「ああもう、なんでこんなに手間取ったのよっっ」
「いいだろ、別に」
ガウリイが部屋の隅で剣を片手にのんびりと答えた。
軽く息を吹きかけては、曇り具合などを確かめている。
「悪い依頼じゃなかったと思うぜ、オレは。結構のんびりできたしな」
「そりゃあ、あんたはそうかもしれないけど」
あたしはむっとガウリイを睨み付けた。
「たかだか盗賊ひとり捕まえるのにいったいどのくらい時間かけたと思ってるのよ」
ガウリイがのーっとあたしを見る。
「いいじゃないか、別に。ちゃんと依頼料はもらったんだろ?」
「そりゃ、まあ、もらうべきものはちゃんともらったけど………」
あたしは天井を見上げてため息をついた。
確かに、ちゃんと依頼料はもらった。伸びた分の日当だってちゃんともらった。
だが、もともとが盗賊の追跡というせこい仕事である。
早めにかたがつくと思ったからこそ引き受けたわけなのだが………。
「やっぱりあんたが受けてくる仕事にロクなものはないわよね………」
あたしはどことなく悟りを開いた神官のような気分に襲われながら呟いた。
視界の隅でガウリイが手入れの終わった剣を、かちゃりともとの鞘の中に戻す。
剣帯を腰につけながら、
「だけどなあ………。その犯人がお前さんの名前にびびって雲隠れしたりしなけりゃ、もっと早く片づいたんだぜ?」
あたしはほんの一瞬返答に詰まった。
「そんなのあたしのせいじゃないわ」
「………そうか………?」
ガウリイの返事にはとても微妙な間があった。
ぎろっと睨み付けてやると、ガウリイは慌てて壁の汚れを数え始めた。
あたしはとりあえず、近くのクッションに八つ当たりする。
「ああもう。悪いことするならするで、ちゃんと根性入れろってのよ。1回や2回竜破斬でふっとばされる覚悟もなしに悪人なんてやってるんじゃないってのっっ」
ガウリイが大きくため息をついた。
「悪人がみんなそんな根性入れたら困るだろうが………」
あたしの方を覗き込み、腕を伸ばしてあたしの額からさらりと髪を掻き上げる。
「なあ───リナ?」
「な、なによ」
ガウリイの青い眼が、その中にあたしを映して揺れる。
「なんかさっきから随分苛ついてるようだが───お前さん、今日、『あの日』なの───」
最後の言葉を聞く前に、テーブルにあったお皿が、唸りをあげてガウリイを狙う。
「おいっっ。オレはただ聞いただけだろうが」
ガウリイが顔面すれすれで皿を受け止めながら言った。
「そうやってただ聞いちゃうところが問題なのよっっ」
あたしの声は地を這うように低かった。
続けざまにクッションを投げつける。
こっちはあっさりとヒットした。
クッションの下からガウリイがくぐもった声を出した。
「じゃ、どうやって聞けって………」
「最初から聞くなっっ」
あたしはクッションの上からきっちりエルボーをお見舞いした。
「全くもう───よかったわ。お皿が無事で………」
あたしはガウリイの手からお皿を取り戻す。
「こんなもの投げるなよ。危ないだろうが………」
ガウリイがぼやきながらあたしの手元を覗き込む。
あたしはしげしげとガウリイを見た。
「そうね───。宿の備品割ったりしたら弁償させられるかもしんないもんね」
ガウリイが悲しそうな顔でこっちを見る。
「オレの価値って一体………?」
「本当に聞きたい? ガウリイ」
力無くガウリイが首を振った。
「………いや、いい………」
そう言うと、ふっと真面目な顔になってあたしを見る。
「でも………ホントにお前さん、最近ちょっと機嫌悪くないか?」
「あたしの機嫌がどのくらいか………試してみたいの? ガウリイ」
あたしはぽきりと指を鳴らす。
はは………とガウリイが、迎合するような笑みを浮かべた。
「いや、あの、ちょっと………」
ガウリイがそーっと後ずさった。
