冬の情景

Kyo



 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

「うー。頭痛い」
あたしはぼやきながら額に手を当てた。
弾みで、こほこほとせき込んでしまう。
───あ、やっぱ、まだ、熱あるし───。
頭痛に、熱に、咳。
三拍子そろった、これは………立派な風邪だった。

そう、あたしは情けないことに、風邪などひいて寝込んでしまっているんである。
 

妙に聞こえるかもしれないが、寒いところがきらいなあたしは、あんまり風邪をひいたことがない。
え? 何故かって?
ンな風邪をひきそうな寒〜いところにはまず出没しないし、そーゆーところに行く時は、万全の装備をしていくから、ってのがその理由だったりする。
………あたしの以前そんな姿を見た某女魔道士は、だるまストーブだのなんだの、さんざんなことを言ってくれたけど………。
それがどうして風邪をひいたのか?
それはもう、はっきりきっぱりガウリイのせい。
あのおおぼけくらげなガウリイは、あたしのほんのささやかないたずらに、あろうことか、人を雪の中に放り込むというとんでもない荒技で答えてくれたのだ。
そう。ほんとにささいないたずらだったのに。
あたしは、ただ、ちょっと、ほんのちょこっと、雪山に向けて、ファイアーボールをかましたけだなのだ。
なのに………それで雪崩に巻き込まれかけたのを根に持って、あたしに仕返しするなんて………。
なんっっって心の狭いヤツ。
まあ、放り込まれたその先に、すっぽりと雪に姿を隠された川があったのは、ガウリイにとってもかなりな誤算だったようだけど。
運良く途中で引っかかって、全身川に直接落ちるのはなんとか免れたけど………。
靴やズボンなんかは、結構濡れた。
すぐに魔法を使って乾かしはしたのだが………。
次の町に着くなり、ぱったり倒れ込んでしまったのは………どう考えても、あれ以外に原因はない。

慌てまくったガウリイが呼んだお医者さんの見立てでは、疲労がたまってたのもあるだろうということだったけど。
───ま、ね───。
あたしは小さくため息をついた。
伝説クラスの剣なんか捜して走り回ってるから、多少の無理をしてる自覚はある。
でも、あたしの苦労なんて───やっぱり判ってないんだろうな、あいつ───。

とりあえず、川にぶん投げた責任だけは感じているらしく、今、ガウリイは殊勝にも買い出しなんてものに行っている。
ま、そのくらいは働いてもらわないと、あたしだってやってられない。
………でも、そういやあたし、あいつに何を買ってきてほしいか言ったっけ………?
思いだそうとするが、頭が痛くて思考がまとまらない。
………いいや、寝よ。いくらあいつでも、まさか子どもの使いじゃあるまいし、そうそう変なことにはならないだろし………。
あたしは、毛布を引っ張り上げ、心地よい睡魔に身を任せることにした。
 
 

