White★White☆
 
 

MAY


 

  
 
  『勇者』としてラビエルの依頼を受けるようになってから、レイヴはかなり野宿が増えたような気がする。
 もっとも、自然の中で、自分のペースで日々を過ごすのは嫌いではなかったが。
 日が落ちると眠りにつき、夜明けと共に目を覚ます、そんな生活パターンは自分に合っているように思えるのだ。
 今日もレイヴは、東の空が白んで来た頃に目を覚ます。
 ゆっくりと体を起こした時。
 指先に、フワフワした柔らかいものが触れた。
「?!」
 慌ててそちらを見る、と、そこにあったのは‥‥。
「‥‥何だこれは‥‥」
 それを一言で言うならば真っ白い毛玉、だろうか。
 そこに丸くなっていたのは、白い小さな動物だった。
 レイヴが眠る前、こんな動物はいなかった。それに、こんなに近くまで何かが近付いて来ればレイヴは気配で気付いたはずだ。
 固まってしまったレイヴの前で、毛玉が動いた。
 もそもそと起き上がったそれは、真っ白くて長い毛の子犬に小さな羽をつけたような動物‥‥今まで見た事もない生き物だった。
「み?」
 レイヴに気付いたその動物は、小さく首をかしげた。
 その仕草が、見覚えのあるものと一致していて、レイヴは嫌な予感に捉われる。
「み、みぃ?」
 犬とも、猫ともつかない鳴き声。
 しかしレイヴには何故か。
《あ、おはようございます》
 ‥‥と、言っているように思えた。
 この動物が眠っていた場所に昨夜いたのはラビエルだった。
 まさかとは。まさか、とは思うが‥‥。
「ラビエル‥‥か?」
 レイヴの言葉に、その動物はこくりと頷いた。
 その拍子に自分の姿が見えたのか、小動物は慌てて自分の前足を眺め‥‥わたわたと、うろたえ始めた。
「み‥‥にぃ?みーみー?!」
《これ‥‥私の身体、どうなっちゃったんですか?!》
 自分の体に今頃気付く辺り、確かにラビエルかも知れない。
「みぃ?、みー‥‥」
《どうしましょう、レイヴ‥‥》
 『みーみー』としか言わないこの動物の言葉が分かる訳ではない。
 しかし何故かレイヴは、何を言いたいのかが感じ取れる。
 しかもこの小動物は、こちらの言葉をはっきり理解している‥‥と思われる。
 となれば、この小動物がラビエルだと言うのはまず間違いないような気がする。
 しかし一体、彼女に何が起こったのだろう。
 少なくとも、眠る前は確かにラビエルだった。
 レイヴは、昨日ラビエルが姿を現してからの事を思い返してみた。
 先の戦いで傷付いたレイヴに、ラビエルは回復薬を持って来てくれた。
 渡された瓶は、いつもの物と僅かに形が違っていたが、ラビエルが持って来てくれた物である。レイヴはさして疑う事なく、それを口にした。
「‥‥‥?」
 しかし、いつもと違って何の変化も起こらない。
 回復薬ならば、全身に活力が沸き上がって来て小さな傷など治ってしまうのに。
「何か‥‥違いました?」
 レイヴの様子に、ラビエルは恐る恐る言葉をかけた。
「いや‥‥只の水のようなんだが‥‥」
 首をかしげ、ラビエルは瓶に少しだけ残っていた液体を手に受け、口に入れて見る。
「水‥‥みたいですね」
 自分が持って来た物なのだが、ラビエルにも何なのか分からないようだ。
「きっと、万能薬か何かと間違えたんですね。ごめんなさい」
 代わりの回復薬を受け取り、その時は別に何もなく終わったのだ。
 心当たりと言えばあれしか思い浮かばないが、正体不明の薬を多く口にしたのはレイヴの方だ。
 そのレイヴに何も起こらず、何故ラビエルがこんな姿になってしまったのだろう‥‥?
 いや、それよりも。
 レイヴは、両手で小動物をそっと抱え上げ、自分の目線の高さまで持ち上げる。
 小さくて、綺麗で、おまけに可愛らしい。
 ペットとしては最高だが、魔物との戦いに連れて行く存在としては頼りない事この上ない。
「みー?《なんですか?》」
 これから三週間、ラビエルは一緒にいると言っていた。
 となれば三週間後まで妖精の助けも借りられない。
「ラビエル。ステータス異常の回復薬はないのか」
「みー《ありません》」
「魔法は?『癒し』で治らないか」
「みー《魔法、使えません》」
「‥‥‥‥」
「みー‥‥《ごめんなさい‥‥》」
 脱力してしまったレイヴに、小動物‥‥ラビエルはうなだれた。
 そんな仕草は、いつものラビエルと全く変わらない。
 しかし動物になっている分、可愛らしさ爆発状態である。
 深いため息をついたレイヴに、ラビエルがしゅんとする。
「み、みぃーにーににー‥‥《私、こんな姿になってしまって、どうしましょう‥‥》」
 どこか彼女の面影が残っているような大きな目に、大粒の涙が浮かぶ。
「‥‥泣きたいのはこっちだ‥‥」
 レイヴは、また、深いため息をついた。
 

