君の名は…

MAY



 
 
 
 

 とある日の山の中。
 いつもの通り、リナとその一行‥‥もとい、リナは盗賊いびりにいそしんでいた。
「そーら、ファイヤーボールっ」
 満面の笑顔で破壊にいそしむリナの様子は、イフリートも裸足で逃げ出す勢いである。
 あきらめてしまったアメリアとゼルガディスは、安全な場所で高見の見物を決め込んでいる。
「さぁ、これでフィニッシュよ!」
 リナは嬉しそうに宣言した。
 見守っていたアメリアが、ふと、辺りを見回した。
「あれ?ガウリイさん、どこ行ったんですか?」
「うん?」
 言われて辺りを見回したゼルガディスは、盗賊の群れと斬り結んでいるガウリイを見付ける。
「あ、あそこに‥‥」
 言う暇もあらばこそ、リナの呪文が完成する。
「まっ、待てリナっ!」
「メガブランドぉっ!!」
 盗賊達のアジトだった所に土煙が、いや土柱が上がる。
 天高く吹き飛ばされた盗賊達がお星様になる。
 そしてその中には‥‥ガウリイもいた。
 

 瓦礫の山に埋もれていたガウリイを見付けたのは、もう太陽が西の空に沈もうと言う頃の事だった。
 盗賊のアジトが崩れやすい岩で出来た斜面の側にあった事が災いしていた。
「あーったく、何て手間かけさせるのよ、このクラゲは」
 ため息をつくリナをアメリアがきっ、と睨み付ける。
「元はと言えばリナさんが無差別に魔法を使うからでしょう?」
「合理的掃討戦、と言って欲しいわね」
 反省の色すらないリナに、アメリアは肩を落とした。
 しかし、普段なら『あー、酷い目に逢ったぜ』とか言って瓦礫の山から立ち上がって来るガウリイが、まだ意識を取り戻す様子もない。
 いわゆる『打ち所が悪かった』と言うやつだろうか。
「ガウリイさん‥‥」
 妙に嫌な予感を感じつつ、アメリア達はガウリイを宿に連れて帰った。
 ―――――――
 宿の一室で、アメリアとリナはベッドに眠るガウリイを見守っていた。
 あれから二日、ガウリイは眠ったまま、目を覚ます気配もなかった。
 しかし医者曰く『頭を強く打った程度で、後はな?んの心配もいらん!』との事である。
「まったく‥‥リナさんてば、手加減てものを知らないんですから‥‥」
 口の中でつぶやくアメリアを、リナがギロリと睨み付ける。
 と、その時。
 ベッドの上のガウリイが低く呻いた。
「ガウリイ!」
「ガウリイさん!?」
 ベッドの上で身じろぎをしたガウリイは、眉を寄せて目を開いた。
 二、三度瞬きをしたガウリイの視線がリナ達を捉える。
「良かった、ガウリイさん‥‥」
 ほっ、とアメリアがため息をついた。
 その脇で、リナは妙な違和感にとらわれていた。
 リナ達を見上げるガウリイの様子が、何か違う。そんな気がしていた。
 リナとアメリアを交互に見比べていたガウリイは、わずかに眉を寄せ、そして口を開いた。
「君達は‥‥誰だ?」
 沈黙が、落ちた。
 ―――――――
「つまり‥‥記憶喪失、ってやつか」
 ゼルガディスが額に指を当てた。
 良く聞く話だが、現実に起こるとは思わなかった。
「ガウリイさぁん、本当に全部忘れちゃったんですか?」
 アメリアが、今にも泣きそうな顔で言う。
「あぁ‥‥済まない」
 まるで自分が悪い事でもしたかのように、ガウリイが目を伏せる。
「いや、別にあんたが悪い訳じゃないんだが」
 生真面目に謝られ、ゼルガディスは居心地が悪そうにこめかみをかいた。
 さすがにゼルガディスも、どう対処していいのか分からず戸惑っていた。
 表情ばかりかその立ち居振る舞いまで、ガウリイの様子はいつもと全然違っていた。
 折しも夕食時。
 彼等は例のごとく、町の酒場で食事をしながら話をしていたのだが。