「オレちょっと、今、外に用事思い出したから………」
顔はこちらに向けたまま、後ろ手でかちゃりとドアを開ける。
「じゃ、後でなっ。リナっっ」
威勢のいい音を残して、ぱたんっとドアがしまった。
だだっと廊下を駆けていく足音がする。
あ、こけてるし。
「………なんだか浮気を問いつめられた亭主みたいな態度よね………」
あたしはふっとアンニュイなため息をついた。
「あーあ」
どさっとべっどに全身を投げ出し、ぼーっと天井を見上げてみる。
別に、クラゲに記憶力を期待してた訳じゃないけど………。
………やっぱり、ちょっとは………ほんの少しは期待してたんだろうか。
覚えているかもしれないと………。
───覚えていて欲しいと───。
「でも、そもそもクラゲにそんな記憶できる頭があるはずないのにね………」
あたしは窓の外に視線を投げた。
窓から見える新緑が鮮やかにあたしの目を射た。
月が、かなり高く登ってきていた。
ガウリイは何故か今日の夕飯に顔を出さず、遅くなるので先に食べているようにとの伝言だけがあった。
めずらしいこともあるもんだけど、ま、あんなのでも、一応は大人だし。
そうそう心配する必要もないだろう。
宿の場所忘れてるって可能性はまあ、否定できないような気はするけど………。
思う存分夕飯を食べたあたしは、とりあえず、寝る前の乙女の準備に余念がなかった。
と。
こんこんっと軽くドアを叩く音がする。
あれ?
「はい?」
あたしは慌てて櫛を置き、髪を整えて、ドアを開けた。
はじめに長い金色の髪が目に入る。
ドアの向こうにはあたしの相棒───ガウリイが立っていた。
「珍しく遅かったわよね。ガウリイ?」
「ちょっとこれからつき合わないか? リナ」
にっこりと極上の笑みを浮かべてガウリイが言った。
え?
あたしは魅入られたように動きを止めた。
大きく瞳を見開いてガウリイを見る。
「………つき合ってくれるの? ガウリイ。盗賊退治………」
「をい」
ガウリイがまともにこけた。
白い目でじっとあたしをみる。
「やっだ、冗談よ、冗談」
あたしはぱたぱたと片手など振ってみせる。
「………本気で冗談か………?」
ガウリイの視線があたしの服装をじーっと見る。
そりゃまあ、確かにショート・ソードなんか持って、マントをつけてたりするかもしれないが。
気のせいだって、うん。
そーゆーことにしてしまおう。
何やらしみじみとガウリイが言った。
「………やっぱ習性って、直らないもんなんだよな………」
「クラゲが習性になってる人に言われたくない」
あたしはぴしりと言い返す。
ガウリイがむっと口を閉じ、そして苦笑めいた笑みを浮かべた。
「ま、今夜の目的には丁度いいけどな」
そう言って、ぽんっとあたしの頭にその手を置く。
「なになに? どこかに盗賊団のアジトでも見つけたの?」
「だからそーゆー発想から離れろって………違うよ。ちょっと散歩にでも行こうかと思ってな」
「散歩ぉ? これからぁ?」
あたしは目一杯不信感をアピールしてガウリイを見た。
涼しい顔でガウリイが笑う。
「いや、オレ一人で行くのもどうかと思って」
「何、考えてるのよ、ガウリイ」
くしゃりとガウリイがあたしの頭をなでた。
「それは秘密だ。イヤか?」
どっかの悪徳神官みたいな台詞を口にする。
そういう誘いはイヤじゃないけど。
考え込むあたしに、
「なに警戒してるんだよ。オレはお子さまに手を出す趣味はないからさ」
ガウリイがそういって手を差し伸べる。
いや、誰もそーゆー意味での警戒してるわけじゃないんだけど。
差し出された手をじっと見る。
「男が誘ってるんだ。恥じかかせたりはしないよな? リナ」
その台詞は妙に耳元近くで聞こえた気がした。
ぱっと顔を上げると、ガウリイはいつもの表情であたしを見ていた。
あれ? 気のせいだったんだろうか。今の。
