kyo
「なにぃ? まだキスしたこともないぃ?」
ルークの頓狂な声が、部屋の中に響いた。
「おい、声が大きいって」
慌てて口元に指を当てるガウリイを、珍獣でも見るよにうな目でルークが見
た。
「あのなあ………あれだけ、ぴたぴたぺとぺと貼りついてるくせに、何でンな
基本的な事がまだなんだよ」
「貼りついてるって………」
ガウリイがどこか傷ついたような表情を見せた。
けけっとルークが笑った。
「こないだ会ったときなんか、しっかりあいつの事おんぶしてるしよ。城の中
に行くときだって、あんなにぺったり貼りついて運んでもらってたじゃねえ
か、あんた。普通、できてる相手でもなきゃ、女にあんなにひっつくなんてで
きねーぜ?」
「で、できてるって………」
「………ホントにまだみてえだな、その様子じゃあ………」
言葉に詰まるガウリイをあきれたようにルークが見る。
「でも、額とかほっぺたとかにするキスぐらいは………って、なんだよ。それ
もまだかよ」
ガウリイの表情を見たルークは、台詞を途中でうち切った。
「人工呼吸なら、確か昔に1回くらいしたような………」
「ンなのはキスとは言わねーって」
ガウリイの発言はあっさりとルークに却下される。
「あのなあ………女ってやつは警戒心が強いから、よほどでなきゃ、男をあそ
こまで貼りつかせたりはしないもんだぜ? それだけ気を許してるってことだ
ろ? あのリナ=インバースが。ひっついたのがあんた以外の男だったりした
ら、次の瞬間には魔法で吹っ飛ばされてるぜ?」
「警戒っていうより………そもそも、男として意識されてないのかもな」
「まあまあ」
落ち込むガウリイの肩をぽんぽんとルークが叩く。
「試してみろよ。あんたにその気があって、あっちにも脈があるんだったら、
あとは口説くタイミングだけじゃねえか」
ルークが面白がってガウリイを唆す。
「いくらあんただって、女の口説き方くらい知ってるんだろ?」
ルークが、にやりと品の良くない笑みを見せた。
「あんた、その年で、女といっしょに過ごしたことがねーなんてことは、まさ
か言わねえよな」
「過ごしたことがあるのは別に女とだけじゃないけどな」
「をひ」
ルークがざっと後ずさった。
青ざめた顔で、引きつったような声を上げる。
「あんたっっ。頼むから、俺に手出しなんかすんなよなっっ。
俺にはミリーナっつう大事な相手がいるんだからよっっ」
ガウリイが苦笑してルークを見た。
「何慌ててんだよ………。冗談だって、冗談」
ルークがまだ青い顔のままでげっそりと言った。
「やめてくれよ………。
あんたが言うとそれ全然冗談になってねーって………」
「そうか?」
ガウリイが首を傾げた。
ルークが深くため息をつく。
「あんたの冗談はどっかの竜の長老の次にたちが悪いぜ」
力無い視線をガウリイに向ける。
「でも、だったらなあ………。口説き文句の一つや二つ、いくら何でも出てく
るだろ?
それを言ってやりゃいいんだよ、あいつにさ」
「いやあ………それが、全然思いつかなくて」
「即答すんなよ」
ルークが突っ込んだ。
「ンなこと言われたってなあ………」
ガウリイが少し首を傾げた。
「そーゆー誘いって、今まで、ずーっと相手のほうからだったから」
無邪気な顔で答えるガウリイに、ルークがただただ白いだけの視線を送った。
「どうかしたのか? ルーク」
きょとんとした表情でガウリイが尋ねる。
「───全男性の敵だな───あんた」
「どうして?」
はあっとルークが息を吐いた。
「あのなあ………。あんたが本気で言ってるとわかってなかったら、
呪文で空の果てまでぶっ飛ばしてやってる所だぜ?
