kyo
「リナ、いい物やるよ、ほら」
妙に嬉しそうにガウリイが言った。
振り向いたリナの目の前に、ぬっと、茶色く不格好な生き物が突き出される。
それは、黒いくりっとした目であらぬ方を見上げ、げこっ、と小さな鳴き声を
あげた。
リナの目が見開かれる。
「………カエル?」
「うん」
ガウリイはどこかわくわくした様子で、リナの行動を見守っている。
リナが、きょとんとそんなガウリイを見た。
沈黙が二人の間に落ちる。
やがて、何か思いついたように、リナがぽんっ、とひとつ手を打った。
「きゃあ、カエルよ、カエルっっ!! 誰かっっ!!」
くるっとガウリイの方を振り返る。
「………ひょっとして、あんた、あたしにこう言って欲しかった?」
ガウリイからの返事はない。
「なによ、せっかく人が可愛らしく驚いてあげたのに、なんか不満でもあるの
?
ガウリイ。なんなら、もう一回やってみる?」
顔を膨らませたリナがガウリイに詰め寄った。
「………別に、いいです………」
力無く答えるガウリイの台詞が、間の抜けたカエルの鳴き声に重なった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「リナ、いい物やるよ、ほら」
妙に嬉しそうにガウリイが言った。
振り向いたリナの目の前に、ぬっと、茶色く不格好な生き物が突き出される。
それは、黒いくりっとした目であらぬ方を見上げ、げこっ、と小さな鳴き声を
あげた。
リナの目が見開かれる。
「………カエル?」
「うん」
ガウリイはどこかわくわくした様子で、リナの行動を見守っている。
リナがにっこりとガウリイに微笑みかけた。
「嬉しいわ。ガウリイ。素敵な贈り物ね」
「………へ?」
リナが滅多に見せない優しい笑みをガウリイに向けた。
「あたしね、お腹が空いてたから」
微笑むリナの額から、なにやらするすると細い触手のようなものが2本伸びて
くる。
それは、うにうにとうごめいて、はっしとガウリイの手の上にあるカエルに巻
き付いた。
「さっそく食べさせてもらうわね」
リナの赤い口が大きく開かれ………。
「うわああああああ」
ガウリイの絶叫が周囲に響いた。
ガウリイは、自分の声で目を覚ました。
がばっと布団から跳ね起きる。
「………ゆ、夢か………?」
自分の荒い呼吸がやけに大きく耳に響く。
「そう、夢よ、ガウリイ」
「………リナ………」
ガウリイがほっとした表情で声の主を見た。
「あんたは、悪い夢を見てたの」
リナがガウリイに微笑みかけ、いたわるようにその手をガウリイに差し伸べ
る。
「でもね」
「え?」
伸ばされたリナの手がぐいっとガウリイの襟首を捕まえた。
にこやかなその表情と裏腹に、その瞳は全然笑っていない。
「───ヘンな夢を見るにもほどがあるわよ。あたしを一体なんだと思ってる
の?」
「いや、あの、それは………」
「ちょっとは頭を冷やしてきなさいっっ!!」
そして、あっさり外に放り出されたガウリイは、
アマガエルと共に冷たい一夜を過ごすことになったのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「きゃああああ」
林の中にリナの悲鳴が響きわたった。
あわてて駆け寄るガウリイの視界に、
リナの前に立ちふさがる大きな大きなカエルの姿が見えた。
リナが両手を口元にあてて叫ぶ。
「見て見て、ガウリイ。これ可愛いっっ♪♪」
「………は………?」
ガウリイは呆然とリナを見た。
次にカエルを見た。
ぬめぬめとした緑色の肌、どこを見ているのか判らない視線。
「………あれが可愛いって………本気か?………リナ………?」
だが、リナは、宝物を見つけた時のような顔をして、巨大なカエルを見つめて
いる。
「あら、可愛いじゃない。
あのつぶらな瞳に、ぽってりしたらぶりぃな体つき。
あんな可愛いくて役に立つ生き物、他にいないわよ」
「………そ、そうか………?」
つぶやくガウリイの顔はわずかに引きつっている。
ガウリイの方を見もせずにリナが答える。
「そうよ。色を見るならヤドクガエル。声を聞くならカジカガエル。食用にす
るならウシガエル。
見てよし、聞いてよし、食べてよしっっ。
ほら、とっても役に立つじゃない」
「………………」
ガウリイからの返事はない。
「それよりなにより大切なのは」
リナがガウリイの顔をのぞき込んだ。
「カエルは『アレ』を食べるのよ」
「『アレ』って………もしかして、お前さんの嫌いな『アレ』か………?」
「そうよ。他に何があるっての?
