MAY
折しも、季節は春。
世間はお花見だなんだと浮かれ盛り上がっていた。
そして、ここでも。
ファンガムとの関係が良好な現在、ヴォーラス騎士団ははっきり言って暇だった。
時折起こる魔物の被害も、堕天使が消えた今ではそう酷い物ではない。
無論、万が一起こるかもしれない災いのために日々の努力は続いていたが、それも一時期程の緊張感はない。
そして人間は、暇だとろくな事を思いつかないものだ。
「‥‥なあ、師範のおヨメさん、見た事あるか?」
若い騎士達が集まった時、ふと、出た話題はそれだった。
「いや‥‥同期の先輩達もほとんど見た事ないらしいぜ?」
「だよなー、あまりにも大切だから師範、絶対他人の目に触れさせないって言うし」
シーヴァスのいたずらのお陰で、レイヴがラビエルを一歩も外に出さない程溺愛している、と歪んだ話が定着していた。
「見たいよな、師範がそこまで好きになった人」
「あぁ、そんな美人な人を師範が独り占めしてるなんてもったいない!」
ここに顔を合わせているのはいずれも独り身とあって、彼等の話は異様な盛り上がりを見せていた。
「おい、相談なんだが‥‥」
中でも一番いたずら好きな若者が、何やら良からぬ事を思いついたらしい‥‥。
隊長の職を退いてからも、レイヴは週三回、師範として若い騎士達に剣を教えていた。
手加減なしの容赦ない教え方だったが、豊富な実戦経験に裏付けられた彼の腕に憧れる騎士は多かったのだ。
今のレイヴは騎士団と直接関係はないのだが、経験豊富なためにまるで相談役のような立場にいる。
今日もいつもの通り、訓練を終えたレイヴは、頼まれていた雑用を済ませて帰り支度をしていた。
「レイヴ!」
同僚の騎士が、声をかけて来た。
同時期に騎士団に入った彼は、さっさとやめてしまったレイヴと違って今も現役だった。
「お前、どうせ暇だろう?これから若い連中と花見に行くんだ、付き合えよ」
レイヴが人混みが嫌いなのを知っているはずなのに、彼は強引に誘う。
「いや、俺は‥‥」
「お前の美人の嫁さんも誘ったんだ、手料理持って来てくれるはずだぜ?」
「‥‥‥なに?」
レイヴの思考が止まる。
「あんなに美人だから大事にしたいのは分かるけどな、箱入りにしてたら彼女だって可哀想だろう?」
今まで騎士団にいて、花見になど誘われた事はない。
しかもレイヴがここに来ている隙にラビエルを誘った手際の良さ。そしてレイヴが断りづらいように同僚が声をかけて来た事‥‥どうやら、全部仕組まれていたものらしい。
しかもその理由は多分『ラビエルが見たいから』だろう。しかも手料理付きで。
そこまで理解した時、レイヴの中で何かが切れた。
「‥‥わかった。ただし、俺は何があっても責任を持たんからな」
その言葉を悔し紛れとでも取ったのだろう、同僚はいい加減になだめながら、レイヴを強引に引っ張って行った。
郊外の丘は、淡いピンクに彩られていた。
丘の一角に、遥か東方の島国から入って来たと言う大木が何本も植えられている。
まだ葉の出ていない太い枝を覆い隠すように、小さなピンク色の花が咲き乱れていた。
この木が植えられた時『花見』とやらの風習も入って来たと言う。
それはレイヴも知っていたが、花の下でただ馬鹿騒ぎをするだけのその習慣がどうにも好きになれず、この時期にはほとんど丘に近付かなかったのだ。
大木の下の一等地では、早くもどんちゃん騒ぎが始まっていた。
花を眺めるには一番いい場所である。
この場所を占領するのに、誰かが訓練をサボって場所取りでもしていたのだろう。
たかがこれだけの事にこんなにエネルギーを費やする彼等には、呆れ果ててため息も出ない。