 その頃、天界では。
「‥‥おかしいわねぇ‥‥どうしてないのかしら」
 首をかしげて倉庫を漁っているのはラツィエルだった。
「どうしたんですか、ラツィエル様」
 届け物に来たシェリーが、けげんそうに聞いた。
「え?あぁ、薬が一つ、見当たらないのよ」
 シェリーは、昨日、ラビエルがまとめて回復薬を持って行ったのを思い出す。
「‥‥ラビエル様に渡したのでは?」
 言われて、ラツィエルはポン、と手を打った。
「そう言えば、そうね。ラビエルが来てからなかったような気がするわ。回復薬と間違えたのね」
 明るく言うラツィエルに、シェリーは恐る恐る聞いて見る。
「あの‥‥間違えたって‥‥?」
 心配そうなシェリーの様子に、ラツィエルは明るく手を振った。
「大丈夫よ、別に毒じゃないから。『試練の水』って言う、ほとんど使わないアイテムなのよ。瓶の形が似ていたから間違えたのね」
「『試練の水』‥‥?」
 何か、良からぬ予感にシェリーの顔が引きつった。
「えぇ、恋人や友人同士の絆を確かめる為のものなのよ。それを飲むと、飲んだ者達に色々なトラブルが立て続けに起こるの。それを乗り越えられてこそ、深い絆がある、と言う訳ね。でもあれは試練を受ける者達が同時に口にしなければ意味のないものだし」
 そんな事普通有り得ないしね、と呟くラツィエルに、シェリーは妙に嫌な予感を覚えるのだった。
 

 ともかく、こんな足手まといを連れていては戦いどころではない。
 幸い、依頼されていた魔物の討伐は終わっていたため、レイヴは早々にヴォーラスに戻った。
 差し当たって、妖精を呼び出せる三週間後までおとなしくしているしかないだろう。
 もしかするとそれまでにラビエルの姿が元に戻るかもしれない。
 とは言え。
 どう言う訳か、ラビエルは色々な物に好かれる、‥‥と言うか、遊ばれる。
 外出するのに部屋に置いて行けば入り込んだ猫に追いかけ回される。
 一緒に連れて街を歩けば犬にじゃれつかれ、仕方なく肩に乗せていれば鳥につつかれる。
 うっかり目を離した隙に、鳶にさらわれそうになって慌てた事もあった。
 文字通り、油断も隙もない状態だった。
 数日も経たないうち、ラビエルはすっかり傷だらけになっり、レイヴは疲れ切ってしまった。
「‥‥まったく‥‥」
 こう立て続けだと、ラビエルから動物を引き寄せる何かが出ているのではないかと思ってしまう。
「に、みーみみー‥‥《私、そんなにおいしそうなんでしょうか‥‥》」
 うなだれるラビエルを、慰める気力も湧いて来ない。
 しかし。
 なるべく目を離すまいと思っているのだが、他人が見ればペット以外の何物でもないため、まさか公務に連れて行く訳にも行かない。
「俺は今日どうしても外せない用事がある。部屋に鍵はかけて行くから、おとなしく待っていろよ」
 不安気なラビエルから目をそらすようにして、レイヴは騎士団の詰め所へと向かった。
 ―――――――
 どうしてもラビエルの事が気になって、レイヴは仕事もそこそこに家に戻った。
 と、丁度戸口で出て来た家政婦の女性に出会う。
 騎士団に入る時、屋敷を出て街に近い小さな家を借りたのだが、親が気を回して寄越した女性だった。
 中年で話し好きな女性だったが、邪魔にも思わなかったのでそのまま頼んでいたのだ。
「あぁ、丁度良かった。戸締まりはきちんとして置かないと野良猫なんかが入って来るから、気を付けた方がいいですよ?」
「野良猫‥‥?」
 彼女の言葉に、嫌な予感が湧く。
「レイヴ様の部屋に入り込んでたんですよ。大丈夫、叩き出して置きましたから」
 一瞬、頭の中が真っ白になる。
「ど、どこに?!」
 レイヴの形相に、家政婦は気圧されたように口を開く。
「あ、あの、ベランダから‥‥」
 ものも言わずに走って行くレイヴを、家政婦は唖然として見送る。
 ベランダは裏庭に面している。
 小さい裏庭に走って行くと、そこには白い毛玉が一つ。
 箒か何かで追い出されたのか、あちこちにゴミが付いている。
「ラビエル!」
 慌てて両手ですくい上げる。
 ほのかな温もりと確かな鼓動が手に伝わって来て、思わず安堵のため息をつく。
「‥‥みー」
 ラビエルが、もそもそと動いて顔を上げた。
 見上げて来る大きな瞳に、溢れんばかりの涙が溜まっている。
「悪かった、放って置いて‥‥」
 そっと、白い毛についたゴミや埃を取ってやる。
「みー‥‥」
 安堵したかのように、ラビエルはレイヴに身を預けている。
「それ、レイヴ様が飼ってらしたんですか?」
 唐突に後ろからかけられた声は、家政婦の物だった。
「いや、飼っていると言うか‥‥」
 何と言えばいいのだろう、と言葉を探す生真面目なレイヴに、家政婦は勝手に納得したようだ。
「あ、そー言う訳ですか。ダメですよ、レイヴ様。いつまでも悩んでちゃ」
「?」
「成程ねぇ、堅物のレイヴ様も、やっぱり男だったんですねぇ」
「??」
「いえ、いいんですよ、何も言わなくて。レイヴ様の気持ちはよぉ?っくわかってますから」
「???」
「レイヴ様、いずれは良い事もありますから、くじけないで下さいね。私はいつでも応援していますからね」
「????」
 訳が分からないレイヴの気付かないかのように、彼女は一方的に自己完結してしまい、さっさと行ってしまう。
「‥‥‥何だったんだ?」
 ラビエルを手に、呆然と立ち尽くすレイヴだった。
 