でも。
「ま、しょうがないわね。つき合ったげる」
照れ隠しにぱんっと強くガウリイの手に自分の手を載せてみる。
「そうこなくっちゃな」
にぱっと笑ってガウリイがあたしの手を取った。
ぐいっと引かれた手の感触が、妙に強く意識に残った。
「で、どこへ行くわけ?」
外へ出ると、あたしは尋ねた。
「ええと」
ガウリイは何かを確かめるようにきょろきょろと辺りを見渡した。
「じゃ、あっちまで、飛んで」
ガウリイが、つっとある方向を指さした。
「飛ぶぅ?」
あたしはガウリイを軽く睨み付けた。
「だってオレじゃあ飛べないし」
それが当然のようにガウリイがあたしを見る。
「魔法使えるなら魔法で行った方が早いだろ?」
ま、確かにそりゃそうなんだけど。
「そんなに遠いところなの?」
ガウリイがちょっと考え込んだ。
「ま、歩くと結構あるかもなあ」
あたしは小さくため息をついた。
「あたしは乗合馬車じゃないんだけど」
「そりゃ判ってるけど」
ほんとに判ってるかな、こいつ。
「仕方ないわね」
あたしは渋々ガウリイの手を取った。
ガウリイが何を考えているかは判らないが、つき合うと言ったからには、もう少しつき合ってあげるのが大人の態度ってもんなんだろうし。ま、ガウリイの考えていることがちゃぶ台ひっくり返しものだったら、それはその時考えればいい話だし。
力ある言葉を唱えて、あたし達は空に舞い上がった。
満月に近い月が、皓々と辺りを照らしている。
あたしの目ではちょっと無理だが、こーゆーとこだけは野生動物とタメはれるガウリイが、地面を眺めながら進む方向の指示を出す。
「もう少し、左かな」
あたしはそれに合わせて少し操作を修正する。
それにしても、どうしてこうこいつはこう………人の耳元で囁くんだろう。
ガウリイの「習性」なのかもしれないが、どうにも心臓によろしくない。
ガウリイが続けて指示を出した。
「じゃあ、次は目を閉じて」
「………はい………?」
あたしは素っ頓狂な声をあげた。
ガウリイを背中におんぶしてる状態だから、睨み付けたくても睨み付けられない。
「あのねえ………こんな状態でなにさせるのよ」
「いや、だって。ネタばれしたらつまんないし」
すました口調でガウリイが言う。
その表情はあたしから見えないけど、どういう顔をしているかは何となく想像がつく。
真面目な、でもどこか面白そうな表情をしているんだろう。
なんとなくむっとするものがある。
「ほら、もうすぐつくから。もう少しだけ、な?」
「仕方ないわね………」
あたしはわざとらしく大きなため息をつく。
「指示間違えて、その辺にぶつかるようなことになったら承知しないわよ」
「ま、努力はするから」
はなはだ心許ないガウリイの答えに、あたしは渋々瞳を閉ざした。
指示に従って注意深く高度を下げていく。
伸ばした足先が地面を感じたところであたしは注意深く術を解いた。
着地するとき、微妙にバランスを崩した身体を、背後からガウリイの手が支えに回る。
あたしが何かを言う前に、すっとその手はあたしから離れた。
その代わりに、片手が、開きかけたあたしの目蓋を塞ぐ。
「はい。じゃあと20歩、前に進んで」
「20歩ぉ?」
「オレの足でじゃなくてお前さんの歩幅でちまちまとな」
あたしは、ガウリイの足があるとおぼしき場所を思いきり踵で踏みつける。
背後のうめき声を確認すると、あたしは地面を歩き出した。
先の見えない不安をねじ伏せ、歩きながら頭の中で歩数をカウントする。
靴底にゴロゴロと石の当たる感触があるが、歩きにくいというほどではない。
あたしは20歩を数えきった。
「で?」
あたしは背後に向かって促した。
「ま、こんなもんか。もう目を開けてもいいぞ」
ガウリイの声が耳元に聞こえた。
あたしはぱちっと目を開いた。
暗闇だった視界に、唐突に世界が広がる。
