kyo
首を振り、幻影を振り払う。
───そこにいたのは幼い少女だった。
あの人と同じ髪、瞳の色。
ただ、穏やかだったあの人とは違って、強くこちらを見つめてくる瞳が印象的だった。
一人旅をしている、とその少女は言った。
オレは驚いて彼女を見つめる。
華奢な体つきは、ほとんど子どものものだ。
誰かが守ってやらなければならないように見えた。
だから、「保護者は?」と尋ねた。
だが、彼女は首を横に振る。
───危ないなんてもんじゃない。
こんな少女が一人で旅をして、今まで無事だった方がどうかしている。
頑なに同行を拒む彼女を、語彙の限りをつくして説き伏せる。
どうにかこうにかアトラスシティーまで送る約束を取りつけたときには、
かなり時間が経過していた。
彼女に気づかれないように、ほっと安堵のため息をつく。
ここでは無理だが、アトラスシティーまで行けば、この子の身の振り方を考えることもできるだろう。
そうすればきっとオレも安心できる。
得体の知れない男につきまとわれる彼女にしてみればいい迷惑かもしれないが、
彼女を放っておくことはできない。
どんなにつっぱっていても、子どもには保護者が必要だから。
自分自身に言い訳する。
自分の心の底にある感情に気づかない振りをして………。
「───ゴブリンだよ───」
小声で告げたのは、少女を脅かさないためだ。
ゴブリンの10匹ぐらい、オレ一人で何とかなるが、
何もいまここで騒ぎ出して、注意をひきつけることはない。
ちらりと少女の様子をうかがう。
だが、少女の顔に怯えの色はない。
むしろ……
こいつ、今、笑わなかったか?
少女はあわてずさわがず、釣り針をとりあげ……
オレには意味不明の言葉をごにょごにょつぶやく
……まさかこいつ、魔道士か?
ゴブリンの団体を目にしても怯えのかけらすらないとは……
よほど無知なのか……それとも
それなりに場数を踏んでいるのか? この年で。
そういえば、昨日盗賊に襲われていた時も、この子の態度は普通だった。
……ま、危なくなりそうだったら手出ししてやりゃいいか。
オレは、高みの見物を決め込んだ。
ところが。
……決着は、あっけなくついた。
───いくらなんでもあっさり決着つきすぎだぞ………おーい………。
まあ、無事にすんだんだからどーでもいいけど………オレの出番なんてかけらもない。
今といい、釣りをしていた時のことといい………。
こいつ、見た目と性格、合ってないんじゃないか?
いや、勝手に面影を重ねていたのはこっちなんだけど………。
───少女のお供を買ってでたのは、最初はきっと義務感だったと思う。
そして、多分、罪悪感と………未練。
幸せになって欲しかった、あの人の代わりに………せめて。
それが自己満足にすぎないと分かっていても。
───ただ、いつからだったろう………彼女自身から目が離せなくなったのは。
とにかく表情かくるくる変わるし、見ていて飽きない。
面白い少女だと思った。
素直じゃなくて、お人好しで、
大人も太刀打ちできないくらい駆け引きが上手くて………。
そのくせ片端からトラブルに巻き込まれる。
しっかりきっぱり、オレまで事件に巻きこんでくれるし。
そして、赤目の魔王が復活したあの時───。
魔王は、言った。
服従か、死か。
どちらかを選べと。
戦うことを決めたとき、オレには先のことを考える余裕なんてなかった。
でも。
「───あたしは絶対死にたくない。だから、戦うときは必ず勝つつもりで戦うのよ!」
少女はそう言いきった。
強い瞳で。
オレも、多分ゼルも、生き延びることなんて考えていなかったあの時に。
オレはそれまで彼女の、何を見ていたんだろう。
彼女は、強い。
誰もが認めるその魔力ではなくて、その心が。
あの人も………オレも………持つことのできなかった強さ。
闇の中、焚き火の炎が照り映えて、彼女の姿を紅に染める。
赤い色は、好きじゃなかった。ろくな思い出がないから。
でも、少女をを染めたその色は、オレが見た中で一番鮮やかな赤だった。
───その時、はじめてオレは彼女を………リナを………綺麗だと思った。
オレがリナについていくことを決めたのは、多分あの時だと思う。
何故と聞かれても困るけど。
そして、鮮やかな今が、過去にとって変わる。
今でもふと何かの弾みであの人の事を思い出さない訳じゃないけれど、
それはもう本当に遠い、過去の思い出になってしまった。
今は………。
いてっっ。
「あぶねーなー、いきなり何するんだよ、リナ。
いきなりひとのほっぺた引っ張って」
文句を言うオレに、
「───あのねえ、ガウリイ」
リナがオレの目を覗き込む。
心臓が強く鼓動を刻む。
人の心を捕らえて離さない表情。
「何考えてるかは知らないけど………
今は、あたしと一緒なんだから、ちゃんとこっち見ててよね」
強い意思を感じさせる瞳は、オレが視線をそらす事を許さない。
───気づいてたんだろうか、こいつ。
オレが考えている事に。
「失礼でしょ? こんな美少女前にして他のこと考えてるなんて」
……って、だから無意味にポーズ取ったりしなくていいって……
リナの魅力はそんなところにあるわけじゃないから。
でも。
そっと華奢な体に手を回す。
彼女が気遣ってくれることがうれしい。
………台詞は全然素直じゃないけど。
リナの声が、触れた腕を通して伝わってくる。
「過去なんてどうでもいいわ。未来なんてわからなくてもいい。
───でも、今だけは、あたしを見てて」
「………リナ………」
つぶやいたつもりの声は、上手く形にならない。
代わりに、彼女を抱きしめる腕に力を込める。
痛い、と彼女は言ったが、腕をふり払いはしなかった。
しばらくそのまま抱きしめ続ける。
手を離したら、全てが消えてしまうような気がして。
「………なあ………リナは………いきなりオレを置いて、どっかに行ったりしないよな」
「……あのねえ……いきなり何を言うかと思えば………」
リナの手が伸ばされ、くしゃくしゃとオレの髪をかき回した。
いつもは、オレがリナにしている仕草。
………なんとなくくすぐったい気分で目を閉じる。
「あんたがあたしについてくる限り、あたしはあんたを置いてったりしない。
そばにいたげるわよ。しょーがないから」
リナが笑った気配がした。
「ま、あんたと出会ったのが、あたしの不運ってことで」
「………幸運の間違いだろ?」
目を開けて、彼女の顔をのぞき込む。
「あら、じゃ、ガウリイ、あたしを幸せにしてくれるんだ………保護者として?」
オレは、ちょっと情けない顔をしていたのかもしれない。
くすっと、リナが笑う。
「………冗談よ。幸せなんて、人に『してもらう』もんじゃないしね。あたしはあたしの幸せのために努力するの」
あの日、オレを惹きつけた鮮やかな表情で、もう少女とは言えないリナが微笑む。
「だから、今度あたしといるときに他の女の事なんか考えてたら、ぶっ飛ばすわよ。ガウリイ」
オレは、苦笑して、リナの額に口づけた。
───そして、鮮やかな『今』だけが広がっていく。