MAY
そんな、ある日。
そう大きくはない、しかし小綺麗な家に来客があった。
マントを翻して白馬から優雅に降り立つ、こんな動作が似合う人間は中々いない。
彼は、品定めするように家と小さな庭を見回してからドアをノックする。
馬の足音で気付いていたのか、返事はすぐにあった。
「私だ。久しぶりだな」
聞き覚えのある声に、木の扉はすぐに開かれる。
「まぁ、シーヴァス!」
嬉しそうに彼を迎え入れたのは、色白の肌に豊かな黒髪も美しい女性‥‥ラビエルだった。
「つまらない物だが、受け取ってもらえるかな?」
と、差し出したのは両腕で抱える程大きな花束だった。
金に糸目をつけないとしか思えないような、様々な花達を惜し気もなく組み合わせた花束は、豪華の一言に尽きる。
「なんて奇麗‥‥ありがとうございます!」
ラビエルはうっとり、と花束を抱き締める。
「君にふさわしい位奇麗な花を探したのだが、どうしても見付からなかったんだ。でも、気に入ってくれて何よりだ」
臆面もなく気障な台詞を吐くシーヴァスである。
「‥‥お前、人の家に来てまで何をナンパしている」
奥から出て来たのはレイヴである。
台詞とは裏腹に口調は機嫌が良さそうだった。彼もまた、友人の訪問が嬉しいのだろう。
そちらに視線を移したシーヴァスが固まった。
「?」
けげんそうにレイヴが眉を寄せる。
次の瞬間、シーヴァスは大きく吹き出した。
そのまま、腹を抱えて爆笑する。
「‥‥お‥‥お前、何だ、その格好‥‥!?」
笑いの発作のため呼吸困難に陥りつつ、切れ切れにシーヴァスは言った。
言われたレイヴの格好だが、家ではさすがに鎧は着ていない。
ラフなシャツとズボン、それだけを見ればごく普通の普段着なのだが。
その上に着けているのが、パステルピンクのエプロンだったりする。
あの無愛想な、修行しか楽しみのないようなレイヴのこの格好は、はっきり言って笑える。おかしすぎる。
エプロンはシンプルなデザインで、可愛いワンポイントだのフリルだのがないのは何よりだったが、それはあまり笑いを止める役には立たなかった。
「‥‥いや、お前のそんな格好が拝めるとは思わなかった」
ひとしきり大笑いをして、ようやくテーブルについたシーヴァスはまだ顔が笑っている。
「‥‥悪かったな」
レイヴが、憮然とした表情でつぶやく。
「まぁ、そう怒るな。お前にも土産を持って来てやったから」
と、シーヴァスが取り出したのはかなりの年代物と見て取れるワインである。
「あぁ、済まん」
彼も嫌いな方ではない、レイヴはそれで多少機嫌を治したらしい。
「しかし、二人仲良く料理でもしていたのか?妬けるじゃないか」
からかうようなシーヴァスの言葉に、レイヴは深いため息をついた。
「そこまで行ければ、いいんだがな‥‥」
意味不明の言葉に、シーヴァスは眉を寄せた。
見ればラビエルは、テーブルの反対側で小さくなっている。
「そう言えば、遠い所からわざわざ友人が訪ねて来たんだ、酒とは言わないが茶の一杯位は出るんだろう?」
客としてはかなり図々しい言葉に、レイヴがジト目になる。
が、何を思いついたのかレイヴはラビエルに視線を移した。
「ラビエル、いい機会だ。やってみろ」
レイヴの言葉に、ラビエルは少し困った顔になった。
「えぇと‥‥熱湯で、お茶の葉の香りや味を抽出する、事ですよね?」
「そうだ」
「はい‥‥」
まるで学科の答案でも書いているような答えに、シーヴァスは嫌な予感を覚える。
そしてラビエルの手つきは、危なっかしいどころの騒ぎではなかった。
ラビエルがしばらくティーポットや紅茶の葉と格闘していると、深いため息をついたレイヴが声をかけた。
「ラビエル」
「はい?」
無邪気すぎる顔に、レイヴは頭痛さえ覚えて額に指を当てた。
「湯も入らん程茶葉を入れてどーする」
「あ‥‥」
見れば、ティーポットには溢れんばかりの紅茶の葉が入れられている。
「それにな、湯と言うのは水を火にかけなければ出来ないんだぞ?」
「あ‥‥そうでした」
ラビエルは、お湯も沸かさずそのままポットに入れるつもりだったようだ。
水出し紅茶と言うのもあるが、ラビエルが余計混乱するので言わないで置く。
「‥‥今日は、俺がやる」
深い、深いため息をついて、レイヴはお湯を沸かし始めた。
紅茶と言うのは、下手に淹れれば飲めた代物ではない。
しかしラビエルが淹れた物であればシーヴァスは飲むだろう。
小さな嫌がらせのつもりだったのだが‥‥それ以前の問題だったようだ。
「レイヴ‥‥もしかして、ラビエルに料理を教えてるのか?」
ようやくに、レイヴまでエプロン姿な理由に思い当たったシーヴァスは、しかし呆然とした。
