唐突に、ガウリイがあたしの胸を見て言った。
「………なんかお前さんの胸って、さびしいよなあ………」
「それが朝っぱらからしみじみと言う台詞かああああっっ。しかも片手でピーマンより分けながらっっ」
あたしは、ぐさりっとと目玉焼きにフォークを突き刺しながら言った。
「ああっっ。オレの愛しい目玉焼きさんをっっ」
ガウリイが悲痛な叫び声を上げた。
「ふっ。暴言を吐いた当然の報いでしょ」
口元に右手をあて、勝利の笑みを浮かべるあたし。
左手は自分のお皿をガウリイからさりげなくかばう。
「オレは素直な感想を言っただけなのにっっ」
何やら抗議するガウリイに、あたしは更に優雅な笑みを浮かべてみせる。
ガウリイの隙をついて、左手を一閃っ。
「ああっっ。最後に食べようと思って取っておいたベーコンまでっっ」
ガウリイが半分涙目になりながらあたしを見る。
「言葉の恨みを、こーゆーことではらすなんてっっ。やっぱり胸もないと度量もな………」
はっと、ガウリイが、台詞を途中でうち切った。
ゆらりと、あたしが椅子から立ち上がったのを見て。
「………ほほう………」
あたしは低く呟いた。
ガウリイが逃げようとするが───遅いっっ。
そして───いつもの通りの光景が宿屋の食堂に展開されることになった。
「あーあ」
あたしはブラシを鏡の上に置いた。
まったく、ガウリイのヤツときたら。
何かあるたびに人の胸がどーのこーのと………。
あたしは鏡を覗き込む。
栗色の髪の少女があたしを覗き返してきた。
「………別に、そんなに小さすぎるってほどじゃないじゃない」
そりゃあ、あたしより胸の大きな人だってそれは多いと思うが、あたしより胸の小さな人はいると思うし――。
たわけたことを言ったガウリイはぷちとばしたままにしてきたが、まあ、この季節だから風邪を引くこともないだろうし。
そろそろ、復活している頃かも知れないが───。
こんこんっと、軽くドアが叩かれる音がした。
ガウリイだろうか。
「はい」
扉越しにあたしは答えた。
でも、相手からの答えはなかった。
「どうぞ」
更に答えても、返事はない。
あたしは渋々、自力で扉を開けに行った。
と、唐突に目の前にプレストプレートが現れる。
あ、やっぱ、ガウリイだし。
あたしは首を上に振り向けた。
「何やってんのよ」
「ん、ちょっとな」
ガウリイが指先で自分の頬を掻いた。
「………入っていいか?」
わざわざあたしに同意を求めてくる。
「別にいいけど」
あたしは脇に避けてガウリイを部屋の中へと通した。
「胸のさびしい女になんの用?」
部屋の椅子はガウリイに譲り、あたしはさっきまで髪を梳かしていたドレッサーの前に陣取った。
ガウリイが苦笑してあたしを見た。
「………それは、つまり………」
何かを言いかけて、再び苦笑する。
「ま、いいか。ほれ」
ガウリイが何かをぽんっとあたしに放り投げた。
綺麗な放物線を描いて、それがあたしの手元へと落ちてくる。
あたしは反射的に両手を差し出して受け取った。
「ちょっとちょっとちょっと、何よ」
「やるよ」
あたしの問いに、ぼそっとした口調で、ガウリイが答えた。
あたしは思わず聞き返した。
「やるって───何をよ」
「だからそれをやるって」
ガウリイがむっと口をへの字に曲げてそう言った。
「へ?」
「開けてみろよ」
あたしはじーっとその小さな包みを見た。
それは何の変哲もない布の袋に見えた。
「そりゃかまわないけど………なんか変なモノ入ってたりしないでしょうね」
あたしはつんつんとその袋を指先でついてみた。
「何だそりゃ」
「カエルとか。ヘビとか。考えたくないけどナメ───とか」
でも、生き物の入ってそうな気配はない。
「あのなあ」
がしがしとガウリイが自分の頭を掻きまわした。
「いいから、ほら、開けてみろって」
妙に強気な口調であたしに言う。
その口調に押させるように、あたしはその袋の口を開いた。
さらりと、涼しげな音がする。
袋を傾けると、銀色の光がさらさらとあたしの手元にこぼれ落ちた。
「………何これ………」
あたしは驚いてそれを見た。
手に取ってみると、金色の鎖の先に、綺麗な色の石が揺れている。
瀟洒な作りの、ペンダントに見えた。
あたしはほけらっとガウリイを見上げた。
「何だ? 付け方知らないのか?」
ガウリイがあたしの手元を覗き込む。
「貸してみろよ」
あたしが抗議する間もなく、ガウリイがそれを取りあげた。
大きな手で、器用に留め金を外し、あたしの首筋へとそれを回す。
ガウリイの手のあたたかな感触と、金属の鎖のひんやりとした感触が、掠めるようにあたしに触れた。
ちりっと、小さな音をたてて、それはあたしの胸元に収まった。
「これでよしっと」
ガウリイが満足げにあたしを見た。
あたしは慌てて背後のドレッサーを覗き込んだ。
鏡の中から複雑な顔のあたしが覗き返す。
「うん。これでよくなったな」
あたしの後ろで、ガウリイは一人にこにこと満面の笑みを浮かべていた。
「何がよ」
あたしは鏡の中のガウリイを問いつめた。
にっこりと笑ってガウリイが答える。
「ほら。これでやっと、胸の辺りが寂しくなくなった」
「………あのねえ………」
あたしは、スリッパでガウリイをひっぱたきたくなる衝動と懸命に戦う。
その気配に気付いているのかいないのか、のほほんとした口調でガウリイが答えた。
「だって、いつもそこにペンダントしてただろ? リナ」
ガウリイがつっとあたしの胸元を指さした。
あたしは驚いて胸元を押さえる。
そう。あたしは確かにずっとここに石をつけていた。
魔力を増幅するもの───魔血玉の呪符を。
でも、それは永遠に失われてしまった。
あの───戦いの中で。
黙り込んでしまったあたしをガウリイが心配そうに覗き込んだ。
「………それとも………やっぱ、あーゆーヘンな形してないとだめなのか?」
「ヘンな形って………あのねえ」
あたしは苦笑してガウリイを見た。
「別に、あれがあたしの趣味ってわけじゃないんだけど」
「そっか。良かった」
ガウリイが笑った。
そうして何やら言い訳をはじめる。
「いや、ほら。やっぱり、いままでずっとそこに飾りがあったのに、急になくなったら寂しいだろ。それにさ………」
そう言って、ガウリイが一瞬言いよどんだ。
「それに?」
鏡の中、ガウリイの顔がすいっと近づいてくる。
「───他の男にもらったものばっかりされるのは、面白くないだろ」
耳元近くに声が吹き込まれる。
あたしは飛び上がって、ガウリイから身をもぎはなした。
あの魔血玉は、一応正当な値段であたしが買ったものだし───もらったもんじゃないんだけど。
なんだか無性に笑い出したくなった。
「ねえ、ガウリイ、それって………」
嫉妬?
最後の台詞は心の中でだけ付け加える。
「悪いか」
むっとした顔でガウリイが答えた。
あたしは笑って、再び胸元へと視線を落とした。
指先で、石を弄ぶ。
「小さな石ね」
呟いたあたしに、
「………指輪は、向こうに着いたらな………」
ガウリイの声が、そう囁き返したような気がした。
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