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「おーい、リナー」
一人の青年が、保護している少女の名を呼びながら廊下を歩いている。
淡い金髪に青い瞳。
見た目だけならまったく文句のつけようがない青年は、つい先日まで囚われの身で、
自分が保護しているはずの少女にお姫様よろしく助けられるという大技を披露してくれたばかりだった。
階段を降りようとした青年は、客室の一つから出てきた人影に気づき、声をかける。
「あ、ゼル。リナを見なかったか?」
ゼルと呼ばれた青年が、うなずいた。
「ああ、さっきちょっと外の空気を吸ってくるとか言ってたな」
「大丈夫かな、あいつ。まだ本調子じゃないのに」
「心配か?ガウリイ」
ゼルガディスがからかうように声を掛ける。
至極真面目な顔でガウリイが答える。
「ああ、まさかとは思うが、あいつまた『盗賊いぢめ』にでもいってるんじゃないかと思ってな」
「・・・・・いくらなんでも、それはないだろう。
冥王との戦いからまだ3日。
魔力的にも体力的にもそんな余裕はないぞ。普通。
あいつだって、やっと今日まともに動けるようになったばっかりだろうが」
なんとはなしに脱力感を覚えながらゼルガディスが答えた。
「あのなあ、ガウリイの旦那。
これは、あんたにいつか話さなきゃならないとは思ってたんだが」
「へ?」
「ちょうどいい機会だ。ちょっと付き合え」
ゼルガディスがガウリイの腕を捕らえた。
そのままぐいぐいとガウリイの腕を引く。
わけもわからずガウリイは、客室の一つに引きずりこまれた。
「お前さんに、ちょっと言っとくことがあってな」
「なんだよ、廊下で話しちゃまずいのか?」
「ちょっとな」
「なんだ、なんだ?ゼル。愛の告白か?」
ゼルガディスかこれ以上はないというぐらいイヤそうな顔になる。
「どうしてそうなる」
「いや、なんとなく」
「なんとなくで、そんな気色の悪いことを言うんじゃないっ!
お前にはそういうシュミでもあるのか?」
ガウリイはキョトンとした顔でゼルガディスを見た。
やがて、にっこり笑ってぽんぽんとゼルガディスの肩を叩く。
思わず引いてしまったゼルガディスに、
「なあ、ゼル」
「なんだ」
「あんまり叫ぶと、血圧が上がるぞ」
のんびりと言う。
「余計なお世話だっっ」
思い切り叫んでしまったゼルガディスは、しばらく肩で息をついていた。
「で、結局なんの用件なんだ?ゼルガディス?」
気を取り直したゼルガディスは、
「本題に入れなかったのはあんたのせいだろうが。ったく。まあいい。
どうしてもあんたに一言、言っときたくてな。あんた、自分の立場わかってるか?」
「リナの『保護者』」
ガウリイは、即答した。
「・・・・あんたに抽象的な質問をした俺が悪かった。
俺はリナが、旦那のことをどう思ってるか、分かってるか、と聞きたかったんだ」
「脳ミジンコの剣術バカ」
これも即答。
「そうじゃなくて」
深海より深い絶望を感じながらゼルガディスが続けた。
「いくらあんたでも、リナが、冥王フィブリゾのところまであんたを助けに行ったってことぐらい分かってるよな」
「ああ」
「・・・・・どんな思いであいつがそこまで向かったのか、本当に分かってるのか?
のうのうと囚われのお姫様をやっときながら。
あいつがどんな手をつかってあんたを助け出したのか、本当に分かってるか?」
「あいつ、なんかまた無茶でもやったのか?」
「無茶なんてもんじゃない。
あいつは、自分では絶対おまえにそんなこと言わんだろうがな。
あいつが使ったのは、禁呪だよ。
その呪文で自分も世界も滅ぶかもしれなかったのにな。
あいつは、この世界全部とあんたの命を秤にかけて、あんたのほうをとったんだよ」
ガウリイは、しばらく黙っていた。
「なあ、ゼル。
賭けられてたのがお前の命でも、リナは同じことしたと思うぜ。
あいつ、あれで結構情にもろいからな。
アメリアのこともシルフィールのことも、守ってくれたさ。
世界を賭けてだって」
「それでも、あんたは特別なんだよ。
なんで冥王フィブリゾが、旦那を選んで連れていったか、ほんとに分かってるか?」
「ああ、そりゃ俺があいつの「保護者」だからだろ?」
ゼルガディスは片手で額を押さえた。
「あのなあ。わざとボケてるのか本気でボケてるのか知らんが・・・・・・。
リナはあんたを選んでるんだ。
旦那がどうしたいのかは知らんが、いいかげん態度をはっきりさせたらどうだ?」
「あいつのことならな、面倒みられるのなんて俺ぐらいだろう?
