kyo
「今度こそリーガルを止めてみせる」
そう言い切ったレイヴに、私はきっと不安そうな顔をしていたのだろう。
「大丈夫。俺は君の勇者だから」
レイヴか珍しく穏やかな笑みを浮かべた。
少年のような素直な笑顔。
それは、出会ったばかりの頃には、決して見せてくれなかった表情。
目にすることができるようになったのは………いつからだったろう。
それがとても誇らしく、だが、同時に、心の何処かが鈍く痛む。
レイヴは、さり気なくあたりの気配を探っていたようだった。
「覚えているか?」
こっそりと彼は、懐から何かを取り出した。
それは、手のひらに乗るほどの大きさの、小さな包みだった。
よく晴れた空を思わせる青い色の絹でそれはくるまれていた。
「何ですか?」
覗き込む私の目の前で、剣を握る力強い指が不似合いな優しさを見せて、
そっとその包みをほどいていく。
その中にあるものを見たとき、私の顔にも自然と笑みが浮かんだ。
忘れるわけはない。
忘れるはずが。
「まだ、持っていてくださったんですね、それ」
私は精一杯のからかいをその言葉に含ませる。
でも、その声は、少し震えてはいなかっただろうか。
「大切なものだからな」
ぶっきらぼうな口調でレイヴが答えた。
レイヴの持っていたもの。
それは、以前、レイヴに請われて渡した一枚の羽根だった。
レイヴは、その白い羽根を見ながら呟いた。
「あの時………何もかも失いかけていた俺を、止めてくれたのは君だ。
勇者への誘いをうけたのは、最初はきっと義務感だったと思う。
だが、俺はあの時に決めたんだ。
勇者になるのは、俺や………俺の好きな人たちのためだ、と。
俺にとって、これは、その誓いの大切な証だ」
そう言ったレイヴの顔は、確かに始め出会った時とはどこか違っていた。
揺るがない決意を抱いたものの───強い瞳。
レイヴはじっと私を見た。
「俺のために………そして、君や………リーガル本人のためにも………絶対止
めてみせる」
それは勇者に私が待ち望んだはずの台詞。
けれど、レイヴの表情の潔さに急に私は不安になる。
「止めるだけでは駄目です。きちんと帰って来なくては」
「そうだな」
縋るような言葉を吐いた私に、ふっとレイヴが笑いかける。
その笑みは、思いのほか明るかった。
それでも、心のどこかが不安を訴える。
「誓ってくれます?」
試すようなことばを口にしたのはきっとそのせいだ。
こんな人間の女性のような台詞を天使が口にするなんて………。
なのに、
「誓おう」
レイヴは、私の言葉に重々しく応じた。
レイヴが白い羽根をそっとその手に捧げもつ。
それがまるで神聖なものでもあるかのように。
そんな価値など、この私にあるわけがないのに。
「生きて、君の元に帰ってくると、誓おう。
君がくれた、この羽根にかけて」
そして、かすめるように白い羽根にその唇が触れた。
私は小さく息を飲む。
それは、神聖なものに対する祈り。
そう、レイヴはシーヴァスとは違う。
そういう意図がないことは、わかっている。
わかっているのに。
心の奥、どこかが震える。
まるで本当にレイヴの唇が体へ触れてでもいったかのように。
今の口づけは勇者を導く天使へのもの。
ラビエルに対するものではないと、わかっているはずなのに………。
今の口づけがとても嬉しくて、そして悲しい。
私は一体、何を期待しているのだろう?
「祝福を」
私は小さくレイヴに向かって呟いた。
私は自分の心を押し殺す。
自分の心に気がつかないふりをし続ける。
なぜなら、私は天使なのだから。
───勇者を導く天使───。
それがこの私に割り当てられた役割なのだから………。
微笑みかけるレイヴの姿が、なぜだかふと遠くに見えた。