ま、あんたの場合、天然だってわかっちゃいるんだが………」
ふっと深くため息をつき、ルークが天を仰ぐ。
「こんなヤツ相手に、何やってんだろーなー俺………」
がしがしとルークが自分の頭をかきむしった。
「ああもうっっ。こうなりゃヤケだっっ。いいかっっ。女を口説く方法なんて
のはな、要は雰囲気だよ雰囲気」
がぱっとルークがガウリイの肩を引き寄せた。
その口元がにやりとゆがむ。
「洒落た店での食事とか、気の利いた贈り物。ま、そんなのは基本中の基本だ
がな、結構、これって有効なんだぜ?」
「………オレとリナで、ンな事ができると思うか?」
ルークが沈黙した。
「………悪い。あんたら二人の行動パターンじゃ、それはムリだよな。だがな
あ………あんた、自分の女に贈り物の一つぐらい………」
「あのなあ………あいつが欲しがるようなものって………何か思いつくか?」
「………思い切りいぢめ倒せる盗賊とか………?」
あはははは。
男性二人は乾いた笑いを響かせた。
「それに、財布はリナが持ってるし」
「………既に尻に敷かれてやがる………」
「何か言ったか?」
「いいや」
ルークはとぼけた。
「じゃあ、海辺とか、なんか雰囲気ありそうな所につれてって見る」
「それだけじゃ口説くことにはならんだろ?」
「そう言うときには、こうしてだなあ」
ルークがガウリイの首筋をぐいっと掴んだ。
その時。
パタンとドアが開き、リナが顔を見せた。
「ねえ、ちょっと明日の出発の件なんだけど………」
ルークとガウリイが凍り付いた。
瞬間的に動きを止めた二人を、リナの大きな瞳がじっと見つめる。
「あれ? お邪魔だった?」
ぱちぱちとリナが瞬きをした。
「………いや、あの、これは………」
ルークが弁解しようとするが、上手く言葉を紡げない。
『女性の口説き方講座』実践中だなどど、まさか口説かれる予定の人物を目の
前にして言えるわけがない。
リナは、ぱたぱたと二人に向かって手を振ってみせた。
「あ、気にしないで、続けて続けて。
別に、あんた達が女装が趣味になってよーが、男にはしろーが、
あたし、そーゆーので人を差別なんてしないから」
「いや、あの、だから、これは………」
「ま、ごゆっくり?」
二人の目の前でぱたんと扉が閉ざされた。
と、思い出したように扉が再び開かれる。
「あ、でも、ミリーナ泣かすのだけはやめなさいね」
言いたいことだけ言うと、今度こそ扉は閉ざされた。
ルークががっくりと肩を落とす。
ガウリイがどこか悟りきった表情でルークを見た。
「だからさ、どうやったら、あーゆーの相手に雰囲気なんて出せるんだ?」
ルークが深くため息をついた。
軋む階段を下りて、ガウリイは食堂への扉を開けた。
この時間になると既に食事時の喧噪はなく、そう広くもない室内では、数組の
客が各々、酒を目の前に、噂話などに興じている。
ガウリイはその中を悠然とした足取りで進んだ。
「どうしたの。ルークにふられちゃった?」
いたずらっぽい声がして、椅子に座っていたリナがガウリイを見上げた。
「あのなあ………」
くすくすとリナがやわらかく笑う。
アルコールのせいか、頬がほんのりと桜色に染まっている。
白い手に握られたグラスが、からんと氷のぶつかる音をたてた。
「面白かったわ、さっきのあんたたち。なんか、浮気を見つかった旦那みたい
な慌て方だったわよ」
渋面になったガウリイが、ふとテーブルの上に視線をやる。
そして、リナの目の前に中身の残されたグラスがもう一つあるのに気がつい
た。
「………今まで誰かと一緒だった?」
リナが上目遣いでガウリイを見る。
「気になる?」
くすっと笑うその仕草は、妙に大人の色香を感じさせた。
「………ああ。お子様が保護者に隠れて何やってるのかな、とか」
話しながらガウリイは、リナの正面、向かい合う位置に腰を下ろす。
リナはつんと顔を背けた。
横目でじっとガウリイを見る。
「そーゆーこと言うの?、じゃ、答えるのやめとくわ。
ほらぁ、反抗だしぃ?あたし?」
ガウリイがため息をついた。
「じゃあ、3年間一緒にいた相棒のが聞いたら、答えるか?」
「だあれ? それ」
リナが顔を背けたままグラスを口元に運ぶ。
「あたし、そんな人知らないわ。なんか、いやだって言うのに初対面のあたし
の後を追いかけてきた変な傭兵になら心当たり、あるんだけど」
「アトラスシティーに着いてからは、お前さんがオレの追っかけになったんだ
