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室外に出ると、幾分涼しくなった風が吹き寄せて来た。
乱されそうになった髪を慌ててリナが片手で押さえる。
押さえきれなかった髪が、舞うように緩くリナの周りに広がった。
一瞬、眼を細めてガウリイがそれを見る。
振り返ったリナと視線が合うと、ガウリイは無言でリナを促した。
リナが小さく頷いた。
そのまま、二人はゆっくりと夜の道を辿りはじめた。
触れ合った手は、どちらからも離されることはない。
リナがいたずらっぽい視線でガウリイを見た。
覗き込むようにガウリイを下から見上げる。
「………で、本当はさっきルークと何の話をしていたの? ガウリイ」
「う………それはまあ、いろいろと」
あさっての方を向いて言いよどむガウリイに、
「まあいいわ………。でも、ミリーナ泣かすのだけは止めときなさいね」
と、澄ました表情でリナ。
「違うって………」
苦り切った表情のガウリイを見て、くすくすとリナが笑った。
いたずらが成功した子どものような表情。
そのわずかな動きにつれて、さらり軽い音をたててリナの髪が揺れる。
ガウリイが軽く顔をしかめてリナを睨み付けた。
「おい、こら………大人をあんまりからかうなよ」
リナの額を指先で軽く弾く。
リナが額を押さえてガウリイを見た。
「それって、あたしが子どもってこと?」
「そーゆー訳じゃないんだが………」
ガウリイが困ったような口調で言う。
リナがぱたりと立ち止まった。
「………やっぱ、やめようかなあ………『保護者』と飲みに行くのなんて」
リナがつんと顎をそらした。
ガウリイが深くため息をついて、降参するように手を挙げた。
「わかった………。今のはオレが悪かった。謝る」
「本当にそう思ってる?」
まだ顔をそらしたままのリナがちらりと横目でガウリイの方を盗み見る。
「うん」
ガウリイは素直に頷いた。
「あ、そ」
途端にリナがガウリイに笑顔を向けた。
満面でガウリイに笑いかける。
「じゃ、今夜は、ガウリイのおごりね♪」
「………をい………」
ガウリイががっくりと肩を落とした。
力無い視線をリナに向ける。
「………どうしてそうなる………」
リナがガウリイにウインクした。
「あら〜。こんな魅力的なお嬢さんにおごれるなんて、男の甲斐性ってもんじゃない?」
「あのなあ………」
ガウリイがあきれたように、リナを見た。
いつもの言い合い。
いつもの光景。
だがいつもならすぐそらされるガウリイの視線は、
そのままじっと、リナの上にとどまった。
逸らされない視線に、リナがどこか落ち着かなげな表情になる。
リナを見つめたままのガウリイがぼそりと呟いた。
「………ホントに、何時の間か大人になりやがって………」
聞こえるか聞こえないかと言うぐらいの小さな声。
リナが笑った。
その顔には、どこか安堵の表情がある。
ガウリイの鼻先にぴんっと指を一本突きつけた。
「やーねー。ほんとにぼけてるんだから、ガウリイ。
こんないい女が側にいる事に、今まで気付かなかったなんて怠慢よ、怠慢」
「………いや、別に全然気がつかなかった訳じゃあ………」
「ん?」
ぼそぼそと何やら呟くガウリイをリナが下から覗き込む。
きらきらと光る瞳が、笑いを含んでガウリイを見た。
ガウリイがあきらめたように額に手を当て、ため息をついた。
「おい、リナ………あんまりオレを誘惑するなよな」
口の端だけでリナが笑う。
「あれ? クラゲにも誘惑されるような神経があったんだ?」
「あのなあ………オレだって一応、男なんだぞ」
「自分でも『一応』ってつけちゃうあたり、ちょっと弱気よね」
「うっっ」
ガウリイが言葉につまる。
その様子を見て、リナがまた笑う。
「そもそもね、こんな魅力的な女性が終始側にいるってのに、なあんにも感じてないなんて、
ちょっと普通じゃあって………きゃっ。ちょっと?」
リナが慌てる。
