Time goes by

kyo




「なあ、あんたあいつのことどう思ってるんだよ」
「あいつって?」
「おまえのあのはためーわくな相棒のことだよ」
片手にグラスを持ち、ルークがガウリイに詰め寄った。
「………どうって言われてもなあ」
ガウリイの答えに、ルークはふんっと鼻を鳴らした。
「まあ、とぼけるのもいいけどよ、あんた、わかってるんだろ? あいつがあんたに惚れてるってことぐらい」
からんと音を立てて、ガウリイがグラスを傾ける。
ルークの問いに答えはない。
「お節介なことだとはわかってるんだがな。
………なんか、見てらんなくってよ。
あんたがあいつをどう思ってるかは知らんがな、
好きなら好き、嫌いなら嫌いってはっきり言ってやった方が、お互いのためだぞ」
ガウリイの口元が苦笑を形づくる。
「………おまえさんが言うと、なんか説得力あるよな、その台詞」
なにせルークは機会があるごとに相棒のミリーナに「愛してる」と言い続けている。
ミリーナから脈のある返事が返ってきたためしはないのだが。
「ほっとけってーの」
ルークがぐいっとグラスを呷る。
酔いの回った目で、ガウリイをねめつける。
「自慢じゃないがな、おれはあいつのハートをちゃーんと掴んでるぜ。
ミリーナは、本気で嫌ってる男と、旅を続けるような女じゃねえよ」
「「嫌われてない」と「愛されてる」ってのは、けっこー違うと思うがなあ」
「うるせーって。………やなやつだな、あんた」
ルークの目つきはすでにすわっている。
「ふん。おれはな「嫌われていない」ことには自信がある。
けど「愛されてる」かどうかってのは………。
ミリーナがンなこと言う性格じゃないのは、わかってんだけどよ。
ま、たまーに一言ぐらいあっても、悪かないよな」
テーブルに顎をついたルークが目の前のグラスをにらみつける。
「男のおれでもそう思うんだから、女だったらなおさそう思うだろな。
女がほしがるのは、思わせぶりな態度とか優しさとかじゃねえ。
はっきりとした約束の言葉や指輪や………うまく言えねーが………とにかくなんか形があるもの、自分が掴めるものがほしいんだよ。多分な」
「だからいつもミリーナにあんな台詞言ってんのか?」
「いいだろが、あれがおれの本心なんだからよ」
上目遣いになるルーク。
「あんたは、あいつのこと嫌いなのか?」
ガウリイの返事には、一瞬の間があった。
「………嫌ってる女と旅する男はいないだろ?」
「そうだよなあ。嫌ってる女のために、あそこまで苦労するバカは、いねーよな。
命張って、上級魔族とやり合うなんて、ふつーの思い入れじゃやってらんねえよな」
何が可笑しいのか、にやにやとルークが笑う。
「なら、言ってやりゃいいじゃねえか。好きだってな」
とんっ、とガウリイが軽い音をたてて、グラスを置いた。
「子どもを口説く趣味は、おれにはないよ」
「ははっ。子ども、か。ま、たしかに胸のあたりだけ見てりゃそうだけどよ」
ルークがため息をつきつつ、ガウリイのグラスに酒を注ぐ。
「今度、あいつを見てる男どもの視線、見てみろよ。
あんたの前で口説く度胸のあるやつはいねえだろうが、結構多いみたいだぜ、コナかけてるヤツ」
「どこの命知らずだ、あいつを口説くなんて」
「………相棒のあんたが言うなよ………。
あんたの目にどう映ってるのかは知らんがな、あいつも黙ってりゃ美少女に見えるしな。引く手あまたってわけだ」
黙り込んでしまったガウリイを、うりうりとルークがつつく。
「いいのかよ。あいつ、とんでもねー性格の割に、うぶなところがあるからな。
誰か本気で口説くやつがいれば、結構あっさり落ちるかもしれねえぜ。
………いいのかよ、あいつが他のヤツのもんになっちまっても。」
「………それは、あいつが決めることだろ?」
「けっ。やってらんないね。あんた、そりゃよっぽどのバカか、よっぽど惚れてるのかどっちかじゃないと言えない台詞だぜ。ま、あんたの場合、どっちもって気がするけどな。
あのなあ。保護者じゃなくなったら、あんたあいつと一緒になんていられなくなるんだぜ。本当の親兄弟ならともかく。へたすりゃ二度とあえないぜ。そこんとこわかってるか?」
「………え………?」
「え?って、あんた………いい加減にしてくれよ………本気でそのへんなんにも考えてなかったのか?」
ルークが深々とため息をつく。
「男と女が2年も一緒に旅して何もなかったなんて、世間が信じてくれるわきゃねーだろ?昔の男を自分の女に会わせるバカはいねえよ。」
「そっか………」
「抱いちまえよ。好きならな。考えたことがないなんて、言わさんぜ」
「………それは、あんたがミリーナに手出しできたら考えよう」
ガウリイの視線は、グラスから離れない。
「けっ。言ってくれるぜ。でも、ま、ちっとは自分の気持ちに正直になったか?」
「………どうして」
ルークはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「あんた、今、抱きたくないとは言わなかったもんな」
たぱたぱとガウリイのグラスに酒をつぐルーク。
「お子様だろうがなんだろうが、女は「女」って生き物なんだよ。
子どもだって思ってると、ひどい目に遭う。みんな大人だ子どもだってのを越えた所にいるのさ。いつまでも子どもなのは、男の方だ」
ルークは、ガウリイのグラスを手にとって、ぐいっと一息に飲み干した。
そのままの勢いで、ばんばんと力一杯ガウリイの背中を叩く。
「なにはともあれ、ま、健闘を祈ってるぜ。なんだか、口説くのに成功しても失敗しても呪文で吹き飛ばされそうな気がするからな」
「………あんた、けっこういいヤツだよな」
「けっ。今頃わかったのかよ」
ルークはぽんっとガウリイの肩を叩いた。
「………だから、今度あいつに、おれとミリーナへの貸し、まけるように言っといてくれよな。頼むから………」
 