「たっだいま〜」
待つことしばし。
なにやらやたらと明るい声でガウリイが戻ってきた。
「………頭に響くから、ちょっとその声やめてって………」
あたしの台詞は、なんだか二日酔いの旦那のように情けなかった。
だるい体を、どうにかガウリイの方に向きなおらせる。
ガウリイは何やら両手に大きな袋を抱えていた。
どうしてそんな大荷物になったんだろう………。
それに、袋の一番上には、なんだか妙なものが乗っている。
あたしは、ゆっくりとベッドから身を起こした。
袋をテーブルの上に置きながら振り向いたガウリイが、身を起こそうとしているあたしに気付く。
上体を起こすのを手伝い、背中にクッションをあてがってくれる。
「大丈夫か? 無理するなよ」
クッションを、もたれかかりやすいようなおしながら、ガウリイが言う。
「………ま、無理してるってほどの無理じゃないけどね」
とりあえずは、大人しくガウリイに引き起こされながらあたしは答えた。
ガウリイの手が、あたしの肩の位置まで毛布を引っ張り上げる。
「ねえ、ガウリイ。その、袋の一番上にあるもこもこしてるのなあに?」
あたしはさっきから気になっていたことを尋ねた。
「ああ、あれか?」
ガウリイは袋の方を振り向き、そしてあたしににっこり笑いかける。
長い手を伸ばして、袋の上からそれをとった。
なにやら嬉々としてあたしの目の前に差し出されたこれは………え………?
「ねえ、なによこれ。ガウリイ………。あたし、これ、クマのぬいぐるみに見えるんだけど」
つぶらな瞳に、ふんわりとした茶色の体躯。
首にチェックのリボンを結んだこれは、どう見てもぬいぐるみのクマにしか見えなかった。
「え? だから、クマのぬいぐるみだろ?」
真面目な顔でガウリイが答えた。
あたしはついついそのクマとじっくりにらめっこをしてしまった。
「………マジックアイテムってわけ………でもなさそうね………」
大体、これが仮に何かのアイテムだとして、あたしの今の風邪とどういう関係があるんだろ。
「え? ただの縫いぐるみだけど?」
あたしの疑問に、ガウリイはほけらっとした顔で答えてくれた。
風邪のせいではない頭痛をあたしは感じた。
「………ね、聞いていい? どうして風邪で寝てるあたしにクマの縫いぐるみなんか買ってくるの?」
「え? ほら、風邪で寝てたりすると、寂しいだろ? だから、これ」
ぽんっ、と、もこもこした感触があたしの額に押しつけられる。
………おい………。
「あのねええ、ガウリイぃぃ? 中にカイロでもはいってるならともかく、普通のクマを抱いて寝ろって言うのかあああっっ。このあたしにいいいっっ。あたしは年端もいかないお子さまかああああっっ」
けほけほこほこほ。
「………おい、大丈夫か?」
勢い余ってせき込んだあたしの背中を慌ててガウリイがさすってくれる。
ま、それはいいんだけど。
………誰のせいだっつーの………。
2,3度咳払いをし、どうにか呼吸を整える。
「………ま、まあ、いいわ。今更、どうこう言ってどーにかなるようなガウリイじゃないものね。でも、後は何を買ってきたのよ」
………なんだか聞くのがちょっと怖くなってきたような気がするけど………。
「ほら」
やっぱり得意げにガウリイが袋の中から何かを取り出す。
赤くてつやつやしてておいしそうな、これは………。
「………ね、ガウリイ、これは何………?」
「これ? って………林檎だろ?」
あたしは重々しく頷いた。
「そうね。林檎ね。木製だけど………」
そう、その一見いかにもおいしそうな林檎は、残念ながらとうてい食べられる物体ではなかった。
………木の皮かじる竜じゃあるまいし………。
「で、林檎はともかく、どうして木製なのよ」
「え? ほら、風邪引いたときは林檎がいいってうちのばーちゃんが言ってたから」
「………それで………?」
尋ね返したあたしの声はかなり低かった。
「え? 身体にいいっていうくらいだから………」
そこではたっとガウリイは何事か考え込んだ。
「なあ、リナ。こーゆーのってどうすればいいんだ? 枕元にでも置いておけばいいのか?」
「………あのね………」
あたしはずきずきする頭を気力で押さえた。
そーゆー意味じゃないって。絶対。
林檎は普通、そのまま食べるかすりおろして食べるかするもんであって………置物にするものでは、絶対ない。
あたしは頭を振って気を取り直した。
「………せめて、今度は食べられるもの買ってきてよね………。で、あとは一体何と何を買ってきたのかしら?」
ガウリイが次に袋から出すものを横目で見ながら、あたしは投げ遣りに言った。
