- HOLY -
Kyo
リナが部屋に戻ると、ガウリイは窓辺に椅子を引き寄せ、座り込んでいた。
夜の闇を映した硝子に、実物より幾分暗く見える金の髪が幻のように浮かび上がっている。
それは、どこか静かな光景で、リナは一瞬声をかけるのを躊躇った。
「どうしたの?」
そっとかけられた声に、ガウリイがぱっとにこやかな笑顔で振り向いた。
「ん? ほら、見えるか? リナ」
ガウリイが少し体をずらして、リナに場所を譲った。
リナが分厚いカーテンをかき分けながら、ガウリイの脇から窓の外を覗きこむ。
外は、一面、銀の色彩に染まっていた。
「ええ? 雪……?」
リナがふるっと小さく震え、自分で自分の肩を抱いた。
「やだなあ………せっかくの夜なのに」
「え? こんなにきれいなのに?」
ガウリイがそっとリナの肩に手を伸ばしながら不思議そうに問いかける。
「寒いのきらい」
リナが即答した。
肩に伸ばされたガウリイの手をぱしんと弾く。
ガウリイが小さくため息をついた。
「わがままだなあ………お前さん。確か暑いのも嫌いじゃなかったか?」
リナはふいっと顔をそむけた。
「あたしがわがままなわけじゃないわよ………ただ単に、天候があたしの好みを理解してくれないだけで」
顔を背けたままでリナが言う。
くっくっと、肩を震わせてガウリイが笑った。
振り向いたリナがガウリイを軽く睨み付ける。
「ちょっと………何笑ってるのよ。ガウリイ」
ガウリイが目の隅にたまった涙を指でぬぐいながら答える。
「うん………リナに出会えて良かったと思ってさ」
リナの視線が、一瞬、迷う。
だが、リナの視界に映ったガウリイの顔は穏やかで、からかっている様子はない。
リナが天井の方を向いてため息をついた。
「会えてよかったと思ってる?」
「うん」
ガウリイがこくりとうなずく。
自分の方に伸ばされた手を、今度はリナは拒まなかった。
「運命に、感謝しなくっちゃな」
「運命のせい?」
「だって、そうだろ?」
ガウリイの返事に、リナが小さくため息をついた。
洗いたての栗色の髪がふぁさりとその背で緩やかに揺れる。
ガウリイの方を振り向いたリナが、子供に言い聞かせるような口調で話しかける。
「あのねえ………今の運命って、ちゃんとガウリイが選んだ、ガウリイのものでしょ」
「オレが?」
自分で自分を指さして、ガウリイがひょいっと首を傾げる。
同じくガウリイの方を指さしたリナがうなずいた。
「そうよ」
「だって、偶然会ったのに?」
「偶然?」
リナはくすくすと笑った。
「偶然じゃないわ。 だって、あたしとあんたが出会ったあの時、あんたには『見てみぬ振りをする』って選択肢だってあったんだから………。そうでしょう? ガウリイ」
リナがガウリイを覗きこんで笑う。
だが、その瞳は真摯な表情をたたえていた。
静かにガウリイをじっと見つめる。
「………放っておけばよかったのよ。見ず知らずのお子様なんて。
しかも『ちびでぺちゃぱいでどんぐり目のガキ』なんて。
盗賊から助けだしたことで満足して、そのまま別れちゃえばよかったのよ。
どうして、そうしなかったの?」
「………覚えてた………」
ガウリイの顔がわずかに引きつった。
リナがふいっと顔を背ける。
「あいにくね。あたし、記憶力はいいから。誰かさんと違って。
………で、どうしてあたしを助けたの?」
リナがガウリイを覗き込む。
困ったような表情でガウリイが答えた。
「だってなあ。できるわけないだろ? オレに、そんな………女子供を見捨てていくなんてこと」
「そうね。無理よね。あんたの場合」
にっこりとリナが笑った。
ちょんっとリナがガウリイの頬を軽くつつく。
「………だから、ほら、それがガウリイの選択………。
それを選んだのは、ガウリイ自身でしょ。
だから、あたしたちが出会ったのは、決して偶然なんかじゃない。
あんたとあたしの選択の結果。それって運命よりもすごくない?」
「リナの選択って………盗賊いぢめか?」
リナがにやっとあまり女性らしいとは言いがたい笑みを浮かべた。
「そうよ。それがあたしの選択。
………そして、勿論、お人よしでおぼけでヒモにしかならない自称保護者をつれ歩いたのもね」
リナがふっとため息をついた。
だがその瞳には笑いの影がある。
「全くねー。あの時、どこかのお節介な傭兵のにーちゃんがしゃしゃり出てこなかったら、
今頃あたしは、きっとどっかの王子さまのはーとを射止めて、玉の輿だったのに。
そうならなかったのは、誰のせいよ」
リナがガウリイに詰めよった。
「そういうお節介な選択をするガウリイだから、今あたしたちはこうしているんじゃない?