もう、とっくの昔に覚悟は決めてるよ。それじゃだめなのか?」
首をかしげてガウリイが言う。
「放っとくと妙に危なっかしいしな、あいつ。
………そういや、俺、あいつのこと探してたんだっけ?」
そのまま歩いて部屋を横切ったガウリイが、ふと何か思いついたように戸口のところで振り向いた。
「ああ、そうそう。ゼル。お前さんがここまでついてきたのってリナのためだったろう?
俺のためってのもあったろうけど・・・・。
忘れちまわないうちに礼を言っとくよ。
ありがとう」
ゼルガディスの返事はなかった。
カタカタと階段を降りていく足音だけが部屋に響いた。
「もう、いいぞアメリア。出てきても」
扉の影から、小柄な少女が現れる。
くっきりとした黒い瞳が、笑みに揺れていた。
「あはは。ばれてました?」
「当たり前だ」
アメリアは、わざとらしくぱたぱたと服などはたきながら、
「ゼルガディスさんにばれてたってことは、勿論、ガウリイさんにもばれてましたよね」
ゼルガディスがあきれたように黒髪の少女を見る。
「多分な。それにしてもセイルーンの巫女姫が、立ち聞きとはな」
アメリアが無邪気な笑みを浮かべて答える。
「『情報収集』は王族のたしなみです。正義のためには大切な一歩です」
「・・・・・・お前な・・・・・・。立ち聞きのどこに正義がある・・・」
「いいじゃありませんか。いつかそのうち見つかります。それに・・」
「それに?」
「ガウリイさんには、わたしも一言いいたいことがあったから」
「よかったのか?言わなくて」
「そうですね。でもゼルガディスさんが代わりに言ってくれました。
それに、ガウリイさんはガウリイさんなりに、分かってるのかもしれないし・・・まあ、希望的観測ですけど」
「あいつも苦労するな」
ゼルガディスが苦笑をもらす。
アメリアが、ふっとつぶやいた。
「ゼルガディスさん。もしかしてリナさんのこと・・・・」
「ん?」
「いいえ、なんでもありません」
アメリアは静かに首をふった。
ゼルガディスは、しばらくアメリアを見つめていた。が、やがて、視線を窓の外にずらした。
「俺はあんなに命知らずにはなれんよ」
窓の外には、リナを探して歩いているガウリイの姿があった。
「おーい。リナー。どこいっちまったんだー?」
心地よく晴れた空の下、青年は「被保護者」を探し、呼びかけた。
だが、ガウリイの呼びかけに、返事はない。
風が彼の長い金の髪を乱していくだけだ。
「まったく、あいつは目をはなすとすぐこれだ。どこまで飛んでっちまったんだか」
再び声を張り上げてリナの名を呼ぼうとしたガウリイの視界に、ちらと映るものがあった。
館の外、大きなオークの木の下に、なにやら黒いものが見える。
リナのマントだった。
遠くまで探しに行かずにすんだことにほっとし、木のほうへと向かう。
声をかけようとして、異変に気づいた。
その人影は、木陰にうつぶせる様に倒れていた。
「おい、リナ。リナ?」
あわてて上体を仰向けに抱き起こす。
力の入らない少女の体は、驚くぐらい軽かった。
太陽の強い日差しになれた目には、少女の顔は、とても青白くうつる。
頬をぺちぺちと叩く。
反応がない。
原因を確かめようと、顔を近づける。
「くー」
「くうー??」
自称「天才美少女魔道士」は、木陰にうつぶせのまま熟睡していた。
「おい、リナ。起きろ。こんなところで、寝てるやつがあるか」
少々手荒に揺さぶられ、少女が、ゆっくりと瞳を開き、ぼーっとした顔で自称保護者を見つめる。
「はれ。ガウリイ。いたんだ」
どこかむっとした様子で、ガウリイが答える。
「はれ?じゃない。おまえ、なんつーところで寝てるんだ」
「んー。ちょっとね。ここすっごく気持ちよさそうだったんだもん」
「おまえなあ。仮にも一応、女の子だろ。こんなとこで、うつ伏せで大の字になって寝てたら、襲ってくれって言ってるようなもんだぞ」
リナは、へらへらと笑う。
「このリナ=インバースをどうこうできるようなヤツなんて、そうそういないわよ」
ガウリイはため息をついた。
「ほら、部屋に戻るぞ」
ガウリイが、リナの左手を引きながら立ち上がる。
リナも、その手に引かれるように立ち上がろうとして、
そのまま、くずおれる用に膝をついてしまった。
太陽の光で確認したその顔は、気のせいでなく白い。
「おまえ、まさか。本当に倒れてたのか?」
「いや・・・・その・・・・・ちょっと気がついたら寝っ転がっちゃっててね。でも、なんか地面がとっても気持ちよかったから、そのまま・・・・」
