- Sakura -
kyo
「お出かけか?」
リナは、町の門を出たところでいきなり声をかけられた。
「うわきゃっっ」
小さな悲鳴をあげて、少女がバランスを崩す。
どうにかこうにか体勢を立て直し、
「………なによ、おどかさないでよ。ガウリイ」
ふわりと地面に着地する。
「………また、盗賊いぢめか?」
「あたしが外出する理由、それしか思いつかんのかっっ」
「盗賊いぢめじゃなかったら………まさか………」
ガウリイがぽんとリナの肩に手を置く。
「おまえさんなあ。やけになっちゃだめだぞ。
世の中には、やっていいことと悪い事ってのがあるんだ。
もう少し自分を大切にしろよ………女の子なんだから」
ガウリイがリナの腕を押さえ、至近距離からのぞき込む。
滅多に見られないガウリイの表情に、リナが狼狽えた。
「なっ、何の話よ」
ガウリイは深くため息をついて、
「だめだぞ、そんな………盗賊なんて………背中に手の回るような真
似………」
ばきゃっ。
何やら重い音がして、ガウリイはリナにぷちとばされた。
「あんた、一体何考えてんのよっっっ。あたしがンな事するわけあるかっっ」
「そうは言われてもなあ………おまえさんが夜外出する理由って………いくら
なんでもおまえさんがどっかに夜這いにいく可能性なんてのは………あるわけ
ないし………」
「………念のために聞くけどガウリイ。ドラグスレイブとダイナストブラス、
どっちがいい? 選ばせてあげるわ。特別に」
リナが妙に平坦な口調でガウリイに言う。
ガウリイが、あわててリナの呪文詠唱を止めにかかった。
「まて、ちょっっと、まて。それだけはよせって。オレが悪かったから」
リナは、ため息と共に呪文詠唱を中断する。
「あーあ。せっかくの夜だってのに、色気のかけらもないわね、ガウリイ。雰
囲気ぶちこわしだわ」
くるっと振り向き、中天にかかる月を見上げた。
つまらなそうな口調で言うと、肩越しにガウリイを振り返る。
リナの動きに連れて栗色の髪がふぁさりと揺れた。
そこから覗く表情が、妙に大人びて見え、ガウリイが息を飲む。
「………まさか、本気で………誰かのところに………行くつもりだった………
とか?」
尋ねる声が掠れる。
夕食の時に、リナがこの町の青年と妙に親しげに話していたのをガウリイは思
い出した。
「さあ、どうかしら?」
少女は、口元だけの笑みを刻んだ。
「そうだとしたら………どうする? ガウリイ」
「………え?………」
「あたしを、行かせる? それとも、止めるの?」
「それは………」
ガウリイが視線をそらし、言葉を濁す。
だから、彼はリナの表情が、一瞬揺れたのに気付かない。
リナが、ふっと軽く息をついた。
「………まあ、いいわ。仕方ないから、あんたもいっしょに連れてってあげ
る」
「え?」
ガウリイに動揺が走る。
「いや、確かにオレは保護者だけど、その、なんだ、そーゆー挨拶ってのは
な、だから、その………」
しどろもどろになるガウリイを見て、くすくすとリナが笑う。
「………夜這いじゃないわよ、残念ながら」
ガウリイがほっとした表情になる。
「じゃあ、何をしに?」
リナがいたずらっぽくウインクする。
「秘密。教えて欲しかったら………目を閉じて」
「目を?」
「そ。あたしの秘密、見せてあげるんだから、そのくらいはね」
ガウリイが、目の前にピーマンを出されたような表情でリナを見、
どことなく落ち着かない様子で目を閉じた。
リナが、小さく笑い、カオスワーズを唱え始める。
力ある言葉が、リナの周囲に風を巻き上げる。
リナの手が軽くガウリイに触れた。
「じゃ、出発するわよ」
とんっと軽い音と共に、ガウリイの足は地面についた。
その瞳はまだ閉ざされている。