リナの身体は、背後からガウリイによって引き寄せられていた。
肩と腰にガウリイの腕が回される。
そのまま、ガウリイが押し包むようにリナを抱きしめた。
もがくリナの耳元にそっとガウリイが囁きかける。
「いいのか。それで?」
「え?」
不自由な体勢から振り向くリナを、ガウリイの青い瞳がじっと覗き込んだ。
互いの息づかいが感じられる距離で。
「強気になっても………いいのか? リナ」
リナが大きく眼を見開いた。
まじまじとガウリイを見る。
「ガウリイ………」
そのまま、二人は動きを止める。
長いような、短いような一瞬。
だが、やがて、ガウリイがふっと唇に笑みを掃いた。
かすめるようにリナの髪に唇を触れ、リナを抱き寄せている手から力を抜く。
「襲うぞ、ンなことばっかり言ってると」
リナのエルボーがガウリイを襲った。
ガウリイが余裕でそれを避ける。
ガウリイの手から離れたリナが、真っ赤になってガウリイを怒鳴りつけた。
「あのねえ。物事には、手順ってもんがあるでしょうがっっ。
あんた、いきなり人に襲いかかるなんて、どーゆー了見よっっ」
言葉と同時に再び襲ってくる小さな拳を軽く押さえ込み、にやにやとガウリイが笑う。
「あれ? 手順を踏めば、そーゆーことしていいのか? リナ?」
「……………」
一瞬、言葉に詰まったリナに、ガウリイの笑みが深くなる。
リナの手を押さえたまま、上から覗き込むようにリナの視線をからめ取る。
月だけに照らされた闇の中、その視線は暗く、深い。
「───ま、全く脈がないわけじゃなさそうだし───」
ガウリイを見上げるリナの唇がわずかに開かれ………そして閉ざされた。
「返事がないと、同意してくれたものとみなすぞ。リナ?」
「………どこから来るのよ、その自信は………」
あきれた口調でリナが呟いた。
「そりゃあ、今、こうして目の前にリナがいるからだろ?」
さらりとガウリイが答えた。
リナがわずかに眼を見開いた。
「お前さんが、オレのことをどう思ってるかなんてわからないけど。
少なくとも、本気でイヤがっているんだったら、
今、お前さんはここにはいないよな」
リナの頬にガウリイの手が添えられる。
「だから、オレとしては実は、結構期待してるんだ。例えば───」
ふっとガウリイの顔に笑みが浮かぶ。
たが、その表情はすぐに影になる。
ガウリイの台詞が一瞬途切れた。
「───例えば、こんなことくらい、できるかな、とか」
一瞬ぼけっとガウリイを見たリナの頬が、次の瞬間赤く染まる。
ぽかぽかと襲いかかってくる小さな拳をガウリイが笑いながらよけた。
にやにやと笑うガウリイを、リナがきっと睨み付ける。
「───何を勘違いしてるんだか知らないけどっっ。
厳しいのよ、あたしの基準は。
あたしの理想は『おうぢさまとの玉の輿』なのっっ。
乙女の究極の夢を蹴らせたいなら、ちゃんとそれなりの努力をしなさいよね、努力をっっ」
「努力ねえ………」
「そうよ」
ふいっとリナが顔を背ける。その頬はまだ、ほんのりと赤い。
「手抜きなんかしてる余裕、ないんだからね」
「はいはい」
笑ったままのガウリイがリナに答えた。
「………ホントにわかってる?」
「自信はないけど、多分」
リナが横目でじとっとガウリイを見た。
「じゃあ、とりあえず、今夜は………わかってるわよね。ガウリイ?」
「………オレの奢りってか?」
ガウリイが苦笑する。
「勿論」
リナが即答した。
そのまま、顔を見合わせて、二人は笑い出した。
笑いながらガウリイがリナに手を差し出す。
わざとらしく考え込んだ後に伸ばされてきたリナの腕を捕らえて、ガウリイが自分の腕を絡ませる。
リナがちらりと見上げると、ガウリイは器用にウインクして見せた。
「ま、せいぜい努力させていただきますよ。お姫様」
「まあ、とりあえずは、その辺りから始めるってことでね」
リナがガウリイに笑いかけた。
そして、そのまま二人はゆっくりと夜の街を歩き始めた───。