 何故か怒っているリナはヤケ喰いモードに突入しているらしく、巨大な肉の塊だのパスタの山だのが見る見る内に消え失せて行く。
 そして、普段ならリナとメインディッシュ争奪戦を繰り広げているはずのガウリイは、いとものんびりとその様子を見守っていた。
 じゃあ食べないのかと言うとそうでもなく、リナの目をかすめてオイシい所を口に運んでいたりする。
 いわゆる、子供を見守る大人の余裕、とでも言うべきだろうか。
 この光景を見るだけで、ガウリイが『普通じゃない』のは分かる。
 と、いきなりリナが動いた。
「ちょっと、それあたしが狙ってたのよ?!」
 言い掛かりとしか思えない状況でリナの鉄拳が飛ぶ。
 普段なら、派手にぶっ飛ばされたガウリイが酒場の壁に叩きつけられている所なのだが。
 乾いた音がすると、ガウリイが左手であっさりリナの拳を受け止めている。
「‥んのっ‥‥!」
 反射的に上げた反対側の手に、魔力が集中する。
「リナさん、こんな所で!」
 アメリアが止める間もなく、魔法を使おうとしたリナの体が宙に舞った。
 集中を失った魔法は不発に終わり、軽々と投げ飛ばされた体は床に叩きつけられる寸前、フワリと抱き止められる。
「ケンカしてもいいが、食事が終わってからにしないか?」
 左手一本でリナを投げ飛ばし、そして抱き止めたガウリイは困ったような、なだめるような顔で覗き込んで来る。
 完全に、子供扱いされている。
 その事実に、リナは耳まで真っ赤になった。
 恥ずかしさ?いや違う。
 怒り?それは近いかもしれない。でもそれだけではない。
 自分の感情が自分でも分からない、それがリナを苛立たせる。
「うっさいわねっ!」
 ガウリイの手を振りほどくようにして立ち上がると、リナは足音も荒く出て行ってしまう。
「リナさん!!」
 放って置けないと思ったか、アメリアが慌てて追いかけて行く。
 それを見送ったガウリイは、ため息を一つついて席に戻った。小さく苦笑して、残っていたワインを喉に流し込む。
「追いかけなくて、いいのか?」
 ゼルガディスの言葉に、ガウリイは力無く首を振った。
「今の俺が行っても火に油を注ぐだけだろう」
 そう言われると、確かにうなずかざるを得ない。
「俺が『保護者』だったと言われてもなぁ」
 どう接すればいいか分からない、ガウリイは深いため息をついた。
 確かに今までのリナとガウリイの関係は、一般的な保護者と被保護者の関係からはかなり外れていると言うしかない。
 その微妙な関係はあのガウリイだったからこそ維持出来た物であり、誰にも代わる事など出来ないのだ。
 そして、困ったように笑う今のガウリイは確かに『あの』ガウリイとは別人だった。
「しかし、頭が痛いとか何か引っ掛かるとか、記憶が戻りそうな気配はないのか?」
 記憶喪失と言う割に全く動じていないように見えるガウリイが、ゼルガディスには不思議だった。
「いや、ないな」
 あっさり答えられ、ゼルガディスは言葉を失う。
「悩んだからって解決する問題じゃないだろう。本当に必要な記憶ならそのうち戻って来るさ」
 ここら辺りはガウリイそのものな気がするのだが。
 しかし、とゼルガディスはさっきの光景を思い出して見る。
 あの姿が、ガウリイの元々の実力なのだろう。
 しかし普段のガウリイは、リナにあっさり殴られるままだ。
 あれはガウリイがリナには全く警戒心を持っておらず無防備な状態だからなのだろう。
 と、すれば、ガウリイがリナに対しても変わらず油断していない事実がリナを苛立たせているのではないだろうか。
 考え込んでしまったゼルガディスを、ガウリイは所在無げに眺めている事しか出来なかった。
 

