Fear

kyo

 
 
 

ぼんやりと、ガウリイは窓の外を眺めた。
満ちていく途中の月が、青白く町並みを照らしている。
からんと音をたてて、グラスの中の氷が崩れた。
音に誘われるようにグラスを口に運ぶ。
テーブルの向かいに座った少女が、見るともなしにそれを見ていた。
「………ねえ、ガウリイにも怖いものってあるの?」
グラスをもてあそびながらリナが尋ねる。
「そりゃあ、あるさ」
ガウリイは即答した。
興味をそそられたのか、リナがテーブルの上に身を乗り出した。
「ね、それって何?」
ガウリイがちらりとリナを見た。
大きな瞳がきらきらと好奇心に輝いている。
ガウリイは窓の外に視線を流した。
片手に持ったグラスの中身をぐいっと呷る。
「内緒」
「けち」
ふくれたリナが、顔を背けた。
ガウリイがくすっと笑ってリナに視線を戻す。
「いやあ………だってなあ………。お前さんにうっかり弱みなんて握られたりしたら、
後が怖いだろ?」
リナは、グラスを置き、ガウリイの方に向き直った。
「あのねえ、いくらあたしだってねえ………ま、後でいじめたげようって下心もそこはかとなくなくはないけど………。そーゆー手段は、ちゃんと最後までとっとくから大丈夫。滅多に使ったりはしないから」
組んだ両手の上に顎を載せてにっこりとリナが笑った。
「おいおい」
「いいじゃん。ガウリイだってあたしの怖いもの、知ってるんだし」
ガウリイが考え込むように顎に手を当てる。
「うーん。でもなあ、リナが相手ならそのくらいのハンデがあってもいいような」
「却下」
にっこり笑ってリナが即答した。
「………おい………」
リナがきゅっと口の端をゆがめる。
「ホントけちねえ、ガウリイ。
男ならすっぱりきっぱり潔く、ぱぱぱぱぱっとそのぐらい言ったらどうなのよ?」
「あのなあ」
ガウリイがため息をつく。
むっとした表情になったリナが、ぐいっと身を乗り出し、ガウリイからグラスを奪った。
「あ、こら」
中身に口を付けようとしたリナが、顔をしかめる。
ガウリイがひょいっと手を伸ばして、リナからグラスを取り上げた。
「お子様は、だーめ」
目をすがめたリナがガウリイをぎっと見る。
「………お子様?」
ガウリイがため息をついた。
「失礼しました。お嬢様」
まだガウリイをにらみつけたままのリナが、無言で自分のグラスをとんっとガウリイの目の前に置いた。
苦笑したガウリイが、テーブルから瓶を取り上げ、甘みの強い果実酒を注ぐ。
グラスの中で、淡い琥珀色の液体が小さく泡を立て、はじけた。
リナがグラスの縁を指で軽く弾く。
澄んだ音をたてて、淡い琥珀色の液体が揺れた。
グラスを見つめたままのリナが口を開く。
「でも………ホントに一体、何が怖いの?」
「何だ、まだ考えてたのか?」
あきれたような口調でガウリイが言う。
「そうよ」
「オレの怖いものなあ………やっぱ、ピーマンか?」
ガウリイがにやっと笑った。
リナが顔をあげた。
「───ほら、またそうやってはぐらかす」
表情は静かだったが、その口調に含まれた何かが、ガウリイの口元から笑みを消した。
ガウリイは、しばらくリナを無言で見つめていたが、やがてため息をひとつつき、立ち上がった。
グラスを片手に、開け放たれた窓の方に歩み寄る。
窓枠の広くなっている部分に置かれたグラスが、ことんと鈍い音をたてた。
月の光が影を作り、ガウリイの表情をリナから隠す。
「………オレが怖いのは………オレ自身だよ」
窓枠に身をもたせかけたガウリイが呟く。
「………どうして………?」
グラスを両手に、リナが首を傾げた。
「いや、ほら、オレって結構、それなりに強いから」
「言うじゃない」
にやっとリナが笑う。
ガウリイの笑い声がした。
「うん。
だから、ちょっと怖くなることがある。
勢い余って、壊しちゃいけないものまで壊してしまいそうで」