そして、そのままの姿勢で硬直する。
「………それは?」
あたしはそれを指さした。
小さな赤い布に包まれた物体。
そして、そこに躍るのは───口に出すのもいとわしい『安産祈願』という文字………。
「いや、なんだかよくわからんが、連れが倒れたといったら、クマ買った店のおっちゃんがこれくれた」
「………一体、どーゆー説明したのよ………」
あたしはますます脱力する。
「あ、でもほらこれはまともだから。ちゃんと薬屋から買ってきたし」
ガウリイが慌ててそう言った。
そして次に袋から引っぱり出してきたのは………。
手のひらに乗るほどの小さな黒い瓶だ。
何やらラベルに説明が書いてある。
あたしはじっとそれを読む。
………ちょっと、なによ、このあおり文句………。
「あ、あのねえええ。なんっつーもん買ってくんのよ、あんたはああああああああっっ………」
すっぱーん。
とっても軽い音がして、あたしのスリッパがガウリイの頭にヒットした。
あ、やっぱり中身が軽いと音も軽いし。
「………ちょっと待った、お前さん、どこにスリッパ隠し持っていた………?」
「こーゆーこともあろうかと、ベッドの近くに引き寄せてあったのよっ………て、そんなことはどうでもいいわっっ」
あたしはその瓶を指さした。
「一体どーゆーつもりでこんなモンを買ってきたのよっっ」
「え? 栄養剤だろ?」
びっくりしたようにガウリイが言う。
「だって、店の人がいったんだぜ。『これを飲めば夜にはしっかり元気になります』って………。おい、どうした? リナ」
「………あのね………」
あたしは脱力する。
『夜には』じゃなくて『夜に』の間違いでしょうが、それって………。
「そーゆーのは普通男性用なのよ………って、こおおんな純情可憐な乙女になに言わすっっ………」
あたしのスリッパが再びガウリイを直撃した。
………はあはあぜいぜい。
ただでさえ具合が悪いのに、なんだかますます熱があがってきたような気がしてきた。
あたしはぱったりと力無くクッションの上に倒れ伏し、ガウリイに向かって手を振った。
「いーわ。もう。あんたに何かを期待したあたしが大ぼけだったのよ」
「何だよそれ」
ガウリイがちょっとむっとする。
「いいからいいから」
あたしはぱたぱたと手だけで答えた。
「どうせ薬飲んで暖かくして寝てる以外に、風邪の特効薬なんてないんだから。大人しく寝てることにするわ。あんたもあたしの風邪がうつらないうちに、とっとと自分の部屋に引き上げた方がいいんじゃない?」
「オレは今まで風邪ひいたことなんて、ほとんどない」
胸を張ってガウリイが答えた。
えーえー。きっとそーでしょーとも。
「………あんたの頭じゃ風邪なんかひきそうにないもんね………」
「え? 頭が風邪ひくのか?」
「………違うって………」
あたしは力無く答えた。
「ま、ないとは思うけど、絶対天地がひっくり返ったってありそうにないけど、あんたまで、風邪引いたらあたしも困るの。あんたまで面倒見てる余裕なんかないんだからね。ほら、とっとと自分の部屋に引き上げる」
てきぱきとそう言うと、あたしはじとっとガウリイを見た。
「大体、失礼よ。これから寝ようっていう女性の部屋に男性が残ってるっていうのは」
「………わかった………」
とりあえずは納得したらしいガウリイが、とぼとぼと、部屋の扉へと向かう。
おお、素直でなによりなにより。
でも、その後ろ姿はなんとなく意気消沈しているように見えた。
扉をくぐる寸前でガウリイがあたしの方を振り返る。
「なあ、リナ………」
「何よ」
あたしは布団の中に潜り込みながら答える。
「何か他に欲しいものってないか?」
「いいからとっとと行ったんさい」
あたしは、そっけなくガウリイの問いに答えた。
「………はーい………」
ガウリイは今度こそ大人しくあたしの部屋を後にした。
あれ?
あたしは思わず目をこする。
気のせいか、扉をくぐるガウリイの後ろ姿に、ぱったんと垂れた耳やしっぽが見えたような………?
………犬か、あいつは………。
………ま、まあいいか………。
あたしの気のせいだろう、きっと。
それにしても全く………。
「………本気で、熱が上がったかな………」
あたしはもそもそと布団の中に引っ込んだ。
とりあえず、ガウリイが連れてきた………というより、宿屋の人が呼んでくれた医者が、まともな薬を置いていってくれて、本当によかった。
そうじゃなかったらどうなってたことか。
あたしはため息をつくと、再び重くなってきた目蓋を閉ざした。
 