 奇妙な緊迫感をはらんだまま、三日間が過ぎた。
 ガウリイの記憶は戻らず、また当人もそれを全く苦にしていない様子だ。
 それだけに、リナの不機嫌さはもう、いつ爆発してもおかしくない状態だった。
「大体、どうしてそんなに怒っているんですか、リナさん?」
 アメリアが、理解に苦しむ、と言った様子で訊く。
「とっても頼りがいがあるようになったって言うか、剣士らしくなったって言うか‥‥あれなら『保護者』らしいじゃないですか」
 こいつ喧嘩を売っているのか、とリナはアメリアを睨みつけた。
「確かにあのクラゲがまともに物を考えるようになったのは目出度い事だけどね!」
 事実、今まで最小限しか頭を使っていなかったらしいガウリイは頭の中に空きが多いらしく、教えるとすぐに覚え込む状態だった。
「腕が立つ、見掛けもいい、物覚えも良くなったとなればもう、言う事なしでしょう」
 相変わらずアメリアは今のガウリイを褒め千切る。
 そう、今のガウリイは確かに、剣士として『保護者』として、頼りがいのある人間だった。
 女性への気遣いを忘れず、かと言って甘やかす訳ではなく。
 それが、リナには面白くなかった。
 何が、どこがと言う訳ではない、しかし今のガウリイを見ていると無性に腹が立つ。気に入らない。
 そう感じてしまう自分自身もまた、面白くない。
 限りなく不満を溜め込んで行く悪循環だった。
 しかもこれは、誰が悪い訳でもない。
 はけ口のない苛立ちは、最早爆発寸前だった。
 そこに‥‥その元凶が姿を現した。
「リナ、外に‥‥」
 よりにもよって、リナがイラつきまくっていた時にガウリイは顔を出したのだ。
 途端に、リナが眉を吊り上げた。
「何の用なのよ!あたし、今のあんたに気安く呼ばれる覚えはないわよ!」
 ふ、と言葉を飲んだガウリイに、リナは気付かなかった。いや、気付かない程追い詰められていた。
「光の剣を渡す気がないんだったら、あたしにあんたと話す理由なんかないんだからね!大体、今のあんたはガウリイじゃないのよ!」
 勢い、だった。
 一方的にまくし立てられる言葉を黙って聞いていたガウリイが、かすかな笑いを浮かべた。
 自嘲めいたその笑みはどこか哀しげで、寂しげで‥‥リナは、思わずたじろいだ。
「‥‥この剣は『俺』にとって大切な物らしいから、渡せない。‥‥悪かった、今まで」
 静かな声で言ったガウリイは、リナの視界から逃げるように立ち去った。
 部屋の中に、沈黙が落ちる。
「言い過ぎです、リナさん!」
 沈黙を最初に破ったのはアメリアだった。
 真直リナを睨み付ける顔はかなり怒っている。
「な‥‥何よ‥‥」
 リナが口を尖らせる。
「大体ガウリイもガウリイよ!あんな顔されたら、まるであたしが悪役みたいじゃないのよ!」
「リナさんが悪いんじゃないですか!」
 ヤケ気味に言うリナに、アメリアは真っ向から立ち向かった。
「ガウリイさんが、好きであんな風になった訳じゃないでしょう?なのにリナさんは‥‥」
 しかし、アメリアに言われれば言われる程、リナは意地になってしまう。
「元々、あいつがどんくさいのが悪いのよ!それを‥‥」
 と、そこに今度はゼルガディスが飛び込んで来た。
「リナ!お前ガウリイを一人で行かせるのか?!」
 慌てた様子に、リナとアメリアは顔を見合わせた。
「それって、何の話です?」
 アメリアの問いに、ゼルガディスは頭を抱えた。
「この間やっつけた盗賊が、魔導士の助っ人を連れて挑戦して来たんだ!ガウリイはお前を呼びに行ったはずなんだぞ?」
 その言葉に、アメリアは真っ青になる。
「ま‥‥まさかガウリイさん‥‥」
 アメリアとゼルガディスの視線が、自然にリナに集まる。
 リナは、唇を噛んで前髪を掻き上げた。
「‥‥まったく、記憶喪失になっても手を焼かせるんだから、あのバカは!」
 言い終わる頃には、もうリナは部屋の外へ飛び出していた。
 

