午餐
 

kyo


 
 

「おはよっ。ガウリイっっ」
その日、あたしの朝は、ガウリイをたたき起こすところから始まった。
ぷちぷちと起こされた文句を言うガウリイを無理矢理食堂まで引きずっていく。
景気づけに、宿屋のおっちゃんにスペシャルモーニングセット10人分を頼んで、あたしは窓から外を見た。
雲一つない、真っ青な空。
風もそこそこ気持ち良い。
よーしっっ。これもあたしの行いの賜物よね。
あたしは、その日、ちょっとした計画を実行することに決めた。
 

さやさやと吹き寄せる風。
おしゃべりな鳥たちのさえずり声。
あたしはぐいっとひとつ伸びをした。
そのついでに深ーく息を吸い込む。
まだ朝の冷たさを残した空気が、お食事バトルで火照った身体に心地よい。
「気分いいわあ。天気はいいし、ご飯はおいしかったし」
「そりゃあ、お前さんはそうだろうが」
背後からかけられるガウリイの声。
こんな気持ちいい朝なのに、その口調は何故か、暗い。
あたしはガウリイの方を振り返った。
「………何よ、いいじゃない、ちょっとした荷物持つくらい」
そう。あたしより二回り以上は大きな体をしているんだから、たかだか釣り竿とその他の荷物くらいで文句を言わないでほしいもんである。
例え荷物の中に鉄製のおなべや包丁やその他の料理セットが入ってようが、野菜その他の食材が入ってようが、ささいなことだとあたしは思う。
いざまとめてみたら、当初の予想より遙かに大きくなっちゃったことは、まあ、事実だけど。
「やれやれ」
あたしの背後でガウリイがわざとらしくため息をついた。
「………お前さんのちょっとって、どのくらいだよ………基準にするなら自分の胸を基準にしろよな。自分の胸を」
「やかまひ」
あたしのスリッパの一撃を受けて、ガウリイは少しおとなしくなった。
 

ようやく静かになったガウリイを引き連れて、ほてほてと森の中を歩くことしばし。
そろそろいいだろうか。
あたしはあたりを見渡した。
理想を言うなら、大きな木。
風の良く通って、見晴らしの良い場所だったら、それが最高。
川が近くにあれば、もっといい。
あたしは宿のおやじさんに聞いた、この森の大まかな見取り図を思いだす。
あたしの捜す場所は、割とすぐに見つかった。

何本かの木が固まって木陰を作っているあたりに、ガウリイの持ってきた荷物をおろさせる。
まずは敷物を取り出して、しばらく木陰になっていそうなな場所に大きく広げる。
その上に、ほどいた荷物を並べていく。
さて。
それでは早速。
「ガ?ウ?リィ?」
あたしはガウリイに向かって極上の笑みを浮かべてみせる。
ほいほいと寄ってきたその手に、釣り竿をぱしっと手渡した。
「やっぱりこれが基本よね」
「………オレがやるのか?」
ガウリイがヘンな顔で釣り竿を見ながら問いかける。
「あんたの他に、誰がいるの?」
あたしは無邪気にガウリイを見た。
ガウリイが何か言いたげにこっちを見る。
あたしはくいっと胸を反らしてガウリイを見返した。
ガウリイがあきらめたように釣り竿を肩に担ぎなおす。
それでも、何やら未練がましく、
「………お前さんが呪文唱えたら早いのに………」
「ヤだ」
メインの荷物を開封しながら、あたしはガウリイに即答する。
「いいじゃないか、減るモンじゃなし」
「減るわよっっ。あたしの魔力もお魚さんもっっ」
あたしは取り出したおたまをぴこぴこ振り立てながら、子どもに言いきかせるようにガウリイに言う。
「あのねえ、あたしがぽこぽこ無差別にンな呪文唱えてまわったら、あっという間にこんな川の魚くらい取り尽くしちゃうって。次に来たときに、魚がいなくなっちゃってたら困るでしょ?
だからあの呪文は、ふつーは使わない。手でできることは、きちんと手でやる。判った?」
「………はーい………」
できのよくない生徒は不承不承頷いた。
ぽてぽてと去っていくその後ろ姿を見ながら、ため息ひとつ。
言っておくが、これは別にあたしがずるをしているわけではない。
あたしにはあたしの仕事があるのだ。
「さて、それでは………」
あたしは気を取り直して、目の前の荷物に向かった。
 

