kyo
宿屋の2階、部屋へ行く途中の廊下で、ガウリイはリナを見つけた。
「リナ………」
「あら、ガウリイ」
いかにも偶然といったように、リナが答える。
あわてた様子なのが、なにやら怪しい。
「………どうした。もう、寝てるはずの時間だろ」
「んー。ちょっと目が冴えちゃってね」
「………盗賊いじめか」
ジト目で言うガウリイに、盛大にリナがこけた。
「………あんたねえ、あたしが夜中に起きてる理由、それしか思いつかないの?」
「だけど、それ以外におまえが夜中に起きてる理由って………。
おい、ちょっと待て、リナ。すまん。オレが悪かった」
「ふん」
あわてて謝り倒すガウリイに、リナが、唱えかけの呪文を中断する。
何やら不機嫌なリナの様子に、おそるおそるといった感じでガウリイが問いかける。
「………ひょっとしてオレのこと、心配してくれてた?」
リナが目を見開いた。
一瞬現れるの無防備な表情。
だが、それはすぐにいつもの表情に戻る。
「うん。道に迷ってるとばっか思ってた」
ガウリイが脱力する。
「あのなあ………。でも、もしかしてホントに、心配してくれてたのか?」
「ほんとほんと♪ まったくいい保護者よね。保護されてる方に心配かけるなんて」
リナの瞳がガウリイ見上げる。
ランプの明かりが、その顔に微妙な陰影を落とし、柔らかく照らし出す。そこにあるのは、もう少女とは呼べない女の表情だった。
ガウリイがふと真顔でリナを見つめる。
そのまま自然な動作で手を伸ばし、リナを腕の中に閉じこめた。ただ、アルコールのせいか、抱きしめると言うよりは、寄りかかるといった形になる。
リナが、あきれた声をあげる。
「………酔ってるわね、ガウリイ」
「酔ってなんかないぞ」
そういうガウリイの瞳は閉じられている。
「そーゆーのが一番危ないのよ」
かしかしと片手で頭をかきながらリナが言う。
「つぶれる前に、ちゃんと自分でベッドに行ってよね」
「………なあ、リナ」
「なによ。酔っぱらい」
どうにかこうにかガウリイを部屋まで引きずろうとしながら、リナが答える。
「花がな、咲くところがあるんだ」
「花ぁ? どうしたのよ、唐突に」
思わずリナは立ち止まってしまった。
瞳を開いたガウリイの顔が、思ったより近くにあって、少し焦る。
「白くって、ちっちゃいんだけどとてもきれいな花で」
「………それで?」
「うん。だから………それが、春になると、一面に咲くところがあるんだ。そこが、おれの故郷だから………その………」
「その?」
「………いつか、見に行かないか?………オレと一緒に」
リナが動きを止めた。一瞬というには少し長い沈黙の後に、ささやきのような言葉を返す。
「初めてじゃない? あんたが自分の故郷のこと話すの」
「うん」
「どうして、そんなこと言う気になったの?」
「さあ?」
「さあ、じゃなくて」
腕の中からリナがガウリイを見あげる。
「オレは、なんだかんだ考えるのは苦手だし、難しいことは分からん。
でも、リナには、見てほしいと思ったんだ。どうしてかな」
リナが苦笑する。
「………あんた、それ一体何人に言ったのよ」
「言ってないよ。リナだけ」
リナが、驚いたように目を見開き、ガウリイを見る。
「リナだけだ」
ガウリイがリナの、耳元にそっとささやく。
しばらく沈黙が落ちる。
やがてリナが深くため息をついた。
「………そーゆーのは、正気の時に言ってよね………」
ガウリイの頬にそっと口づける。
「………今の台詞なんて、どうせ、忘れちゃうんだから………」
唐突に、リナの肩に掛かる重さが増えた。
「へ? ちょっと、こら、ガウリイ、こんな時にこんなところで寝るなーっっ!!」
リナが揺すっても叩いても、ガウリイは起きない。
「こいつは、まったく………」
リナは、本日何回目かのため息をついた。
「二日酔い?」
ミリーナの問いかけに返ってきたのは、言葉にすらなっていないようなうめき声だけだった。
「でも、珍しいですね。あなたが二日酔いになるぐらいまで飲むなんて………。ルークもですけど………。昨日、何かありました?」
「………いや、なんかルークと飲み始めたことまでは覚えてるんだが………そっから先はちょっと………」