運命っていうと、不可抗力みたいに言う人もいるけどね、あたしはそうは思わない。
変えられるもの………自分で選び取れるものって、確かにあるはずだもの。
ガウリイがお節介をやかなきゃ、あたし達は出会わなかった。
あんたを信用できると思わなかったら、あたしはあんたを旅の連れにはしなかった。
すごくたくさんの分岐点を通って、今こうしているわけじゃない?
だから、今が幸せなんだとしたら………その選択を誇っていいのよ。
それを選んだのはあんたなんだから。
だから、今が幸せだとしたら………そういう選択ができた自分にも感謝しなくちゃね」
「自分にも?」
「そうよ。そして当然、あたしにも」
リナが腕組みをしてガウリイをにらんだ。
「だって、全ての乙女の究極の夢『王子さまとのハッピーエンド』を放りだしてまで、こんなクラゲにつき合ってる訳なんだから」
ふっとガウリイの表情が笑みに溶けた。
「リナ」
きゃっとリナが小さな悲鳴をあげた。
「こら、ちょっと………何して………どこ触ってるのよ」
ガウリイはリナを背後からくるみ込むように抱きしめていた。
「………ん………?」
声にならないつぶやきがリナの耳元に落とされる。
「………今の幸せを満喫してる」
低い声がそっとリナにささやきかけた。
リナの肩に、預けられた頭の重さがかかる。
首筋に、自分のものではないさらさらとした髪の感触と、そして穏やかな吐息が触れていた。
「もう………」
あきらめたようにリナがもがくのをやめた。
その表情は、口調より遥かに柔らかい。
リナが自分の体にまわされた手に自分の手を添え、そして静かに瞳を閉ざす。
二人の吐息が静かに重なった。
「………リナは………」
「………え?………」
夢から覚めたような声でリナが呟く。
「リナは………今………幸せだと思ってる?」
いつもの生彩を取り戻したリナの瞳に、いたずらっぽい光が踊る。
唇に伸ばした人差し指をあてて答える。
「それは内緒」
ガウリイが子どものように膨れて見せる。
「えー? けち」
リナが軽くガウリイの鼻を指先で弾く。
痛くはなかったはずだが、ガウリイが鼻の頭にしわを寄せて、顔をしかめた。
「言わなきゃわからない?」
リナの伸ばされた手をガウリイがそっと捕らえた。
その指先に軽く唇を触れさせる。
「いや………ただ、言わせてみたくて」
「………あのねえ………」
くすくすとガウリイが笑った。
リナを覗きこむその瞳は、よく晴れた日のゼニスブルー。
リナが引き込まれるようにその動きを止める。
「………別に口にしなくても、いいけど。他のもので答えてくれるんなら。
例えば………」
「例えば………?」
誘うように瞳を閉ざすリナの唇にガウリイがそっと触れてゆく。
それは、聖なる夜の恋人達の儀式………。