 盗賊達が待ち構えていたのは、郊外の丘だった。
 後を追って来たリナ達が駆けつけた時には、もうほとんど勝負はついていた。
 金に飽かせて(どこに残していたものかは不明だが)かき集めたゴロツキ達は残らず叩きのめされて地に這っていた。
 無論ガウリイは息一つ乱していない。
 残ったのは盗賊の頭と黒マント姿の魔導士だけである。
 魔導士が、何やら呪文を唱えながら両手をかざした。
「ガウリイ!」
 リナの声に、、ガウリイの肩がぴくりと動いた。
 肩越しに振り返ったガウリイが、リナを認めてふと、微笑を浮かべたように見えた。
「バカ、逃げなさいよ!」
 真正面から迫るエネルギーの塊、しかしガウリイは何故か、動こうとしなかった。
 リナを見詰めるガウリイの口元が、小さく動いたように見えた。
「ガウリイ!」
 雇われ魔導士にしては強力な魔法が、ガウリイの体をもろに包み込んだ‥‥。
 ―――――――
「ガウリイ!」
 ぐったりとしたガウリイの体に、アメリアがリカバリィをかけている。
 魔導士と盗賊の頭は、怒りに燃えたリナの魔法に吹き飛ばされ、お空の星になっていた。
「何考えてんのよあんたは!まさか死ぬつもりだった訳?!それって、あたしへのあてつけなの?!」
 意識を失っているガウリイを、リナは容赦なく怒鳴りつける。
「リナさん!そんな言い方って‥‥」
 しかし、リナはアメリアの言葉を聞いていなかった。
 目を閉じた、ガウリイの蒼白な顔。それが、とても不安をあおって‥‥胸を締め付けた。
 横たわるガウリイにフラフラと近付くと、その傍らにぺたん、と座り込む。
「あんたが自殺しようとしてどうすんのよ。あんたがいなくなったら‥‥」
 その時、ガウリイが眉を寄せ、身じろぎをした。
「ガウリイ?!」
「ガウリイさん?!」
 その声が聞こえたかのように、ガウリイはゆっくりと目を開いた。
 そして‥‥。
「あー、良く寝た」
 あっけらかんとしたその声に、ガウリイ以外の人間が固まる。
「あ、リナ!お前よくもあんな所でメガブランドなんて使ってくれたな?マジで死ぬかと思ったぞ」
 そこまで言って、やっとガウリイはその場の雰囲気が違う事に気付いたらしい。
「ん?何かあったのか?」
 きょとん、とした顔でリナを見るガウリイの様子は、確かにいつもの『ガウリイ』だった。
 ‥‥どうやら、ガウリイからはメガブランドにぶっ飛ばされた後の記憶がすっぽり抜け落ちているらしい。
「‥‥‥」
 ユラリ、と立ち上がったリナは、物も言わずにガウリイをどつき倒した。
「ってぇーっ!何だよ、俺が何かしたか?!」
 涙目になっての抗議も、怒りのオーラを背負ったリナの耳には届かない。
「まったく、このクラゲ頭は!!散々人を騒がせといて、全部忘れた、ですって?!こんな事なら、あのガウリイの方が百倍マシだったわ!」
「な、何だよ、何の話だ?!」
 当然、今のガウリイは訳がわからない。
「うるさいっ!」
 更に容赦ない鉄拳でガウリイを地に這わせ、リナは足音荒く立ち去ってしまう。
「‥‥‥」
 また何かあったらどうするのだろうと思うが、アメリアもゼルガディスもリナに何の口も挟めなかった。
 彼等の足元では、何も知らないガウリイが平和に気絶していた。

                                                            END
 
 

 済まん、京!私にはこんな物しか書けないんだあぁぁっっ!(地の果てに逃亡)

 うん。MAYが苦労してくれたのが、とってもよーく判ったわ(京)
 
 

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