SAN-SYOKU-TEI
 
 
 
 
 

 
 
Green Vail - 1 -
 


 
それは―――そう。
本当にありふれた出来事から始まった―――。

リナは一、二度首を傾げると、唐突に立ち止まった。
手元の地図に眼を落とし、襟元に落ちかかった髪をうるさそうに片手で掻き上げる。
ぼんやりと木々の合間から漏れる光に照らされて、リナの表情が妙に大人びて見える。
「おっかしいわねえ………。もう街道に突き当たってもいいはずなのに」
小さく呟かれた言葉をオレの耳が捉えた。
「なんだ? ひょっとして迷ったのか? リナ」
ひょいっとリナの手元を覗き込む。
地図から視線をあげたリナがオレを睨み付けた。
「あのねえ、あたしは迷ったんじゃないわ。ただ単に、今いる場所が地図に載っていないだけで」
そう言って、ぱんぱんっと指先で地図を叩きつける。
………別に威張って言う事じゃないと思うんだが………。
オレは小さくため息をついた。
「───それってしっかりきっぱり迷ってるじゃねーか───」
「やかまひ」
リナのスリッパの一撃に、とりあえずオレは黙る。
リナはぷちぷちと文句を言った。
「あのねえ。迷ったのなんのって文句は、自分で地図を見られるようになってから言ってよね。
まあったく、もう………剣技と体力以外は全っ然役に立たないんだから」
オレはジト眼でリナを見た。
「なあ………リナ………?」
「何よ」
「………オレがそーゆー役にたつと、お前さん、ほんっとーに思ってたか?」
「ぜんっっっぜん」
間髪入れずに即答される。
あっさりきっぱり言い切られると、流石に言葉が続かない。
リナがわざとらしく「にっこり」笑った。
オレは何だか虚しくなった。
「なあ………。オレの立場って一体………」
何か、わかってるつもりではあったんだけど。
リナがちらりとこちらを見る。
その視線がリナの答えを十分に物語っていた。
「いや、いい………。聞かなくて………」
オレは深いため息とともに、がっくりと肩を落とした。

まあ、リナがどう言いつくろおうと、オレ達が迷ったことに違いはなかった。
とりあえず、リナがレビテーションで現在位置を確認することになる。
だが、鬱蒼と茂った森の木々は、辺りの様子を覆い隠し、周囲に目印を見つけることはできなかった。
リナがしきりに首をひねる。
本当だったら、迷うことなどありえないような道だとかなんだとか、そんなことをぶつぶつ言いながら。
だが、実際に迷った………もとい、現在地点が地図の中に見あたらなくなったのは確かだし。
とりあえず、止まっているよりは歩いた方がまだましだ、というリナの信念のもと、オレ達は森の中を歩き始めた。
進む方向はリナが決める。
棒を倒して、っていう決め方じゃなかったら、もっと心強かったんだが………オレは黙ってリナの後に従った。

歩くことしばし。
「なあ、リナ」
オレは、相変わらず先を進むリナに声をかける。
道に迷っていようがいまいが、リナが進む方向を躊躇うことはあまりない。
今も、リナは前を見たまま振り返らずに答えてきた。
「なに? ガウリイ」
「そろそろあきらめて野宿するか?」
オレは周囲を見渡しながらリナに言う。
森の中のことだからはっきりとしたことは言えないが、空の色から判断すると、既にかなり日は傾いているようだった。
こんなところでは、いったん日が沈んでしまえば、暗くなるのはそれこそあっと言う間だ。
野宿をするならするなりに、あらかじめ準備すべきことがあった。
例えば、野宿するにしたって、何処ででもできるというわけじゃない。
適度に風を防ぐ遮蔽物が必要だし、できれば硬い岩の上より、柔らかい地面の上に寝たい。
たき火のできる場所だって必要だし、当然、たき火に使う小枝なんかも集めなきゃならない。
つまり、結構な手間が必要なのだ。
まあ、リナは魔法が使えるから、野宿自体もいざとなれば結構どうとでもなるのだが………。
「全くもう………。冗談じゃないわ」
リナがぼやいた。
立ち止まってオレを振り返る。
「せっかく今日はまともな宿屋に泊まれると思ったのに。あったかいご飯に、あったかい布団に、あったかいお風呂っっ」
リナが拳を握りしめる。
まあ、オレもそれには異存はないが。
「仕方ないだろ、こんな状況じゃ」
オレはどさりと持っていた荷物を地面に投げ出した。
「………髪だって洗いたかったのになあ………」
小さな声でリナが呟く。
「平気だろう、そのくらい」
思わず呟いたオレの台詞に、
「そのくらい?」
ぱっとリナが振り向いた。
オレの背中に悪寒が走る。
オレは慌てて逃げ道を捜した。
すると、オレの視界をかすめるように………
「あれ?」
「なによ、今更逃げようったって………」
「明かりが見えたような気がするんだが」
「どこに?」
リナがオレの襟首を締め上げながらオレに尋ねる。
視線はオレからずらさない。
いや逃げようとしてる訳じゃないんだが………。
「いや、向こうの方角に、今、明かりみたいなものが見えて………」
眼をすがめてじっと見る。
やはり、気のせいではなく、確かに何か明かりのような物が見えた。
その方向を指し示してやる。
リナはようやくオレの襟首から手を離した。
その表情が急に明るくなる。
「………やっぱりあたしのカンは確かよね………」
唇に笑みを浮かべて、そううそぶく。
オレは小さくため息をついた。
リナのカン………オレにはただ単に棒を倒しただけにしか見えんかったが。
それを言ったら、またどつかれるんだろうが。
それにしても。
「………なあ………リナがさっき上から確認したときには、人家なんて見えなかったんだよな」
「そうね」
こくりとリナが頷く。
「まあね。でも、さっき見たときに、木の陰になってたってことだって十分考えられるし………。もしかしたら、家なんかじゃなくて、あたしたちみたいに道に迷った旅人のたき火だって可能性だってあるわよね」
「………やっぱ迷ったと思ってたんじゃないか………」
「とにかく」
オレの言葉を黙殺してリナが言う。
「明かりがあるってことは、そこに行けばまず人がいるわよね」
「道に迷った森の中、都合良く現れた謎の明かりだがな」
「まあね」
不適な表情でリナが笑った。
「とことん怪しそうだが………」
オレは半分諦観した気分でリナを見た。
「行くのか? リナ」
降ろした荷物を再び肩に背負い直す。
すでにリナは歩き出していた。
「あたりまえでしょ?」
オレは慌てて後を追った。
「この先に何があかなんて、確かめてみないと判らないじゃない。確かめた先に何があったって、それはその時考えてみりゃいいことでしょ。ここでいくらうだうだやってたって始まらないわ。それにね」
振り返ったリナが不敵に笑う。
「何があったって、切り抜ければいいのよ。実力でね」
やっぱりな。
予想した通りの答えにオレは苦笑した。
出会ったときから全然変わらない、それは、とてもリナらしい答えだった。
「そう言うと思ったよ」
オレは追いついたリナの背中を、ぽんっと軽く叩いた。
 
 


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