「こんなモンでいいか?」
ガウリイの差し出したバケツの中には、銀色の体を踊らせる、かなりの数のお魚さん。
あたしはにっこりとガウリイに微笑みかける。
「上出来、上出来♪ すごいじゃない」
「ま、な」
ガウリイがにやっと笑って鼻の下をこすった。
あ、なんだか得意そう。
それでは。
「じゃあ、次は内臓取ってきてね(はあと)」
もう一度ガウリイに笑いかける。
「オレが?」
ガウリイがびっくりしたように自分を指さした。
「あんたが」
当然、あたしもガウリイを指さした。
ガウリイがじっと自分を指した指先を見つめる。
あたしとガウリイの視線が絡まった。
ガウリイがふっと深いため息をついて、再びバケツを取り上げた。
───素直でよろしい───。
ガウリイが、わざとらしいかけ声と共に立ち上がり、川の方へと降りていく。
その後ろ姿が、ふと思いついたように振り返った。
「………おーい、リナ………。魚、捌くのに、剣使っていいかぁ?」
あのね。
「いいわけないでしょ。却下ああっっ」
馬鹿者っっ。神聖なる料理をなんだと思ってるっっ。
あたしに睨み付けられて、今度こそガウリイはすごすごと歩き去っていった。

待つことしばし。
「終わったぞ」
ふとかけられた声に顔を上げると、
あたしの目の前には、綺麗に内臓を取られた魚が並べられていた。
顔を上げた拍子に至近距離からガウリイの顔を見つめることになって、少しばかりあたしは焦る。
「ガウリイって、意外と器用よね」
照れ隠しのように言った台詞に、
「『意外』は余計だって」
ガウリイが苦笑した。
「………でも、なんだってこんなめんどくさいことするんだ? いつもはそのまま塩かけて焼くだけだろ?」
あたしはぐいっと手にしたお玉をガウリイに向かって突き出した。
「あのねえ………誰かさんが内臓食べられないっていうから、わざわざ手間かけてやってるのに。いいのよ。文句いうなら、別にあんたは食べなくても」
ガウリイの文句に答えながら、素早く手だけは動かし続ける。
ガウリイが慌てて何やら言い訳してるのはとりあえず、無視。
目の前にあるお鍋の火加減のほうが、今のあたしには大事である。
とりあえず、さっと洗ったお魚さんは、腹にたっぷり香草をつめ、周りにも残りの香草をまぶして、しばらく味を馴染ませる。香草はあらかじめ、細かく切ってオイルに漬けておくのがぽいんとだ。入れる香草は、何でもいいが、今回あたしが使ったのブレンドは、昔、依頼料代わりにとある人物に教わった秘中の秘。
火にかけた金網が熱くなったのを確認して、あたしは魚をその上に載せた。
小さめの魚は、パン粉をまぶして油で揚げる。
つけあわせには、ほくほくしたジャガイモ。
一口サイズに切り分けて、これもいっしょに、油で揚げる。
こんがりときつね色になり、表面に浮いてきたら、頃合いを見計らってさっとすくい上げる。
このタイミングがむずかしい。
揚げた魚は、金属の網の上に置いて、余分な油を落として冷ます。
あたしの脇を通って、ガウリイの手が伸ばされた。
それをぱしんとたたき落とす。
をを、くりーんひっと。
「つまみ食い却下」
「えー?」
叩かれた手を押さえたガウリイが、しかられた犬のような目でこっちを見る。
あたしは小さくため息をついた。
とりあえず、小さめの魚を1匹取り分けてやると、ガウリイは急に笑顔になった。
喜々として魚を手にとってかぶりついては熱いのなんのと騒いでいる。
「………全く、どっちがお子さまなんだか………」
あたしのつぶやきも、なんとなく唇に浮かんでしまった微笑も、魚に夢中になっているガウリイは多分………気付かなかっただろう。