何があっても知らん、と開き直ったものの、さすがにそう割り切ってしまう程悪人には出来ていない。
やはり少しでも被害が少ない事を祈るのみだが‥‥。
「あ、師範!御馳走になってます!」
‥‥遅かった。
その場には一足早く到着していたらしいラビエルの『手料理』が、豪華に広げられていた。
そう、素晴らしく『豪華』なのだ、彼女の料理は。そして味も申し分ない。
問題はただ一つ、人間に有害である、と言う事だけだった。
もっとも、最近はレイヴも何の異常も感じなくなっているから、ラビエルの料理もようやく『普通』の物になって来たのかもしれない。
騒ぎに近付いたレイヴは、ラビエルの隣りにちゃっかり、シーヴァスが座っているのを見付ける。
「またお前か、シーヴァス!」
彼のいたずらのお陰で妙な噂が広がった事は記憶に新しい。
「また、とは人聞きの悪い。私が一体何をした?」
白々しくも平然と、シーヴァスは言ってのける。
「お前の熱い新婚ぶりの噂は、別に私が広めた訳ではないぞ?それに今回だって、騎士団の若い奴にラビエルを迎えに行くよう頼まれただけだ」
‥‥所詮、口ではシーヴァスに勝てない。改めて思い知ったレイヴである。
「あの‥‥」
自分が来たのは悪かったのだろうか。
不機嫌らしい様子を感じ、ラビエルは困ったようにレイヴを見上げた。
「‥‥別に、お前の責任じゃない」
一番悪いのは無理にこれを企画した連中である。
シーヴァスもしっかり、料理を口にしているのを見て、レイヴはため息をついた。
後は何事もないのを祈るのみ、だった。
「レイヴ、これ、食べてください!今日のは自信作なんです!」
ため息をつくレイヴを元気付けるつもりか、ラビエルがずいっ、とバスケットを差し出した。
サンドイッチや揚げ物やフルーツ‥‥見た目にも鮮やかに盛り付けられたそれは、本当に豪華なランチだった。
ため息を一つ、ついたレイヴは、揚げ物の一つを口に運ぶ。
「‥‥確かにな。上出来だ」
実際、今まででも最高、と言っていい出来かもしれない。
今日、レイヴが出掛けてから花見の話をされ、それからこれだけの料理を作ったのだろう。初めてレイヴ以外の人間に食べてもらう、と言う事が励みになったのかもしれない。
「良かった‥‥」
ラビエルは、本当に嬉しそうに‥‥暖かく、笑った。
咲き乱れている花達に負けない位、それは輝くばかりの笑顔だった。
「ラビエル‥‥」
レイヴが思わず見とれてしまった時。
ドサリ、と何かが倒れる音がした。
慌てて辺りを見回すと‥‥騎士団の者全員が、その場に倒れて呻いていた。
無論‥‥その中にはシーヴァスもいた。
「‥‥‥‥」
ラビエルが真っ白になる。
「‥やっぱり来たか‥‥」
レイヴが深いため息をついた。
「お‥‥お前、平気なのか?」
シーヴァスが、顔面蒼白になりながら言った。
「‥‥まぁ、慣れ、と言う奴だろう」
どうやらレイヴには耐性がついてしまっていたらしい。少々、情けない気もするが。
「くっ‥‥愛の差か‥‥」
「何故そーなる」
その日。
ヴォーラス騎士団の大半の者が原因不明の病に倒れ、酷い者は半月程寝込んでいたと言う。
原因については様々な憶測が飛び交ったものの、被害者達は頑として口を割らなかった。結局これは魔物の陰謀との事で片付けられ、その後の訓練に拍車をかける事となった。
そして、もう二度と、ラビエルを無理に引っ張り出そうと言う者はいなくなった。
めでたし、めでたし(なのか?)
さ、更につまんなくなってしまった‥‥。やっぱ、二作目がつまんないと言うのはお約束ですね。