闇より来るもの
〜 another side 〜

kyo



 

あたし達のとった宿は、1階が酒場、2階が宿屋という、まあ、言ってみればありふれた作りになっていた。
食事を終えたあたしたちは、それぞれの部屋に引き上げた。
宿屋は、酒場を業任するものが多い。
あたしたちが今日の宿に選んだのも、そういったありふれた宿のひとつだった。
階下からは、今日の仕事を終え、くつろいでいる人々のざわめきが聞こえてくる。
時々、歌声や怒鳴り声が混ざることもある。
うるさいと思うこともあったが、旅をするうちにすっかりなじみになってしまった。
あと半時ぐらいはこの騒ぎが続くだろう。

ふっ、と感じたその気配は、あたしには馴染みのあるものだった。
人間のもつ負の感情、そのすべてが混じりあったもの。
人間には、とうてい持ち得ないもの。
魔に属するモノの気配。
───即ち、瘴気───
あたしは、振り向きもせず、声をかける。
「───ゼロス───いるならとっとと出てきたらどう?」
「……あれ?気づかれちゃいました?さすがリナさん」
声と共に、虚空に、一人の青年が現れる。
黒い神官服を身にまとい、口元に笑みを浮かべた好青年───
だが、その正体をあたしはよく知っていた。
獣神官ゼロス───魔王ジャブラニグドゥの腹心、
獣王ゼラス=メタリオムに仕える高位魔族───
「気づくもなにも───これだけあからさまに瘴気をふりまかれちゃね───」
「……感心してるんですよ。よく僕だってわかりましたね」
「……なんとなく、ね。カンよ、カン……」
あたしは、苦笑した。

「───何の用? ゼロス」
あたしはゼロスに問いかける。
「すーだら宮仕えのあんたが、何の用もなく現れるわけ、ないわよね」
誰に何を言われてきたの?」
ゼロスはにっこりと笑った。
本性を知らなければだまされてしまいたくなる笑み。
「……僕が、リナさんに会いたかったから、というのはどうです?」
ふふん。鼻先で笑ってやる。
「言い訳なら、もっとマシなのを考えるのね」
ゼロスの笑みは変わらない。
「つれないですねえ……でも、僕が答えると思いますか?」
「……さあ。でも、聞くだけは聞いてみてもいいんじゃない?───」

あたしにはひとつ気がかりがあった。
ここ最近あたしは、魔族がらみの事件にかかわっていた。
それらはみな別々の事件に見えたのだ。最初は。
だが、それらの事件は複雑に絡み合い───
やがてあたし達をすべての元凶の元へと導いた。
そう───魔王の腹心、覇王グラウシェラーの元へと。
今はここにいない仲間たちの助けを借りて、
やっとの思いで覇王を倒たのがつい先日のこと。
とりあえず、元凶を消したことで、数々の事件は終わりを告げたかに思えるのだが───
あたしが思うに、事件に現れたキーワードはもうひとつあった。
───それは───

「あんたたち、なにをたくらんでいるの?
人と魔族を合成したりして───
今度は、誰を合成するつもり? ゼロス」

───即ち、人と魔族の合成───

ゼロスは微笑んだまま、答えなかった。

そもそも、あたしがかかわった事件の発端は、
デーモンの大量発生だった。
魔族は降魔戦争を再現しようとしているのではないか、と
竜の長老ミルガズィアさんは言った。
降魔戦争の再現───だとすれば、魔族の目的は恐らく千年前と同じ。
7つに分かたれた赤眼の魔王シャブラニグドゥの残りの欠片の復活───
───だが、それには条件がある。
魔王を復活させるためには当然、魔王の欠片がどこにあるかわかっていなければならない。
どこに───いや、誰の中にあるのか。
あたしは、かつてかかわった事件で、
魔王の欠片が復活するところを、この目で見た。
魔王は、とある人物の中に封じられていた。
他の欠片も同じだろう。
赤の竜神は、魔王の封印に人間の「心」を利用したのだ。
1000年前の降魔戦争の折、
冥王フィブリゾは、人の死すら司るその力を利用して
魔王の欠片を見つけ出し、復活させたのだといわれている。
だが、人の輪廻を見ることのできた冥王フィブリゾは、すでに滅んでいる。
ならばどうやって?

