MAY
多くの犠牲を出したファンガムとの小競り合いに収まりがつき、ヘブロンに再び平和が戻って来た。
その後の論功行賞に置いて、最も評価されたのがレイヴだった。
ファンガムの猛烈な追撃を振り切って、本隊に敵の陣構えを知らせた働きが高く評価され、騎士団の副隊長に、と推薦されたのだ。
しかし最初、レイヴは昇進を固辞していた。
「あの時、リーガルが敵を食い止めてくれたからこそ、自分は本隊まで無事に帰還する事が出来たのです。リーガルを失って、自分だけが手柄を立てたような顔をして昇進する事は出来ません!」
確かにレイヴの言葉も正論だった。しかし、他人が見て最も戦功を上げたレイヴに何の恩賞もなければ今回の論功行賞自体が成り立たなくなる。
「お前の気持ちはわからんでもないが、今回の事を抜きにしてもお前は人望があり、腕も立つ。副隊長として恥ずかしくない人間だ。それにこれは、国王陛下からの御命令だぞ?」
騎士団長から直々の言葉に、これ以上反論する事は許されなかった。
「‥‥慎んで、お受けします」
レイヴには、そう答える道しか残されていなかった。
新しい副隊長の就任式を祝う夜会。
城内で催される久しぶりの夜会だった事もあり、その盛況ぶりはかなりの物だった。
有力貴族の嫡男と言う家柄に似合わず、レイヴは元々こんな賑やかな場所はあまり得意ではない。しかし今回は主役でもあり、早々に逃げ出す訳にも行かない。
やむなく、レイヴは胃の痛みを覚えながらも貴族達のうっとおしい雑談に付き合っていた。
酒も入り、座が盛り上がった所を見計らい、レイヴはそっと会場を抜け出した。
と、廊下で偶然、貴族の若者と鉢合わせしそうになる。
「‥‥失礼した」
一礼して立ち去りかけるレイヴに、かなり酔っているらしい貴族が声をかけた。
「ヴィンセルラス殿、副隊長への昇進、目出度い事ですねぇ」
またか、とうんざりするものを覚えつつ、レイヴはとりあえず礼を言う。
「いや、目出度い。騎士団の厄介者も片付いた事ですしね?」
「厄介者‥‥?」
眉を寄せるレイヴに、貴族は大袈裟に手を振って見せた。
「あの、平民のリーガルの事ですよ。奴がいたために、ヴィンセルラス殿はろくに昇進も出来なかったのですからねぇ」
唇を噛んだレイヴの手が反射的に帯剣に伸びる。
しかしそれ以上何もせず、怒鳴りつけもしなかったのは、ひとえに副隊長としての責任感からの事だった。
そして、当の貴族の若者はレイヴの内心の葛藤にすら気付いていなかった。
「‥‥用事を思い出したので、失礼する」
絶大な自制心をもってそれだけ言ったレイヴは、尚も何か言おうとする貴族を振り切るようにしてその場から立ち去った。
「相変わらず愛想のない方だ。もう少し話をして行ってもバチは当たらんだろうに」
ぶつぶつとつぶやく貴族の後ろに、ふと、人影が差した。
次の瞬間、後ろから足を引っかけられ、かなり酔っ払っていた彼はもんどり打って転ぶ。
「おや、これは失礼した」
馬鹿にしたような声がすると、まともに頭を蹴りつけられて彼はあっさりと意識を失った。
「飲み過ぎは体に毒だ‥‥と、もう聞こえないか」
苦笑したのは、女性にしてもおかしくない美貌を誇り、女性に知らぬ者はいない貴族、シーヴァスだった。
「ここまで無神経な奴が貴族の跡取りだと思うと、この国の先行きも怪しいものだな」
ため息をついたシーヴァスは、レイヴの立ち去った方向へと歩いて行った。
中庭のように手の込んだ植え込みのない裏庭には、全く人影はなかった。
風に吹かれながら月のない空を見上げるレイヴの表情は昏かった。
『騎士団の厄介者も片付いた事ですしね?』
『奴がいたために、ヴィンセルラス殿はろくに昇進も出来なかったのですからねぇ』
さっきの貴族の言葉が、レイヴの耳に残っていた。
レイヴには、リーガルを押しのけてまで昇進する気などなかった。
しかし他人には、そう見えていたのだろうか。
リーガルの死が、レイヴに地位と利益をもたらしたと‥‥そう、見えるのだろうか。
やり切れなかった。
リーガルの死がほぼ確実になって以来、さすがに騎士団の中からはリーガルへの中傷は出なかったが、貴族達の中では平然と、死者に鞭打つような会話が交わされていた。
しかもそれをレイヴへの追従に使う者もおり、最近は王宮に行く事も苦痛になっていた。
一度は騎士団を辞めようとすら思い詰めた。しかしあの戦いで騎士団には相当な被害が出ていた上、腕利きだったリーガルが死に、更にレイヴまで去ってしまったら騎士団はガタガタになってしまう。
そのため、レイヴはやむなく副隊長の地位に就くしかなかったのだ。
小さくため息をついて空を仰いだ時、人の気配が近づいて来た。
