MAY
数日後‥‥三週間ぶりに姿を現したラビエルに、レイヴは心が騒ぐのを抑えられなかった。
「この間の戦いで剣が駄目になってしまったでしょう?代わりを持って来ました」
一目で業物と知れる両手剣だった。
「‥‥済まんな」
受け取ったレイヴは、ラビエルに視線を移した。
「ラビエル‥‥」
「はい?」
「今は、忙しいのか?」
レイヴから何か訊かれるのは初めてだったので、ラビエルはきょとんとした。
「もし、時間が取れるようなら、『天使』としてではなくて‥‥」
「え‥‥?」
真面目な顔で聞き返され、逆にレイヴは、真っ赤になって顔を背けた。
「いや、いい。何でもない」
耳の後ろまで真っ赤になっているレイヴに、ラビエルはあっけに取られた。
そして更に、レイヴの言いたい事に思い当たったラビエルは、あまりの意外さに言葉を失う。
同時に、それを最後まで言えずに誤魔化してしまうレイヴが妙に可愛く見えてしまったりもする。
あのレイヴが、こんな事を言うなんて‥‥。
ラビエルはその言葉に驚きつつも、胸の奥が熱くなるような嬉しさを覚えていた。
「レイヴ」
すっかり背を向けてしまったレイヴに呼びかける。
「明日から、また三週間一緒にいられるんです。それで‥‥もしレイヴが忙しくなかったら、デートしませんか?」
望んでいた、しかし意外な言葉に驚いてレイヴが振り返った時、もうラビエルの姿は消えていた。
「明日、お昼にまたここに来ます。待ってて下さいね」
風の中に、嬉しそうなラビエルの声が聞こえた。
翌日、昼。
一時間以上も前から待っていたレイヴは、さすがにいつもの鎧姿ではなかった。
いつも鎧に身を固めて厳しい顔をしているから近寄り難く感じるが、こうしてありふれたラフな服装をしているとごく普通の青年に見える。
正午の三十分前、露地の一本からラビエルが姿を現した。
彼女も今日は町娘のような普通の格好で、淡い色合いの服が黒髪に良く似合っていた。
レイヴを見付けたラビエルは、嬉しそうに走って来る。
「私の方が早いと思ったのに。待ちました?」
「いや、そうでもない」
言葉少なに答えるレイヴは、何だかラビエルが眩しくて、まともに見られないでいた。
それ程に、普通の少女の姿をしたラビエルは可憐で、とても綺麗に見えた。
「そう言えば、レイヴ。‥‥普通の服、持ってたんですね」
「‥‥‥‥」
レイヴは、思わずレンガの壁に手をついてしまった。
‥‥この辺りは、確かにいつものラビエルかもしれない。
「あ、ごめんなさい!そう言う意味じゃなくって‥‥」
慌てて言い訳するラビエルに苦笑する。
この一言で、レイヴの妙な緊張はすっかり吹き飛んでしまった。
「いや、別に構わん。確かに俺は、ここしばらく鎧以外でいた事はなかったからな」
レイヴの言葉に、ラビエルはホッとしたように笑顔になった。
しかし。
この後どうしよう、と考えて、レイヴははたと困ってしまった。
レイヴは実は、ほとんどデートなどと言うものの経験がない。
勿論、うら若い女性をどんな所に連れて行けばいいのかも分からない。‥‥さすがに、剣術の試合だの馬術大会だのに連れて行くものではない、と言う程度の『常識』は持ち合わせていたが。
固まってしまったレイヴに、ラビエルはその困惑した内心までも分かってしまった。
伊達に今まで『勇者』レイヴと付き合って来た訳ではない。
ラビエルは、レイヴの逞しい腕にそっと腕を絡ませる。
「ラ、ラビエル?」
慌てたようなレイヴの顔を、ラビエルは笑顔と共に見上げる。
「別に気を遣わないで、レイヴは好きな所に行ってもらっていいですよ。私なら、レイヴとこうして一緒にいられるだけで楽しいんですから」
まるっきり、見抜かれている言葉に、レイヴは苦笑した。
まったく、女性に気を遣わせてどうするのだろう。
「‥‥敵わないな、君には。さすがに、『天使』だけの事はある」
からかい混じりの言葉に、ラビエルは頬を膨らませた。
「もう。今日はそれを言わないで下さい!」
拗ねたようなその言い方があまりにも可愛くて、レイヴは思わず笑ってしまった。
「悪かった。それじゃあ‥‥少し、街の中でも見て歩くか?」
レイヴの言葉に、ラビエルは嬉しそうにうなずいた。
―――――――
町角の大道芸や店先の屋台など全てが珍しいらしく、ほんの少しの事でも驚いたり喜んだり、ラビエルの反応は見ていて飽きなかった。
そのうち、さすがに疲れて来たらしいラビエルをレイヴは公園に連れて来た。
公園と言っても、街を造る時に残っていた林にほんの少し手を加えただけの物である。
しかしそれがかえって人工的な匂いを感じさせず、『自然』をそのまま感じさせてくれる。