「教える、と言う程ではないがな」
天界のアルスアカデミアでは、どうやら知識偏重の試験が行われていたらしい。
地上界の営みを、ラビエルは知識の上では良く知っていた。
しかしそれはあくまでも『机の上』の知識であり、実際に触れて学習した物ではない。
しかも天界では、天使が家事一般をする事は皆無だと言う。全て妖精達がやってくれるので、彼女は何もする必要はなかったのだ。
だからラビエルには、地上界に住む者ならば当然身についているべき知識がそっくり抜け落ちていた。
彼女に比べれば、大抵の人間は料理名人になるだろう。
実際レイヴも、男所帯の騎士団の中に長い事いたのである。料理人など望めない遠征を経験すれば、最低限の料理の腕は嫌でも身につくと言うものだ。
「‥‥成程‥‥」
シーヴァスもまた、深いため息をついた。
レイヴが騎士団長を退き、農耕に走った理由がわかるような気がした。
箱入り娘、以上のラビエルには、直に野菜の出来る所でも見せなければ買い物もままならないだろう。
自分の知識のなさに、ラビエルは小さくなっている。
レイヴが、香り高い紅茶をシーヴァスとラビエルの前に置く。
「まぁ、今困っている訳ではないんだが‥‥俺がもし遠征にでも言った時、一人で生活出来なければ大変だろう。となると、世間知らず、程度には進歩してもらわなければならん」
確かに、誰かに家の中を頼むとしても世間知らずの度合いが突き抜け過ぎている。
下手に他人に知られれば、今街で囁かれている、かつて滅亡した国の姫君だの、古代王国の最後の生き残りだのと言う噂に尾鰭がつく事だろう。
苦笑して、シーヴァスは紅茶のカップに手を伸ばした。
完璧にゴールデン・ルールを守って淹れられた紅茶を味わう。
苦労‥‥しているのだろうが、はっきり言ってシーヴァスには半分以上のろけにしか聞こえない。
何だかんだ言って、レイヴは楽しそうなのだ。
しかも、リーガルを失って以来ずっと付きまとっていた暗い陰が、すっかり消えてしまっている。
「‥‥とりあえず、元気に楽しく暮らしているようで安心したよ」
最早、そう言うしかない。
「あぁ、ありがとう」
臆面もなくそう答えるレイヴは、本当に変わったと思う。
あてられ過ぎて苦笑するしかないシーヴァスに、ふと、ある思いつきが湧く。
「お前、騎士団の方へ行っていない時は、いつもラビエルを教えているのか?」
唐突に訊かれ、レイヴは少し考え込む。
「そうだな。家にいる時は大抵そうだ」
「ほう‥‥」
シーヴァスは内心、ほくそ笑む。
彼が思いついたのはちょっとした悪戯だった。
何しろ、生まれて初めて恋い焦がれた女性をあっさり取られてしまったのだ。しかも、プレイボーイで慣らしたこのシーヴァスともあろうものが、である。
そう思えば、この程度の意趣返しは可愛いものだろう。
勝手に自己完結すると、シーヴァスはその楽しみを胸に、友人達との話に花を咲かせた。
とある日の昼下がり。
『面白い物が見られる』とシーヴァスに教えられ、レイヴの同僚数人は郊外の家を約束なしに訪問した。
『訓練の時間が変わった事を知らせに来た、とでも言えばいい』とまで吹き込まれている。
「どうした、お前達‥‥」
案の定、レイヴはうっかり、例のエプロン姿で出迎える。
硬直した同僚達に気付いてももう遅い。
予告なしにいきなり訪ねて来た彼等の背後には何者かの作為を感じる。
レイヴの知り合いの中でそんな事をしそうな人間は一人しか思いつかない。
―――シーヴァスかっ!
恋の勝利者へのささやかな意趣返し、そう言って皮肉めいた笑いを浮かべるシーヴァスの姿まで想像出来てしまったレイヴは頭を抱えた。
しかし文字通り、後の祭りであった。
何も知らない同僚達は、レイヴが愛妻ぶりを発揮して家事を引き受けていると思ったらしい。
しかしシーヴァス相手でないだけに、まさかラビエルに料理を教えているとも言えない。
思い切り誤解された事を感じながらも、レイヴは何の言い訳も出来なかった。
ヴォーラス騎士団の団結は固い。
それだけに、彼等の横の情報網は驚異的な物だった。
『ピンクのエプロンの似合う腕利き剣士』のお熱い新婚ぶりがヘブロン全土に広がるのに、二日もかからなかった。
次の訓練の日。
レイヴが荒れまくったのは、言うまでもなかった。
END
つ、つまんない‥‥でも至るところにドリーム入りまくりだったりする。一生に一度位は『いちゃいちゃすとぉりぃ』を、と頑張ったのになんでこうなるんだ‥‥大体ラビエルほとんど出てないし。またしてもシーヴァスが目立ってるし。しかも全国のレイヴファンを敵に回してるし(でも私だってレイヴファンなんだよー、これでも)。