「今度こそ、大丈夫………かな?」
あたしはこっそり後ろを見ながら呟いた。
余計な気配がくっついて来ていないことを確認する。
自称あたしの『保護者』こと、もと傭兵のガウリイは、
くらげな中身はさておいて、とにかくやたらとカンがいい。
特に、あたしが宿を抜け出すのを見つける事に関しては、ほとんど天才的と言ってもいいカンの良さを発揮する。
おかげで、今までこっそり盗賊いぢめに行こうとするたびに、
後をつけられ邪魔をされ………。
ふっ。思い出しても腹がたつ。
いちおー、あたしも努力はしたのだ。
尾行をまくために、あっちこっち迂回したり、
スリーピングなど使ってみたり………。
だが、今までそのほとんどが無惨に失敗している。
でも、今日こそは………。
上手くいっただろうか?
あたしはさっきの夕食を思い出していた。
こっそりスープに混ぜた薬に、ガウリイが気づいた様子はなかった。
野生動物なみの運動能力と、それ以下の知能を誇るガウリイでも、
薬や毒の類に免疫がないのは確認済み。
まあ、さすがに毒が混ざっていれば本能で避けるのかもしれないが、
いくらなんでも、ごく微量、細心の注意を払って混ぜ込んだ眠り薬にまでは気がつくまい。
───さっき、来る前に、一応、ガウリイの部屋の中の、寝息は確認してきたし───。
今頃はすやすやくらげな夢の中にいることだろう。
卑怯な手段?
それは勿論。
でも、言うわけにはいかなかった。
伝説の………を捜しに行くなんて。
そんなこと、あたしがガウリイに言えるわけがない。
まあ、ガウリイはあのとおりのクラゲだから、気になんてしないかもしれない。
聞いた次の瞬間には、もう、忘れているかもしれないけど。
でも………これは、あたしのプライドの問題でもあるから。
だから、今日だけは、ガウリイについてこられるわけにはいかなかったのだ。
あたしは昂然と顔を上げて、盗賊達のアジトを目指した。
「さあ、ちゃっちゃと白状してもらいましょうか」
極力低く抑えた声を出し、あたしは盗賊の一人にナイフをつきつける。
まだ燃えさかる炎の輝きがきらりと鋭い刃に照り映えた。
勿論それが、相手にどういう効果を与えるかは、計算のうえ。
案の定、相手は震え上がった。
「い、命ばかりは………」
語尾が震えて、言葉にならない。
わなわなと揺れる両手を握りしめ、いまにも泣き出しそうな顔であたしを見る。
ふむ。ここまでおびえさせれば十分か。
「───ま、それは、あんたの答えしだいだわね」
あたしは素っ気なく言い捨てた。
あたしが求める物の名前を告げると、
おびえきった盗賊は、二つ返事であたしの求めるものの在処を指し示した。
「ふふ。ふふふふふっっ」
あたしは、自然と口元に浮かびそうになる笑みをかみ殺した。
決して粒は大きくないが、かなり質のいいルビー。
マニアには高く売れそうな水晶に貴石をあしらった女神像。
田舎の盗賊団にしては、けっこうなコレクションだった。
でも、それよりもなによりも。
あたしはじっと目の前にあるものを見つめた。
───長かった───。
本当に、随分長い間捜してつづけて来たような気がする。
大ぼけガウリイは気づいてもいなかったようだけど。
あたしは、ずっとこれを探し続けてきた。
そして───ついに───。
あたしはゆっくりとそれに向かって手を伸ばす。
それは重くひんやりとした感触をあたしの手に伝えた。
「………さあって、これが伝説の………」
「また、盗賊いぢめかあ? リナ」
ぎぎくううっっ。
あたしの動きが一瞬止まる。
冷や汗が背中を流れ落ちる。
確認するまでもない。
いやと言うほど知っているこの声は………。
ぎぎいっと首を振り向ける。
案の定、そこにいたのは、自称あたしの『保護者』ガウリイだった。
ガウリイは、苦い顔でこちらを見た。
「なんだか今日は食事時に異様におとなしいと思ったら………こういう訳か」
「───ちょっとっっ。どうしてあんたがこんなとこにいるのよガウリイっっ」
あたしの声はちょっとばかし裏返っていたかもしれない。
ガウリイがいぶかしげに眉をひそめた。
「ん?」
「どうして………」
あたしはそこで言いよどむ。
………聞けない………。
睡眠薬が効かなかったのか………とは、いくらあたしでもまさか聞けない。
あたしは恐る恐るガウリイの様子をうかがった。
まさか、気付かれてはいないと思うが………。
あたしの恐れを知ってか知らずか、のほほんとした表情でガウリイが答える。
「いやあ、何だか今日は、妙に眠かったんで、夕飯途中で止めただろ?