「そーゆーのが怖いの?」
ガウリイがふとリナの方を向く。
静かな優しい目がリナを見た。
「───力があるってことはさ、
無理矢理何かを手に入れることもできるから。
相手の意志なんて関係なしに」
そこで、一端言葉を切る。
「だから───手に入れてしまいたくなる時がある。無理矢理にでも。
そうなるのが、オレは怖い」
リナがゆっくりと瞬きをした。
いたずらっぽく問いかける。
「………そんな事ができると思うの?」
いや、とガウリイが首を振った。
「無理なんじゃないかなあ。多分。そんなことしたら、2度と許してもらえなそうだし」
ガウリイは、苦笑し、ため息をついた。
「全く………ついこの間までお子様だと思ってたんだぞ」
かたんとグラスを置く音がする。
ガウリイが静かにリナを見つめた。
低い足音がリナの方へと近寄っていく。
ガウリイは、片手をリナの椅子の背に置き、立ち止まった。
空いた方の手が、栗色の髪に伸ばされ、触れる寸前で動きを止める。
「………それなのに、いつの間にか、すっかり女性の顔なんかするようになって。
だからオレは、考えなくて良かったことまで考えなくちゃならなくなった。
嫌われないか、とか。
置いていかれたりしないか、とか。
元々、オレはあれこれ考えるのは、苦手だってのに」
くすっと笑ったリナがガウリイの手に自分の手を重ね、そっと頬へと押し当てた。
ゆっくりと瞼を閉ざす。
「それが怖いの?」
声はささやきに近かった。
ガウリイがゆっくりと頷いた。
「怖いよ。
リナに置いていかれたら、オレに残るものなんて、何もない。
だから、怖いよ………すごく」
ガウリイがリナの方に体を折った。
リナの耳元に低くささやきを落とす。
「………でも、勝算はなくもないんだ。
なんだかんだ文句は言うけど、いつもこうして側にいてくれるから」
くすっと笑ったリナが瞳を開いた。
至近距離からガウリイの青い瞳を覗き込む。
「試してみる?」
ガウリイが驚いたように瞳を開いた。
伸ばしたままの手をリナの口元へと移動させる。
無骨な手がゆっくりとリナの唇のあたりを彷徨い、そのまま動きを止める。
躊躇った末、ガウリイはふっと身をかがめて、リナの額にかすめるように唇を触れた。
「やっぱり、怖いよ」
ささやきがリナの耳をくすぐった。
「嫌われるのが?」
「いや。このまま押し倒したくなりそうで」
大まじめな顔をしてガウリイが答える。
リナがさっと顔を赤らめた。
「ちょっとっっ」
そう言ったまま、珍しく言葉に詰まるリナを見て、ガウリイが屈託のない笑みを浮かべる。
「ほら。そんなんじゃ、まだまだ手出しなんてできる訳ないよなあ」
まだ頬に血の色を上らせたまま、リナがガウリイを睨みつける。
まだ笑ったままのガウリイの襟首をぐいと掴んで引き寄せた。
「あんた、仮にも乙女に手出ししておいて、そんな台詞で逃げるつもりじゃないでしょうね」
襟首を掴まれたままのガウリイが低く笑った。
「キスも手出しのうち?」
「勿論。ちゃんと、責任はとってもらうわよ」
リナの腕が、更にガウリイを引き寄せた。
自分を覗き込む瞳から、ガウリイは目が離せなiい。
魅入られたように動きを止める。
柔らかい感触がガウリイの唇に触れた。
思わず伸ばされたガウリイの手から、リナがするりと身をかわす。
「リナ」
ガウリイの声に、リナが一瞬ガウリイを振り向く。
唇があでやかな笑みを刻んだ。
「お休み、ガウリイ」
そう言って、ぱたんと扉は閉ざされた。

後には残されたのは、テーブルの上のグラスが一つ。
ランプの明かりをうけて、透明な影が揺らめいている。

「………やっぱ、女って………」

ガウリイのつぶやきが、闇の中に溶けていった。
 
 



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