木々に囲まれた広場には柔らかい下草が生い茂り、所々に可憐な花が咲いていた。
少し疲れた顔をしていたはずのラビエルは、木々の力強い息吹にまた元気を取り戻したのか、嬉しそうに緑の草達を見て回っている。
背の高い木々の隙間から射し込む日の光はまるで金色の帯のようだった。
その光はラビエルの体に当たってはじけ、彼女の全身をきらきらと輝かせる。
「‥‥‥?!」
一瞬――。
ラビエルがこのまま光の中に消えてしまいそうに見えて、レイヴは思わずその体を抱き寄せていた。
ラビエルは確かに、こうして自分の腕の中にいる。
しかし手を放せば彼女が消えてしまいそうな気がして‥‥レイヴは知らず、ラビエルを強く抱き締めていた。
「‥‥レイヴ?」
けげんそうに見上げて来るラビエルに、レイヴは我に返った。
「す、済まない!」
慌てて、ラビエルの体を解放する。
今は人間の姿をしていても、ラビエルは『天使』なのだ。『人間』のレイヴが軽々しく触れていい存在ではないはずだ。
しかしラビエルは優しく笑うと、逆にレイヴの広い胸に頭をもたせ掛けた。
「ラビエル‥‥」
嬉しさの中にもラビエルを気遣ってレイヴの瞳が揺れる。
ラビエルは、クスリと笑ってレイヴを見上げた。
「こんなにいいお天気なんですもの、きっと神様もお昼寝してらっしゃいます」
どこか無邪気な言葉に苦笑して、レイヴはラビエルをもう一度抱き締める。
翼がないせいだろうか、ラビエルの体がいつもよりもっと華奢で儚げに見えて‥‥それがとても愛しくて、切なくなった。
何も、こんな事をするつもりでここに連れて来たのではない。
それなのに、止まらない‥‥。
レイヴは、ラビエルの形の良い顎に指を添えてそっと上向かせた。
どこか潤んだような瞳でレイヴを見上げたラビエルが、静かに目を閉じた。
震える小さな唇に、そっと口付ける。
最初はおずおずと触れるように、しかしそのうちに深く、熱く。
声にならない気持ちを、言葉に出来ない想いを伝え合うように深く、深く口付け合う‥‥。
しばし後。
ラビエルは、レイヴの胸に身を預け、うっとりと目を閉じていた。
レイヴは、花の香りのする柔らかな黒髪を優しく漉いてやる。
鳥の羽ばたきに空を見上げると、ゆっくりと太陽が傾き始めていた。
「‥‥明日からは‥‥‥」
また、戦いが始まる。
彼等は、『天使』と『勇者』とに戻らなければならない。
地上界の全てを救うため、堕天使達と戦わなければならない。
しかしラビエルは、レイヴに最後まで言わせなかった。
「お願い‥‥今は何も言わないで‥‥」
たった一日だけの夢。
もしかすると、二度と訪れないかも知れない幸せな時間。
ならばせめて、少しでも長くこの一瞬を感じていたい。
木々の間から差し込む柔らかな陽の光が、二人の影を長く照らし出していた‥‥。
END
ど、どこがあつあつなんだ‥‥ひ――ん、すいませぇぇぇんっっ!!私にはやっぱり「アツアツ」は無理だったんですうぅぅっ!(絶叫)それでも普段の話よりらぶらぶ度は80%アップ(当社比)ですのでこれで勘弁して下さいぃ‥‥(次元の狭間へと逃亡)
《内緒のおまけ》
――とある酒場にて。
ラビエル(以下ラビ)「ナーサディアですか?!レイヴに変な事言ったのは?!」
ナーサディア(以下ナーサ)「変な事とはごあいさつね。おかげでキス、出来たんでしょ?」
ラビ 「み‥‥見てたんですか?!」
《ラビエル、耳まで真っ赤になる》
ナーサ「そんな訳ないでしょ。ラビエル‥‥カマかけるって知ってる?」
ラビ 「‥‥‥‥」
ナーサ「で、どうだった?ファーストキスのお・あ・じ・は?」
ラビ 「煮付けとシャケとたまごやき‥‥ぢゃなくて!!何のつもりでこんな事したんですか?!」
ナーサ「そりゃあ、ファスーストキスは取って置くとか言うウブな天使と通称女嫌いの堅物な勇者を見てられなかったに決まってるじゃないの。‥‥あなたたちには、幸せになってもらいたいもの」
《ナーサディア、ふと、寂しげな笑顔を見せる》
ラビ 「ナーサディア‥‥」
ナーサ「な〜んてね。天使に貸しを作っときたかったに決まってるでしょ?この貸しは、高く付くわよ?」
ラビ 「あ、それでしたら‥‥」
ナーサ「バラ色の死後、なんてのはなしよ」
ラビ 「‥‥‥‥」
ナーサ「これからあんたは私のパシリ。わかったわね?」
ラビ 「‥‥‥‥」
ナーサ「これからの短い人生、くよくよしてる暇なんてないのよ!手初めにインフォス全土の地酒完全制覇よ!あんたはキンバルトとクヴァールの地酒収集。お金はあんた持ち。頑張りなさい!」
ラビ 「はい‥‥‥」
《しおしおと去って行くラビエルを、ナーサディアは女王様笑いで見送るのだった》