冷静な筆致で書かれた啓蒙書と比べ読むのも一案と思う。
なお、「週刊金曜日」については、(人工物批判、自然重視の反映と思われるが)疑似科学に対し肯定的であるという問題が従来から指摘されており、本書にもその傾向はうかがえる。
「買ってはいけない」「週刊金曜日」については、ネット上でも多くのサイトで議論が行われており、これらを参照する場合には「買ってはいけない」関連サイトリンク集が充実している。
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○催眠 (松岡圭祐 小学館文庫)?
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「噂の真相」の99.10月号に掲載されていた著者の経歴についての暴露記事を読んで、かえって興味をそそられて読んでみた。催眠のエキスパートである臨床心理士を似非催眠術師、精神医学者等と対置させて「催眠」について語らせる構成をとることにより、一般にオカルト的なものと誤解されやすい「催眠」がキチンとした知見を踏まえて描かれている点は評価できる。ただ、小説としては、プロット、文章とも非常に荒けずりであり、また、人物描写も平板でまるで映画かドラマのノベライズ本を読んでいるような感じ。読者を引っ張っていくある意味の力強さは感じるので、それをどう評価するかだけど、私は?かな。
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○白夜行 (東野圭吾 集英社)★★★
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東野圭吾の最新作にしておそらくは代表作になるであろう作品。話題になった前作の「秘密」とは全く異なるタッチで単純に比較はできないものの作品としての出来は明らかに本作品が上。練り上げられたプロットと緊密な構成、無駄を排した緊張感あふれる文体。主人公の男女の直接の接触を表面的には全く描くことなく、読者の前に二人の二十年以上にわたる「交流」を描き出す手腕は見事なもの。少し乱暴かもしれないが、作品から受ける印象は天童荒太の「永遠の仔」、宮部みゆきの「火車」に通底するものがある。年末のミステリーランキングで上位を占めることは確実。読むべし。
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○イギリス人の患者 (マイケル・オンダーチェ 新潮文庫)★★
- 92年のブッカー賞受賞作。舞台は第二次大戦末期の北イタリアの屋敷。全身火傷の「イギリス人の患者」とその世話をする看護婦ハナ、ハナの父の友人、インド人の爆弾処理担当の将校の4人をめぐる過去の回想と現在のものがたり。詩的につづられる濃密で美しい物語空間が堪能できる作品。
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○王妃の離婚 (佐藤賢一 集英社)★★
- 直木賞受賞作。本作品より後に出された同じ作者の「双頭の鷲」を評論家の北上次郎氏が大絶賛したことで、改めてこの著者に注目した人もいるはず(というか私がそうでした)。作品は、15世紀末のフランスで、過去に挫折を経験した弁護士フランソワが、ルイ十二世に離婚訴訟を起こされた王妃ジャンヌを助け、圧倒的に不利な状況に立ち向かっていく歴史法廷もの。「双頭の鷲」もそうなのだが、この作者はときとして文章があらっぽくなる部分があるのがやや気になるが、内容は文句無しにおもしろい。お薦め。
- ○少年H (妹尾河童 講談社文庫)★★
- 舞台美術家の妹尾河童氏が自らの少年時代を綴った話題作。文庫化の機に読んでみた。みずみずしい感受性と批判精神をもった少年の視線で戦争の時代をみる作品という意味で貴重。上下巻一気に読んでしまった。
ただ、本書については、「間違いだらけの少年H 〜銃後生活史の研究と手引き〜」(山中 恒・山中典子/辺境社)という書において、本書に書かれている内容は妹尾氏が直接体験したことではなく「昭和2万日の全記録」(講談社)という資料を参考に自らの経験であるかのように脚色した小説であるとの批判がなされているようだ(私自身は批判書を読んでいないので、以上は伝聞)。妹尾氏自身は自らの体験といっているので、仮に、批判が事実としたら問題はあるが、本書自体は自伝的構成に仕立てた小説という前提で読んでも十分におもしろい。
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- 栄養学の専門家による食品科学に関する啓蒙書。好著である。特定の食べものの効能や危険性を過度に評価するフード・ファディズム(food faddism)について批判的に見る目を養う一助となる。巷にあふれる健康食品情報が気になる人は必読。
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- Cの福音の続編だが、出来の悪い大藪晴彦のような作品で感心しない。この著者は「クーデター」や「クラッシュ」のような規模の大きいほら話の方がよいのかもしれない。
[私の本棚(1999分)]
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