闇より来るもの

kyo



あたし達のとった宿は、1階が酒場、2階が宿屋という、まあ、言ってみればありふれた作りになっていた。
おいしい酒と料理を出すと評判の店で、この時間になってもまだ酒場には人が多い。
長い旅の間にすっかり馴染んでしまった喧噪が聞こえてくる。
間に混ざる高い声は………誰かが歌でも歌っているのだろう。
上手くはないが、こういう場所には妙に似合っている。

ふっ、と感じたその気配は、あたしには馴染みのあるものだった。
人間のもつ負の感情、そのすべてが混じりあったもの。
人間には、とうてい持ち得ないもの。
魔に属するモノの気配。
───即ち、瘴気───
あたしは、振り向きもせず、声をかける。
「───ゼロス───いるならとっとと出てきたらどう?」
「……あれ?気づかれちゃいました?さすがリナさん」
声は、あたしの背後の空間から聞こえた。
それは、イヤになるくらいよーく知っている声だった。
振り向かずともわかる。
きっと口元には、いつものあの笑みを浮かべているのだろう。
しばらく前まであたしたちと共に旅をしていた自称「謎のプリースト」。
───だが、その正体は───獣王ゼラス=メタリオムに仕える獣神官───
「気づくもなにも───これだけあからさまに瘴気をふりまかれちゃね───」
ゆっくりと振り向いたあたしの視界にうつったのは、想像どおりのゼロスの姿だった。
「感心してるんですよ。よく僕だってわかりましたね」
あたしは、苦笑した。
「……なんとなくね。カンよ、カン……あんたとはいいかげん、付き合い長いし……」
「……魔族に付き合い長いって……自分で言っててヤになりませんか?その台詞……」
うるさいやい。
あたしは、ジト目でゼロスを見た。
「何しに来たのよ、ゼロス?」
「何しにって……リナさんつれない……」
ゼロスがどこからともなくハンカチを取りだし、涙を押さえるフリをするが、無視。
そもそも、あたしとゼロスは、前回の事件が終わったとき、
『再び会った時は敵、もしくは命の取りあい』───そう言って別れたはずだった。
このゼロス、みかけはこーだし、性格もあーだが、
しゃれにならない実力を持っている。
なにせこいつは降魔戦争の折、たった一人で竜の一族を滅ぼしかけたのだという。
あたしはそれを黄金竜の長老、ミルガズィアさんから直に聞いているのだ。
もし、戦うようなことになったら───勝てるかどうか───
そんなことを考えるあたしに、のほほんとゼロスが言う。
「せっかくいいこと教えてあげようと思ったのに……」
あたしは、不本意ながら一瞬硬直してしまった。
魔族も精神攻撃を使うんだろーか。
「教えるっっ?あんたがっっ? 百害あって一利なし。秘密ですが口癖で、あたしをだましまくってたあんたが、おしえるっっ?」
あたしの声は、絶叫に近かったかもしれない。
「何をたくらんでいるの?ゼロス───」
「ご挨拶ですね、リナさん」
ゼロスはなにやら気を悪くしたようだった。
ってことは、こいつ本当になんかあたしに教えたいことがあるんだろうか。
「僕が、きょうここに来たのは他でもない、魔族と人との『合成』について、あなたにお知らせしたいことがあったからですよ」
その声に、ふと顔を上げる。
ここ最近、あたし───というかあたしたち───は、魔族がらみの事件にかかわっていた。
発端は、すべてバラバラ。
だから、それらはみな別々の事件だと思っていたのだ───最初は。
だが、それらの事件は複雑に絡み合い───やがてあたし達をすべての元凶の元へと導いた。
───覇王グラウシェラーの元へと───
やっとの思いで覇王を倒し、事件は終わったことになっている。
───だが───。
あたしにはひとつ気がかりがあった。
これまで誰にも言ったことはないけれど。
これらの事件に現れていたキーワードは、『覇王』の他にもあった。
それが、『魔族と人との合成』。
これまであたし達が倒してきたのは、魔族そのものというより、
何らかの事情で魔族と合成された人間とのもののほうが圧倒的に多い。
そして、これが決して侮れない実力をもっている。
