That's what I want to...
Kyo
「クリスマスだよな」
なんだか浮かれた気分のまま、オレはリナに声をかけた。
リナが今まで読んでいた本を閉じて、不思議そうにオレを見る。
「そうね。でも、だから何なの? ガウリイ」
「オレさ、リナに会うまで、ずーっといつも一人でクリスマスを過ごしていたから。なんだか、近くに人がいるってのが、凄く楽しくて」
「ええ? あやしいなあ」
リナは思いっきり疑いの目でオレを見た。
「なんで?」
オレはきょとんとリナを見る。
あまり女性らしいとは言えない表情で、にやっとリナが笑った。
「どこにも行き場がないような時には、どっかできれーなおねーさんに暖めてもらってるってのが、まあ、世間一般の相場よね」
オレは、一瞬、返答につまった。
「あれ? 心当たりあるみたいね」
リナの台詞に、オレは焦って、言い訳をはじめた。
「いや、だからな、それはその………全くそーゆーことが無かった訳じゃないんだけど、こーゆー特別な時はだな………」
「何、あたしに、言い訳なんかしてるのよ?」
しどろもどろなオレの台詞に、心底不思議そうにリナが言う。
こいつ、全く気にしてないのか?
なんだか、虚しい気分になる。
気にされればされたで、それは少し困るだろうが………全く気にされないというのも、それはそれで少し悲しい。
いつものリナの台詞じゃないが、男心も、これで結構複雑なのだ。
オレの様子に、何を見たのか、リナの唇に笑みが浮かんだ。
「ま、あたしも、人といっしょにクリスマスを過ごすなんてことは、あんまりなかったわね。なりゆきでくっついて来ていた某女魔道士と、馬鹿騒ぎをやらかしたりしたことはあったけど。その魔道士にもここ最近会ってないし………」
そこで、何かに気付いたように、はたっとリナがオレを見た。
「ところで、ガウリイ。その肝心のクリスマス、どーゆー日だか、あんたちゃんと知ってんでしょうね」
オレは少々むっとして答えた。
「あれだろ。ケーキがたくさん食べられる日」
「………なんだかちょっと違うわよね………」
「じゃあ、ごちそう食べて大騒ぎする日」
「………それも、間違ってはいないけど、ちょっと違うような………」
リナがなにやらこめかみの辺りを押さえて呟く。
「じゃ、どういう日なんだよ」。
真面目な顔で聞くオレに、
「うーん。そう真面目に聞かれるとちょっと困るわよね。ま、クリスマスっていったら、ツリーにごてごて飾りをつけて、リース飾って、暖炉でぬくぬくしながら、ごちそう食べてプレゼントもらったりする日よね」
「プレゼント?」
おれは、ちょっとびっくりした。
すっかり、そんなことは忘れていたが、そういやそーゆー日だったっけ。
オレは、身体を曲げて、ひょいっとリナを覗き込んだ。
「何が欲しい?」
「え?」
「プレゼント。だってそーゆー日なんだろ?」
大きな瞳が、純粋な驚きに揺れていた。
リナのこんな素直な表情を眼にすることは、あまりない。
リナは、一瞬、躊躇った後に、口を開いた。
「そ、そうねー。まずは魔法剣かな? 魔道銀で作った防具類なんかも欲しいわね。それから、ルーンオーブなんかもあったら便利よね。あとは、タリスマンの類は自分で作れるからいいとして………どっかした? ガウリイ」
オレは何だか、脱力してしまった。
今のリナの表情に、つい見とれてしまったオレが馬鹿だった。
「いや、別に。すごくリナらしい答えだな………と思ってな」
オレの顔は多分、引きつっていたんじゃないかと思う。
小憎らしいくらい可愛らしい仕草でリナがちょこんと首を傾げた。
「なんでそこでひきつってるかな。とっても乙女らしい願いごとなのに」
───こいつ、わざとやってるな?───
「あー、そー」
オレは力の入らない答を返す。
「ふつーの乙女ってのは、ンな物騒なものをプレゼントに要求するもんなのか?」
「あたしの郷里では、珍しくないかもしれないわね」
あっさりとリナが答えた。
しかし。
「なあ………毎回思うんだが………お前さんの郷里って、一体………」
聞けば聞くほど、怖くなってくるのは、どうしてだろう。
「ガウリイには説明だけじゃわかんないわよ、きっとね」
リナがなにやら重々しく答える。
深く聞いたことはないが、リナはリナなりに何かいろいろとあったらしい。
そこでオレはあることに気がついた。
「そういや、不思議だな」
「何が?」
きょとんとリナがオレを見る。
「オレ達って、会う前のお互いのことって、意外と何も知らないんじゃないか?」
「そうね」
リナの返事はあっさりしていた。
「おいおい。それで、よくそんな知らないヤツと旅なんかしてるよな、お前さん」
