風の吹く町で

MAY





その街は『風の街』と呼ばれていた。
 切り立った山に囲まれた谷間に位置しているため、四六時中激しい風が吹いているのだ。
 折しもこの街では、出来過ぎたことに風邪が大流行していた。
 風邪をひいていない奴は流行遅れ、と言わんばかりの状態である。
 運悪くこんな街に入ってしまったリナ達であるが、この連中が風邪などにビビる訳がない。
 一行はいつもの如く酒場でどんちゃん騒ぎをやらかして、傍若無人に騒ぎながら宿に戻ったのであるが‥‥。

 翌朝。
 リナは、ベッドの上で頭を抱えていた。
「っかしいわねー、二日酔いする程飲んだ覚えはないのに」
 頭痛ばかりか、なんとなく背筋がゾクゾクするような気がする。
 そして、なにやら喉がいがらっぽい。
「ま‥‥まさか、風邪ぇ?!」
 自分で驚いていては世話はない。
 しかしここ何年もリナには風邪をひいた記憶などなかった。
「うそでしょぉ‥‥」
 ため息をついた、途端にリナは咳き込んだ。
「こ‥これは本格的かも‥‥」
 風邪、と分かった瞬間から、急に熱が出てきたような気がする。
「で‥‥でも、ご飯食べなきゃ‥‥」
 食欲だけで起き上がろうとしているリナは、結構元気かもしれない。
 だるい体を無理に起こして着替えを済ませ、下に降りて行く。
 下の帳場では、何故か元気のないアメリアとゼルガディス、そしてただ一人いつもと変わらないガウリィが待っていた。
「よぉ、リナ。遅かったな」
 一人で元気一杯のガウリィには、今日は妙に腹が立つ。
「リナさぁん、なんか、風邪ひいちゃったみたいなんですぅ」
 普段より赤い顔をして、アメリアが訴えて来た。
「ゆうべ遅くまで騒いでたのが悪かったんでしょうか‥‥ゼルガディスさんも風邪だって‥‥」
 哀れっぽく訴えたアメリアは、派手な音を立てて鼻をかむ。
「この俺としたことが‥‥よりによって風邪を引いてしまうとは‥‥」
 シリアスな口調も、鼻をぐずぐず言わせながらでは格好が付かない。
「何よ、あんたたちも風邪ひいちゃったの?」
 リナの言葉に、何故かアメリアが目を剥いた。
「あんたたちも、って、まさかリナさん‥‥‥」
「まさか風邪なのか?!」
 一人でぐちぐち言っていたゼルガディスまでも血相を変える。
「そ、そうみたいなのよ。情けないけど‥‥」
 二人の見幕にたじろぎながらも、リナはうなずいた。
 その途端に、派手なクシャミが出る。
「リ、リナさん‥‥まさか本当に‥‥!」
 アメリアは、もう真っ青になっている。
「もう、何なのよ、あんたは‥‥」
 ため息をついたリナは、空いていたソファに座り込む。
 正直、立っているのが辛くなって来ていた。かなり具合が悪くなっているようだった。
「リナさんが、風邪ごときで参るはずがありません!これはもしかして、新種の病気かも‥‥」
「リナがかかる病気だぞ?!俺たちがかかったら命がないかもしれん」
「‥‥あんたたちねぇ‥‥」
 真剣な顔で考え込む二人に、リナのこめかみに青筋が浮く。
「どうしましょう、だとしたら薬で治るはずがないし‥‥」
 尚も真剣に考え込むアメリアに、リナはこぶしを握りしめた。
「あんたね、あたしを何だと‥‥!」
 殴りつけようとして、リナはバランスを崩した。
「うわっと!」
 転びそうになるのを、ガウリィが慌てて支える。
 そのリナの額に手を触れたガウリィが、珍しく真面目な顔になった。
「お前、凄い熱だぞ。駄目じゃないか、寝てなきゃ」
 ガウリィは、リナを軽々と抱え上げた。
「リ、リナさん、そんなに‥‥!」
 アメリアの顔色が、風邪のためではなく、真っ青になる。
「だから‥‥ただの風邪だってば‥‥」
 元気な時ならば鉄拳の一発や二発は飛んでいる所なのだが。
 もう怒る元気もないらしいリナがガウリィに運ばれて行くのを、アメリアとゼルガディスは不安げに見送った。
「もしかして‥‥人類滅亡の日が近いんでしょうか‥‥」
「街の人間に、避難勧告でも出すべきかもしれん‥‥」
 真剣な口調でつぶやき、二人は顔を見合わせた。