吹いてくる風の強さに、あたしは反射的に髪を押さえた。
山の中腹にあるらしいここから望む景色は───
「あんたねえええっっ。あと3歩踏み出したら崖じゃないのっっ」
あたしは振り返ってガウリイに噛みついた。
なだめるように、ガウリイがあたしの頭に手を置いた。
「まあまあ、落ちなかったろ?」
にぱっとガウリイがその顔に脳天気な笑みを浮かべる。
「落ちてたら、今頃こんなじゃ済まないんだってば」
「まあまあ………。ほら」
ぽんぽんっと、なだめるようにあたしの肩を叩くと、ガウリイは崖の下の方向を指さした。
不承不承そちらを覗き込む。
「え?」
月が見えた。
あたしの視界の下、暗い暗い空間の中に。
一瞬、天地が逆さまになったような錯覚を起こす。
そのくらい、それは本物めいてあたしの目には映った。
ただ、本物の月とは違い、時折わずかな揺らぎを見せている。
それが水面に映った月の影だと認識したのは、しばらく後のことだった。
屹立する山に囲まれた湖は、鏡のようになめらかで、その水面を境にして、二つの月が見事に互いを映し合っていた。
言葉もなく見入るあたしに、ガウリイが背後から声をかける。
「来るのが大変だからあまり知られてないけど、『天の湖』って名前がついてるらしい」
「のーみそスライムのあんたが、よくそんなこと知ってるわね」
あたしは振り返らずに呟いた。
「そりゃあ、なんか代わりになるもんがないかって捜したから」
笑みを含んだガウリイの答え。
………って、え? 代わり?
あたしが疑問を言葉にする前に、ガウリイが言った。
「桜の代わり。今年も見ようっていってたのに、仕事が伸びたせいで見られなかったろ?」
………って、え………?
あたしは軽く目を見開いた。
ぱっとガウリイを振り返る。
ガウリイがにやっと笑ってあたしを見た。
「こーゆーんじゃ代わりにならないか?」
あたしは黙ってガウリイを見た。
自分の頬に仄かな笑みが浮かぶのが判る。
そっか。
「覚えてたんだ………ガウリイ?」
ガウリイが器用にひとつウインクをする。
「ま、たまにはな」
あたしは笑った。
「明日はきっと大雨ね。それともヤリが降ってくるとか。ドラゴンが降ってくるとか」
「おい」
ガウリイがわざとらしく顔をしかめてあたしの額を小突く。
「せっかく人が気をきかせてやったのに………。いいだろ。今日が晴れてれば。明日が雨だろうと何だろうと」
「そっか………そういう考え方もあるわよね」
「何か?」
「ううん。別に」
あたしは緩やかに首をふった。
ガウリイから視線を逸らしてしばしその光景に見入る。
「なあ………リナ?」
気付くとガウリイの顔が近くにあった。
あたしの顔が影になり───。
暖かい感触が、唇に触れ───離れる。
一瞬、というにはそれは少し長い時間で。
「………この不良保護者。手を出さないんじゃなかったの」
あたしはガウリイを睨め付ける。
「確かにお子さまには手出ししないって言ったけどな」
ガウリイがにやりと笑ってウインクした。
「誰かさんは、いつも子供じゃないって言いはってるからな」
そうくるか。
あたしはぺちっと伸びてきたガウリイの手を弾いた。
「そうね。あたしは誰かさんと違って経済的に自立してるから」
うっと一瞬ガウリイが詰まる。
ふん。人の被扶養者の分際で妙なこと言うからよ。
そして、あたしはにっこりと笑った。
「じゃ、大人のガウリイ君に、今日は何を奢ってもらおうかなあ」
「おい………オレに奢らせる気か?」
「そうよ。「花より団子」って言うじゃない?」
あたしはガウリイに手を差し伸べた。
ガウリイが苦笑しながらあたしの手を取り───その腕の中に引き寄せた。
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