まだ少し肌寒さを感じさせる風が、ガウリイの頬に触れていく。
リナの声がガウリイの耳に届いた。
「さ、もう目を開けても、いいわよって………何、息まで詰めてるのよ、ガウ
リイ」
「いや、何となく………」
ガウリイが静かに目を開いた。
月の光に照らされた、淡い色彩が目に飛び込んでくる。
「………これは………」
言葉を失ったガウリイに
「きれいでしょう?」
リナが微笑んだ。
リナがガウリイを連れてきたのは、どこかの山の斜面だった。
少し視界の開けたその場所からは、あまり高くはない山の連なりが見える。
そして、そこは一面仄かなピンク色に染められていた。
ガウリイが、自分の近くに立っている木を見上げる。
どうやら、山を染めているのは、それと同じ種類の木のようだった。
太い幹には、苔がつき、
広く延ばされた枝に、可憐な淡い小さな花をたくさん咲かせていた。
本来は薄いピンク色をしているらしい花は、満月の月の光を受け、
白く光る。
「これは………?」
幹に触れながら、ガウリイが尋ねる。
「『桜』っていう花なんですって」
「………初めて見る」
「そうかもね。結界の外から来た花だとも言われてるみたいよ」
リナが、風に散らされる髪を、片手で押さえ、ガウリイをちらりと見上げる。
中天にかかる月の光が、横を向いている少女の輪郭を柔らかく浮き上がらせ
る。
「きれいでしょ?」
「………ああ………」
ガウリイが目を細めてリナを見た。
「………綺麗だ」
ふっとリナがガウリイを振り返った。
「やだ、どうかした? そんな真面目な顔なんかして」
ガウリイはその台詞には答えず、
「これを、見に来たかった?」
周囲の景色を指さして見せる。
リナがふふんと笑った。
「そうね。あとはちょっと、ついでにお宝さがしでもしようかと思ったんだけ
ど」
「………結局、盗賊いぢめなんじゃないか………」
あきれたようなガウリイの台詞に、
「あはは。思っただけよ。思っただけ」
リナが笑った。
「こんな夜に、そういう無粋なことはやりたくないわね。だって、見てよ」
リナがぐるっと自分の周囲を差し示す。
栗色の髪が、ふわりと舞った。
「この風景ってね、1年の間で、ほんの数日しか見られないのよ。
そーゆー花が見られるなんて………これって、すごいお宝よ?」
ガウリイが頷いた。
「確かにな」
リナがウインクしてみせる。
「ガウリイなんかに、こんなに気前よくお宝をわけてあげるのって、不本意な
んだけどね。とっても」
「そいつはどうも」
ガウリイが苦笑する。
「………でも、お前さん、よくこんな場所のこと知ってたなあ。普通、来ない
だろ? こんな山の中なんて………」
ふとリナの視線が遠くに流れる。
「昔、ある人がね、連れてきてくれたの。
花の名前も、その時に教えてもらったのよ」
ガウリイが一瞬ためらった後に尋ねる。
「ある人って………男か?」
リナがひょいっと下からガウリイをのぞき込んだ。
その瞳に、蠱惑的な光が揺れる。
「どうしたのよ、ガウリイ 気になるの?」
ガウリイが複雑な顔をする。
自分の目の前の、もう少女とは言えない顔をする少女を見つめて。
躊躇った末に、渋々答える。
「………気になる」
リナがふっと笑って、ガウリイから離れた。
「ふふふ。じゃあ内緒。教えてあげない」
「おい」
リナが肩越しにガウリイを振り向いた。
「あら、いいじゃない。あたしにも秘密の1つや2つあったって。
あたしの自称保護者さんも、そーゆー秘密なら、なんだかいっぱい持ってそう
だしね」
ガウリイがむせた。
「───あ、やっぱ図星?」
リナの口調は平静だったが、どこか冷たい響きがあるように思えるのは、ガウ
リイの気のせいだろうか。