「さてと」
あたしは宿から借りてきた敷物の上に、残りの食べものを並べはじめた。
まず最初は、宿屋の女将さん自慢の、クルミ入りパン。
焼きたてすぐをそのまま包んできてもらったから、まだ暖かみが残っている。
それをナイフで大きく切り分け、そこに固まりから切り取ったチーズとハムを乗せる。
切り方は、もちろん大胆に。
スープは、魚を揚げる傍らでずーっと煮込んでいたものを取り分ける。
たっぷりのベーコンと野菜を炒めているから、結構いい味になっているはず。
デザートには、ここの町の名産だというリンゴのコンポート。
最後に注意深く包んできたグラスを出して。
けっこう馬鹿にならない値段で買ったワインを二つのグラスに注ぎわける。
あたしの向かい側に座ったガウリイが低く口笛を吹いた。
「お、美味そう」
「そうでしょ?」
あたしはウインクひとつして、片方のグラスをガウリイに手渡す。
「何はともあれ、料理だけは上手だからな、おまえさん」
「あのね」
あたしはガウリイを睨み付けた。
「ちょっと一言多くない? せっかく料理作った相手に」
グラスを持ってなかったら、即スリッパをお見舞いしてるとこなんだけど。
それがわかっているのか、ガウリイもちょっと苦笑した。
「ま、暖かいうちに食べようぜ。せっかくのリナの手料理だし」
「………ま、そうね」
不承不承あたしも頷く。
せっかっくのご飯をまずくするのもやだし。
でも………後で覚えてなさいよ、ガウリイ。
もう一度、ガウリイを睨み付けてから、あたしは軽くグラスの縁をガウリイのグラスと触れあわせた。
 

「あー、食べた食べた」
あたしはころんと敷物の上に横たわる。
後かたづけは、とりあえず、後まわし。
見上げる木々の合間には、ちらちらと青い空の欠片が映る。
汗ばんだ額を、柔らかな風が和ませていく。
おなかはいっぱい。
温度も適当。
ぼーっとするには、最高なんじゃないかとあたしは思う。
ガウリイが、膝を抱えて座り込んだまま、どこかほけらっとした口調で話しかけてきた。
「───なあ、なんだったんだ? リナ」
「ん?」
あたしは空を見上げたまま。
「今日はなんか特別な日だったか?」
ふと口元に笑みが浮かぶ。
別に期待はしてなかったけど、今日が特別な日だと気がついてくれたのなら、それはちょっと、嬉しい。
たとえあたしが何を考えているのか、ガウリイが知ることがないとしても。
「いいじゃない、たまには」
あたしは空を見たまま目を細める。
小さな羊のような雲が、ゆったりと空をお散歩していた。
横たわったままくるりと寝返りを打ち、下からガウリイを見上げてみる。
いつもとは違う高さにガウリイの頭があるのが、なんだかヘンな感じがした。
ガウリイが首を傾けてあたしを見る。
あたしはガウリイにウインクして見せた。
「今日はね、ちょっと特別な日なの」
「え?」
ガウリイがさっと青ざめた。
あ、何だか焦ってるあせってる。
ガウリイが片手で頭を押さえ、真剣な表情であたしに向き直る。
恐る恐るといった口調で、
「………なあ………まさか………今日、お前さんの誕生日かなにかだったか?」
なにも、そんなにこわごわ言わなくても。
「はずれ」
ガウリイが安堵の表情を浮かべる。
でも、これだけ一緒に旅をしてる相手の誕生日くらい覚えとけって。
ガウリイが再び首を傾げる。
やがてぽんっとひとつ手を打った。
にこやかに笑って、
「そっか、オレの誕生日」
「それもはずれ」
ま、そう来るような気はしてたけど。
「ええ? 違うのか?」
ガウリイがあたしを覗き込む。
あのね。
「今日は何月何日だかわかってる? あんたね、自分の誕生日くらい覚えてなさいよっっ」
「そうか」
ガウリイがみたび考えはじめる。
やがてぱっと顔を上げた。
「じゃあ………これはやっぱり………」
「ゼルの誕生日とか、アメリアの誕生日なんて言ったら、怒るわよ」
ひくっとガウリイの表情が引きつる。
………図星だったんかい、おい………。
あたしは耐えきれずに笑い出した。
ガウリイが困ったようにあたしを見た。
そして再び恐る恐るといった感じで問いかける。
「じゃあ………お前さんとオレが出会った日、とか?」
あたしの唇に微笑が浮かぶ。
でも。
「………それも違うわ」
あたしは静かに首を振る。
あたしは身を起こしてガウリイの瞳を覗き込んだ。
「ま、ガウリイにはわからないでしょ。多分ね」
「ええ? 何だよそれ。オレだってなあ………」
ガウリイがちょっと膨れた表情になる。
あたしはちょっと苦笑した。
ガウリイにわかるわけはない。
「冗談よ、冗談」
「え?」
「───別にね、なんでもない日だったのよ。今日はね」
あたしはうーんと伸びをする。
「何にももない日、おめでとうってね。………いいじゃない? 
たまにはそーゆーのがあっても」
「………なんだよ、それ」
あたしは黙って笑ってみせる。
そう。
今日はなんでもない日。
なにも起こらなかったその記念日。
あたしにとって………そして多分、世界にとって。
もう今となっては、記憶の彼方の、あの昏い昏い迷宮の中で、世界の存亡が試された日。

