その庭は、館のはずれの方にあった。
広い館には、庭師によって整えられた美しい庭や温室もあったが、
その一角だけは人の手があまりはいっていない。
自然のままの花々を見ることができる場所となっていた。
そこが、青年のお気に入りの場所だった。
予想どおりの場所に青年をみつけ、少女がふと口元に笑みを浮かべる。
青年は、眠り込んでいるようだった。
柔らかな金の髪を風が乱すのに任せている。
吹き散らされた髪が、曇りのない光を注ぐ初夏の日差しに煌めく。
無防備に投げ出された手の先に、小さなつぼみをたくさんつけた白い花が揺れている。
いつもは剣を握っている手と、その可憐な花の取り合わせが可笑しくて、少女は再び微笑んだ。
少女は、足音を忍ばせ近寄っていく。
そっと青年の傍らに膝をついた。
と、唐突に少女の手が掴まれる。
「きゃっっ」
少女がちいさく悲鳴をあげた
少女の手を掴んだのは、寝ていたと思った青年だった。
「………おはよう、アシャン」
開かれた紫水晶の瞳が、少女を見上げる。
「………おどかさないでください。ロテール様」
少女が答える。
「起こして差し上げようと思いましたのに。狸寝入りだったんですか?」
「いや、寝てたよ。でも、どうしてかな。なんかいたずらでもされそうな不穏な気配を感じたんだけど」
「知りません」
横を向き、すねたふりをする少女の横顔が赤い。
青年の言葉は、どうやら正鵠を射ていたらしい。
声を出さずに青年が笑った。
少女の手を離し、なめらかな動作で起きあがる。
「…で、どうして呼びに来てくれたの?」
少女の機嫌を損ねないように言う。
少女は振り向いた。
まだ少しすねた素振りをしているが、瞳に笑みがある。
「お茶の時間ですと、申し上げにまいりました。
なんでも、大変貴重な紅茶の葉が手に入ったんだそうです。
是非、ロテール様に味わっていただきたいと、執事さんが先ほどからお待ちです」
「ふーん」
つぶやいた青年が再び、少女の手を取る。
「………お茶より、アシャンの方がいいな、俺は」
「えっ?」
青年が、ぐいと少女の体を引き寄せ、少女の耳元でささやく。
少女が真っ赤になって狼狽える。
いかにも少女らしいその反応に、青年は苦笑した。
唇に、と思ったキスを、額に贈る。
少女は、真っ赤になりながらも瞳を閉じた。
「ロテール様?」
いっかな解放されない腕におずおずと少女が問いかける。
「………もう少しこのままでいてくれないか?」
青年の言葉に、少女はあらがうのをやめた。
ためらいがちに少女の手がのばされ、青年の手の上に重ねられる。
青年が尋ねた。
「なあ、アシャン、時々考えるんだ。
俺はとんでもないことをしているんじゃないだろうかと。
俺は自分のエゴで、君の未来も、この国の未来もねじ曲げてしまったんじゃないだろうか。
アシャン………今なら、まだ間に合う。
まだ、戻ることができる。
聖乙女になりたかったんだろう?」
青年は視線を逸らし、少女の方を見ない。
少女は静かに言葉を紡いだ。
「私は、聖乙女になるのが夢だったんじゃないんです。
わたしはただ、誰か…何かを守りたかった。
でも、それは特定の『誰か』じゃなかったんです。
だから、聖乙女になろうとしたんです。
でも、私には、形のない『誰か』を守ることはできませんでした。
この国の人たちよりも、何よりも、守りたいものを見つけてしまったから…」
「………それでもやっぱりアシャン……君は聖乙女なんだね」
どこか寂しそうに青年がつぶやく。
「例えそうだとしても、今はあなただけの乙女です。おいやですか?」
「アシャン………」
青年が顔を上げて少女を見た。
「私は、私自身を賭けて悔いのないものがほしかった。
でも、私にはこの国の人たちの想いを受け止めるより、
私自身を見てくれるたった一人の方の想いのほうが大切でした。
それを教えてくださったのは、ロテール様ですわ。」
それに、と少女が続ける。
「私がいなければ、ロテール様が寂しがるでしょう?」
「こら、だれが寂しがる?」
少女が笑った。もう少女とは呼べない、大人の顔で。
青年はそっと手を伸ばし、少女を腕の中に抱き止めた。
ささやくように告げる。
「アシャン。俺の聖なる乙女………。
君がどうして俺を選んでくれたのかは、正直、まだわからないけど………。
君にふさわしい者であり続ける努力をする。
君に後悔なんてさせない。
だから………そばにいてくれ。これからも、ずっと」
満面の笑みで少女が答えた。
[トップページへ戻る] [ゲームの部屋へ戻る]