「それはあんたも同じでしょうが」
あきれたようにリナが言った。
「昔のことなんて別にどうでもいいことじゃない。あたしが旅をしてるのは、『今の』ガウリイよ。昔のあんたじゃなくってね。あんたがどうしても聞いて欲しいっていうなら、ま、聞いてやらなくもないけど………あたしには、人の過去をどうこう詮索するような趣味なんてないし」
「今のオレ?」
自分を指さして首を傾げると、くすっといたずらっぽくリナが笑った。
「そっ。骸骨戦士とタメ張れちゃうくらいの記憶力しかなくて、脳味噌スライムで、万年健忘症男で。剣の腕だけは悪くないんだけど、それ以外には、とことんぼけで、クラゲで、それからね………」
オレはリナの身体にするりと手を回した。
上から覗き込むように視線を捕らえると、リナがふっと口を閉ざした。
「………それから………?」
オレはそっとリナの唇を塞ぐ。
もがく身体を押さえつけ、深く唇を重ねあわせる。
リナの抵抗がなくなったところを見計らって、オレは静かにリナを解放した。
「結構いい男だろ?」
ぼうっとしているリナに、囁きかける。
その頬が、ぱっと鮮やかな朱に染まった。
「保護してる少女に手出ししようとする、とんでもない犯罪者よねっっ」
ぱすんと、リナが手近にあったクッションをオレの顔面に叩きつけた。
そのささやかな攻撃を、あえてオレは避けなかった。
「あのなあ、いくらなんでもそりゃあんまりじゃ………」
「何よ、本当のことじゃない」
リナがふいっと顔を背ける。
その首筋には、まだ赤みが残っている。
背後から引き寄せようと伸ばした手は、ぱしりとリナに弾かれた。
ちょっと、手順を間違えただろうか。
でも、完全に拒絶はされなかったわけだし。
「リナ」
ためしにつんつんと、背後からリナの髪を引っ張ってみる。
リナからの返事はない。
「ほら、せっかくのクリスマスなんだし、機嫌なおして」
くるりとリナが振り向いた。
でも、その視線はまだ怖い。
「………あたしの機嫌は悪くないわ。誰かさんが怒らせようとしないかぎりはね」
なんとなく背筋を冷や汗が伝う。
怒ってるよな、これって、やっぱり………。
オレは慌てて懐柔にかかった。
リナを懐柔しようってからにはやっぱりこれかな。
「オレが奢るからさ、さっきの店のローストチキン、食べに行かないか?」
「………………………」
リナが黙ってオレを見る。
「挽肉のたっぷり入ったシェパードパイと、サーモンのテリーヌなんかも美味そうだったよな」
「………………」
「ブラウンシチューと、ムール小エビのフライ」
「………」
もう一声かな?
「クリスマスだから、ケーキもつけて」
「あたしの飲めるお酒もつけてよ」
リナの台詞に、オレは重々しく頷いた。
途端にリナが笑顔になる。
………現金なヤツ………。
「………お前さんとのキスって、高くつくよな………」
「何か言った? ガウリイ」
「なーんにも」
オレは慌てて首を振る。
リナに聞こえていなかったとは思わないが、リナの疑問を肯定して、ここでまた機嫌を損ねられてはたまらない。
オレは二人分の外套を出し、片方をリナに手渡した。
寒いのがきらいなリナが、身体にしっかりと外套を巻き付ける。
部屋を出る寸前、オレはさっきから気になっていたことを聞いてみた。
「なあ、リナ。本当にお前さんの欲しいものって、なんだったんだ?」
びっくりしたような顔でリナがオレを振り返る。
「あれ? 何? 何かくれるつもりでもあるの、ガウリイ?」
「………ま、オレの予算の範囲内ならな………」
今夜食事で散財した後、そんな予算があればだが。
リナがくすっと小さく笑った。
その唇が開いて何かを言いかけ………しかし、リナは結局その言葉を形にはしなかった。
代わりに、
「無理しちゃだめよ。あたしの被扶養者の分際で」
にやっとリナがオレに笑う。
「あのな。オレだって少しくらいは………」
抗議するオレに、リナが少しだけ真面目な表情を見せた。
「無理よ。あたしの欲しいものに値段はないの。ガウリイが買おうったって、絶対に無理。それにね」
リナはくるりと振り返った。
なにやらいたずらっぽい瞳がオレを見る。
「あたし、ちゃんと、自分の欲しいものは持ってるもの」
リナがばしんとオレの背中を強く叩いた。
「さ、じゃ、ご飯よ、ご飯。奢るっていったからには徹底的に奢ってもらいますからね」
「へいへい」
オレは肩をすくめてそれに答えた。
オレの手を引いて、リナが先を歩き始める。
その指先に指をからめてみても、リナは何も言わなかった。
なんとなく嬉しくなって、その手を強く握りしめる。
オレ達はそうして夜の街へと繰り出していった………。