あれ?
あたしはぼややんとあたりを見渡した。
「んー?」
起き抜けのぼーっとした頭をかしかしと指先でかき回す。
いつもの場所に、いつも置いてあるはずのモノがない。
あたしはほけらっと記憶をたどった。
『あれ』をどこにおいたっけ。
ええと、昨日はここに宿をとった。
宿のおばちゃんの出してくれた食事はおいしかった。
お食事バトルを繰り広げながら夕飯を食べて、ついでにちょっとお酒飲んだりして。
そして、部屋に戻ったらガウリイが………。
………………………。
………。
考えるの、やめよ。
あたしは布団の中をもぞもぞと移動しながら、見あたらない『あれ』を探し始めた。
え? 『あれ』が何かって?
いつもあたしが額にしてる、『あれ』。
あのバンダナである。
たかがバンダナと言うなかれ。
あのバンダナは裏に小さな宝石が張り付けてあって、あたしが呪文を唱える際の意識の集中点になっている。
別に値段が張るってわけじゃないし、それがないと呪文が唱えられないって訳でもないが………。
あれが無いと、どうもなんだか落ち着かない。
昨日確かに外したような気はするんだけど。
どうしてもそれは見あたらない。
「おかしいなあ………」
あたしはとりあえず捜索をあきらめて、ことことと宿の階段を下りていった。
食堂へと続く扉は、大きく開け放たれていた。
焼きたてのパンと香茶の香りが、そちらの方から漂ってくる。
食欲を誘ういい香り。
あたしは、その香りに釣られたように、食事をとっている人たちの姿をなにげに見渡し―――。
だだだだだっとあたしは階段の最後の数段を駆け下りた。
ダッシュで部屋を突っ切って、問答無用でガウリイの髪をひっつかむ。
「おう。おはよう、リナ」
ガウリイがのーんとあたしを見た。
振り向いた弾みに、金の髪がきらりと朝日を反射する。
それはとても脳天気で平和な光景だった。
一瞬くらりと眩暈を感じたような気がして頭を押さえる。
「今日は随分早かったな。いつもだと、お前さんもっと寝てるから、あとで朝御飯持ってってやろうと思ってたんだが───」
「ちょっとっっ」
あたしは、無理矢理ガウリイを黙らせる。
そのまま髪を引っ張り、ぐいっと物陰に引きずり込んだ。
ガウリイは大人しくついてきた。
ただ、表情だけはいぶかしげにあたしを見る。
「何だよ。こんな朝っぱらから………」
そう言って、何か思いついたようにぽんっとひとつ手を打った。
「ははん」
ガウリイがにやっと笑った。
………何だかイヤな予感がするような………。
身をかがめてあたしの耳元に囁きかける。
「リナが昨日の続きをしたいなら、食事の後でいくらでも───」
―――違うって―――。
あたしは無言でガウリイの足を踏んづけた。
一瞬ぞくっと背中に走った感触はあえて無視。
「ンなこと言ってんじゃないっての」
ガウリイがむっとあたしを見た。
「じゃ、何だってんだよ、一体。せっかく人がご飯食べてたのをわざわざこんなところに引っ張ってきて」
ぶうぶうと文句を言う。
「とりあえずは、あたしより先にご飯を食べてたのが悪い」
ぴしっと指さしてやるとガウリイは大人しくなった。
それにしても───。
あたしは、思わず知らずため息をついた。
「………あんたってほんと元気よね………」
あたしはぼやく。
「ま、おれはそれだけが取り柄だし」
にっこりとガウリイがさわやかな笑みを見せた。
なんだかさわやかに笑うシーンじゃないような気がするけど。
そして、ガウリイはついっとその武骨な手をあたしに伸ばした。
「オレのことはともかく、大丈夫か? お前さん。オレ昨日は結構手加減してな───」
ぎゃああああ。
あたしは慌ててガウリイの台詞を遮った。
ぺったりと両手でガウリイの口を押さえ無理矢理に黙らせる。
「ンなことは今はどうだっていいのっっ」
自分の頬が真っ赤になってしまっているのがわかる。
あたしは慌てて本題に戻った。
「何だっていいから………返しなさいよ。それ。あたしのでしょ?」
「それってどれ?」
きょとんとした顔でガウリイが尋ねる。
あたしはぴしっとガウリイを指さした。
「それよ、それ。あんたが、今、その髪束ねてるやつ」
「髪?」
ひょいっとガウリイが自分の髪に手をやった。
ガウリイは、その癖のない髪を、肩の少し上あたりで黒いリボンのようなもので縛っていた。
間違いようもない、それは───。
「返しなさいよ。あたしのバンダナっっ。一体何に使ってるのよ。もう………」
「何にって………髪しばるのに」
あっけらかんとガウリイが答えた。
それは見ればわかるって。
眩暈をこらえてあたしは尋ねた。
一言一言区切るようにはっきりと発音する。
「あたしが聞きたいのはね。『どーして』『あんたが』、『あたしの』バンダナで髪を縛ってるかってことよ」
「これか?」
ガウリイが自分の髪をひょいっとつまんだ。
そしていぶかしげにあたしを見る。
「お前さんの言うとおりにしただけだろが」
「へ? あたしが何を言ったってのよ」
あたしはきょとんとガウリイを見返した。
「え? 言ったろ? 昨日。その鬱陶しい髪を何とかしろ、って。だから縛ってみたんだけど」
………。