宿屋の2階、部屋へ行く途中の廊下で、ガウリイはリナを見つけた。
「リナ………」
「あら、ガウリイ」
いかにも偶然といったように、リナが答える。
あわてた様子なのが、なにやら怪しい。
「………どうした。もう、寝てるはずの時間だろ」
「んー。ちょっと目が冴えちゃってね」
「………盗賊いじめか」
ジト目で言うガウリイに、盛大にリナがこけた。
「………あんたねえ、あたしが夜中に起きてる理由、それしか思いつかないの?」
「だけど、それ以外におまえが夜中に起きてる理由って………。
おい、ちょっと待て、リナ。すまん。オレが悪かった」
「ふん」
あわてて謝り倒すガウリイに、リナが、唱えかけの呪文を中断する。
何やら不機嫌なリナの様子に、おそるおそるといった感じでガウリイが問いかける。
「………ひょっとしてオレのこと、心配してくれてた?」
リナが目を見開いた。
一瞬現れるの無防備な表情。
だが、それはすぐにいつもの表情に戻る。
「うん。道に迷ってるとばっか思ってた」
ガウリイが脱力する。
「あのなあ………。でも、もしかしてホントに、心配してくれてたのか?」
「ほんとほんと♪ まったくいい保護者よね。保護されてる方に心配かけるなんて」
リナの瞳がガウリイ見上げる。
ランプの明かりが、その顔に微妙な陰影を落とし、柔らかく照らし出す。そこにあるのは、もう少女とは呼べない女の表情だった。
ガウリイがふと真顔でリナを見つめる。
そのまま自然な動作で手を伸ばし、リナを腕の中に閉じこめた。ただ、アルコールのせいか、抱きしめると言うよりは、寄りかかるといった形になる。
リナが、あきれた声をあげる。
「………酔ってるわね、ガウリイ」
「酔ってなんかないぞ」
そういうガウリイの瞳は閉じられている。
「そーゆーのが一番危ないのよ」
かしかしと片手で頭をかきながらリナが言う。
「つぶれる前に、ちゃんと自分でベッドに行ってよね」
「………なあ、リナ」
「なによ。酔っぱらい」
どうにかこうにかガウリイを部屋まで引きずろうとしながら、リナが答える。
「花がな、咲くところがあるんだ」
「花ぁ? どうしたのよ、唐突に」
思わずリナは立ち止まってしまった。
瞳を開いたガウリイの顔が、思ったより近くにあって、少し焦る。
「白くって、ちっちゃいんだけどとてもきれいな花で」
「………それで?」
「うん。だから………それが、春になると、一面に咲くところがあるんだ。そこが、おれの故郷だから………その………」
「その?」
「………いつか、見に行かないか?………オレと一緒に」
リナが動きを止めた。一瞬というには少し長い沈黙の後に、ささやきのような言葉を返す。
「初めてじゃない? あんたが自分の故郷のこと話すの」
「うん」
「どうして、そんなこと言う気になったの?」
「さあ?」
「さあ、じゃなくて」
腕の中からリナがガウリイを見あげる。
「オレは、なんだかんだ考えるのは苦手だし、難しいことは分からん。
でも、リナには、見てほしいと思ったんだ。どうしてかな」
リナが苦笑する。
「………あんた、それ一体何人に言ったのよ」
「言ってないよ。リナだけ」
リナが、驚いたように目を見開き、ガウリイを見る。
「リナだけだ」
ガウリイがリナの、耳元にそっとささやく。
しばらく沈黙が落ちる。
やがてリナが深くため息をついた。
「………そーゆーのは、正気の時に言ってよね………」
ガウリイの頬にそっと口づける。
「………今の台詞なんて、どうせ、忘れちゃうんだから………」
唐突に、リナの肩に掛かる重さが増えた。
「へ? ちょっと、こら、ガウリイ、こんな時にこんなところで寝るなーっっ!!」
リナが揺すっても叩いても、ガウリイは起きない。
「こいつは、まったく………」
リナは、本日何回目かのため息をついた。
 