それでも笑って答える少女を、ガウリイが見つめる。
「こら、なに、ヘンな顏してるのよ。迷子になった犬みたいな」
「・・・いや、だって・・・」
リナは、ため息をつきつつ、
「ガウリイ……ちょっと……」
手まねきをする。
ガウリイが、地面に座り込むリナの高さにあわせるように膝をつく。
それを見たリナは、ふっと唇に微笑をうかべ、ガウリイの頬に手を伸ばした。
そのまま、思いきり耳を引っ張り、ぐいぐいと引き寄せる。
「いでででで……おい、リナっっ」
「いい? このリナ=インバース、自分の行動は自分で決めるわ。
だから、あんたを助けに行ったのは、あたしがあたしの責任でやったこと。
あんたが責任感じることじゃないのよ」
耳元で怒鳴られたガウリイが、それでもまだどこか悄然とした様子でつぶやく。
「・・・でも」
リナが、ガウリイの耳から手を離し、くしゃくしゃと自分の髪をかき混ぜる。
「あったく、うっとーしーわねー。過ぎたことをいまさらぐだぐだ言ってどうなるの。
あんたね、あたしよりアメリアやゼルやシルフィールに感謝するべきでしょうが。
みんなには、あんたを助けに行く義理なんてなかったんだから」
「……じゃあ、リナは、どうして?」
「どうしてって……。決まってるでしょう?」
リナが唇に笑みを浮かべる。
炎を思わせるような、艶やかで不敵な笑み。
ふたたび伸ばされた手が、ガウリイの頬に軽く触れる。
「あたし以外に、誰がこんな不出来な保護者の面倒見るっていうのよ。
ま、せいぜい恩にきることね。貸しにしといてあげるから。」
「……リナ……」
「でも、こんなこと、二度は許さない」
笑みを消したリナの瞳が、じっとガウリイを見つめる。
強い意思を感じさせる視線。
その中に、何を見たのか、ガウリイは静かに目を伏せた。
頬に添えられた小さな手に、自分の手を重ねる。
「……ごめん。こんな思いは二度とさせない……約束する……」
リナの指先に、そっと口づける……
「おまえの貸しって高そうだよな……」
木に寄りかかったガウリイが、隣に座るリナの髪を梳きながら、ふと思いついたように言った。
「そーねー。まー、魔族からんでたしー、厄介な事件だったしー。いくらになるかなー」
リナがほんわりと答える。
対照的に、ガウリイがちょっと青ざめる。
「……ひょっとして、オレ、魔族よりタチの悪いやつに借りをつくったんじゃ……」
つぶやいたつもりのその台詞は、しっかりとリナの耳に届いていた。
「何か、言ったかなあ? ガウリイ」
にこやかな表情が怖い。
「いや、別に……」
「そもそも、あんたに数えられる金額じゃないと思うな。そんな大金、払いきれるの?」
ガウリイが少し考え込む。
「一括じゃムリか?」
「ムリ」
あっさりきっぱり言い切るリナ。
「……なにも、即答しなくても……」
脱力したガウリイの台詞に、くすくすとリナが笑う。
ガウリイは、ため息をついて、
「………じゃあ」
「じゃあ、なあに?」
「一生かけて払うってのは?」
ガウリイがリナの瞳をとらえるようにのぞき込む。
リナの動きが、一瞬、止まったように見えた。
ひどく無防備な表情。
やがてその口元に、あえかなほほえみが浮かぶ。
「………馬鹿ね」
つぶやくようにリナが言う。
「……どうせ、三歩歩けば忘れるくらげのくせに……」
「……おいリナ、いくら何でもそれはちょっと……
大体、三歩歩くと忘れれるのは、くらげじゃなくって確か……えっと……??」
下を向いて考え込んでしまうガウリイ。
リナの微笑が深くなる。
少女の髪を、午後の日差しに暖められた風が、柔らかに乱していく。
「……やっぱ、あたしもうちょっと寝るわ」
ひたすら考え込むガウリイに、リナが言った。
「おい、寝るなら部屋にいけよ」
止めるガウリイに、
「やあよ。ここ風が通って気持ちいいんだもん」
「あ、こら」
リナは、体にぐるっとマンとを巻きつけると、ガウリイの膝を枕に寝転がった。
「あのなあ………オレにおまえがここで寝てる間、ずっと枕やってろってか?」
リナが、ガウリイを見上げて無邪気に笑う。
「いいじゃない。利子よ、利子」
そう言って、目を閉じる。
呼吸はすぐに穏やかな寝息に変わった。
頬に落ちかかった栗色の髪をそっとかき上げてやりながらガウリイがつぶやく。
「………おまえの利子って、高そうだよなあ………」
少女の笑い声が聞こえた気がした。