ろうが」
「あれ? 覚えてた」
「あのなあ」
ガウリイが一つため息をつく。
「どうやったら光の剣欲しさにオレの後くっついてきた奴のこと、忘れられ
るって言うんだよ」
ガウリイが何気なく漏らした言葉に、リナの顔が一瞬曇る。
その視線が、ふとグラスに落ちた。
だが、焦ったガウリイが何か他の言葉を口にする前に、ぱっとリナは顔を上げ
た。
「でも、次の剣見つけるまで、ずーっとヒモもどきのクラゲの面倒みてあげた
のはあたしなんだから、ちゃんと感謝しなさいよ」
「うん」
ガウリイが頷いた。
「ありがとな、リナ」
手を伸ばしたガウリイが、リナの髪にその手を触れた。
だが、いつもは、髪をかき回してすぐに離れるその手が、
今日は、ただゆったりとリナの髪を梳った。
リナが、いぶかしげに顔を上げた。
その視線が、謎めいたガウリイの視線と合う。
だが、それはすぐにそらされた。
「で、さっきの話の続きなんだけど」
「続き?」
リナが首を傾げる。
「そう。リナが誰とここにいたのかの答え」
「何だ。まだ気にしてたの?」
リナが笑った。
「でも、駄目よ。さっきのガウリイの台詞じゃ答えはあげられないわね」
いたずらっぽくガウリイを見つめる。
「じゃあ、どうやったら答えてくれる?」
「知りたい?」
「ああ」
「それくらい自分で考えなさいよ、全く………お子様じゃないんだから」
リナがガウリイのグラスを弾く。
「………じゃあ、リナと一緒にいた相手に嫉妬してる男からの問いかけだった
ら、答えてくれるか?」
低い声でガウリイが言う。
ぱちぱちとリナが2?3度瞬きをした。
リナが次の言葉を口にするまで、ほんのわずかな間があった。
「………嫉妬?」
「今もしてる」
リナがくすっと笑った。
「本当に?」
「うん」
大まじめな顔でガウリイが頷く。
笑みを消さないまま、リナが勿体をつけて頷いた。
「じゃあ、まあ、いいわ。答えてあげる………。
一緒にいたのはミリーナよ」
ガウリイが不審そうに、グラスを眺める。
「………これ、結構強い酒だけど? それもストレート」
リナがふいっと横を向いた。
「いいのよ別にぃ。信じなくっても。
きっとあたしは、お金持ちの商人のお坊ちゃんと一緒に、ずーっと語りながら
飲んでたの。そうじゃなかったら、きっとあたしの魅力におそれをなしたどこ
かの王子様とかね」
「………リナも、やっぱり、相手はそういう方がいい?」
「玉の輿は女の夢よ」
「ふーん」
ガウリイがつぶやいた。
「どうしたの? 何か変じゃない?ガウリイ」
「そうか?」
ガウリイが小さく笑った。
かたんと椅子を引いて立ち上がる。
「なあ………ちょっと他で飲み直さないか?」
ガウリイがリナの目の前に手を差し出す。
リナの瞳が、わずかに揺れた。
自分の目の前にある手を、驚いたように見る。
「珍しいわね………どういう風の吹き回し?」
ガウリイの方を見上げてリナが尋ねた。
「さあ、どうしてかな」
ガウリイが首を傾げる。
「でも、たまにはいいだろう? 誘いを蹴って、男に恥をかかせたりはしない
よな」
「それは相手によるけどね………保護者じゃなかったの?」
「馬鹿。保護者が飲みになんて誘うかよ」
ガウリイが苦笑する。
「………言ったろ。今のオレはリナが一緒に飲んでた相手に嫉妬している男
だって」
「じゃあ、まあ、しょうがない………つき合ったげるわ」
リナがガウリイの手に自分の手を重ねる。
ガウリイが嬉しそうに笑った。
「………何て言って彼をたきつけたの? ルーク?」
夜の町に出ていく二人を部屋から見下ろしながらミリーナがルークに尋ねる。
「いやあ。たいしたことは言ってねーぜ。結局自分なりのやりかたでがんばる
みたいだしよ」
「それでいいのかもしれないわね。あの二人の場合」
くすっとミリーナがルークに笑いかけた。
「捨てられちゃったわね。ルーク」
ルークがげんなりとした顔でミリーナを見る。
「………止めてくれよ、ミリーナまで………」
珍しく、肩をふるわせてミリーナが笑う。
ルークはため息をついた。
気を取り直して、笑い止んだミリーナにそっと寄り添う。
「まあ、あんな無粋な奴らの事は放っておいてさ、俺たちの話をしないか?
ミリーナ」
ミリーナは横目で、腰のあたりに伸ばされたルークの手を見、おもむろにぺ
ちっと手で弾いた。
「………ここにも、いたわね。無粋な人が」
「ミリーナっっ」
そして、それぞれの夜が更けていく───。