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栗色の髪が緩やかな弧を描き、少女のからだがぐらりと傾ぐ。
妙に間延びしたような時間の中、ガウリイが地面に崩れ落ちる寸前で少女を抱きとめた。
「………どうだ?」
ルークがミリーナに問いかけた。
森の中、木漏れ日を浴びた緑の地面に、栗色の髪の少女が横たえられていた。
金の髪の青年が、心配そうにそれをのぞき込んでいる。
彼らは、先ほどデーモンの集団との先頭を終えたばかりだった。
デーモンはそれほど強くはなかったが、あまりに数が多すぎた。
森の中だったということもあり、みなバラバラになってデーモンを退治していったのだが、
戦闘が終わった途端、くずおれるようにリナが倒れ込んだ。
ミリーナは、気を失っているリナの方に屈みこみ、その様子を見ている。
「そうね。大きな外傷はないし………多分、魔力の使い過ぎと、疲労ね。
しばらく休めば治ると思うわ」
ミリーナが顔を上げる。
「そうか………」
ガウリイが明らかにほっとした顔をする。
「無理もねえか。あんなとんでもねーヤツとの戦いのあとだしよ」
ぽりぽりと頭をかきながらルークが言う。
彼らは、数日前にある高位魔族と戦い、それを倒したばかりだった。
「覇王将軍」と呼ばれていたその魔族は、赤目の魔王の腹心達に次ぐ高位魔族であり、
普通なら、人間ごときに倒せるようなシロモノではない。
みんなの気力、体力がもとに戻るまで、なるべく穏やかな道のりを選んだはずなのだが、
いくらデーモンが大量発生しているとはいえ、こんな何もない森の中でそういった大群の一つと遭遇してしまったのは、不運としか言いようがない。
もっとも、より不運だったのは、あっさり滅ぼされてしまったデーモンの方だろうが。
「さっきのデーモン、質はどうあれ、量が半端じゃなかったもんなあ」
ルークが疲れたようにため息をついた。
こういう森の中では、使える魔法が限られる。
下手に大業を使おうものなら、自分たちまで巻き込まれる。
やがて、
「………次の町までは、結構あったよな」
確認するようにルークがつぶやく。
「ええ」
ミリーナがこくりと頷いた。
「………このまま行くのは無理そうだしよ。今日はここで野宿だな」
ルークの台詞に、ミリーナが立ち上がる。
「じゃあ、適当な場所がないかどうか見てくるわ」
「あ、じゃあ、オレが………」
立ち上がりかけたガウリイを、ルークが止める。
「場所を捜すのはオレとミリーナに任せて、
あんたは、ここで留守番でもしててくれよ」
ルークが立ち上がり、ちっちっと指をふった。
「野暮は言うなよ?
せっかくの俺とミリーナの『らぶらぶでえと』なんだからな」
ルークの台詞に、ミリーナが反射的に何かを言いかけ、思い直したように口を閉ざした。
その口元にわずかな笑みが浮かぶ。
だか、ガウリイの方を向いているルークは気づかない。
「あんたは、ここにいろよ、な?」
ルークの言葉に、ガウリイは静かに頷いた。
ルークがその場所に戻って来たとき、青年は木に体をもたせかけるように座っていた。
青年の傍ら、いつでも手の届く距離に、剣が横たえられている。
その剣は、無くしてしまった剣の代わりに、とやっきになって少女が探し出したものだった。
無名の魔力剣ではあるが、切れ味はまあまあ、強度は抜群にいい。
一度、どうしてそんなモノを捜しているのか尋ねたところ、
「まあ、剣を無くしたのは、あたしにも責任のあることだしね」
とだけ言って少女は笑った。
その前に持っていたのがどんな剣だったのか、二人が口にすることはなかった。
「どうだ? 様子は」
ルークは、眠る少女を起こさないように、小さな声で聞いた。
「さっき、一度目を覚ました。喉が乾いてたみたいだから、水を飲ませたら、また眠った」
ガウリイが答える。
「………それでこの体勢かい………」
ルークがどころなく疲れたような口調で言った。
地面に横たえられていた少女は、毛布にくるまれ、ガウリイに頭をよりかからせて眠り込んでいる。
「………ミリーナは?」
「泊まれそうな場所は見つけたんでな、ついでに水を探しに行ってる。すぐに戻ると思う」
「すまんな。迷惑かけて」
「気にするなって。………言いたかねえが、こいつには結構、助けてもらったからな」
ルークは、にやっとガウリイに笑いかけた。
「でも、今の俺の台詞、こいつには絶対言うなよ?
ンな事言ったとたん、礼金ふんだくられそうな気がするからな」
ガウリイが苦笑した。
「おれもそんな気がする」
ルークがガウリイの脇の地面によっこいせとしゃがみ込んだ。
「寝てるときは、静かなのになあ、こいつ」
青年の腕の中、眠る少女は、とても穏やかな表情をしている。
毛布からはみ出しているリナの髪を、起こさない程度にかるくつんつん引っ張る。
「あどけない顔しちまってまあ………。わかってんのかね。
あんた、とんでもねーヤツの腕の中にいるんだぜ?」
「オレはこいつの『保護者』だぜ」
ルークの手からリナの髪を取り戻しながら、ガウリイが言う。
「言ってろよ」
ルークが、肩をすくめた。
「でも、実際、ずーっとそのままでいるつもりか?」
「さあ?」
わかっているのかいないのか、とぼけた口調でガウリイが答える。
「………『さあ?』ってなあ………」
ルークがため息をついた。
ガウリイが唇に笑みを浮かべた。
腕の中、眠る少女の髪をそっと撫でる。
「………こいつさ、あのとき、オレの方を見て笑ったんだ。
気を失う前、オレが抱きとめた時に。だから………」
傭兵という仕事には不似合いな、穏やかな表情。
それと同じような表情を、つい最近、ルークは目にしていた。
それは、さしのべられた腕の中に崩れ落ちた少女が、見せたもの。
気を失う寸前、リナは確かにガウリイを見て、微笑んだ。
信頼と、確信。それから多分、そんな言葉では表しきれないものを込めた笑顔で。
普段あまり表にだすことのない、素のままの顔をみせた少女は、ルークですら一瞬惹きつけられたくらい綺麗だった。
自分の考えに沈んでしまったルークを、ガウリイの台詞が引き戻す。
「………だから………これで十分じゃないか?」
ルークは、ガウリイを見た。
そして、穏やかに眠る、その腕の中の少女を。
やがて、低く、ふん、とつぶやいた。
「………とりあえずはあんた、その『保護者』ってのをどうにかするんだな。
こうすやすや腕の中で眠られると、男としての立場ってねえだろ?」
ルークの台詞に、ガウリイがにっと笑った。
「うらやましいだろ」
「けっ。誰が」
そっぽを向いてルークが答える。
が、やがて小さくふてくされたように付け加えた。
「………ちょっとはな」
ガウリイが低く笑った。
ルークは、憮然とそれを見ていたが、
「………まあいいさ。今のところはそういうことにしてやるよ。今のところはな」
何を思いついたのか、にやっと笑う。
「───そのまんまの体勢でこいつが目を覚ましたら、まず真っ先にあんたがぶっ飛ばされるだろうからな」
勢いをつけて、ルークが地面から立ち上がった。
「さて、ミリーナが戻って来たみたいだぜ。野営の準備にかからないとな」
顔を上げた二人の耳に、ミリーナの呼び声が聞こえてきた。