「それでは、お大事に」
 少々怯え気味の様子で、医者が帰って行く。
「‥‥どうだった、リナの様子は」
 小さく咳き込みながら、ゼルガディスが訊いた。普段のシリアスさはどこへやら、格好悪いことこの上ない。
「あぁ、今は寝てる。しっかし、あのリナが風邪とはなぁ」
 一緒に旅して以来初めてだ、と豪快に笑うガウリィを、頭を抱えたアメリアがジト目で見る。
「‥‥ガウリィさん、元気ですね」
 そこで初めて、ガウリィはアメリア達も風邪で参っている事を思い出したらしい。
「ああそっか、お前達も風邪だったんだっけか?本当にこの町は、風邪引いた奴ばっかだよな。さすが『風の街』って言うだけあるぜ」
 本当に今日ばかりは、ガウリィの元気さが腹立たしい。
「なんとかは風邪をひかん、と言うが‥‥」
 地を這うようなゼルガディスの言葉に、ガウリィは照れたように頭をかいた。
「いやぁ、それ程でも‥‥」
「誰も褒めてませんてば‥‥」
 お気楽なガウリィに、アメリアはため息をついた。
「そう言や、宿の主人はどうしたんだ?」
 空っぽの帳場を見て、ガウリィが首をひねった。
「あぁ、あのリナ・インバースが風邪で寝込んでる、と言ったら泡を食って町外れに逃げて行ったぞ」
「‥‥‥」
 まるで、伝染病である。
「私達も、お薬を飲んで寝ましょう。風邪は寝るのが一番です」
「風邪、ならな‥‥」
 アメリア達がだるそうに部屋へ戻って行くのを、ガウリィは所在なげな様子で見送った。。

「不覚だわ‥‥」
 ベッドの中で、リナは頭を抱えた。
 風邪などひ弱な連中のかかる物、と豪語していた自分がこれだ。
 実際食欲もなく力も出ない、薬を飲んでおとなしくしているしか出来ないために、リナのストレスはかなりたまっていた。
「う?、なんか腹が立つ!」
 つぶやいた時、窓の外に尋常でない気配が生じた。
「リナ・インバース、どこにいる!」
 耳障りな声と異様な気配は、考えたくもない魔族の物だった。
 布団の下から渋々窓の外を見ると、人(?)相の悪い魔族が二人、いる。
 上位クラスの魔族からも一目置かれるリナには、下っ端魔族が時々ちょっかいを出して来る事がある。
 しかし、よりによってこんな時に‥‥。
 今の状態では、喉が痛くてろくな呪文も唱えられない。
 そこに、ドアを蹴破るらんばかりの勢いでガウリィが飛び込んで来た。
「リナ!大丈夫か!」
 魔族の気配がした途端に飛び込んで来たところを見ると、気を使って近くで待っていたのだろうか。
 ガウリィは剣を抜いて窓際に仁王立ちになると、魔族を睨みつける。
「お前ら、今リナは風邪で魔法も使えないんだぞ!そんな時に襲うなんて、卑怯だろうが!」
 ガウリィの台詞に、リナは頭を抱える。
(バカぁ、魔法が使えないなんて、こっちからバラしてどーすんのよっっ!)
 しかし、ガウリィの言葉に魔族の様子が変わる。
「あのリナ・インバースが風邪だと?」
「いや、そんな人間のような病気にかかる訳がない。もし感染すると、我ら魔族も命がないかもしれんぞ」
 魔族達は、顔を見合わせた。
「‥‥と言う事で、リナ・インバース!命拾いしたな!」
「次はこうは行かんぞ!」
 魔族達は、あっと言う間に消えてしまう。
「あ‥‥あいつらぁ‥‥‥」
 リナは、シーツを握り締めて肩を震わせた。
「大丈夫か、お前?」
 相変わらずマイペースのガウリィが覗き込んで来る。
「うるさいっ!さっさと出てけ!」
 かすれ声の上に咳き込んでまで怒鳴るリナに、ガウリィは慌てて部屋から飛び出した。

