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- Sky Blue -
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少女が空を眺めていると、急にその日が遮られた。 見上げると、長身の男が覗き込んでいる。 人間で言えば中年ぐらいの年齢に見えるその人物は、渋い顔立ちに、真面目な表情を浮かべて少女を覗き込んでいた。 「………旅は楽しかったかね………?」 「………おじさま」 少女が上を向いて男に答えた。 「だめよ、お日様の光を遮っちゃ」 「なに?」 「ほら」 少女が指さす先に、小さな金色の花があった。 風の強い斜面に健気に咲いた花が、立っている男の影で頼りなく揺れている。 竜の化身である男が小さく微笑んで自分の位置をずらし、太陽の光をその花に譲った。 「旅は楽しかったかね?」 隣に座り込みながら、重ねて少女に問いかける。 「ええ、とても」 少女が笑って男に答えた。 振り返った弾みに、少女の髪が翻る。 そこには、ふんわりと柔らかなシフォンのリボンが揺れていた。 それは、その少女が数日の間旅を共にした魔道士の瞳と同じ色をしていた。 そのリボンに目を止めながらミルガズィアが訪ねた。 「聞こうと思っていたのだが………。本気で、あの二人をどうにかするつもりだったのかね?」 少女が緩く首を振った。 「本気でどうにかするつもりだったら、いっしょに旅なんかしてなかったわ。そうでしょ? おじさま」 少女が男から視線を逸らし、遠くに霞む景色を見た。 「私、竜のことは知らないけど、人間ってね、自分が知らない人相手には冷たくできるんだけど、一度相手を『知って』しうと、なかなか強くでられなくなるの。特に、その相手が自分に好意を持ってくれている時にはね」 「では………あの人間の娘は好意を持ってくれていたのかね?」 「あんなことをしちゃったから、今はもうわからなくなっちゃったけど───。でも、私のほうは、今でもあのお姉さんが大好きよ」 「世界を滅ぼす魔力があっても?」 「そうよ。だってそれは単なる可能性であって、決まってしまっていることではないわ」 少女がミルガズィアに視線を戻した。 「危険だからといって、危険なものを全て排除するなんて、おかしいでしょう? 私たちは魔族みたいに手当たり次第に滅びをまきたい訳じゃないんだし。そうじゃない? おじさま。おじさまだって、異界黙示録のところに彼らを連れていくときに、彼らに手出ししようとすればできたはずでしょう? それをしなかったのは、どうして?」 ミルガズィアが小さく笑った。 少女がぽつりと呟いた。 「あのお姉さんは、拾ったばっかりの見ず知らずの子どもにも優しかったわ」 「じゃあ、なんであんなことをしたんだね?」 面白そうにミルガズィアが尋ねた。 「わざわざ神託まで作り上げて、あの人間の男を北に向かわせ、仲間を集め、ここへ来るように導いて───。あの神託を授けたのは君だろう?」 少女が笑った。でも、その表情はどこか冷ややかだった。 「そうね。こんな魔法の道具の力まで借りて」 少女が首の先にかけられている青い石をゆらりと揺らした。 「でも、私は確かめてみたかったの。あのお姉さんも、お兄さんも、仲間の人も───。一体、どういう人なのか。だって、そうでしょう? どんなに言葉を飾ったって、あのお姉さんが強い魔力を持っていて、魔族にも無視できない存在である、ということは変わらない。だから………私は本気だったわ。もし、あれでお兄さんが、お姉さんを見捨てていたりしたら………。そんな情けない男の人を、近くに置いておく訳にはいかないわ。またすぐ魔族にさらわれるようでも困るでしょうし」 少女が酷薄とも見える表情を浮かべた。 「だから、状況によっては、実力行使もありえたわ。ルナがなんと言おうとね───」 その声は、冷たく、低い。 「それにね、おじさま」 少女がくるっとミルガズィアに向き直った。 「何より一番気になったのは、あのお兄さんの態度よ、態度。女性にね、自分の全てと引き替えても、なんて、とんでもない思いまでさせといて、原因になった当の男性がのーのーとしているのって、許されると思う?」 「………………………」 ミルガズィアはしばし黙って少女を見た。 真剣な表情で少女がミルガズィアを見つめ返す。 「まるっきり同じ思いをしろ、なんてことは言わないけど───。少しくらいそーゆー思いをしてもらったっていいじゃない?」 少女がどことなく膨れた表情で言葉を続けた。 「おじさまたちの種族は長生きするからいいでしょうけど、私たちの時間はあっというまなの。ぐずぐずしている時間なんてないのよ。それを、あの二人ときたら………。お姉さんのほうはイヤでも、冥王と戦ったときに自覚してるみたいだけど、お兄さんのほうがね───。煮えきらないったらないのよ、本当にもう───。あれじゃお姉さんがかわいそうじゃない。ちょっとくらいやきもきして心配して───。お姉さんの気苦労の何分の一かでも味わってみればいいんだわ」 しばらく、ミルガズィアは、真面目な顔でじっと少女を見つめていた。 だが、やがて弾かれたように笑い出す。 少女が憮然とした様子でそれを見た。 「………笑い過ぎよ、おじさま………」 ミルガズィアがその言葉に更に笑う。 少女が、ふいっと顔を背けた。 ミルガズィアの笑いは止まらない。 「私、おじさま流の『冗談』を言ったつもりはないんだけど………」 逸らされた少女の視線が、空に流れた。 何かに気付いたように、はっと空を見上げる。 「やだ。いけない。もうこんな時間………。私、帰るわね、おじさま。夕飯前には帰らないと。私、だいぶお家を留守にしちゃったし」 少女が立ち上がってぱんぱんと軽くスカートをはらった。 「帰ったら、お母さんがケーキを焼いてくれることになってるし」 ミルガズィアが、まだ笑いの残った眼で少女を見る。 「ふむ。私には人間の食べ物のことはわからんが………おいしいものなのかね? それは」 「あら、じゃあ、今度持ってきてみるから、味わってみてね、おじさま」 ミルガズィアが苦いものでも飲んだような表情になった。 「いや、気持ちはありがたいが、我ら竜は人間の食べるような食べ物は───」 少女が笑ってミルガズィアを見た。 「あら、私のお母さんの焼くケーキは、世界一なのに」 少女の胸元のペンダントが、傾きかけた太陽の光をきらりと一瞬反射した。 「───じゃあ、また今度ね、おじさま」 そう言って少女の姿はかき消えた。 ふっと、まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。 「………人間、か………」 竜の化身である男が小さなつぶやきを漏らした。 少女の立ち去った後、金色の花だけが静かに風に揺れていた。
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