慌てて記憶をひっくり返してみる。
………言ったかも知れない。そういえば………。
ここしばらく熱い天気が続いてるのに、そのだらだらした髪は暑っ苦しいとかなんとか、そんなことを。
だからって───。
「だからって、どうして人のバンダナ使うのよ」
あたしなガウリイを睨め付ける。
のほほんっとガウリイが答えた。
「いや、今朝起きたら、これが目の前にあったから」
───をい───。
あんたは、目に付いたものなら何でも拾ってくるお子様かっっ。
「昨日リナの外したのそのままになってたんだよな。だから今朝ベッドサイドみたら、その上に………」
ガウリイが台詞の途中で身を折ってあたしを覗き込む。
「ん? 何赤くなってんだぁ? リナ?」
どげしっっ。
あたしはわざとらしくあたしを覗き込むガウリイの足を目一杯踏んだ。
今度は踵の高くなっている部分で思いっきり。当たった瞬間に更にひねりを加えることも忘れない。
「おい………ちょっと今の本気で痛い………」
「あのねっっ」
さすがに痛かったかガウリイは涙目になっているガウリイの耳をあたしはぐいっと引っ張った。
「だからって、なんっってことしてくれるのよ。人のバンダナ使うなんて」
「何か変なことしたか?」
「変なことどころじゃないわよっっ」
あたしは怒鳴った。
しかし、さすがに次の台詞は辺りをはばかって幾分小さめな声になる。
「だって、それじゃみんなにあたしがあんたの───みたいに思われちゃうじゃない」
「って………え?」
ガウリイが驚いた表情であたしを見た。
「だってバレバレだろ、そんなの。一緒の部屋を取った時点で。ンなことありませんって方が、おかしくないか?」
あたしはうっと言葉に詰まった。
ま、そりゃそうなんだけど。一般的にそう思われるだろうってのは確かにある訳なんだけど。
さりげにそれを主張するのと、吹聴してまわるような言動を取るってのとでは、天と地ほどの差があったりする。
「だからってねえ───」
ぶちぶちとあたしはぼやく。
ガウリイはそんなあたしをしばらくじっと黙って見ていた。
が、やがてその顔に小さく苦笑が浮かぶ。
「………まだダメか………?」
「ダメって………何をよ」
頬に浮かんだ微苦笑はそのままに、ガウリイがついっとあたしの頬に指先を伸ばした。
羽のように柔らかくあたしの顔の輪郭を辿る。
「まだ………慣れない?」
あたしはガウリイから視線を逸らせた。
確かに、そういうことになって大分立つけど。
「それとこれとは話が別でしょ? 誤魔化さないでよ」
「ま、そうなんだけどな。いつまでもその反応ってのもな」
ガウリイがかしかしと頭をかいた。
「………ま、仕方ないか。最初に『保護者』したのはオレだしな」
そらした視界の隅に、ため息をつくガウリイの姿が映った。
「悪かった」
あたしは返事をしない。
ガウリイがあたしの方に手を伸ばす。
「な、機嫌直せよ、リナ」
伸ばされて来た手はそのままに、あたしは更に顔を逸らす。
「オレ、リナにならいくらだって負けてやるぜ」
振り向いた視界に映ったガウリイは、どこか笑みを含んだ、でも真剣な眼差しであたしを見ていた。
「リナにだけ、だけどな」
ガウリイの顔がゆっくりと近づいてくる。
いつからこんなに口説くの上手くなったんだか。
あたしはガウリイを睨み付けた。
「もう一回同じことしたら、今度は魔法でぶっ飛ばすわよ」
「はいはい」
「はいはひとつ」
「はーい」
ガウリイが笑った。
その顔がすぐ影になる。
近づいてくるガウリイの息づかいを感じながらあたしはゆっくりと瞳を閉ざし───。
あれ?
「ね、ガウリイ?」
あたしは目を開いてガウリイを見た。
「ん?」
瞳を開いたガウリイがぱちぱちと瞬きした。
あたしはにっこりと笑ってガウリイに聞いた。
「ねえ、どうしてこんなにいい香りがするの? ガウリイ」
さっきからガウリイに感じる香り、どこかで覚えのあるこれってまさか………。
にっこりとガウリイが笑って答えた。
「この香りか? それはさっきオレのシャンプーが見つからなかくって」
「………見つからなくって………?」
「リナの荷物から借りた」
あたしはげしっとガウリイの足を踏んだ。
「あんた、またあたしのシャンプー勝手に使ったわねええええっっ」
「いや、だってほら、これは不可抗力だし」
「不可抗力って問題じゃないでしょうっ。高かったシャンプーなのにっっ。あんたのその無駄に長い髪にばかばか使ってっっ。
大体ねっっ、あんたがあたしと同じ香りつけて歩いてたら、あやしすぎるってもんでしょうがっっ」
「そうか?」
のーっとガウリイが答えた。
「じゃ、後でもう一回髪洗い直すからさ」
「洗い直すから?」
にやりっとガウリイが笑った。
「それまでちょっとつきあえよ」
「つきあえって………え?」
ガウリイの手が伸びてきてあたしを捉え───。
「問題がちがうーっっ」
あたしの悲鳴は、声になることは結局なかった。
その日、あたし達がその宿を出発することができたのは………結局かなり先のことになった。
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