───かつて、あたしこそがその魔王の欠片かもしれないと言われたことがあった。
だが、それはまずありえない。ありえないと思いたい。
もしあたしが本当に「欠片」だったのだとしたら、
冥王はああもあっさりあたしを殺そうとしたりしなかったろうし、
金色の魔王があたしに降臨した時点で、欠片の封印にも何らかの影響が出たはずである。
あたしでないとすれば、誰か他に欠片として見つけ出された人がいるのだろうか。

それとも───
目的が、他にあるのか?
たとえば、人と魔族を合成することで、魔族にとっての戦力を増強する……
それとも───可能性でしかないが───もしかすると───

「まさか、あたしと───なんて腐ったこといわないわよね」
「ああ、それはないでしょう」
あっさりとゼロスが答える。
「考えてもみてください、リナさん。
あなたが多少なりとも僕たちに価値があるのは、
『あのお方』の呪文を唱えられるからです。
魔族と合体してたら、他の魔族の力を借りた呪文なんて唱えられなくなってしまいますからね。僕たちには価値がない。でも」
「でも?」
「肉体能力が優れている人なら、それもいいかもしれませんね。
たとえば戦士・武道家───そして───」
「────そして───剣士?───」
あたしはゼロスをにらみつけた。
「魔族と合成しても、人間の肉体的な能力は、強く残ります。
いわゆる『体が覚えている』状態なんでしょうね」
ゼロスがあたしに囁きかける。
「ねえ、リナさん?
考えたことはありませんか?
人間として最高の剣技に、人を遥かに超える魔力を与えたらどうなるか。
きっと面白いことになりますよ。
興味がないなんていわせません。
あなたはいつだって自分の欲求に正直な方だ。
魔道を極めたい、知りたいと思う欲求が、確かにあるはず───」
「───ゼロス───」
ゼロスが言葉を継ぐ。
「───なにを心配なさってるんです?
あの、きれいな見た目が消えることですか?
大丈夫ですよ。人間としては最高の材料ですからね。
合成するのも下級なんてけちな真似はいたしません。
レッサーデーモンみたいな見た目は、魔族的にも趣味じゃないですから。
強い魔力をもつものなら、あの姿もそっくりそのまま。
中身だって───
あなたを今より大切に扱ってくれるかもしれませんよ?」
「どの魔族を合成する気?───例えば『北の魔王』?───」
ゼロスは、笑った。
魔族の笑みで。

───可能性としてはありうるのだ。
人の身に封じられたとはいえ、魔王はもともと精神生命体。
人としての肉体など邪魔なだけのはず。
だが、何ゆえ人の姿を借りているのか?
それはおそらく、赤の竜神の封印のせいだろう。
そして、今、復活した北の魔王はカタートで氷に閉ざされている。
───だが、もし、その魔王の精神体のみを、他の存在に宿らせることができるなら?
その実験のために、人と魔族との合成が行われたとしたら?───

何時の間にか、階下のざわめきは遠いものとなっていた。

「───やってみればいいわ」
口元が自然と笑みを形づくる。
あたしは、しっかりとゼロスを見つめた。
「そのときには、あたしがあんたを滅ぼすから」
ゼロスの笑みが深くなる。
「───勝てますか? 僕に。
───殺せますか? 僕を」
自分の優位を確信している声。
なら、ゼロスは知らないのだ。
あたしも、笑った。
「知らないの? 人間の女は、怖いのよ」
かつて───あたしは、賭けをした。
賭けたものは、自分の命。
そして世界───
あたしが賭けに勝てたのは、僥倖以外の何物でもなかった。
───それでも───
二度目の賭けを多分───あたしは躊躇わない。
そんなこと、絶対に口にしてあげないけどね……ガウリイ。

「───それなら───」
ふわっ。
ゼロスの体が浮き上がり、あたしを見下ろす位置に来る。
「───使ってくださいますか? 僕の為に、あの呪文を───」
あたしとゼロス、二人の視線がぶつかり合う。
息の触れあう距離でゼロスがささやく。
───睦言のように。
「───いっしょに滅びますか? 僕と───」