「………聞くだけ無駄よ。ミリーナ。ルークはともかく、ガウリイが覚えてる訳ないんだから」
ミリーナがリナの口調にくすりと笑う。
「この調子では今日の出発は無理そうですね。とりあえず薬かなにかを………」
にっこり。リナが天使のほほえみを浮かべて言う。
「クスリならいいのがあるわよ。ほら♪ 迎え酒♪♪」
「………」
目だけで無言の訴えをするガウリイ。
「………冗談よ♪」
「………なんか妙に楽しそうじゃないか?………」
「うん。苦しいのあたしじゃないし。大体、女性二人を宿屋にほっぽって男性陣が遊び惚けてたなんて、あたし全っ然っっ気にしてないから(はあと)」
「………………………」
情けない表情のガウリイに、ミリーナが苦笑する。
「では、私は、ルークのと二人分、薬をいただいて来ますね。リナさんは、ガウリイさんのそばに」
そういって部屋を出ていくミリーナ。
それを見送ったリナは、ため息と共にガウリイの布団をかけ直し、ここぞとばかりぐりぐりと頭を小突いた。
そのまま部屋を出ていこうとするリナの手が、くいっと引っ張られる。
「ん?」
リナが、自分を引き留めている手を見る。
「……何やってんのよ、ガウリイ」
「………いや………なんとなく………」
「………? ちょっと。まだアルコール残ってんじゃないでしょうね?」
「………残ってるから二日酔いなんだろ?」
「をを、そう言えばっっ。だから賢いのね、ガウリイ」
ガウリイが深く肩を落とす。
「………あのなあ、おまえさん………まあしょうがないけどなあ………リナだし………」
リナがむっとする。
「どーゆー意味よ」
ガウリイは、リナの問いには答えず、言葉を継ぐ。
「………返事、まだもらってないんだけど」
「何の返事よ」
リナが、眉をしかめ、本気でいぶかしげな顔になる。
「昨日の、オレのお誘いへの返事」
「ああ、昨日のアレね………」
言いかけたリナがひきっと凍り付いた。ぎぎぃっと首を回して振り返る。
「………って、ちょ、ちょっと待ってっっ。なんであんたが酔ってた間のことなんか覚えてるのよ。大体さっき、忘れたって………」
「あれ? オレ『忘れた』なんて言ってないぜ。一言も」
のほほんとガウリイが言う。
「うっっ………いつもは、きれーさっぱり忘れるくせに、どうしてそんなことだけ………」
「『そんなこと』じゃなくて『大事なこと』だからだろ?」
にやっと笑いかけたガウリイが、途端に頭痛に顔をしかめる。
リナがため息をついた。
「………だから、ンな二日酔いの状態で、口説かないでって………」
「正気だったら口説いてもいいのか?」
「そ、それは………」
ふいっとリナが顔を背ける。髪の間からのぞいている耳が赤い。
「なあ、リナ、返事は?」
ガウリイの手に力がこもる。
リナが、すっと、天井を見上げた。
「………明日になったら忘れるなんてオチはなしよ?」
「大丈夫、だと思う………多分」
「忘れた、なんて言ったら、ぶっ飛ばすからね」
「………うん………」
「………じゃあ、ま、言ったげるわ………」
リナは、深く息を吸い込んだ。くるりと振り向き、ガウリイの耳元で怒鳴る。
「あたしは昨日、答えたじゃない。あれじゃ返事にならないの? こののーみそスライム男っっっ!!」
ガウリイが、にぱっと笑う。子どものような無邪気な笑顔。
「じゃ、やっぱり昨日のあれはキ……」
「………それ以上言ったら、ぶっ飛ばす」
真っ赤になったままのリナが、妙に抑揚に乏しい声で言う。
ガウリイの笑みが苦笑に変わる。
リナをつかんでいないほうの手で ぽんぽん、とリナの頭をたたき、くしゃくしゃと髪をかき混ぜる。いつものように。
「なあ、リナ」
「………何よ」
「急がないで行こうな。時間はたくさんあるから」
「………たくさんって、どのぐらい」
「さあ。数えられないんじゃないか?」
「どうして?」
「だって、ずっと一緒にいるんだろ? オレ達」
ガウリイの腕が、静かにリナを引き寄せる。
リナは逆らわなかった。
次の日。
『忘れた』という冗談をかましたガウリイが、リナの呪文で宙を舞う羽目になったのは、当然といえば当然だった。