「二日酔い?」
ミリーナの問いかけに返ってきたのは、言葉にすらなっていないようなうめき声だけだった。
「でも、珍しいですね。あなたが二日酔いになるぐらいまで飲むなんて………。ルークもですけど………。昨日、何かありました?」
「………いや、なんかルークと飲み始めたことまでは覚えてるんだが………そっから先はちょっと………」
「………聞くだけ無駄よ。ミリーナ。ルークはともかく、ガウリイが覚えてる訳ないんだから」
ミリーナがリナの口調にくすりと笑う。
「この調子では今日の出発は無理そうですね。とりあえず薬かなにかを………」
にっこり。リナが天使のほほえみを浮かべて言う。
「クスリならいいのがあるわよ。ほら♪ 迎え酒♪♪」
「………」
目だけで無言の訴えをするガウリイ。
「………冗談よ♪」
「………なんか妙に楽しそうじゃないか?………」
「うん。苦しいのあたしじゃないし。大体、女性二人を宿屋にほっぽって男性陣が遊び惚けてたなんて、あたし全っ然っっ気にしてないから(はあと)」
「………………………」
情けない表情のガウリイに、ミリーナが苦笑する。
「では、私は、ルークのと二人分、薬をいただいて来ますね。リナさんは、ガウリイさんのそばに」
そういって部屋を出ていくミリーナ。
それを見送ったリナは、ため息と共にガウリイの布団をかけ直し、ここぞとばかりぐりぐりと頭を小突いた。
そのまま部屋を出ていこうとするリナの手が、くいっと引っ張られる。
「ん?」
リナが、自分を引き留めている手を見る。
「……何やってんのよ、ガウリイ」
「………いや………なんとなく………」
「………? ちょっと。まだアルコール残ってんじゃないでしょうね?」
「………残ってるから二日酔いなんだろ?」
「をを、そう言えばっっ。だから賢いのね、ガウリイ」
ガウリイが深く肩を落とす。
「………あのなあ、おまえさん………まあしょうがないけどなあ………リナだし………」
リナがむっとする。
「どーゆー意味よ」
ガウリイは、リナの問いには答えず、言葉を継ぐ。
「………返事、まだもらってないんだけど」
「何の返事よ」
リナが、眉をしかめ、本気でいぶかしげな顔になる。
「昨日の、オレのお誘いへの返事」
「ああ、昨日のアレね………」
言いかけたリナがひきっと凍り付いた。ぎぎぃっと首を回して振り返る。
「………って、ちょ、ちょっと待ってっっ。なんであんたが酔ってた間のことなんか覚えてるのよ。大体さっき、忘れたって………」
「あれ? オレ『忘れた』なんて言ってないぜ。一言も」
のほほんとガウリイが言う。
「うっっ………いつもは、きれーさっぱり忘れるくせに、どうしてそんなことだけ………」
「『そんなこと』じゃなくて『大事なこと』だからだろ?」
にやっと笑いかけたガウリイが、途端に頭痛に顔をしかめる。
リナがため息をついた。
「………だから、ンな二日酔いの状態で、口説かないでって………」
「正気だったら口説いてもいいのか?」
「そ、それは………」
ふいっとリナが顔を背ける。髪の間からのぞいている耳が赤い。
「なあ、リナ、返事は?」
ガウリイの手に力がこもる。
リナが、すっと、天井を見上げた。
「………明日になったら忘れるなんてオチはなしよ?」
「大丈夫、だと思う………多分」
「忘れた、なんて言ったら、ぶっ飛ばすからね」
「………うん………」
「………じゃあ、ま、言ったげるわ………」
リナは、深く息を吸い込んだ。くるりと振り向き、ガウリイの耳元で怒鳴る。
「あたしは昨日、答えたじゃない。あれじゃ返事にならないの? こののーみそスライム男っっっ!!」
ガウリイが、にぱっと笑う。子どものような無邪気な笑顔。
「じゃ、やっぱり昨日のあれはキ……」
「………それ以上言ったら、ぶっ飛ばす」
真っ赤になったままのリナが、妙に抑揚に乏しい声で言う。
ガウリイの笑みが苦笑に変わる。
リナをつかんでいないほうの手で ぽんぽん、とリナの頭をたたき、くしゃくしゃと髪をかき混ぜる。いつものように。
「なあ、リナ」
「………何よ」
「急がないで行こうな。時間はたくさんあるから」
「………たくさんって、どのぐらい」
「さあ。数えられないんじゃないか?」
「どうして?」
「だって、ずっと一緒にいるんだろ? オレ達」
ガウリイの腕が、静かにリナを引き寄せる。
リナは逆らわなかった。
 

次の日。
『忘れた』という冗談をかましたガウリイが、リナの呪文で宙を舞う羽目になったのは、当然といえば当然だった。
 
 

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