だからすっかり腹がへってさ。
あまりに腹が減ったんで眼を覚ましたら、ちょうどお前さんが抜け出すのが見えたから………」
「………ちっっ………」
………相変わらず妙にタイミングのいいヤツ………。
「何か言ったか?」
「なぁんにも」
あたしはすっとぼける。
それにしても、まさか、食事を中途半端に終わらせたために、腹のほうが先に眼を覚ますとはっっ。
さすがドラゴンなみの食欲と神経を誇るガウリイである。
………薬の量、手加減なんてするんじゃなかったかな………。
あたしは夕食時の光景を思い出していた。
その一瞬、確かにあたしは油断したらしい。
ガウリイがひょいっと手を伸ばし、あたしの握っていたものを取り上げた。
「あっっ。ちょっと、こら、ガウリイっっ」
あたしは焦る。
あたしは慌てて手を伸ばした。
だがガウリイはひょいっとそれを上の方に持ち上げた。
悲しいかなあたしの身長では、ばかでっかいガウリイの手には届かない。
大きな手に握られた小さな黒いガラスの瓶が、まだ燃えていた炎の残りを受けてきらりと光る。
た、頼むからそれ落とさないでね、ガウリイぃっっ。
「何だこれ?」
ガウリイが、顔をしかめて小さなラベルを読む。
あっっ。このバカクラゲっっ!!
「ほ、ほーきー……きゃー? なあ、リナこれ、何て読むんだ?」
ガウリイが大きな体躯を折り曲げるようにしてあたしに尋ねる。
───あたしに聞くな。頼むからっっ───。
我に返ったあたしが止めるより早く、
「ああ、そりゃ「ほうきょうやく」ってよむんだぜ」
人のよさそうな顔をした盗賊のおっちゃんが、言わんでいいことをガウリイに告げる。
あああ、盗賊のくせに何で人当たりいいかな、このおっさんっっ。
「胸のおっきくなるっていう伝説の薬なんだが………」
その瞬間、盗賊もガウリイも関係なく、みんなの視線が、あたしに集中した。
───あたしの胸に───。
不本意な沈黙が周囲に落ちる。
盗賊の頭がしみじみとつぶやいた。
「………確かになあ………嬢ちゃん。それじゃあ、伝説に頼りたくもなるよなあ」
をい。
あたしの中で何かが切れた音がした。
「………そうか………それで………」
盗賊達の同情の声。
ぷちぷちっっ。
更に何かが切れていく。
あたしの口元に暗い笑みが浮かんだ。
力強い足取りで盗賊達に詰め寄るあたしを、ガウリイの一言が引きとめる。
「あのな、リナ」
「何よっっ。ガウリイっっ」
振り返ると、真剣な顔のガウリイがじっとあたしを見つめてきた。
思わず引いてしまったあたしの肩にガウリイぽんっと片手を置いた。
そしてもう片方の手を───あたしの胸に。
「ちょっ………………」
とっさにパニくるあたしの胸を、ガウリイが無造作にぽんぽんと叩いた。
「あのなあ………どんな薬かしらないが、お前さんのAAカップがAカップになったって、全然大差なさそうだぞ、リナ」
ぶちっっっ。
あたしの中の何かが、完全に切れた。
ふっ。
あたしの浮かべたその笑みは、一見おだやかなものに見えたろう。
ガウリイが、何に気付いたのかふと怯えの表情を浮かべる。
───今さら、遅いわあああああっっ───。
口元からこぼれる、混沌の言葉。
そして。
『───メガブランドおおおっっ───』
あたしの放った力ある言葉は、悪の傭兵1名と、その他おまけの盗賊一味をあっさりへち倒した。
ふんっっ。
ちなみに伝説の薬の方は………伝説になるくらい昔に、有効期限が切れていた、何の役にも立たないモンだったことを付け加えておく。
───どうせ、この世界のオチなんて、そんなもんよね───。
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