結局『覇王』がなにを目標として一連の事件を起こしたのかは分からなかった。
だか、もしかすると………。
一般に、人間には低級魔族を憑依させることはできないといわれている。
人間には『自意識』というものがあって、これがじゃまをするのだと。
だが、あたしは知っている。
あるのだ。魔族と人とを融合させる方法が。
人の自我を破壊して、そこに魔族を融合させるという方法が。
実際にあたしたちは、そういう敵と戦ったことがあった。
そして、もう一つあたしが考えたこと。
……もし、憑依させるものが、低級魔族でなかったらどうなるのだろう?
そして、合成される方も、卓越した技能を持った人間だったら………。
どんな人魔ができあがるのだろう?
まさかとは思うのだが───
あたしはゼロスを問いつめる。
「まさかとは思うんだけど………。
あんた、あたしを合成の材料にするためにここに来たんじゃないでしょうね」
「あ、それはないです」
あっさりきっぱり答えるゼロス。
にっこりと人好きのする笑みを浮かべる。
「考えてもみてください。リナさん。
僕たち魔族が多少なりともあなたに関心を抱いているのは、
『あのお方』の呪文を唱えられるからです。
でも、僕たち魔族と合成してしまったら……」
「自己否定になってしまうから、他の魔族の力を借りることはできない……」
「よくできました」
「その割に、あたしと『金色の魔王』の力で世界をどうこうしようなんて、むちゃくちゃ他力本願なこと、やってたわよね」
ゼロスの額を、汗がつたう。
「ま、それはそれということで」
顔が引きつっているぞ、ゼロス。
からかうようなあたしの視線に、あわててゼロスは話題をもどす。
「僕たちが、あなたを魔族と合成できない理由は、もうひとつあります。
こう言ったらなんなんですが、リナさん。
あなたの強さは、その魔力によるものではありません。
そりゃ、人としては、ほとんど最高のレベルにあることは認めますけどね。
リナさんが仮にも僕たち魔族を相手に生き残ってきたのは、なんと言っても、
噛み付いたらはなさないとすっぽんのようなその根性、
あくどいまでに相手の裏をかくその戦法、
いくら叩いても決してつぶれないそのしぶとさ、そのたもろもろエトセトラにあるんですから」
「……あんた、あたしに喧嘩売ってる? ひょっとして……」
「……ほんの少し……
でも、リナさんならご存じですよね。戦いにおいての『強さ』というのは、魔力の強さ剣の技量じゃありません。
ある意味、駆け引きのうまさであり、経験であり、精神の強さでもあります。
デーモンと合成して『自我』を失ってしまえば、
リナさんをリナさんたらしめているその『強さ』がなくなっちゃいますからね。
合成した結果レベルダウンするようなことはいたしません」
ゼロスは、そこでいったん言葉を切り、微笑む。
「でも」
「………でも?」
「ガウリイさんなら、いいかもしれませんね」
答えるあたしの声は少しかすれていたかもしれない。
「いいって、なにによ。
………ガウリイだって同じことじゃない。
くらげでも、脳スライムでも、いちおー剣士としての腕は一流よ。
それって、ガウリイの経験値が高いってことじゃない? それに、あんなんでも一応、戦いの最中はそこそこ考えてるみたいだし」
「……甘いですね、リナさん。あれが『脊髄反射』と『野生のカン』じゃないと、言いきれますか? 本当に?」
「……うっっ……そっそりは……」
痛いところを突いてくる。
「リナさんならご存知だと思うんですけど『脊髄反射』って、体が勝手に反応してるようなもんですから、本人の意思とは無関係ですよねえ。
それに、『野生のカン』も、本能的なものですから、人間の脳が残っていれば、本人の意思が無くても、働きだすこともあるかもしれませんねえ。
───どうでしょうね。そういう人を魔族と合成したら。
あの人間としては最高の剣技に、人間を遥かに超える魔力が加わったら───さぞかし面白いことになると思いませんか?
そうそう。合成するのも、下級のデーモンじゃつまりませんね。
中級か───思いきって上級魔族を合成してみるってのは、いかがです?」
興味、ありませんか?どんな風になるのか」