そのまま、どれほどの時が流れたのだろうか。

くくっ、とゼロスが笑った。
「───本当に、おもしろいですね。
人間の感情というものは───僕たちを飽きさせない。
まあ、今日はこれぐらいにしておきましょう。
あまり獣王様のお許しもなく勝手なことをするわけにもいきませんのでね」
ゼロスはあたしの手を取り、口づけた。
冷たい手。
血を通わせる必要のない魔族の体。
「また来ます」
そういってゼロスはふっと姿を消した。
まるで最初からなにもいなかったかのように。
声だけが、いつまでも耳に残った。
「───行った………か───」
あたしは、ベッドにくずおれるように腰掛けた。
───ゼロスは、嘘はつかないかもしれない。つくかもしれない。
真実を言うこともあるが、真実の全ては語らない。
いずれにせよ、わかったことは───
事件はまだ終わっていないということ。
そして、今度の敵はおそらく───。
勝てるのだろうか。
ふとそんな疑問が頭をよぎる。
 

軽いノックの音がした。
でも、とても答える気力がない。
ノックが繰り返される。
それでも、あたしは答えられない。
ドアまでのほんの数歩の距離、それがとても遠い。
やがて───答えがないことをいぶかしんだのか、ドアが開かれた。
少々乱暴に戸を開け放ったのは……。
長い金の髪。空の色の瞳。
あたしのよく知っている人だ。
でも、なぜかとても久しぶりに見た気がする。
「……ガウリイ……」
「おい、どうした?」
あたしは、ゆるゆると首をふる。
「……なんでもない……」
ガウリイの表情がいぶかしさに曇る。
「何でもないって顔かよ。
ちょっと待ってろ、今なんか気つけになるもの、もらってくるから……」
そう言って、部屋を出て行きかけたガウリイを、
「待って」
あたしは呼び止めた。
「ごめん。ガウリイ。今だけ、少しだけ……ここにいて」
ガウリイが、立ち止まった。
ゆっくりと近づいてくる足音がする。
下を向いたままのあたしの視界の先で、ブーツが止まった。
ためらう気配。そして。
ふわり、とやわらかい感触と共に、ガウリイがあたしを抱きしめる。
……壊れ物をあつかうかのようにそっと。
あたしは逆らわなかった。
大きな手が、静かにあたしの髪をなでる。
あたたかい……。
あたしは静かに目を閉じた。
───ガウリイは何も訊かない。
くらげのくせに……こういうときだけ……
あたしは目を閉じたままその疑問を口にする。
「……ねえ、あたし、強くなったかな……」
しばしの沈黙の後。
ガウリイが低く笑った声が、触れている胸をつたって響いて来た。
「……おまえなあ……これ以上強くなってどうするんだよ」
くしゃくしゃと髪の毛がかき回される。
「………おまえ一人で持てないものなら、おれも半分持ってやるって。
言っただろう? クリムゾンシティーで」
そう。あたしは、以前、その台詞を聞いたことがあった。
あのときも、落ち込んでいるあたしを心配してくれたのだった。
………それでも責任の残り半分をあたしに残しておくということは、
一応、ガウリイなりにあたしを認めてくれているのか。
あたしの扱いは、あの日出会った『保護している少女』から少しは変化したのだろうか?
あたしは、顔を上げた。
めずらしくまじめな顔をしているガウリイと目が合う。
それがなんだか可笑しい。
「あたりまえよ。今更『おれは知んない』なんて言ったら』……」
「また首しめられるのか? おれ」
「当然」
言い切ったあたしに苦笑するガウリイ。
「………元気にはなったようだな。なんだかよくわからんが」
ぽんぽんとあたしの頭を軽く叩く。
そして、
「ほれ」
ガウリイが手を差しだした。
「まだ時間も早いし、気分直しに飲みにでも行くか?」
差し出された手を見る。
たまには人の手をとってみるのもいいのかもしれない。
───その手に縋るためでないのなら。
あたしより優に二回りは大きい手に、自分の手を重ねる。

未来のことなんてわからない。
でも、可能性があるなら、最後まであらがってみせる。
あたしに差し出されたこの手を失うようなことは絶対にいやだから。

「じゃ、一緒に行きましょ」
あたしは、ガウリイにむかってほほえみかけた。



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