 

目を開けると、クマと目があった。
ん?
しばらくぼーっとにらめっこをしてしまう。
ふわふわの毛皮。つぶらなビーズの瞳。
………そっか、これ、ぬいぐるみだ。さっきガウリイが買ってきたやつ。
それが枕元においてある。
確か、「寝ているときに寂しくないように」とか何とか言っていた。
何馬鹿なこと言ってるんだか。
まるで自分が寂しかったことがあったみたいに、そんなことをいう。
それにしても、とっさに、縫いぐるみとにらめっこしてしまうとは………。
「やっぱ、まだ、熱あるのかなあ………」
さっきより大分具合は良くなってきているような気はするけど。
辺りは、既に暗くなっている。
窓から見える月から見て………だいたい夜半を回ったころだろうか。
結局夕飯は食べ損ねてしまった。
もっともそんな気力もなかったけど。
せめて水だけでも口にしようと、あたしは、ベッドから身を起こした。
はずみで、額から布が滑り落ちる。
あれ? こんなの乗せてたっけ?
ふと何気なくやった視線の先に、小さなたらいが見えた。
温度が上がらないようにだろう。
水をはったその中には雪のかたまりが入っている。
「………何よこれ」
あたしはそれをよく見ようと起きあがりかけ………毛布が何かに引っ張られているのに気がついた。
確認しようと、そちらを見て、あたしはちょっとびっくりした。
金色の頭が、ちょこんと毛布の端に乗っている。
ベッドの側に椅子を引き寄せたガウリイが、ベッドにもたれるようにして眠り込んでいた。
ふーん。
あたしは周囲の状況がようやくわかった。
ガウリイはガウリイなりに責任を感じていたらしい。
あたしにつきっきりで、看病してくれるくらいには。
「………馬鹿ねえ。あんたこそ風邪ひくでしょうが………」
あたしの独り言は闇に溶ける。
ガウリイが目をさます気配はなかった。
「やれやれ」
あたしは、ガウリイを起こさないようにベッドの反対側から床にすべりおりた。
宿屋の人があたし用にと持ってきてくれた予備の毛布を戸棚からおろす。
それをそっと肩に掛けてやっても、ガウリイは身動きひとつしなかった。
ま、このくらいあれば平気だろう。
体力だけがこのガウリイの取り柄だし。
そのままベッドに戻ろうとして、ふとガウリイの表情に目を止める。
剣を握る者とは思えない、穏やかな表情。
整った顔立ち。
そーいやこいつって、顔はよかったんだっけ。
普段ほとんど気に止めていなかった。
いつも崩れた顔ばっかり見せられてるし。
こういう時でもないと、顔をゆっくり見ることなんてないから。
だから、だと思う───あたしがそんなことをする気になったのは。
あたしは、ちょっと周囲を見渡した。
あたし達以外に誰かがこの部屋にいるはずなんてないと判っているのに。

誰も、見てないよね。
………見て、ないよね………。

あたしは静かにガウリイの方に身をかがめた───。
 
 

───次の日───。
あたしは何とか起きられるくらいまで回復した。
そして。
「なあ、これって風邪なのか?」
あたしの耳元でやたら元気な病人がわめいた。
「多分きっと、そうなんでしょうね。咳が出て、熱が出れば、普通はね」
耳を押さえながらあたしは答え、ガウリイの枕元に置いた籠から、甘そうな林檎を一つ手に取った。
「うっわー」
鼻にかかった声でどこか嬉しそうにガウリイが言った。
「すっげー。風邪かー。オレ風邪なんてひいたの何年ぶりだろ」
「はいはい」
あたしはため息をつきながらナイフで林檎の皮をむき始めた。

え? ガウリイがなんで風邪なんかひいたかって?
それはきっとあたしが毛布を掛ける前に、身体が冷えてたからだ、多分きっと。
その後のことでは、断じてない───。
 
 




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