- Gourry -
kyo
ふと、何かの気配を感じてオレは目を覚ました。
いつも枕元に置いてある剣を手に取り、音をたてずにベッドを抜け出す。
ブレストプレートはそのままに、そっと廊下への戸を開けた。
古い木造の床は、体重の移動を受けてぎしりと小さくな音をたてる。
オレは、剣をいつでも抜けるようにしたまま、リナの部屋へと向かった。
夜中に「お客さん」が来るのは、決して珍しい事じゃない。
それも、殆どは、こっちが招待した覚えなどない客だ。
オレは気配を殺して、リナの部屋の戸口に近寄る。
そのまま、ドアノブに手を掛け、引き開けようとして───オレはふと動きを止めた。
───リナは、オレの名を、呼んでいた───。
夢を見ているのだというのは、すぐにわかった。
それも、決して───いい夢ではない。
苦しそうな言葉が、扉越しに聞こえてくる。
凍り付いたように、オレはその場を離れることができなかった。
夜、うなされる声に飛び起きたのは、何もこれが初めてではない。
いつからかリナを苦しめるようになった夢。
いつもの悪夢。
だが、どんな夢なのか、リナが口にすることは、決してない。
どんなに言葉を重ねても、リナはその問いには答えない。
ただ………表情の読めない不思議な目でオレを見るだけだ。
人の心をかき乱す瞳で。
だから、オレはいつもその先に続ける言葉を見失ってしまう。
───抱きしめてしまいたかった。
オレはここにいるからと言って。
折れるほどにその細い体を引き寄せて、首筋に顔を埋めて。
そのまま抱きつぶしてしまいたかった。
───だが───。
関節が白く浮かび上がるぐらい、堅く剣を握りしめる。
───それは嘘になる───。
本当に肝心な時にオレはリナの側にいてやることができなかったから。
オレはずるずると崩れ落ちるように、戸口の脇の壁に身をもたせかけた。
心の中に、苦い感情が広がっていく。
そして、もっと昏く甘美な感情が。
守るべき少女が悪夢を彷徨っているというのに………、
少女の呼ぶ名が、自分のものであることが嬉しい。
それほどまでに自分が少女の心を捉えていることが。
───歪んだ勝利感───。
そして、そんな感情を持つことに対する嫌悪感。
いくつもの感情がせめぎ合い、オレはその場を動くことができない。
だから、オレは、ただ、剣を握りしめる。
せめて、伸ばした手の届く距離にいるために。
せめて、他のものからは守ることができるように。
「………何してるのよ、こんなところで」
眼を覚ましたリナが、不思議そうに問いかけた。
無邪気な問い。
ガウンの胸元をかき寄せる動作は、強く女性を意識させる。
自分の守っているものが、もう少女ではないのだと感じるのは、こういう時だ。
無意識の仕草。
でも、それは妙に人を惹きつける。
リナの様子を見に来たのだと答えると、リナがが大きな瞳でオレを見た。
「夜這い?」
おれは苦笑する。
本当にそう思っているのなら、決して尋ねられることのない問い。
オレがさっきまで何を考えていたのかなど、多分、リナは知りもしないのだろう。
それを告げるつもりなどないけれど。
その代わりに、ただ、他愛のない言葉をやりとりする。
ただ、リナの微笑む顔が見たくて。
だが。
そのうち、ふっと………
リナが───妙に儚げな表情を見せた。
「リナ?」
なんでもない、と答えるリナの様子は───だが、やはりどこかがいつもと違っている。
暗闇の中に立つその姿が、どこか小さく感じられる。
夢のせい、なのだろうか。
あの『悪夢』の。
聞いてみたかった。
何故、呼ばれるのがオレの名前なのか。
何故、繰り返しそんな夢を見なければならないのか。
だが、その問いは、多分リナを苦しめる………。
かわりに、リナの髪にそっと触れる。
これは、リナの好きな動作。
ただ、リナを安心させるために、その動作を繰り返す。
リナがオレの手を頬に寄せ、瞳を閉じた。
やがて、もたれるように体重を預けてくる。
穏やかな………でも、それだけではない抱擁。
多分、とオレは思う。
今ならきっと………オレはリナを手に入れることができる。
リナを抱いているこの手に、もう少し力を込めればいい。
ただ、それだけのことで、リナはオレのものになるだろう。
今なら………リナは逆らわない。
今なら………きっと。
「ガウリイ?」
リナの無防備な瞳がオレを捕まえる。
それは、無意識の誘い。
それとも………意識しているのだろうか?
その瞳も、その唇も、オレの意識に焼き付いて離れない。
───でも───。
オレは苦笑する。
オレは弱いだけのリナが好きな訳じゃないから。
だから、おれは、ただそっとリナを抱きしめる。
愛しい少女を、守るために。
その心をこそ、守れるように───。