「あったくもぉ‥‥どいつもこいつも‥‥」
 風邪が治ったら見てろ、とリナが布団に顔を埋めた時。
『リナさん、風邪だそうですね。これが文字通り、鬼のかく‥‥いやいや』
 また窓の外から、聞き慣れた、やっぱりこんな状態の時には聞きたくなかった声。
(ゼロス‥‥どっから聞き付けて来たのよ‥‥)
『早く治るように、お見舞いを持って来ました。ちょっと、こんな所から失礼しますね』
 がさごそ、と窓から入って来る気配がする。
 何を持って来たのか、と欲に釣られてリナは布団から顔を出した。
『どーです、ネズミにもドラゴン並のパワーがつく強力な精力剤!』
「‥‥ちょっと」
『それだけじゃありませんよ、ゾンビであろうとも元気に走り出す究極のスタミナ食!これでもう怖い物はありません!』
「あんたね‥‥」
 リナが、布団の端を握り締め、肩を震わせた。
『どうしました、リナさん?』
 リナの様子に、ゼロスが首をかしげた。
「あんたのその格好!何なのよ!」
『は?』
 ゼロスはどんな世界からくすねて来たのか、全身、頭までも完全に覆う白い服を着ていた。いわゆる、無菌服、とゆー奴である。
 道理で声がくぐもっていた訳だ。
『これですか?だってリナさんがかかる風邪ですよ。魔界で広がったりしたら、魔族が滅ぶかもしれないじゃないですか』
「‥‥‥」
『それに、私はこう見えても体が弱いんです』
「‥‥‥」
『リナさん?』
「‥‥ィヤーボールっ!」
 熱があるせいでもなかろうが、普段より五割増しの威力のファイヤーボールが炸裂した。
『元気じゃないですかぁ、リナさぁん‥‥』
 片側の壁ひとつもろともにぶっとばされたゼロスの声が遠ざかって行く。
「ったく、どいつもこいつも!あたしは病人なんだから、ゆっくり寝かせといてよ!」
 立ち上がり、こぶしを振り上げて怒鳴ったリナは、ふと、喉の痛みも熱っぽさも消えていることに気付いた。
「あれ‥‥もしかして、怒って汗かいたりしたから、治っちゃったの?」
 なんとも、簡単なものである。
「ふふん、元気になったらこっちの物よ。アメリア、ゼル、見てなさいよぉ?」
 その後‥‥哀れ、アメリア達は『看病』の名の元に、リナの手厚い復讐を受けるのだった。
 合掌。

 一行が『風の町』を出て十日ほど経った頃。
 いつものようにリナとメインディッシュ争奪戦をしていたガウリィが、突然大きなクシャミを連発した。
「っ!ちょっとぉ、ツバ飛ばさないでよね!」
 途端にリナが大きく飛びのいた。無論、一番大きな皿を抱えたままだ。
「‥‥何か、さっきから喉がガサガサするんだよな。なんとなく、背筋もゾクゾクするし」
「え‥‥それって、もしかして‥‥‥」
 アメリアの顔が引きつる。
 そうしているうち、ガウリィは咳、鼻水クシャミと、典型的諸症状を呈し始める。
「風邪、だな、完全に」
 ボソリ、とゼルガディスがいつもの口調でつぶやく。
 と、何を思ったかアメリアがガウリィの手をしっかりと握り締めた。
「良かったですね、ガウリィさん!風邪をひいたと言うことは、バカじゃない、って言う証明ですもんね!」
「あんた、何の話してんのよ‥‥」
 リナが、アメリアのハズした慰めに頭を抱える。
「いや、人が風邪をひいてない時にひく奴もなんとかだと言うな」
 さらに追い打ちをかける奴もいる。
 しかし、言われた本人は鼻をぐしぐし言わせながらも嬉しそうに頭をかいた。
「いやぁ、そんなに言われると照れるなぁ」
「誰も褒めとらんわーっ!」
 リナの鉄拳が、もろにガウリィをどつき倒す。いつもの通りガウリィは酒場の壁に叩きつけられる‥‥と思ったのだが。
 今日は何故か、ガウリィを椅子から叩き落とす程度に留まったのは、多分、ただの偶然に違いない。
 そう、多分‥‥ね?
 
 

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