どうにか呼吸を落ち着かせたガウリイが、にやっと笑ってリナに問いかける。
「───気になる?」
リナは、にっこりと極上の笑みを見せた。
「気にしてあげない」
「おい」
「だって、昔の事なんて、今更気にしたって意味ないし。
………それとも、何? あたしに気にして欲しいの、保護者さん?」
からかうような口調で言いながら、真剣な瞳がガウリイを見る。
ガウリイの視線が吸い寄せられるように、リナを見た。
そのまま、しばらく沈黙がつづく。
と、不意に、
くしゅん。
リナがくしゃみをした。
「あ、ほら、そんな薄着で出てくるから」
ガウリイがあわてて自分の上着を差しだそうと肩に手をあて………自分自身も
薄着で、上着などないことを
思い出した。ため息をつき、リナの方に手を伸ばす。
「仕方ない。ほら、風邪ひく前に帰るぞ」
「うん、でも、もう少し………」
鼻をくすくす言わせながらリナが答える。
「───じゃ、文句言うなよ」
ぐいっとガウリイがリナの手を引いた。
バランスを崩したリナが、まともにガウリイの方へ倒れ込む。
「ち、ちょっと」
「文句言うなって、言ったろ?」
自分の腕の中にリナを引き寄せながらガウリイが言う。
小さな体を包むように後ろからそっと抱きしめ、手を体の前にまわして閉じこ
める。
じたばたとリナがもがいた。
「ちょっと、離してってば。いきなり何すんのよ、ガウリイ」
「いや、寒くなってきたからさ、この方が暖かいだろ」
「………あのねえ、あたしは寒ければファイアーボールでも何でも使えるの
よ」
「ファイアーボール使うのか? ここで?」
「う」
桜の木を指さしたガウリイに、リナが動きを止めた。
少し涼しい風が、桜の花を揺らして過ぎる。
リナを抱き込んだたままのガウリイが、低く笑う。
その声は、いつもより深みを持って、背中を向けているリナへと伝わった。
「何を意識してるのか知らないが、一応オレも『保護者』だからな、何もしな
いよ。もっとも───」
低くかがみ込んだガウリイの声がリナの耳元、吐息の触れる距離に落とされ
る。
リナの体がぴくんと震えた。
「───それ以上のご要望があるなら、考えてみてもいいけど」
リナが体をひねってガウリイの方をきっ、とにらみつける。
「───からかってるの?」
ガウリイがリナに向かってウインクしてみせる。
「さっきのお返し」
むっとした表情になったリナが、流れるような見事な動作でガウリイに肘鉄を
打ち込んだ。
ガウリイが苦笑して腕の力を緩める。
リナは、ガウリイの腕から逃れ、上気した顔をふいっと背けた。
「人をからかうのも、いい加減にしなさいよね全く………」
「あれ? 言った台詞は本当だぜ?」
苦笑を浮かべたままのガウリイがリナの方に手を差し伸べる。
リナがその手をちらりと見、再びふいっと顔を逸らした。
「………だから、何だって言うのよ」
「考えてみてくれないか。………今すぐじゃなくてもいいから」
リナがガウリイを見ずにつぶやいた。
「………あのね、さっきの台詞で、何をどう考えろっていうのよ。もうちょっ
とはっきり、具体的に言いなさいよ、どうせなら」
「具体的にって言われてもなあ」
ガウリイが首を傾げる。
「じゃあ………来年もここで、桜を見ようっていうのは?」
ガウリイからは見えないリナの唇が微笑を刻む。
「来年? 来年だけ?」
「その次の年も、その次の次の年も、リナさえよければ………ずっと」
伸ばされたままのガウリイの手に、暖かい感触が触れる。
ガウリイは、重ねられた少女の手を、静かに引き寄せた。
「………ま、考えとくわ。忘れなければね………」
自分の体に回されたガウリイの腕に、リナの手が静かに重なった───。