「主役がこんな所で遊んでいていいのか?」
皮肉めいた口調は、嫌と言う程聞き慣れたものだった。
「シーヴァス‥‥来ていたのか」
レイヴは、ゆっくりと振り返った。
「来ていたのか、はご挨拶だな。久しぶりに友人の顔を見ようとわざわざ田舎から出て来た人間に、もう少し愛想のいい顔は出来ないのか?」
ヨーストを称して『田舎』とは聞いて呆れる。
相変わらずの口調に、レイヴはわずかに苦笑した。
そんなレイヴを見詰めたシーヴァスの表情が曇った。
元々レイヴは騒ぎ回るような性格ではなかった。
だからと言って暗いタイプではなく、その気取らない、真直で明るい性格は騎士団の誰をも元気にさせるように見えた。
だが‥‥今のレイヴは無表情に近い程感情を殺してしまい、その瞳からはあの明るい光が失われてしまっていた。
そして瞳に、表情にまとわりついているのは昏い陰‥‥。
リーガルが死んだと耳にして、知り合いの騎士からその状況を聞いた時、シーヴァスはまずレイヴの苦しい胸の内を思った。
更にレイヴが副隊長に昇進すると聞いて、シーヴァスはレイヴのさらされている状況を思い描き、いても立ってもいられずにここへ来たのだ。
シーヴァスは貴族達の汚い考えを良く承知していた。彼等がどんなに無神経な言葉を平然と口にするかも知っていた。
有力貴族の家柄に似合わず生真面目で正直なレイヴは、貴族達の心ない言葉をまともに受け取って悩んでしまうだろう、そう思ったのだが、それは的中していた。
いや、既にレイヴは十分に傷付き、変わってしまっていた‥‥。
シーヴァスは、ゆっくりとレイヴの隣りに歩み寄ると星一つない空を見上げた。
「あんな馬鹿が貴族の跡取りとは、ヴォーラスの先行きが楽しみだ」
独り言めいたシーヴァスの言葉に、レイヴは眉を寄せた。
「‥‥見ていたのか」
しかしシーヴァスは、肩をすくめて見せただけで直接答えなかった。
レイヴは、シーヴァスと共に真っ暗な夜空を見上げた。
「‥‥俺は‥‥生き続けなければならない。リーガルを見捨てた、その罪を背負って行かなければならない‥‥」
自分自身に重荷を課すような言葉だった。
感情の全く感じられない、乾き切った言葉は、聞いているシーヴァスに胸苦しささえ感じさせた。
「‥‥友人としては、過去など気にせず前だけを見て行け、他人の言葉など気にするな、そう言うべきなのかもしれないが、な」
「‥‥‥」
「お前は頑固だから、どうせ他人が何を言っても聞かないだろう」
慰めにも何もなっていない言葉に、レイヴは苦笑した。
そんなレイヴを、シーヴァスはじっと見詰めた。
明るい金茶の瞳に、普段ならば絶対に見せないであろう昏い陰が浮かぶ。
「死んだ人間は何も感じない。悲しむのも苦しむのも、残された人間が勝手に感じる気持ちでしかない。‥‥私に言えるのは、それだけだ」
女性相手や、夜会で話している時には想像もつかないような暗い響きを帯びた声だった。
「‥‥シーヴァス‥‥」
しかしシーヴァスがそんな表情を見せたのはほんの一瞬のことだった。
すぐにいつもの皮肉めいた様子に戻ったシーヴァスは、長い前髪を軽く掻き上げた。
「フフン、柄にもない話をするものではないな。肩が凝ってしまった」
笑って見せるシーヴァスを、レイヴは黙って見詰めた。
シーヴァスが本音を口にしたのは、まだ幼い頃を除けば初めてのような気がする。
それだけに、シーヴァスが今夜、レイヴを気遣って来てくれた事が良く分かった。
「‥‥済まん。心配を、かけた」
生真面目に礼を言われ、シーヴァスはかえって居心地悪そうな顔になる。
「美しい女性に言われるならともかく、男に礼を言われても嬉しくはないぞ」
照れ隠しと言うにはあまりにもらしすぎる答えに、レイヴは苦笑した。
「そろそろ戻るか。お前の大好きな女性達のいる場所にな」
「この世の半分は女性なのだ、彼女達と楽しまなければ世の中の楽しみを半分捨てているようなものだろう?」
ついさっきまでの真面目な様子はどこへやら、シーヴァスは完全にいつもの様子に戻っていた。
少なくとも、今夜これからはあまり不愉快な思いをせずに済みそうだった。
END
本当は、リーガルを失ったレイヴが性格変わってしまったよー、と言う事を書きたかったのですが。やっぱり未熟者です。いつもの通り、反省。
レイヴの話に良くシーヴァスが絡んで来るのは、この二人がデキている‥‥ためでは勿論なくて、単に昔からの親友、と言う設定が好きだからです。モノローグでもさせないとレイヴは何も話してくれないし、そうなると口数の多いシーヴァスあたりを持って来るしかないもので。ウチの場合、基本的にレイヴ×ラビエルにシーヴァスが絡んで来る三角関係だったりします。