真田氏の館 三代録 名門真田家三代(真田幸隆 真田昌幸 真田幸村)の記録
真田関連書籍なら
戦国歴史Book Store

■幸村の生涯目次■

幼少時代

人質時代

初陣

秀吉の死

家康東下

犬伏の別れ

昌幸・幸村上田へ

関ヶ原の合戦

九度山時代

九度山脱出

大坂冬の陣

大坂夏の陣


サイトマップ

ホーム > 真田三代の部屋 > 真田幸村 > 真田幸村の生涯 >
幼少時代(弁丸、源次郎時代)

  • 真田信繁(幸村)誕生
    真田昌幸の苦悩
    真田幸村(信繁)は永禄10年(1567)に甲府で生まれた。幸村が生まれた時、父である真田昌幸は武藤喜兵衛昌幸といい、武田信玄に出仕していた。そのため幸村の誕生地が甲府になったのである。
    そのころ、昌幸が仕えていた武田家は、天下の覇権を目指して怒涛の進撃を続けていた。しかし、天正元年(1573)に武田家当主・信玄が駒場で陣没し、信玄の四男・武田勝頼が家督を継いだ。一方、真田家も当主・真田幸隆(幸村の祖父)が信玄の後を追うように、天正2年(1574)に没し、幸隆の嫡男・信綱が家督を継いだ。
    武田軍が織田・徳川連合軍に敗北した天正3年(1575)の長篠の合戦では真田家当主・信綱と昌輝(幸隆の次男)が戦死しており、武藤姓であった昌幸が真田家に復帰し、家督を継ぐことになった。そのころ、幸村は8歳になっており、昌幸、信幸(昌幸の嫡男)とともに真田郷に帰っている。
    長篠の合戦での敗北により、武田家の勢いはどんどんと衰えていった。天正10年、武田家の当主・勝頼は一族ともども自害してはて、名門武田家は滅亡する。主家を失った真田家は、ここから自家存続のために苦悩の日々を過ごすことになる。
    昌幸は武田家の次の主家探しをはじめた。北条氏に近づきつつも、織田信長に良馬を送り、誼を通じている。一時期は織田家の下に入るが、信長が本能寺で横死したために、北条家に属するようになる。その後は徳川家に属している。昌幸は武田家滅亡から次々と主家を変え、戦国のきびしい世を生き抜こうとしていた。この時、幸村は15歳。


    幸村、兄・信幸の影武者として育つ
    真田幸村は幼名を弁丸といったが、元服して源次郎信繁に改めている。真田信繁というのが真田幸村の正式の名前である。
    信繁という名前は武田信玄の弟・武田信繁から来ている。武田信繁は昌幸が武人として最も尊敬していた武将であった。武田信繁は兄・信玄をよく補佐していた名将であったが、川中島の合戦の折、窮地に立たされた信玄を守るために、信玄の影武者となり敵陣に突っ込み、壮絶な死を遂げている。信玄と容姿・背格好ともによく似ていたため、合戦の時には信玄の影武者として出陣していた。日ごろから、「兄の身代わりになって死ねれば本望」と話していたという。
    昌幸は武田信玄・信繁兄弟の固い絆に感銘を受けており、嫡男の信幸の後に生まれた男子にはためらうことなく信繁とつけたのである。
    幸村自身も信幸の影武者になることを誇りとし、兄の背後に寄り添い、目立つことは一切避けていた。しかし、幸村の影武者生活は武田家の滅亡により終わりを告げ、以後は上杉、豊臣への人質生活になるのであった。


  • 信幸(嫡男)が源三郎で幸村(次男)が源次郎?

    真田信幸は幼名を源三郎といい、真田幸村は幼名を源次郎という。何かおかしいということに気づかれると思う。兄が源三郎で、弟が源次郎であるという点である。普通なら逆のはずである。これにはいくつか説(ここでは二つ)がある。
    一つ目の説は、事実は幸村の方が一つ年上であるという説である。では何故、先に生まれた幸村を次男にする必要があったのか。兄弟の生母は「山之手殿」となっているものの、実は幸村の生母は身分が卑しい者であった。一年後、正室の山之手殿に男子(信幸)が生まれたために、信幸を嫡男とし、前年に生まれた幸村を弟としたのである。
    二つ目の説は、真田家では嫡男の夭折(若くして死亡すること)が相次いだために縁起をかついで嫡男を源三郎という名前にしたという。
    どちらの説も納得がいく点があるが、おかしいと思う点もある。私は二つの説をあわせて考えると合点が行くと思う。
    まず、一つ目の説を考えてみると、兄と弟の名前を逆にする理由はわかる。しかし、嫡男と次男なのにどうして二(次)と三なのかという点が疑問である。そこで、二つ目の説を考えてみる。すると、嫡男の夭折が続いたために嫡男につけるような名前を避けたかったということが分かる。
    二つの説をあわせて考えた結果、嫡男は源次郎(幸村)で次男が源三郎(信幸)である。


人質時代(上杉、豊臣へ)→
真田幸隆 - 真田昌幸 - 真田幸村 - 真田一族 - 史跡めぐり - 用語辞典 - その他 - サイトマップ
(C) Copyright 1999-2009 真田氏の館