 翌日。
 結局家には置いておけない、と分かったレイヴは、仕方なくラビエルを騎士団の詰め所まで連れて来ていた。
 それでもまともな公務にまで連れて行く事は出来ないため、詰め所の切り盛り一切を取り仕切っている女性にラビエルを頼む事にする。
「済まないが、仕事が終わるまで預かってもらえないだろうか」
 恐る恐る、言ってみたレイヴに、騎士達から『おばちゃん』と親しまれている女性は大袈裟に手を広げた。
「聞いたよ、それが大事な子ネコちゃんだね?」
「‥‥は?」
 固まっていると、話を聞き付けて手伝いの女性達も集まって来る。
「あ、その子ですね、レイヴ様の大切な人の形見、って言うのは」
 興味津々、と言った様子の言葉に、レイヴは目が点になる。
「‥‥何の話だ?」
「もう街はその噂で持ち切りですよ?レイヴ様が好きになった女性が不治の病で亡くなってしまって、残された子ネコちゃんを引き取って育てている、って」
 あまりの事に、レイヴは真っ白になってしまう。
 一体何をどうすればそんな話になるのだろう。
「今までレイヴ様、女性に無愛想でしたけど、胸に秘めた方がいらっしゃったんですね」
「妬けますわぁ、レイヴ様にそこまで想われるのはどんな女性だったのかしら」
「いや‥‥別にそう言う事はまったくないのだが‥‥」
 しかし女性達はレイヴの言葉など聞いちゃいない。
 勝手に妄想を膨らませ、勝手に盛り上がっている。
 レイヴは遅ればせながら、家政婦の女性が『街の広告塔』と呼ばれていた事を思い出した。
 彼女にかかれば、半日でヴォーラス中に噂が広がる、と有名なのだ。
 彼女に余計な所を見せてしまった事を悔やんでも後の祭りだ。
「レイヴ様、この子は私達が責任を持って面倒を見ますわ!」
 そしてレイヴに関心を持ってもらいたい、と顔にでかでかと書いてある。
 いそいそとレイヴの手からラビエルを取り上げる女性達に、レイヴは力無く頷いた。

                                                          続く‥‥(のか?!)
 
 
 

 はい、オチも何も全く考えてません。オチつける気もありません。ただ単にうろたえてるレイヴが書きたかっただけです。この話に関しては「こんなのレイヴじゃない!」とゆーツッコミはなしね。
 
 

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