コノハガエルやヒキガエルはね、特に『アレ』が好物なの。
『アレ』の数を減らしてくれるんだったら、どんな生き物だって大歓迎。
毒のないカエルだったら、キスだってできちゃうわよ、あたし」
「………カエルにキス………」
ガウリイがつぶやき、力のない視線をリナに向けた。
「………なあ、リナ………」
「なあに?」
「オレって、ひょっとして………カエル以下………?」
リナがガウリイに向かってにっこりと笑いかけた。
「本当に知りたいの? その答え」
ガウリイが深くため息をついた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「なあ、オレが朝食のデザート食っちまったこと、まだ怒ってんのかよ、リナ」
街道をすたすた歩きながら、リナがふんっと鼻を鳴らした。
「───当然でしょう、ガウリイ。食べ物の恨みってのは、恐ろしいのよ。
七代先まで祟っちゃうんだから」
「………そうだっけ………?」
ガウリイが眉を寄せて首を傾げる。
「そうなのよ」
リナはガウリイの返事を軽くいなした。
ちらっとガウリイを振り返る。
「───あんまりヘンなことばっかりしてるとね、ガウリイ。
魔法でヒキガエルに変えちゃうわよ」
「………んなことできるのか? お前さん」
素直に感心した口調でガウリイが言う。
リナが何やらため息をついた。
「あのねえ………ガウリイ………別にいいけど………。
それはね、単なるファンタジーの『お約束』なの、『お約束』。
『魔法使い』ってのは、怒るとヒキガエルか赤カブに変えてやるって相手に脅しをかけるってゆーのが、昔話のセオリーなのよ」
リナの手が、道ばたに伸びている草をぷちっとちぎった。
「何故、ヒキガエルに赤カブ………?」
「さあね。でも『お約束』なんて、そんなもんでしょ?」
折りとった草をぴこぴこと揺らしながら投げ遣りにリナが答える。
「ふーん。でも、お前さんにはっ倒されるのと、ヒキガエルか赤カブに変えられるのと………どっちがましだろなあ………」
「何か言った? ガウリイ」
ガウリイがあわててぶんぶんと首を横に振る。
「………だけどさ、魔法でカエルに変えられたヤツは、確か、乙女のキスで元に戻れるんだよな?」
リナがガウリイの方を振り向いて止まる。
「あら、良く知ってるわね、ガウリイ。そうよ。それも昔からの『お約束』」
「じゃあ、オレがカエルにされても、心配する必要なんてないよな。なあ、リナ?」
ガウリイがリナに向かって笑いかけ、栗色の髪をつんつん引っ張る。
リナが顔をしかめて、ガウリイの手から自分の髪を取り戻しなた。
「………あのね、たとえあたしがガウリイをヒキガエルにかえちゃったとしてよ。
自分でかけた魔法を自分で解いてどうするの」
ガウリイの笑みが深くなる。
「あれ? オレ一言も『乙女』がお前さんだなんて言ってないぜ?
それとも、お前さん、そういう状態になったら、オレにキスしてくれるわけ?」
「………………………」
真っ赤になったリナが、ふいっとガウリイから顔を背けた。
「待てよ、リナ」
そのまますたすたと歩き出そうとするリナの手を、ガウリイが掴む。
リナがガウリイに背を向けたまま立ち止まる。
独り言のようにぼそりとつぶやいた。
「………乙女がキスする相手はね、『王子さま』じゃなきゃだめって決まりがあるのよ」
「………おうぢさまって………例えばフィルさんとか?」
「殴るわよ、ガウリイ」
リナが拳を握りしめた。
「………肘打ちしといてから言うなって………」
ガウリイが顔をしかめ、鳩尾を押さえた。
苦笑混じりの表情でリナを見る。
「ま、今からじゃあ、そーゆー職業やるのはムリだけど」
ガウリイがリナの肩を背後からすっぽり抱き込んだ。
「いつだってちゃんとリナについていけるように、努力するからさ。
それだけじゃあ、駄目か?」
リナが顔を仰向かせてガウリイを見た。
「ちゃんと、努力する?」
「うん」
ガウリイがリナの顎をその手でとらえ、その瞳をのぞき込む。
「………オレ、結構、自信あるんだぜ?
リナにとことんつきあえるやつなんて、オレ以外にいないって。
………そうだろ? リナ」
ガウリイがそっとリナの方に顔を寄せていく。
「ガウリイ………」
リナがにっこりと笑みを浮かべた。
「じゃ、これから一週間、ガウリイのおごりでケーキバイキングね♪」
ガウリイががっくりと前にのめった。
「………何だよ、それ………」
「あら、ガウリイ。今朝、あたしのデザート食べたでしょ?」
すました顔でリナが言う。
「ちょっとやそっとじゃ誤魔化されないわよ。食べ物の恨みは恐ろしいんだから」
ガウリイがふと遠い目をして天を仰いだ。
リナがばんばんとそんなガウリイの腕を叩く。
「───ほら、とことんあたしにつき合ってくれるんでしょ? ガウリイ。
たかがケーキでおたおたしないの」
「はいはい、お姫様」
ガウリイがため息混じりにつぶやいた。