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真田幸村の逸話
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- 真田幸村の好物は焼酎
これは、幸村が九度山に流されている時の話である。九度山の麓にいる家臣・河原左京に宛てた書状の中で次のように語っている。
この壺に焼酎をおつめ下さるようにお願いいたします。今、お手持ちがなければ、この次でもよろしいですから、お頼み申します。むずかしいと思いますが、壺の口をよくしめて、その上壺の口を紙で目張りをして下さるようお願いいたします。御都合次第で取りに伺います。 (中略) どうか、壺二個の焼酎のこと、よろしくお願いします。この外にも余分にあったら、いただきたいと思います。
六月廿三日 左京殿 真好白信繁(花押)
幸村がいかに焼酎が好きであったかうかがえる逸話である。
- 真田幸村と名刀
慶長19年、大坂冬の陣の直前のことである。ある日、豊臣側の大野治長の屋敷に伝心月叟という山伏が訪ねて来た。治長が留守であったので、代わりの者がでて応対した。
「どこからおいでの方か。」
と応対の者が尋ねると、山伏は、
「大峰から参りました。祈祷の書物を治長様に差し上げに来ました。」
と答えた。応対の者は、
「殿は今登城されて不在だ。帰宅を待たれよ。」
と言って番所の脇へ呼び入れた。その時、番所では若侍たち十人ばかりが集まって刀の目利きをしていた。若侍の一人が山伏を見て、
「貴公の刀を拝見させてもらいたい。」
と言った。すると、山伏は、
「いやいや、私の刀は犬脅しのための物でございます。お目にかけるようなものではありませんが、お慰みにどうぞ。」
と答えて、刀を差し出した。見ると、形といい、光といい、大変に見事な刀であった。若侍の一人が、
「山伏にしては良刀を持っておるのう。ついでに脇差も見せてくださらぬか。」
と、言った。山伏は快く脇差も見せた。これも見事な物であった。若侍たちは刀身に目を這わせていたが、そのうちに銘を見てびっくりして、
「この刀は正宗、脇差は貞宗の作った物だ。」
と、言った。 そこへ治長が城から帰って来て、山伏の顔を見ると、その場に手をついてかしこまり、
「これはこれは、ようこそおいで下さいました。近日お越しと承っていましたが、早速おいで願いまして有難うございました。」
と山伏に幾度も礼を言い、書院に案内した。若侍たちは、この時、初めて山伏が真田幸村であることを知った。 幸村は関ヶ原の合戦後、九度山に配流されていたが、豊臣方が挙兵すると聞いて、脱出してきたのであった。
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