頬に触れていく穏やかな風。
風に揺れる木立のたてるさやかな音。
横たわっているだけで暖かみを感じる大地。
いつの間にか途切れた会話埋めていく鳥の声。
この全てが、失われていたかもしれないのだ。
もし、あの時あたしの選択が、ひとつでも違っていたら。
僥倖という以上の幸運に助けてもらえなかったのなら。
───もしかしたら───。
あたしは、じっとガウリイを見上げた。
ガウリイは珍しく何かを考え込んでいる。
影になっているあたしからは、その横顔しか見ることができない。
ガウリイがやがて、ぽつりとつぶやいた。
「………何でもない日っていってもさ、お前さんにとっては特別な日だったんだろ?」
「ま、そうかもね」
あたしはちょっと笑って見せた。
ガウリイが肩越しにあたしを覗き込む。
その顔が少し近くなったと思ったら、大きな手がくしゃりとあたしの髪をかき回した。
ガウリイが触れているその感触が、浮かべているその表情が、心地よくて………そして、何故か心に痛い。
これが、あたしが全てと引き替えたもの。
そして、あたしが失わなかったもの。
あたしは、ふっと瞳を閉ざした。
再び開いた視界に、穏やかな表情のガウリイが映る。
青い瞳が静かにじっとあたしを見ていた。
「………いつか、教えろよな」
あたしはガウリイに微笑みかける。
「………いつかね………いつか」
それは、果たされることのない約束。
あたしがそれを口にすることなど、多分、きっと無いだろうから。
それでも………。
そう言ってくれたことは、とっても嬉しかったよ。
ガウリイ。
ガウリイがぽんっとあたしの頭を叩いた。
「ま、とりあえずは、何でもない日を祝って………昼寝でもするか?」
ガウリイがあたしに笑いかけた。
多分、あたしの嘘もきっと判ったうえで。
あたしはガウリイに笑いかけた。
「うん………。たまにはそーゆーのもいいかもね」
ガウリイがくしゃりとあたしの髪をかき回した。
 
 
 
 
 

おまけ。。

ガウリイは、まだ何やら考えている。
考えるだけムダだって。
が。
ぽむっ。
やおらガウリイがにこやかに手を打った。
なんだかなあ。
ガウリイがこーゆーリアクションする時ってのは大抵………。
ガウリイが真面目な顔であたしを覗き込んできた。
「判ったぞ。どーゆー特別な日なのか。あの日が来た記念だ………」
たわけたことを言い終わる前に、からになった皿がガウリイの頭にヒットした。
「そのクラゲ頭を、一回どっかに捨ててこいっっ」
―――ほんとに、これさえなきゃね。
あたしは深ーくため息をついた。
 
 








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