何時の間にか、階下のざわめきは遠いものとなっていた。
ゼロスの笑みは変わらない───ただ、その瞳を開いている。
穏やかな見掛けの下に隠されている魔族の本性があらわになる。
人の恐怖を、負の感情を食らって生きるものの表情。
人とは相容れない、闇に生きるもの達の。

くすり。
あたしは笑った。
可笑しい。可笑しくてたまらない。
「そりゃ、いいかもね。ちょっとはクラゲも直るかも」
「リナさん?」
あたしの台詞に、ゼロスが意外そうな表情をつくる。
あたしはゼロスに笑いかける。
極上の笑みで。
「やってみればいいわ、ゼロス。
そのときは、あんたを殺すから」
静かに言い放つ。
沈黙が落ちた。
ゼロスが昏い笑みを浮かべる。
ふわりと浮き上がり、あたし目の前に現れる。
「───勝てますか? 僕に。───殺せますか? 僕を」
自分の優位を確信している声。
知っていて、あたしをなぶっている。
あたしにもそれは分かっている。
でも。
「人間の女を、甘く見ないことね。知らないの? 女は怖いのよ。恋に狂った女はね」
そう。
かつて───あたしは、賭けをした。
たった一つのあるもののために。
自分の命も───世界すらも賭けて。
この世のすべてと何かを引き替える資格なんて、あたしにはないのに。
あたしが賭けに勝てたのは、僥倖以外の何物でもなかった。
───それでも───
二度目の賭けを多分───あたしは躊躇わない。
そんなこと、絶対に口にしてあげないけどね。
……ガウリイ。

ふわっ。
ゼロスの体が浮き上がる。
「───それなら───」
あたしを見下ろす位置に来る。
「───使ってくださいますか。僕の為に、あの呪文を───」
あたしとゼロス、二人の視線がぶつかり合う。
息の触れあう距離でゼロスがささやく。まるで睦言のように。
ささやきは甘い毒のようだった。
「───いっしょに滅びますか? 僕と───」

そのまま、どれほどの時が流れたのだろうか。

先に視線をはずしたのはゼロスのほうだった。
すっとあたしから距離をとる。顔に浮かぶのは、いつものあの人を食ったような表情だった。
「つまんないですね。リナさん。すっかり普通の女の子の反応じゃないですか」
「……あんた、一体あたしになにを期待してた……?」
「……それは、まあ……いろいろと……。
だめですよリナさん。前回あれだけおどかしておいたんだから、もうちょっとは怖がってくださらないと」
………なんだか妙に脱力してしまった。
ゼロスがとぼけた顔で、首を傾げる。
「じゃ、僕はこのへんで」
「………ちょっと待てぃ」
あたしは、どうにかこうにかゼロスの神官服の端を捕まえることに成功した。
「………あんた、さっきまでの話はなんだったのよ」
「愛あるがゆえの、いじめです(はあと)」
「ふざけるなっっ」
あたしがぎゅうぎゅう首を締め上げるのに、律儀に苦しそうにしてみせるゼロス。
嫌みだぞ、それは。神滅斬かましてやろーか。
あたしの気配が変わったのに気づいたか、ゼロスがあわてて言葉を継ぐ。
「いやあ、とりたてて用というほどのことはなかったんですけど、獣王様に命じられた仕事がとりあえず片付いたので、ちょっとリナさんでも脅かして、負の感情でもいただこうかな、なんて思いついたもんで」
いけしゃーしゃーと言い放つゼロス。
───をひ。
「それじゃあまあ、獣王様に頼まれた仕事もありますので、これで失礼します」
「本気で、暇つぶしに来たのか、おまえはあぁぁぁっっ!!!」
あたしがぶん投げた椅子が届く前に、ひょいっとゼロスの姿はかき消えた。

ひょいっと、ゼロスが空間から顔を出す。
顔だけを。
………本気で気色いから、やめろって。
「そうそう、リナさん。
ガウリイさんに、言うことは言ってあげたんですか? 
僕達魔族に比べたら、人間の一生なんてあっという間なんですから、とっとと言っておかないと、あっという間におばあちゃんになっちゃいますよ。
それと、もしガウリイさんに飽きたらとっとと僕に言ってくださいね。すっぱりきっぱり跡形もなく消し去ってあげますから」
「ほっとけえっっ!!」
すでに、絶叫に近いあたしの声に、ゼロスは今度こそ退散した。
……本気で暇つぶしにきてたな……
あたしは脱力のあまり、ついついベッドに倒れ込んだ。

「本気で余計なお世話様」
あたしは、天井を見上げながら、もういないゼロスに向かってつぶやいた。
飽きるなんて、あるわけないじゃない。

とんとん。
あたしの部屋をノックする音。
「おーい、夕飯食いにいかんか?」
良く知っている声が、あたしの名前を呼ぶ。
自然にあたしの口元に笑みが浮かんだ。
「今行くわ」
あたしは、いっしょに夕飯を食べるべく、自称保護者のもとへと歩いていった。
 
 

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