シェスタ
 

kyo

 
 
 

「全く、どこ行っちゃったんだろ、あのくらげ」
あたしはぼやいた。
ちょっと目を離すと、すぐこれだ。
「全く………あのくらげと来たら………」
どっか途中で落としてきたんだろか。
まあ、ガウリイはくらげはくらげだが、以前あたしが腐れ縁で旅をしていた女
魔道士と違い、方向音痴ではないようだし、あのあまりある野生のカンを持っ
てすれば、あたしに追いつくのなんて造作もないのかもしれないけど。
あたしはぐるりと街道を見渡す。
あたりに生えている木々は割とまばらで、そう視界が悪いわけではない。
ふと、何かに呼ばれた気配を感じて振り返る。
見渡すと、遠くの方、木の陰になにやら背の高い人物が立っているのが見え
た。
あたしに向かってひょこひょこ手を振っている。
どうやら、手招きしているらしい。
………何やらあたしの名前を呼んでるし………。
あたしはため息をついてそっちに近寄っていった。
これでその人影がガウリイじゃなくって、どこぞの魔族だったり、暑さのあま
りの蜃気楼だったり、心霊現象だったりしたら、ホントに切れるぞ、と思いな
がら。
ガウリイはちょっとした小高い丘の上、大きな木の陰にたたずんでいた。
あたしを見ると、にっと無邪気な笑みを浮かべる。
顔を見たら言ってやろうと思っていた台詞は、その表情を見たら急速に消え
た。
「………何やってるのよ、こんなところで」
あたしはかろうじてそれだけを言う。
心配かけて、とつい続きそうになった言葉は、すんでのところで飲み込んだ。
───だって、それじゃあたしが本当に心配してるみたいじゃない───。
こんな、おぼけなくらげのことを。
「まあ、いいから、お前さんもちょっとこっちこいよ、気持ちいいことしよう
ぜ」
………って、え?
ガウリイがあたしの手を強く捉える。
「ほーら、いっしょに寝ようなー、リナ」
何やら妙に楽しそうな声と共に、あたしを掴んでいる手をぐいっと引っ張る。
って………ちょっと待って、バランスが………。
不意をつかれ、あたしは思い切り無様にひっくり返りそうになる。
そのまま行けば、思い切り地面とキスをする羽目になったろう。
だが、その寸前、ふわりとガウリイの腕があたしを受け止める。
あたしは静かに地面に着地した。
ガウリイの腕に捕らわれたまま。
「ちょっと、こら、ガウリイっっ」
思わずあげた声が上擦っているのが自分でも判る。
でも、ガウリイの手は、しっかり地面にあたしの体をホールドしたまま揺るが
ない。
「………何、焦ってんだ? リナ?」
覆い被さるようにガウリイがあたしを覗き込む。
あたしを見つめる蒼い瞳。
さらさらとこぼれ落ちてくる金の髪。
緑の葉っぱの陰から落ちてくる木漏れ日が、そこに淡く斑に陰を落とす。
綺麗、と言う言葉が心の中にふっと浮かぶ。
その瞬間、不覚にもあたしは動きを止めてしまった。
ガウリイが、その静謐を破るまで。
ガウリイはくすっと笑って、あたしから手を離した。
そのままごろんっとあたしの隣の地面に寝転がる。
「な、リナ。気持ちいいだろ? ここ」
「は?」
あたしは上体を起こしてガウリイを見た。
ガウリイは大きく伸びをすると、機嫌のいい動物のように目を細めている。
長い指があたりの風景をざっと指さす。
「ほら、ここってちょっとした丘になってるから、風通しも見晴らしもいい
し………おあつらえ向きに大きな木まで立ってるし………」
「………おあつらえ向きって………何に?」
あたしの声は結構険悪に響いたろう。
それがガウリイに通しているとは思わないけれど。
その証拠に、次のガウリイの台詞には、罪悪感の欠片もなかった。
「何にって………勿論、昼寝するのに決まってるだろ?」
笑みさえ含んであたしを見る。
「………ガウリイ………?」
答えるあたしの声は低い。
だったら、さっきの紛らわしい台詞は、ほんとにその言葉どおり………。
「ははあ」
ガウリイが、にやりと笑ってあたしを見た。
ひょいっと下からあたしを覗き込む。
「ひょっとして、何か他のこと期待した?」
瞬時に放ったあたしの拳を、寝転がったままのガウリイが器用によけ、なにや
ら楽しそうに笑い出す。
「しないって。そんな真似。無茶して嫌われたりしたら後が怖いからなあ」
そう言って笑いこけるガウリイを、あたしは睨み付ける。
別に、こいつがあたしをからかうのは今に始まったことじゃない。
出会った頃から、よくあった。
言葉の意味すら判ってるのかどうか不明なくらげのことだから、
どこまで本気で、どこまで冗談なのかが判らない。
それでも、確かに冗談だったはずだ………以前は。
………でも今は………。
「な、天気も風もいいしさ、ちょっと一休みしてこうぜ」
ガウリイの台詞にあくびが混ざる。
「ちょっと待ってよ、今日は夕方までにカレールの村に着く予定………」
振り向くあたしの視界に映ったのは、すでに脳天気な寝息を立てているガウリ
イの姿だった。
あたしはあきれてそれを見る。
なんて、気持ちよさそうに寝てるんだろう。
緑に覆われた地面に、無防備に金の髪が散っている。
横を向いてちょっと丸めたその姿が、何かを連想させる。
それに思い至ったあたしは小さく笑った。
そっか、猫に似てるんだ………。
猫はどういうわけか涼しい場所を捜すのが上手い。
人にはとてもいけそうにない場所に潜り込んでは、気持ち良さそうに熟睡して
いる。
何となく今のガウリイを見ていると、そのときの猫を思い出す。
あたしはガウリイから視線を離した。
顔を上げてあたりを見渡してみる。
ちょっと寝とぼけたような風が、木々の葉をさらさらと揺らしてすぎて行く。
その感触が、汗ばんだ額に触れていって気持ちいい。
確かに、ここは昼寝をするにはいい場所だった。
「野生のカンかな、やっぱり」
本人が聞いていないことを承知で言ってみる。
「………ま、いいか………」
あたしは大きく伸びをした。
別に、急ぐ必要なんて、ないのかもしれないし。
あたしは地面に体を投げ出して、心地よい睡魔に身を任せた。
今夜、野宿になったら、絶対ガウリイをこき使ってやろうと思いながら。
 
 



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